1-6 鍛えなおし
そんなことをやっているうちに夏になってしまった。
俺の魔力量は順調に増えており、クレイゴーレム2体の召喚、もしくは1体の24時間維持ができるようになっている。魔力の回復量もかなり増えたようだ。召喚騎士団のレベルもしっかり上がっている。ついにウォルターがクレイゴーレムとの契約を成功させた。テトとヒルダももう少しだ。来年には全員がゴーレムを召喚できるようになってればいいな。
全国から召喚士の招致が進んでいる。すでに10名ほどの召喚士がレイクサイドへの移住を希望してやってきた。中には貴族の息子も2名ほどいた。あとを継げないからこのままだと平民に格下げになってしまうのだという。召喚士のレベルはそんなに高いものはいなかった。
ヘテロより高かったのは元貴族の2名のみである。元貴族はフィリップへ、その他も2名ずつもともとの召喚士につけて部隊を編制した。元からいた5名はそれぞれ部隊長へと昇格させ、第1召喚騎士団はフィリップが隊長というように3名5つの部隊へ分け、それぞれまずはノーム召喚担当から始めさせた。今後、さらに召喚士が増えたならばそれぞれの部隊に配分していけばよい。
召喚士が増えたことでノームの召喚数が格段に上がった。そのため開墾にゴーレムを使い、そこに少数の移民と大量のノームを派遣するという形で収穫量も増えている。中央とのやり取りはアランにすべて押し付けているが、そろそろ隠し通すのが限界に近いそうだ。大量の穀物を領地の外へ売り出したレイクサイド領はかなり注目されているらしい。
「しかし、教師役の召喚士がなかなか捕まらないな」
問題はこれである。教師がいなければ新たな眷属の情報もなく、魔力量のみ増えても面白くない。やれることの幅が減ってしまうではないか。
「貴族院の先生を説得するのもありなんだが……」
ハルキの記憶では貴族院の召喚魔法の先生はあまり好ましい性格をしていなかった。他の教師から蔑まれていたことも考えると招いたところで利益は少ないかもしれない。
「じい、召喚騎士団の戦力増強のためだ。中央へ行き、召喚魔法書を中心に買いあさってきてくれ。今年は金が余っている」
こういうことはフランが適役である。じいならば完璧にこなしてくれるだろう。俺は貴族院には行かない。
「教師はよろしいので?」
「欲しいのはやまやまであるが、いないものは仕方ない。それに契約の条件だけならば魔法書で十分だ。魔力量の増強方法はノームで十分だしな」
「かしこまりましたハルキ様。すぐさま王都へとまいり、魔法書を購入してまいります」
「うむ、販売していないものがあれば写本でよいから取り寄せたい。数人連れて行くといい。あと、ヒルダを同行させてくれ。彼女ならば魔法書以外の知識も手に入れれるだろう。何人かの召喚士に会わせてやってくれ。父上に言って紹介状をしたためてもらおう。帰ってきたらヒルダが教師だ」
美人未亡人女教師か……いかんいかん変な想像をしてしまった。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて何人か連れて行きます」
「うむ、収穫祭までには帰ってくるように」
フランたちはその日に出発したそうだ。領地にフランがいないことがすこしだけ不安であるが、現在のレイクサイド領は依然のものと違って活気にあふれている。優秀な人材も育ってきているし、大丈夫だ……多分。
王都ヴァレンタイン。人類が堅持している唯一の大陸の中央部に位置する唯一国家の名前を冠する大都市である。多くの貴族が住まうこの土地には貴族院を筆頭とする教育機関があり、全国から優秀な人材が集まる。現王アレクセイ=ヴァレンタインの下に集いし人類最高峰の騎士と魔法使いたちが魔人や魔物との戦いに備えて日々研鑽している場でもある。
「最近、ど田舎なんだがやたら羽振りのいい領地があるらしい」
「聞いたぞ、レイクサイドだろ?あんな何もない土地なのに移民を募っているそうじゃないか」
「レイクサイドと言えば、次期領主が優秀だと聞いたぞ」
「次期領主? それってハルキ=レイクサイドか? 優秀なわけがない、それはデマだ」
「え、なんでだ?」
「3年前の貴族院成績事件って聞いたことないか?」
「ああ、知ってるぞ。尋常じゃなく成績の悪い生徒がいたそうじゃないか。何故か留年することはなかったそうだが、貴族院始まって以来の最低な成績で当時の教師連中が何をやっても理解せず、教師の数人は体調を崩したんだとか。あまりの成績の悪さに貴族院の有り方に関して政府も含めて緊急会議が開かれたとかなんとか」
「そうそう、ほんとに何やらせてもダメなやつでさ」
「え、もしかして?」
「その通り、そいつが次期レイクサイド領主のハルキ=レイクサイドその人さ」
「じゃあ、今レイクサイド領が羽振りがいいってのもデマなのかもな」
「ああ、あいつに領地経営なんてできるはずがない、はは」
ここは王都ヴァレンタインのある喫茶店。私、フランは現在ヒルダを伴ってここにお茶に来ております。ハルキ様の御命令で、現在貴族院付属図書館に通いながら必要な情報を集めている所でございます。隣に座っているヒルダの体が小刻みに震えております。写本の字が歪んでいますよ。まあ、理解はできますが、ハルキ様の為にもここは抑えなければなりません。
「ヒルダさん、落ち着きなさい」
ここの紅茶は味が素晴らしい。是非とも茶葉の種類を教えていただかなければなりませんね。
「しかし、フラン様。私は耐えられません。あのようにハルキ様の悪口を堂々と……」
「あなたが怒るのも無理はありませんね。ただ、ここで軽率な行動をとるとそれはハルキ様にとって好ましくない結果に結びつきます」
「……おっしゃる通りです。申し訳ありませんでした」
「ふふ、実は私もあなた同様にはらわたが煮えくり返っているのですよ。分からないようにしていますが」
あのような輩はブタの餌にでもしてしまえばよろしいのですが、相手方も貴族でございますしトラブルは避けた方がよろしいでしょう。今回は無視です。見逃して差し上げましょう。
「それに、貴族院の事件の事は事実でもありますから」
ヒルダが驚愕の表情でこちらを見てきます。あ、手が止まってますよ。写本は続けながら話を聞いてくださいね。
「坊ちゃまは成人の儀まで非常に努力をされない方でした。成人の儀が終わった際の坊ちゃまのレベルをご存知ですか?」
おっと、ハルキ様をまたしても坊ちゃまと呼んでしまいましたね。ですがここは王都。坊ちゃまはおられませんし、たまには爺らしく、坊ちゃまと呼ばせていただきましょう。
「いえ、ですが現在のあの召喚レベルを考えるに最低でも20はあったのではないかと思っていますが……」
まあ、ヒルダたちはそう思うでしょうね。
「2です」
「はい?」
「ですから、当時の坊ちゃまのレベルは2でございました」
「いえいえ、ありえないでしょう。貴族院をご卒業されていてレベルがまだ2とか。授業を受けるだけでももうちょっと上がるのではないかと思うのですが」
「その通り、授業を受けるだけでもレベルは上がるのですよ。つまり、坊ちゃまは貴族院での授業を受けておりません。正確に言うと出席はされておられましたが、経験はされなかったというか」
そうです。坊ちゃまは貴族院の授業そのものは受けておられました。ただ、あまりの才能のなさに当初よりやる気を失われており、目的なき魔法は経験値として認められなかったようです。もともと、身体能力もあまり秀でておられませんでしたので、それはそれは苦痛にまみれた学院生活だったと思います。
「で、ですが、現在はもはやレベルは53になられて、クレイゴーレム2体召喚可能という事はMPが2000を超えるというステータスですよ!?」
もはや坊ちゃまは私の全盛期よりもお強いのでしょうね。さすがにクレイゴーレム2体を相手に勝てる気がしません。ですが坊ちゃまはまだ齢17歳でございます。将来が楽しみで仕方がありません。
「それが成人の儀を受けられて次の日のことでした。急に私を呼び出されたかと思うと魔法の講義をして欲しいと。その際にステータスを見せていただいたのですが、これがもう酷くて、ふふふ。坊ちゃまも才能はほぼないとびっくりされていました。唯一資質が人並にあったのが召喚魔法のみだったのですよ。それから坊ちゃまは召喚魔法に関して勉強なされました。私は召喚魔法の資質は皆無であったため、ノーム召喚しかお教えすることができませんでしたが、あっという間に物にされまして、あわててウンディーネとサラマンダーの契約方法を調べたものです。それでもレイクサイド領にある資料にある程度の事は3か月もしない内に役に立たなくなってしまいました」
何が急に坊ちゃまを変えたのでしょうね。まるで人が変わったかのように行動力が付き、あっと言う間に王都で噂になるような人物になってしまいました。まあ、貴族院はあまりいい思い出がないためか頑なに王都に来られようとはしませんが。
「坊ちゃまは現在教師になれる方を探されておりますが、見つかるまでは我々がこの王都でせめて召喚獣と契約の条件に関しての情報を集めることになっております。ですが、おそらく教師になれる方というのは見つからないでしょうね。せいぜい坊ちゃまが知らない召喚獣との契約条件を知っているくらいでしょう」
「え? なぜでございましょうか?」
ヒルダは分かりませんか……。ではお教えしましょう。
「それは、おそらく坊ちゃま以上の召喚士は存在しないからですよ。2年間でクレイゴーレム2体を召喚できるようになる召喚士なんてどこを探してもおりません」
「あ、なるほど」
「これはまだノーム召喚事業が領主館周囲のみだったころに私とフィリップが探し出した本です」
特別に見せてあげましょう。坊ちゃまの愛読書です。ここに持参したのは写本のため挿絵はございませんが。
「これは英雄たちの伝記です。ここに何人かの召喚士の逸話が乗っています。クレイゴーレムという召喚獣がいると知ったのもこの本でした」
ゴーレムの召喚士に関して坊ちゃまの評価はかなり厳しい物があります。なんとゴーレムの召喚のタイミングが明らかに間違っているとのこと。坊ちゃまはゴーレムの神髄は戦闘開始前にあるとおっしゃられました。どんな攻撃も受け付けない巨体と、なんでも破壊する怪力を考えると前線での戦闘が最も得意だと私なんかは思うのですが、そうではないそうです。どんな巨体でも弱点は存在するし、どんな怪力でも当たらなければ意味がないと言われておりました。それよりも事前の土木工事でこちらが有利な地形にしてしまえば攻撃は届かないと。発想が柔軟かつ論理的でございます。
「そして、この本には歴代最強の召喚士の話が載っております」
「歴代最強ですか」
「そう、その召喚士の眷属の中でもっとも恐れられていたのがレッドドラゴンでした。他の召喚士では契約することすらできないこの空の王者ですが、ある戦いで召喚されると劣勢であった戦況を正面からひっくり返すほどの力を持っていたそうです」
「レッドドラゴン……」
「何を夢みたいな声を出しているのですか。そのうちあなたにも契約を結んでいただきますよ」
「えっ、そんな私なんかが歴代最強の召喚獣と契約なんて……」
「レイクサイド召喚騎士団第3部隊隊長でしょう。それくらいはしていただかなくては困ります。この前クレイゴーレムとも契約できたのでしょうから」
「クレイゴーレムはハルキ様をはじめとしてフィリップ様やウォルターも……」
「この本を読んでいるとそのレッドドラゴンを召喚していた召喚士がクレイゴーレムを召喚する場面があります。その数は2体。状況から察しておそらく最大数でしょう。つまり、坊ちゃまはすでにレッドドラゴンと契約可能な魔力量を持っておられるのです。そして、クレイゴーレム2体であれば、あなた方にもすぐできますよ。坊ちゃまは1年半でそれを成し遂げました。あなた方は何年かかりますかね」
そうなのです。すでに坊ちゃまの魔力量は歴代最強に並んでおります。契約条件さえ分かればレッドドラゴンの召喚も可能でしょう。そしてそれに続いて召喚騎士団の面々もレベルが着実に上がっております。坊ちゃまのように1年半では無理でしょうが、実現可能なのは間違いありません。部隊長たちのみでもレッドドラゴンの召喚が可能であればレイクサイド領は王都ヴァレンタインの戦力にも劣らない強力無比な軍隊を有することになるでしょう。召喚騎士団だけでなくレイクサイド騎士団の増強を急がねばなりませんね。
「非常に情けない事に、我々がいくら束になっても坊ちゃまの政策を超える事はできません。今までレイクサイド領と言えば国内最弱と言われた領地でございました。我々古参の家臣団の力が足りなかったのは明らかです。これは実は由々しき事態なのですよ。あまりにも坊ちゃまが優れておられるために誰も気づいておりませんが、坊ちゃまはあなた方をはじめとして重要な役職についている者はほとんどご自分で見出した方たちです。私は一度引退した身ではございましたが、今までのアラン様を盛り立てていた者として耐えられる状況ではございません」
おっと、握っていたクッキーが粉々になってしまいました。ヒルダはこっちを見て固まっておりますね。
「私は今、騎士団へ復帰するか執事としてこのまま坊ちゃまの補佐をするのかで非常に迷っております。召喚騎士団はフィリップに任せておけば問題ないと思っておりますが、レイクサイド騎士団が問題です。あの腑抜けどもを鍛えなおすことこそ、今やらなければならない事ではないかと思っているのですよ。逆に、坊ちゃまの近くにいることのできるこの役職の楽しみもあり、人生で最もたぎっております」
そうなのです。坊ちゃまの近くに入れるのは私の特権でございます。おや、ヒルダが完全に引いておりますが、何かあったのでしょうか?
「どちらにせよ、私はもっとレベルを上げる必要がございますね。坊ちゃまにふさわしい爺になるためにも」
「まだ、レベルを上げるおつもりですか……」
「もちろんです。私は今レベル75でございますが、すぐに坊ちゃまにとって役立たずになってしまいます。少なくとも100は欲しい物ですね。このままではフィリップにすら相手をされなくなるでしょう。そのような屈辱、耐えられるわけがありません。この仕事が終われば一旦レイクサイド領へ戻ることができます。執事を続けるかどうかは別としても自分を含め騎士団の鍛えなおしが必要ですね。今から楽しみでございます」
そうですね、収穫祭が終われば本格的な冬です。今は坊ちゃまのおかげで物資も潤沢でございますから騎士団の大半を連れて領地内の魔物の掃討でも行いましょう。貴族院と同じく破壊魔法専用の崖も作らないといけませんね。ふふふふ、本当に楽しみです。
「おや、どうしました?ヒルダさん。手が止まってしまってますよ」
大変有意義な時間が過ごせました。宿に帰ったら早速訓練計画の立案に入りましょう。