2-5 狂乱
「どうするんですか?大変な事になってますよ。」
レイクサイド領主館、次期当主の部屋。部屋の主であるハルキ=レイクサイドは難しい顔をしている。
「そうなんだよセーラさん。ちょっとクロっさんをいじめてみたんだけど、こんなに簡単に軍隊を集めるなんて思ってもみなかったよ。だって、アレクによると証拠は何もないんだってさ。単純に頭が狂ったとしか思いようがないんだって。つい、ウォルターにアレクがばれてて泳がされている可能性について聞いちゃったよ。」
レイクサイド領は反乱を起こしたとして、各地の領地には極秘扱いで軍の収集要請が出されていた。もちろん、極秘とはいえレイクサイド領には筒抜けである。
「一応、どんな事があろうとも王命になってしまうから他の領地はレイクサイドを討伐する軍を出さないといけなくなるんだけど・・・。」
「それではシルフィード騎士団もレイクサイド領の討伐に出てくるんでしょうか?」
セーラ=レイクサイドはシルフィード騎士団アイシクルランスの出身だ。
「たぶんね。ジギル殿の事だから何とか理由でもつけて前線にまでは出てこないとは思うし、うちとシルフィード領が仲がいいのは公然の事実だし。」
「それにしてはハルキ様は余裕ですね?」
次期当主に焦りは見えなかった。
「そう?これでもいろいろと不安なんだけどな。まあ、エレメント侵攻の際にセーラさんに嫌われるかもしれないと思った時ほどは慌ててないよ。」
「では、安心してていいのですね?」
「あ、そこスルーするんだ。最近ホントたくましくなったよね・・・。」
かまってもらえない次期当主はやや寂しげである。
「まあ、俺とテツヤだけが知ってる人物なんだけど、なんとかでも助走つけて殴るレベルって諺のもととなった人がいてね。それを習おうかと思ってる。」
ちなみに正式にはそんな諺はない。
「つまり?」
「戦わない。」
スカイウォーカー領には各領地から騎士団が集まっていた。ジギル=シルフィードはこの異様な招集にたいして説明を要求したが、クロス=ヴァレンタインは誰とも会わずに陣営に籠りきっているという。
「ルイス殿!貴公は何か聞いておられるか!?」
スカイウォーカー領は昨年、前領主が病期を理由に引退し、ルイス=スカイウォーカーが正式に領主となっていた。
「ジギル殿、私も何も聞いておりません。ある筋によるとレイクサイド領の反乱の証拠すらないのではとのことです。ハルキ殿とはまったく連絡が取れず、レイクサイド領へと放った諜報からも特にこれといった情報が入ってきていません。レイクサイドでは戦いの兆候すら見えないとのことでした。」
「やはり、そちらも同じか。ハルキ殿が不自然に連絡を絶った以外には特にこちらにも情報はない。クロス=ヴァレンタイン宰相の証言のみが反乱を示唆する証拠とはいかに王命でも無理があるぞ。」
「ええ、レイクサイド領が反乱を起こすとは到底思えません。」
「それに関しては同感だ。世間では先のエレメント侵攻の論功の話もあるが、ハルキ殿にとって王家からの論功などなんの価値もないからな。」
「やはり、大森林を併合したレイクサイド領を危険視しただけという説が・・・。」
「ああ、考えたくないがもしかしたらそうかもしれん。お互いに身の振り方を考えねばならんやもしれんな。レイクサイド領が本気で牙をむけば、我らなんぞ生きてはおれんぞ。あの空爆への対処方法を見出した領地がいるとは思えん。」
「確かに一領地とはいえ、ハルキ=レイクサイドがいますからね。今回獣人の騎士団を設立されて、課題であった騎士団の突撃力も解消されました。単純に数で押せるほど甘い相手ではないですし、それができるのであればヴァレンタインはエレメント帝国の一領地になっていたはずですしね。」
「その通りだ。もし本当に開戦するとなればもう一度話し合わせてくれぬか?」
「こちらこそ。実をいうと、レイクサイド領からの物資の輸送がなければうちの領地は成り立ちません。もうぶっちゃけますが、レイクサイド騎士団がやってきたり、ヴァレンタイン軍が進軍するようならばスカイウォーカーは中立を決め込みます。ハルキ殿もわかってくれるでしょう。」
「我がシルフィード領もだ。お互いに弱みを握りあって一蓮托生だな。安心した。情報が入ればそちらにも伝えよう。実はジンビー=エルライトもかなり迷っているようだ。特に証拠もなく討伐の軍を上げ、領主たちにも会おうとしないなんて今までのクロス=ヴァレンタインでは考えられん。」
「分かりました。こちらも情報があればお伝えしましょう。」
シルフィード領とスカイウォーカー領では密約が交わされるのだった。
「ハルキ=レイクサイドめ、このままでは王家は・・・・・滅ぼさねば・・・。」
ヴァレンタイン陣営、クロス=ヴァレンタインのテントでは主が爪を噛みながらぼそぼそとつぶやいている。その風貌は往年の優秀な宰相を思い出させるものではなく、40歳前にもかかわらずやつれた老人を連想させた。
「貴様、もう見てはおられんようになってきたな。」
テントに入ってきたのはタイウィーン=エジンバラ、エジンバラ領の領主であり前回ハルキ=レイクサイドの暗殺を画策した共犯者である。
「あの小僧をあまく見ておったのはわしも同じだ。暗殺当日の朝に、わが諜報部隊はほぼ捕獲され、わしの枕元には一通の手紙が置いてあった。しかも後日、諜報員をすべて生かしたまま帰すなどという余裕つきでな。すでに大きく力の差を見せつけられてしまったのだ。わし等はこれ以上協力はできん。お前ももうやめたほうが良いぞ。」
「あの反逆者が!!お前も反逆者か!?」
「反逆はしておらん。わしらは蜂の巣をつついたのだ。このままレイクサイドを攻めればヴァレンタイン軍は全滅するぞ。」
「そんな事は許されん!やつらは滅ぼさねばならないのだ!」
「すでに忠告が聞こえんようになったか、惜しいのう。貴様はもう少しできる宰相と思っておった。」
翌日クロス=ヴァレンタインの命でレイクサイド領への侵攻が開始された。ヴァレンタイン軍を先頭とし、フラット騎士団がその後に続いたが、その他の領地の騎士団の足取りは重く、行軍はかなり間延びした隊列となった。
2日後、レイクサイド領境界へとたどり着いたが、レイクサイド騎士団の姿は見えなかった。
「やつらはどこだ!?」
クロス=ヴァレンタインが叫ぶが、あるのは無人の荒野のみである。
そのままヴァレンタイン軍はカワベの町まで進軍した。
「騎士団の方々はすでに引きあがられました。残っているのは民間の業者のみです。我々は王都からの騎士団が引き継ぎにやってこられるのを待っていたのです。」
町の代表の言葉にクロス=ヴァレンタインは絶句する。振り上げた拳の下ろし先もわからないまま、領主館へと軍をすすめた。
「レイクサイド騎士団はすでにここにはいませんよ。大森林の町へと移転するとの事でした。王都ヴァレンタインから引き継ぎの騎士団の方々がやってくるとはきいていましたが、まさか宰相みずから視察に来られるとは!」
その日、狂ったような叫びがレイクサイド領主館で聞こえたという。翌日クロス=ヴァレンタイン宰相は急病を理由に王都へと戻ることになった。引き継いだタイウィーン=エジンバラは1週間後に騎士団を解散させ、1か月ほどレイクサイド領の統治を行うとその後、アラン=レイクサイドに引き継ぎを行い、結局何事もなかったかのように引き上げていったのである。公式記録には反乱の二文字はなく、この後クロス=ヴァレンタイン宰相は引退しエジンバラ領の田舎で余生を過ごす事となった。当面宰相不在の時期がつづく事となったが、その間はタイウィーン=エジンバラとジギル=シルフィードがアレクセイ=ヴァレンタインの補佐を行ったという。
ようやく、次話で当初から予定していた人物を出すことができます。長かった。




