1-2 彼の生きる意味を理解できず、生きた意義を理解して
集落から出発して3日目。始めの襲撃は昼間だった。ライクとバルトが中心となって襲撃者は除けられた。オオカミ型の魔物だったが単独で襲ってきたためになんとかなった。だが、相手を仕留めることはできなかった。
「こちらに怪我がでなくて良かったと思う事にしよう。」
ライクはそう言った。
食糧が徐々になくなってきている焦燥感が俺たちを襲う。狩りに使うはずの槍はいつしか歩行のための杖として機能していた。
集落を出て4日。すでに普段の狩場からは遠ざかっている。見知らぬ土地に対する緊張感が疲労を蓄積する原因となっていた。遠くにオオカミの姿を見たような気がした。あれは昨日襲ってきたオオカミなのだろうか。
「そろそろ、俺が来たことのない土地に入る。気を引き締めよう。」
ライクですら来たことのない土地、つまりこの全員にとっての未開の土地になる。この時には魔物の襲撃は3回になっており。2回目の襲撃ではバルトが右腕に軽い怪我を負っていた。ラミィが回復魔法をかけることで治癒できたが、治癒できないほどの怪我を負ってしまう事を考えると不安のみが残るようになった。
「テツヤは何か雰囲気が変わったな、前よりも穏やかになった。」
バルトはたまに俺に声をかける時があるが、よく周りをみている印象を持った。リーダーのライクを良く補佐している。年下の俺やシンの負担を少しでも少なくしようと戦闘でも果敢に前に立つ姿に、頼もしいものを覚えた。
「バルトはこの先に定住できる土地があると思うか?」
つい、聞いてしまった。この質問はすべきではなかったと後悔した。しかし、バルトは嫌な顔をせずに答えた。
「なくてもいい。実はこの方向に旅に出ることが長に伝わるようにしてある。俺たちが戻らなかったら、俺たちで行ける範囲のこの方向には定住できる土地がなかったという事が長には分かる。俺はそれで十分だ。それで村の皆のためになる。次の者は他の方向へ行けばよい。俺は死んでもいい。」
単なる自己満足だと思った。しかし、それは哲也の感情だと分かっていた。この土地の魔人族にはもう後がない事も十分理解している。自己満足すら否定するような事はどうしてもできなかった。
「町は、ないのか・・・。」
出発後7日が立った。そろそろ食糧が足りなくなる頃だ。調達の必要があるのは分かっているが、方法がない。たまに襲撃してくる魔物を返り討ちにするべきなのだろうが、追い払うのが精いっぱいだった。
「このままじゃ、全員死んでしまう。なんとか魔物を狩らないと。」
永遠と続く荒野では草花もない。木の根すら食べれない状況で、残されたのは皮肉なことに命を狙ってくる魔物だけだった。あとから分かることだったが、この土地は魔力が強すぎて草木が育ちにくく、魔物は強い。魔人族の若者だけの集団には食糧調達すら厳しい土地なのだ。
出発から9日目。またしてもオオカミ型の魔物の襲撃があった。今度は4匹の群れだ。いままではせいぜい2匹だった。おそらく今まで俺たちを監視しながら追ってきていたのだろう。ここで憔悴した俺たちを狩るつもりだと本能で感じた。
「シンとラミィを囲んで円形になれ!」
ライクの指示が飛ぶ。しかし、円形になった俺たちの周囲をオオカミはぐるぐるとまわり始めた。危険を察知した体から汗が噴き出す。心なしか槍がいつもより重く感じた。このオオカミ型の魔物は後にシルバーファングと呼ばれている事が分かったが、当時はそんな事どうでもよかった。
命のやり取り。襲われているこの時ですら、俺はこいつらを狩って食料にする事を考えていた。
「うわぁ!」
数分の攻防の後、バルトの悲鳴に振り向かざるを得なかった。そこには腕にかみつかれたバルトがいる。俺の周囲にもまだシルバーファングが2匹ほどいて狙われていたために、うかつに手助けはできなかった。
「バルト!」
ライクがバルトに噛みついていたシルバーファングを斬った。背中から腹にかけて切り下げられたシルバーファングはバルトを噛んでいた口を離し、距離をとる。あまり深くは切れなかったようだ。バルトの方は、利き手の右腕が使い物にならなくなっていた。ライクももう1匹に隙をみせた事で腰のあたりを爪でひっかかれたようだ。
「ラミィ!回復魔法を!」
しかし、他のシルバーファングはその隙に俺にも襲いかかってきた。あわてて槍で追い払う。及び腰になっている槍が突き刺さるはずがなかった。しかし、そこでテツヤとしての意識が前に出る。魔人族としてこの状況を、自分を許せない憤怒の感情だ。こいつを狩る、殺す、あとはどうでもいい。
襲いかかってくるシルバーファングに狙いをつけて、槍を投擲した。噛みつこうとしている口に槍が吸い込まれるようにして刺さる。頭の後ろから突き出た槍を見て、俺は得物を解体用の鉈に変更した。
「よしっ!」
シンが後ろで歓声を上げた。振り返っている暇はない。もう一匹が今にも俺に噛みつこうとしていた。
眼前に迫る牙を見ながらも、意外にも冷静な自分がいる事に気付く。左の肘でシルバーファングの顎を押し上げ、噛みつかれるのを阻止すると右手で鉈を振りかざした。しかし、シルバーファングの体が俺をそのまま押し倒す。倒れながらも右手の鉈をシルバーファングの首筋に当て押しつけながら、なぜか自然と願いを込めた。
『切れろ。』
魔力が鉈に込められる感触がし、シルバーファングの首が飛んだ。しかし、返り血にまみれて唖然としていた俺を正気に戻させたのはラミィの悲鳴だった。
「バルトォ!!」
シルバーファングがバルトの首筋に喰らいついていた。バルトの左手に持った剣はシルバーファングの腹に深々と突き刺さっている。駆け寄ろうとしたが先ほどのシルバーファングの胴体が俺の体の上に乗りかかっていた。両者はゆっくりと倒れていった。ライクはもう1匹と死闘を演じている。
「バルト!しっかり!」
ラミィが駆け寄る。俺はすぐに立ち上がって鉈でシルバーファングを斬り裂いたが、すでにシルバーファングはバルトの剣で絶命していたようだ。斬りつけられても全く動かなかった。シンがバルトの首筋を抑え、大量の血が出てくるのを防ごうとしている。ラミィは必死に回復魔法をかけている。ライクと戦っていたシルバーファングは逃げたようだ。
地面の血だまりが、全てが遅い事を知らせていた。
3匹のシルバーファングは解体され、肉は食糧に皮は寒さをしのぐ布として持って行くこととした。バルトの墓には彼の剣を突き立てた。シルバーファングの肉は筋張っていて臭く食べにくかったが、空腹の俺たちには旨いと感じた。バルトがいなくなっても、誰も帰ろうとは言わなかった。
テツヤ 17歳 男性(魔人)
Lv 23
HP 420/420 MP 180/180
破壊 23 回復 7 補助 10 召喚 1 幻惑 2 特殊 6
スキル:次元斬(特殊系統、全ての物質を空間ごと切断する)
不屈(敗北を糧にして強くなる)
ヴェノム・エクスプロージョン(特殊系統、広範囲の爆発系魔法)




