2-1 ただのハルキと鬼のフラン
俺の名前はハルキ。単なるハルキだ。そこらにいる一般人である。
「一般人はワイバーン2体召喚して移動したりいたしませんよ、坊ちゃま」
「ええい、坊ちゃまはやめろと言うに」
こいつはフラン=オーケストラ。昔は鬼のフランと呼ばれた凄腕冒険者で、レイクサイド領騎士団団長を務めあげたのちにレイクサイド家執事をしている。俺には関係のない人物だ。
「坊ちゃまの召喚されたワイバーンに乗せていただいてますから、関係がないわけがありません。それに、私はフラン。ただのフランでございます」
ただのフランらしい。
「俺もハルキだ。敬語をやめよ」
「いえいえ、ただのフランはただのハルキ様の従者でございますから、敬語をやめるわけにはいきません。ご了承ください」
「ふん、堅苦しい」
俺たちはレイクサイド領を出て隣りのスカイウォーカー領の上空を飛んでいる。実は俺の正体はハルキ=レイクサイドというレイクサイド領次期当主であり、レイクサイドの奇跡と呼ばれた2年間におよぶ高度成長の立役者だ。領地経営にある程度の目途が付いたために、俺はお忍びで全国を回って見聞をひろげることとした。領地を出る際にアランという名の父親に泣きすがられたが、引き継ぎは完璧だから安心しろと言い無視して出奔中である。
「フィリップによろしくとおっしゃっただけを完璧な引き継ぎと言われなさるか」
「ええい、俺の部下は優秀なはずだ。俺一人の穴を埋められんでどうする!?」
「坊ちゃまの穴はどうやっても埋める事はできないでしょうね」
「ふん、あらかた大きな土木工事は終わっておるではないか。クレイゴーレムも5体召喚できるならばむしろ去年よりは労働力は上がっておるわ。むしろ労働力よりもその配置が問題だ」
「おっしゃる通りでございますね。ですから穴は大きいのでございますよ。まあ、フィリップはともかくヒルダがいれば維持するだけなら十分でしょう」
「フィリップももう十分に経験を積んだ。と、言うよりもともと経験も力もない俺の代わりなど誰でもできるわ」
「それはともかく、フィリップはたしかに成長いたしました。もう、わたしでは勝てないでしょうね。先日、フィリップがフェンリルに騎乗し周囲にアイアンドロイドを4体召喚した状態で領地内を威嚇して回ってました。後ろにはヘテロが同じくフェンリルに騎乗し、アイアンドロイドが2体従っておりましたな。騎士団の面々が度胆を抜かれておりましたよ。フィリップにその気がなくても、あれはかなり騎士団のプライドを傷つけたことでしょうね」
「トーマス叔父上には悪いが、レイクサイド騎士団はもう崩壊寸前だ。中央の騎士団と比較すると話にならん」
「ええ、ですので鍛えなおそうかと思いましたが、坊ちゃまが旅に出られるとのことで私は泣く泣くその役目を他に譲りました。まあ坊ちゃまが帰還された折に道場破りを予約しておきましたので、今頃必死になって訓練していることでしょう」
そういえば、爺は昔の冒険者仲間に連絡を取って領地に招いていたな。あの異様な剣士はさぞ腕が立つことだろう。今頃レイクサイド騎士団はその剣士にしごかれているに違いない。
「ついでにフィリップ、ウォルター、ヘテロも鍛えなおすように言いつけておきました。召喚中は召喚士本体は暇ですからな」
召喚中は魔力がものすごい勢いでなくなっていく。本来であれば他の作業などできない。だが、我がレイクサイド召喚騎士団は24時間営業であるため、常に魔力は出続けている。つまり、召喚中もいつも通りということだ。もちろん非常時には召喚を中断してそれの対応にあたる。最近は新人のノーム召喚研修も順調とのことだった。冬に入るために仕事量も減り、すこし余裕もあるためちょうど良いのではないだろうか。
そんな話をしているうちにスカイウォーカーの町が見えてきた。この町は最近、レイクサイド領からの大量の食糧がまず集められる場所として景気がいいらしい。全国から穀物の買い付けに商人たちがやってくるそうだ。
「まずは町はずれに下りるぞ。騒がれてはかなわん」
ワイバーンに意志を伝え、町から離れた草原で降りる。ワイバーンが召喚から還ると魔力の流出が止まる感覚が分かった。
「しかし、町まで結構あるな。馬型の召喚獣があればよかったのに」
「坊ちゃま、ユニコーンは清らかな処女しか背に乗せない召喚獣として有名でございます」
「ああ、だから素材はあるのに誰も契約しなかったじゃないか」
この辺りはまだ比較的安全と言われている。魔力の噴出が少なく、突発的な魔物の出現があまりないのだ。事実、町に着くまで特に魔物に襲われることはなかった。
「じい、もう歩けない」
「ほっほ、何を10km程度で弱音を吐いておりますか。さあ、冒険者ギルドへ登録へと行きますぞ」
「そうだ。明日にしよう。今日は宿でゆっくり休めばいいんじゃないかな」
「まだ11時でございます。本日の予定は冒険者ギルドへの登録、昼食、その後は武器防具屋での装備の新調、その後宿の手続き、夕食となっております」
「ぬう」
爺に引きずられ冒険者ギルドへと向かう。なかなか大きい町でもあり、ギルドの建物も大きかった。今度うちの領地のギルドを建て替えてやろう。ここより大きくするんだ。
受付は一人。まだ11時であったためか中にはあまり人数はいない印象だった。
「失礼いたします。本日、連絡させていただいていた者ですが、ギルド長への面会は可能でございましょうか」
フランが受付にギルドカードを提出して訪ねている。なぜか受付嬢がびっくりしている。
「おい、じい。なんでギルド長と面会をしなきゃならんのだ。今日は俺の新規登録だけだろう。さっさと済ませよう」
「ですが、この町で何かと便宜を図っていただけるのでしたら……」
「ふん、ズルは良くない。さあ、受付の方。俺の新規登録をしてくれ。ギルド長との面会はキャンセルだ」
「そうでございますか。ではギルドへの受付をさせていただきます。新規の方はFランクからの登録となりますね。ここに必要事項を記載してください」
登録用紙は簡単なもので、名前と年齢、得意魔法、出身地などを書く欄があっただけだった。
「できたぞ」
「ありがとうございます。では依頼はこちらのボードに貼ってある物の中からお選びください。ランクが上がるごとに受けることのできる依頼が増えていきます。一定の依頼をこなすとランクが上がる仕組みとなっております」
「理解した。ありがとう。では、今日は用事があるからまた明日来ることとしよう。さあ、じい。昼飯だ」
「かしこまりました」
昼飯は近くの飲食店で食べた。安いが量が多くて旨い店だった。また今度来たい。
「さてと、では武器防具屋へと行くとするか」
武器防具屋もそこそこ大きな建物だった。レイクサイド領ではドワーフの鍛冶職人を何人か招いて専用の武器や防具を作ってもらっていたが、すべて置いてきてしまっている。ただのハルキとしてはまずは初心者の武器と防具で冒険者生活をスタートさせるのだ。
「いらっしゃいませ」
店主はなかなかやさしそうなおっさんだ。ドワーフの強面ばかり見てきた俺としてはちょっと拍子抜けではあるが接客に期待が持てる。
「武器と防具を一式新調したい。駆け出しの冒険者なものでな」
「えっ、あ、左様でございますか。わかりました」
なぜ、驚いたのだろうか。俺はどこからどう見てもひ弱な冒険者だというのに。
「では戦闘スタイルをお伺いしてもよろしいですか?」
「うむ、俺は魔法使いだ。前衛は無理。あと回復魔法や補助魔法も使えない。召喚魔法がちょっと使える」
「では、こちらなどは如何でしょうか。今お召しのマントは大変良質ですので、そのままということで、服の上から着こむ胸当てに手甲、ブーツ、膝当て、腰は薬品がたくさん入るポーチが付いたベルト、武器はそうですね。使いやすい細見のダガーや杖の形状をしたメイスというのも悪くはないかもしれません。胸当てなどは革製品から鉄、鋼鉄とそれぞれランクによって値段が変わります」
「そうだな。軽いのがいい」
「でしたら革製品ですかね。このメイスは杖の代わりになりますので、歩行時の助けにもなります」
「うむ、それをもらおう」
軽装一式で身を包んでみる。
「おお、意外と悪くなさそうだぞ」
「ええ、大変お似合いでございます」
「ではもらおうか。じい、支払いは任せたぞ」
「お任せください、坊ちゃま」
武器屋を先に出る。後ろに歴戦の装備一式の爺がいれば俺がただの駆け出しの冒険者ではない事がすぐわかったのだろう。終始腰の低い店主だった。
その日のスカイウォーカーの町にはすごいニュースが流れていた。10年以上前に死んだと噂されていた当時人類最強と言われる冒険者、鬼のフランが生きていたという噂だ。魔人族に奪われた王家の名刀を魔大陸まで行って奪還したというSSランク依頼は今でも伝説として語り継がれている。目撃者の話によると貴族の護衛として武器屋やギルドに出現していたという。あの腰につけた宝剣ペンドラゴンを見間違うわけがないと武器屋の親父があつく語っていた。あそこは強面で一見さんには厳しくて有名だ。
実は冒険者ギルドのギルド長とは知り合いらしく、今日は極秘で面会予定があったらしいが、その極秘情報が洩れまくって町中を騒がしているらしい。
「さあ、依頼を受けに来たぞ!」
次の日、俺たちは冒険者ギルドに来ていた。今日は昨日に比べて人数が多い。まあ、こういう事もあるのだろう。
「おおお、やっぱり本物だよ!」
「あれが鬼の……ゴクリ」
「宝剣ペンドラゴン! 生きている間に見ることができるとは!」
なんだか有名人でもいるみたいだ。まあ、俺には関係ないから依頼をこなすとしよう。
「では爺よ、適当に依頼をもらってきてくれ」
「はい、かしこまりました。でしたらこの薬草採取などどうでしょうか。私もこの手の依頼は久々ですので自信がないですが、時間さえかければなんとかなるかと」
「「「ちょっと待てぇ~~!!!」」」
ギルド中から突っ込みを受ける。なんだなんだ?
「あんた、鬼のフランだろ? なんでFランク任務なんて受けてるんだよ!?」
「この宝剣ペンドラゴンがあればSランクでも余裕じゃんか!?」
「だいたい、そのSランクの黒色のギルドカード!! 百歩ゆずって鬼のフランじゃなかったとしてもFランクをうけてちゃダメだろ!?」
おおお、フランばれまくり。
「はて、なんの事でしょうか。私は二つ名をいただけるような者ではありませんが。あっあれは!?」
フランが指をさした先を全員で見るが、特に何もない。目線をフランに戻すと先ほど受付の為に使おうとしていた黒色のギルドカードが手の上で灰に変わっている。
「おや、私の勘違いでございました。失礼。そういえば、受付の方。私、まだギルドへ登録しておりませんのでFランクで新規登録をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「「「「「まてぇえぇぇぇっぇぇええぇぇぇ~!!!!」」」」」