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1-1 戸惑う魔人は青い空を見る

 土で汚れた身体を雨が綺麗に流していく。それでもこびりついた汚れは完全にはなくならない。裸足の足裏が地面の小石を踏む度に痛みを訴える。それでも歩くしかない。そこにしか生きる道がないのだから。それまで付き従っていた相手は随分後ろで骸になっている。彼が残した人がいるから、まだ歩ける。己のみであったとしたら、すでに気力が尽きているだろう。無心に歩く、目的があるのだから。


 今から10年前の事、テツヤはぼろ布を纏って荒廃した村の一つの家の中で目を覚ました。記憶には今まで17年間過ごしてきた魔人族としての記憶と、〇×大学工学部の斉藤哲也として記憶が混じり合っている。

「意味、分かんねえ。」

魔人族の暮らしとしては最低水準。その日の食を手に入れられるかどうかも分からない中で家族は一人また一人と命を散らしていく。周囲には文明らしきものもあまりなく、なんとか数十人が寄り添うようにして暮らす小さな村が点在する地域だった。

 ここはヴァレンタイン大陸から西に行ったところにある魔大陸の奥地。かなりの量の魔力が潜在するために強力な魔物がはびこる危険地帯である。しかし、ここを出て行こうにも魔物の襲撃があるために移動すらままならない。

「昨日、隣村のやつらが魔物に襲われたようだ。すでに村には誰もいねえ。」

襲撃のあった村は全滅したようで、生存者の確認もされていなかった。テツヤは17歳になろうとしており、成人したての魔人族だった。能力値は平均・・・以下。明日死んでも誰も驚かない。破壊魔法は苦手、体術もそこそこにしかできなかった。

「とりあえず、どうすりゃいいんだ?」

テツヤの記憶を頼りに哲也が考える。もともと大人しい性格だった斉藤哲也はこんな時に混乱するばかりで行動する事ができない。


「テツ兄、起きたのか?」

そんな中、一人の魔人族が家に入ってきた。弟のシンだという事はすぐに分かった。両親がいないテツヤにとっては唯一の肉親だった。

「ああ、ちょっと寝ぼけてるみたいだけど。大丈夫、起きるよ。」

身体を起こす。何故か節々が痛い。昨日魔物に吹き飛ばされて気を失った事を思い出した。

「昨日の・・・魔物はどうなった?」

シンに問いかける。シンがここにいるという事は狩りは成功したに違いないのだが。

「ああ、グレーテストボア?テツ兄が気を失った後になんとか狩れたよ。ただ・・・ラムウは助からなかった。」

ラムウは今年で30くらいになる村の狩人の中でも頼りになる存在だったはずだ。昨日の狩りの最中にイノシシ型の魔物の突進を避けきれず・・・。

「・・・そうか。また1人いなくなったな。」

「・・・うん。さあ、死んでしまったラムウの分も、ご飯を食べなきゃね。」

「ああ、分かった。」

死が蔓延したこの村は、死に、慣れている。


「当面の食糧は手に入ったが、このままではジリ貧だ。新天地を求めて移動をするべきなんじゃないのか?」

 村の中心部ではグレーテストボアの肉が焼かれていた。久方ぶりの食糧に村人が群がっている。そんな中で村の移動を主張するのはライクという名の若者だった。

「移動できる土地を探しに行こう。できるだけ安全で食糧に困らない場所を探すんだ。」

テツヤはグレーテストボアの肉を噛み千切った。塩も何もかかっておらず、単純に焼いただけの肉を旨いと思うテツヤとまずいと思う哲也がいる。しかしどちらも空腹であっという間に肉はなくなった。

 ライクの主張は村の長に一旦は退けられた。だが、村人のほとんどはこの場所にとどまっても希望はないと思う気持ちで占められていた。


「テツ兄、どう思う?」

シンが聞いてきた。

「何がだ?」

何と聞かなくても、実は分かっていた。テツヤと哲也が混乱中にもかかわらずだ。

「他の場所を探しに行くっていう案だよ。このままここにいても皆死んじゃうだけだよ。」

 ここ数年で魔物の出現場所が大きく変わっている。以前はこんなに獰猛な魔物ばかりが巣食う場所ではなかったはずだ。北の山の向こうからやってくる魔物は年々強力になっている。

「新天地が、存在するのか?その保証は?」

これが嫌味な回答であることは分かっていた。その答えも分かっているのに聞いているのだ。それほどまでにテツヤの心は荒んでいた。そしてそれを冷静に見ることができない哲也もいた。

「・・・すまん。こういう言い方をするべきじゃなかったな。」

「い、いいよ。今日はなんだか優しいね、テツ兄。」


 夜、ライクが家に訪ねてきた。

「テツヤ、話がある。」

後ろにはライクの他にバルトとラミィがいる。二人ともライクの弟と妹だ。

「誘いに来たのか?」

彼らの旅装を見て、テツヤはすぐに彼らが新天地を探しに行くつもりだと分かった。

「よく分かったな。」

今、彼らが村を出るという事は一つの賭けである。狩りができる年齢の若者が数人、村を離れるというのは食糧事情からしても防衛面からしても不安になる。

「だからこそ、当面の食糧がある今の時期じゃないとダメなんだ。」

平和な時代の日本で過ごしていた哲也が警鐘を鳴らすが、テツヤはライクの考えに賛同していた。今、二人が混じり合ったテツヤはどうすべきなのだろうか。


 結局、ライクに押しきられる形でテツヤは了承した。成人したてのシンを連れて行くのは躊躇われたが、いつ死に別れするか分からない世界で、離ればなれになる勇気はなかった。ライクが成人してないラミィを連れているのも同じ理由だろう。


「村人に連れ戻されないように、今日はある程度進むぞ。」

ライクとバルトは足早に進んで行く。テツヤですらついて行くのがきつい。ましてや、シンやラミィはもっとだろう。しかし、全員が行動の意味を理解していた。弱音を吐かずについて行く。連れ戻されない距離になって始めて休憩が許される。

「よくついてきた。」

そこは小さいが泉が湧いてる場所だった。以前、狩りの最中に寄った事がある。

「休憩だ。まず俺が見張りをするから、皆寝てくれ。数時間したらテツヤに代わってもらおう。」


 斎藤哲也としての意識が強くなる。ここは自分が住んでいた世界ではなさそうだ。そして後悔した。前世の知識を生かせばあの村にいながら皆を守り、食糧も確保できたのではないか?あまり文明の高い村ではなかった。武器も貧相なものしかなかった。しかし、武器が存在するのならばそれを製造する事も可能なはず。金属の加工ができるならば、工学部の哲也ならエンジンすら開発できる。

 今からでも、引き返すべきか?村人総出で村の周囲に柵を巡らせ、落とし穴を使って狩りをする方法を教えるべきだったんじゃないか?テツヤの言う事を皆が聞いてくれるか?それより、シンを連れてくるべきじゃなかったんじゃないか?

 

 気づいたら、ライクに起こされていた。疲労から、いつの間にか寝ていたらしい。身体の疲れが取れたとは思わなかったが、少し心は軽くなっている気がした。数時間、見張りをしたが襲撃はなかった。明け方になり皆を起こす。出発までにちょっとした食事を取る事になった。


 その日は空が、青かった。


まさかのシリアステツヤ

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