1-3 決意を力に、そして次へ
神楽先輩は工学部の中でも天才と呼ばれる類の人だった。数学科にも負けない頭脳を持ってありとあらゆるプログラミングをこなし、所属するヨット部でも人気が凄かった。
「哲也、今度俺の研究を手伝ってくれよ。」
神楽先輩に声をかけられた俺は即答で了承した。一応、憧れの先輩というやつだ。男だけど。
「まずは簡単なスキャンからな。人体に影響は全くないからデータ取ってから説明してもいいか?今日は外科のお医者様にもお願いしててちょっと忙しいんだ。」
大学の研究室には小さなCTのような機械が置いてあった。肩から頭にかけてすっぽりと入るが、それより下までは無理な大きさだ。
「すぐに済むから。」
スキャン装置に頭を突っ込んだ俺はそこからの記憶をなくしている。最後は神楽先輩の声がしていたはずだ。「カグラ ヨシヒロ」先輩の声が。
集落を出て15日が過ぎた。東へ東へとずいぶん進んだが、いまだに他の集落は発見できない。
「もう、魔人族はこの大陸には住んでいないのか?」
バルトがいなくなってから一向の中での会話はずいぶんと減った。特にラミィの元気がなくなっている。シンが必死に声をかけているが、兄が亡くなったショックは大きいのだろう。
「ライク、後悔をするなよ。それではバルトが死んでも死に切れんだろ。」
精神年齢的にライクと哲也は同い年だ。10歳近く下のテツヤに言われている気分のライクには悪いが、リーダーとしてやるべき事はやってもらわないといけない。特に迷うのは禁物だった。
「テツヤ・・・そうだな。ありがとう。俺はまだ迷っていたようだ。」
死を覚悟したバルトは迷わなかった。だが、死に際のバルトの顔が安らかだったのは死に逃げたからだと思う。結果として死ぬ事があっても、死ぬことが目的の旅ではないはずだ。ライクが履き違えない事を祈る。
集落を出て16日目に大きな亀の魔物を狩る事ができた。グレートランドタートルという名の魔物だそうだ。これでまた食糧を確保する事ができた。こっそり鉈で甲羅を斬ってみるとスパッと切れた。やはり、魔力が鉈に乗り移る感触がする。これは・・・なんだ?だが、あまりにも違和感を感じていたのと、不便ではなかったためにライクに相談するのはためらわれた。何か特殊な鉈だったのだろうか。長年使ってきたがいままでこんな事はなかったはずだ。
そして集落をでてちょうど20日目の昼過ぎ。
「町だ!ついに見つけたぞ!」
ライクが叫んだ。塀にかこまれたその町はなかなか立派に見えた。あれなら魔物の襲撃にも十分耐えることができそうだ。まだ町が俺たちを受け入れてくれるかどうかは分からなかったが、それでもみんな嬉しかった。すでに限界はとうの昔に超えていたのだ。しかし、現実は非情だった。
「よそ者を入れるわけにはいかない。去れ。」
外壁の上に立った魔人族は無感情にそう言い放った。
「お願いです!私たちはここから20日ほど西に行ったところにある集落からやってまいりました。あそこはすでに周囲が獰猛な魔物の住処になっていて住む事が出来ないんです!どうか私たちを受け入れてください!」
ライクの必死の訴えに衛兵は少し顔をうつむけた。もとは悪い人ではなかったのだろう。しかし彼にも立場があった。
「どんな事情だろうが、我々も余力があるわけではない。これは決まりだ。去らねば攻撃する。」
ライクの落胆は目に余るものがあった。
「ライク、これは想定内だ。次の場所へ行こう。」
「・・・テツヤ、なぜお前は頑張れる?」
この質問には間違う事ができないと思った。俺が彼の立場ならばすでに心が折れている。ライクについていくだけの俺だから保っていられただけだ。
「お前が、バルトが、そしてラミィとシンがいるからだろうが。それ以外に理由なんてない。」
これでライクの心が少しでも回復してくれればいいと思う。だが、新天地を見つけない事にはどうすることもできないだろう。
「分かった。行こう。」
辛い、すでにシンもラミィもほとんど口をきいていない。なぜ、こんな事にという想いのみが頭を駆け巡っている。
「・・・他に!町があるか知っていますか!?」
俺はこの衛兵の心に賭けてみる事にした。闇雲に歩いても命が足りない。先ほどの態度からすると、もしかしたら教えてくれるかもしれなかった。そして俺は賭けに勝ったのだろう。
「・・・さらに東に進むと海へ出る。それから海沿いに北に行くと集落がある。だが、受け入れてくれるかどうかは分からないぞ。」
「!?・・・ありがとうございます!!」
「よし!とにかく向かおう!」
蜘蛛の糸のような細い希望が、俺たちをなんとか保たせていた。
2日後、初めて海を見た。
「わぁ、これが海?」
「テツ兄!すごいね!」
ラミィとシンにも少し元気が出たようだ。海を見せれて良かった。
「俺も海は初めて見るな。テツヤはあまり驚かないんだな?」
斉藤哲也はヨット部だ。海はよく見ている。ライクは初めてのようだ。
「いや、驚いてるよ。当たり前だろ?」
テツヤは海を見るのが初めてのはずだ。
「バルトにも見せたかったな・・・。」
ラミィがつぶやいた。しかし死者は帰ってこない。
「ラミィ!」
いきなりシンが言った。
「そんな顔をしてちゃダメだよ!バルトの分も笑おう!生きよう!」
・・・そうか。そうだな。それなら俺たちにもできるな。
「できるだけ笑って、食べて、生きるんだよ。バルトもそれを願ってる。それでみんなを助けるんだ。そうすればバルトの頑張りも無駄にはならないよ。」
この数日間、ずっと考えていたのだろう。シンなりの答え。成人したばかりのシンが導き出した答え。現代日本では綺麗事と笑ってしまったかもしれない。しかしこの極限の状況で導き出した答えには心が救われる思いがした。
「そうだ!シン!笑おう!生きよう!バルトの分も!」
叫んでみた。柄でもない事は分かっていたが、最後まで迷わなかったバルトに対するはなむけだ。
「はーはっはっはっはっは!!」
海に向かって叫ぶ。どこの青春映画だ。こんな死にそうな状況でもなければ恥ずかしくてやれるわけがない。
「はっはっはっはっはっは!!」
シンも一緒になって叫びだした。
「おいおい、お前ら。」
ライクは苦笑いだ。
「クスクスっ。」
ラミィも笑った。皆、笑った。それで良い。これが良かった。
騒ぎ過ぎたのだろう。海岸に1匹のカメが出てきた。この前狩ったカメの魔物のグレートランドタートルだった。だが、前の個体の2倍はでかい。
「ライク、俺はなんだか死にそうだけど、絶好調だ。」
槍を握りしめる。
「なんだ、それ。」
ライクはまだ苦笑いだった。もしかして、半分生きることを諦めかけていたのかもしれない。俺たちが自暴自棄に見えたのだろう。だが、俺の槍には生きる事に対する執念と、俺の魔力が籠っていた。
「シン、見とけ。・・・うおらぁ!!」
魔力の籠った槍を投擲する。動きの遅いグレートランドタートルの甲羅をやすやすと貫通し、カメは動かなくなった。
「・・・テツヤ、お前・・・。」
「言っただろ!絶好調だ!」
俺が次元斬を自在に出せるように習得できた瞬間だった。
翌日、無事に集落を発見できた。集落の族長は村人の受け入れを了承してくれた。魔物が強くなっているのはここでも同じで、食糧事情よりも防衛面で人が足りていないのだった。俺とライクはシンとラミィを置いて、村へ戻ることとした。今度は、村人を連れてここまで来るんだ。そう決意した。




