1-6 出航の日に迷いはない
俺がスキルを持っているのは分かった。これがいわゆるチートってやつか?ありがたい。
ヴェノム・エクスプロージョンと次元斬のコンボは最強だった。爆発で動きを止めざるを得ない魔物をぶった切る。空間ごと斬ってしまえば相手のレベルは関係ない。この力があればここを守りきることができると思う。何気に剣豪と金剛のスキルも俺の死を防ぎつつ魔物に接近し一撃を与えるのに役立っていた。
カリスマのスキルがあるために皆が俺の指示に従っていても不満などができる事がなかった。どれだけすごいスキルばかりなんだ。少し、これが前の村にいた時に発動していればと思わないでもない。
「テツ兄!完成したらしいよ!」
「ついにか!分かった、すぐに行く!」
以前から、たまに手に入る魔石をつかった魔道具の開発をしていた。本当のチートはこの地球での知識なのだろう。魔石の力を出力に変換し、それでエンジンを作るのだ。このエンジンで船を走らすことができれば、漁はこれまで以上に楽になる。自重なんかしない。
「こいつはすげえ!」
カイトも気に入ったようだ。帆がなくても走る船。地球でいう蒸気機関もすっとばしてエンジンとスクリューで進む。その速さは段違いだ。これならどんな魔物でも狩ることができるに違いない。もう少し外装を強化して転覆しないようにしなければな。
「魔石を手に入れるのが難しいけどな。まあ、テツヤがいるんだ。なんとかなるだろう。」
「魔石が体の中にある魔物は強い。この魔石エンジンにばかり頼るのも良くないから、帆船の訓練は引き続きする必要があるぞ。でも、この船で海の魔物を狩れば魔石もたくさん手に入るかもな!」
海の魔物は旨い。特に日本からきている俺にとって、海産物は好物だった。
「テツヤは海の魔物に目がないからね。」
ラミィもうれしそうだ。最近、ぐっと大人びたとカイトが言っていた。俺にはよく分からん。魔人族の外見に関しては理解不能である。
「この大きさの船では外洋航海は無理だろう。」
カイトは外洋まで魔石船で行きたがった。
「外洋まで航海してしまったら、その間に村はどうするんだ?誰も守る奴がいなくなるじゃないか。」
留守の間に魔物に襲われるなんて勘弁だ。最近は魔物の質も量もどんどん強力になっており、気の抜けない日々を送っている。
「テツヤ、村長と俺から話がある。今夜村長の家で話さないか。」
カイトからこんな話を持ってくるのは初めてだった。なぜか、今になっておれがこの村で認められた気がして少し嬉しかった。
「分かった、夜になったら行く。それまでに近くの魔物を探して狩ってから持って行くよ。」
「そりゃ、ありがたい。」
俺はシンとラミィと3人で近くの浅瀬を探して、でかい蟹の魔物を狩ってから村長の家に行った。
「よく来た、テツヤ。おや、それは蟹か?」
蟹の魔物の爪の部分をお土産として持ってくると村長の顔がにやっと崩れた。今日は蟹鍋だ。俺もシンもラミィも大好物だ。他の部分は村の皆で分けてもらっている。蟹は保存が効かないからな。今日中に食べてしまおう。
「おお、テツヤ、来とったか。」
カイトも合流だ。村長の家で村長の家族も含めて皆で鍋を囲む。こんな幸せになってもいいのかとさえ思うひと時だった。
「話というのはだな、エレメント帝国の事だ。」
北の大陸、魔人族の文明のもっとも発展してそこにはエレメント帝国という名の魔人族の国があった。この帝国は最近になって領土の拡大がはげしく、周囲の国々をどんどんと巻き込んでいるらしい。
「先日、隣の村にそのエレメント帝国の使者が来たらしい。」
使者が言うには、降伏か、滅亡か、どちらかを選べとの事だった。隣の村は降伏を選ぶらしい。次はこの村だ。隣の村は北にかなりの距離行ったところにあるが、帝国の人間は必ずここまで来るだろう。
「降伏か、滅亡か。」
戦うにしても相手が帝国軍では勝機はないだろう。いくらチートスキルを持っていても誰かが死ぬ。
「エレメント帝国が皆を守ってくれるというのであれば降伏しても良いけど、そうでなければ逃げよう。」
意外にもシンがこう言った。そうか、逃げるという選択肢もあったのだな。
「だが、逃げると言ってもどこに逃げるんだ?」
たしかに、逃げる先が必要だ。どうすればいい?
「海に逃げるんだ。テツ兄の作った船より、もっと大きな船を作ってさ。村の皆で乗り込もう。あの船ならエレメント帝国の奴らからも逃げ切れる。それで、もっと静かな場所を目指そう。今でもこの村は魔物が強くなりすぎてて住みづらくなってるんだ。移住の話があったのは知ってるよ。」
村には大きな帆船が一つある。あれを改造して魔石エンジンを積めば、村の全員が乗る事ができそうだ。それにあと2~3隻魔石船があれば十分に船団を組む事ができる。今から準備すれば、エレメント帝国の連中がやってくるのに間に合うかもしれない。
俺のカリスマスキルがいらない方向に作用したのかもしれない。テツヤが乗り込むならばと村の人は全員賛同してくれるんだそうだ。何やら村人を騙しているようで嫌な気分だった。責任が重い気がする。だが、エレメント帝国に降伏して皆が幸せになる保証がなく、俺は腹をくくった。
それからは魔石船の作成と、魔物狩りでいそがしい日が続いた。その内、近くの町がエレメント帝国に攻め滅ぼされたという噂を聞いた。ライクと旅をしていた時にたどり着いた壁に囲まれた町だ。すぐ近くまでエレメント帝国は迫っていた。いつでも船に乗り込める準備をしながら、その日が来ないことを祈った。
「テツヤ、とうとう来たみたいだぜ。」
遠くから3人の魔人族が魔獣に乗ってやってきたそうだ。
「門の所で迎えてやるか。」
カイトが村の男たちを率いて門で待っていた。エレメント帝国の使者と思われる男たちは完全武装だ。立派な鎧を着て、鋭い槍を持っている。
「私はエレメント帝国第3混成魔人部隊のグレイと言う。村長を出せ。」
なかなかに強そうな魔人だった。村長が出てくる。
「私がこの村の村長です。何か御用ですかな?」
「この度、エレメント帝国はこの大陸を支配する事とした。大人しく我々に従え、従わぬならば滅ぼす。返答を聞こうか。」
村から少しの距離の所にはエレメント帝国の軍隊がいるとラミィが教えてくれた。もし、この交渉がこじれでもすればすぐさまここを攻めるつもりなのだろう。
「急に言われても困る。村の者と相談するから、明日まで時間をくれんか?」
「いいだろう。明日の朝また来る。次は軍を率いてくるぞ。降伏の準備をしておくんだな。」
使者は来た時と同様に魔獣に乗って帰って行った。
「いいか?後悔しないか?」
俺は皆に聞いた。
「ああ、すでに心は決まっている。昔、俺はお前に言ったよな。お前はこんな村で終わる人間じゃないと。東の大陸に行けと。だが、お前はこう行った。皆が付いてきてくれるんなら行く、と。さあ、皆お前についていくぞ。船出といこうじゃないか。」
カイトの心は決まっているらしい。皆の心もだ。こんな俺についてきてくれようとしている。俺はそれに応えてやりたいと思った。ライク、バルト、見ていてくれ。
「では行くぞ!出航だ!」
3隻の魔石船が港を出る。もうここには帰ってこないだろう。数十人の村人たちは全員乗せた。シンもラミィも一緒だ。今度は誰も置いていかない。
「ある程度外洋まででたら魔石を使わずに帆で航行するぞ!」
魔石はまだまだあるが貴重なものには変わりない。今度の目的地がどこになるかは分からないのだ。
「まずは東を目指そう!できたらエレメント帝国の支配の外がいい!この船ならばすぐに着くはずだぜ!」
後にヒノモト国を立ち上げる船団であり、海賊船ともよばれる船「ライクバルト号」、その処女航海は西の大陸から東の海まで続く非常に長いものとなったが、その所要期間は意外なほど少なく、1か月後には3隻ともに東の海のある島にたどり着いていたというから驚きである。その島はレイル諸島中央にあるレイル島、ヒノモト国が建国される1年前の事であった。




