2-4 誤算と反乱
王都ヴァレンタイン。王城の宰相執務室にはクロス=ヴァレンタインがいる。
「なんだと言うんだ!」
ものすごい剣幕で怒鳴りたてているが、周りの者は動じない。そう、最近の彼はすでに精神を病んでいるのだ。
「またしても諜報部隊が消息をたっただと!?無能どもめ!」
「ですがクロス宰相、レイクサイド領に謀反の疑いがあるのは分かりますが、これほどまでに諜報部隊の質に差が出始めると上手くいくものも行きません。」
約1年かけて、ウォルター率いるレイクサイド諜報部隊員はクロス=ヴァレンタインお抱えの諜報部隊のほとんどに浸透しており、実はここ最近の失踪者は死んでいるわけでなくレイクサイドに異動になっているだけだ。新人の採用担当をウォルターの部下がしているものだから、裏からみたら笑える状況である。ちなみに、この諜報部隊の長もウォルター率いるレイクサイド召喚騎士団第2部隊の人間である。前任者はすでに抹殺済みである。
「一度、距離をとるのです。そして新人がある程度育ってから、再度試しましょう。諜報部隊を遣わす事以外でも、情報は入ってくるはずです。」
ウォルターたちの諜報部隊がこうも王都の諜報部隊を凌駕しているには事情がある。もちろんそれは召喚だ。
召喚獣シェイド。闇の精霊ともいわれる彼らに戦闘能力は皆無である。どのような場所でも召喚でき、意思疎通が行える彼らをウォルターたちは活用することで、より安全に確実に情報を手に入れる事に成功していた。召喚と送還のタイミングが完璧であれば、そこに存在した証拠すら残さない。生身の諜報部員と違って、シェイドを数体召喚することで少人数でも情報収集は可能となる。これらを有効に使う事で、ウォルターたち諜報部員はまずはクロス=ヴァレンタイン直属の諜報部員たちを順番に抹殺していった。人数が足りなくなれば補充する必要がある。最初の採用担当を見極めたころからクロス=ヴァレンタインはレイクサイド領に対して何もできないようになっていたのである。
そして、今回ハルキ=レイクサイドが大森林を併合してしまった。資産、人口、領土ともに倍増したレイクサイド領はエジンバラ領、シルフィード領にもならぶ大領地へと変貌を遂げてしまったのである。クロス=ヴァレンタインの苦悩は並みのものではなかっただろう。彼は前回のエレメント帝国侵攻の際の論功でレイクサイド領全員から恨まれていると言っても過言ではない。その際の会議にはウォルターも裏から操ることはできなかったようだ。すべてはアラン=レイクサイドの無能が原因なのだが。
「レイクサイドの化け物め、名誉より金をとるか。」
しかも、世間では名誉もがっちりととっている。貰っていないのは王家からの評価のみ。クロス=ヴァレンタインが恨むのも無理はない事かもしれない。
「クロス宰相、エジンバラ領領主タイウィーン=エジンバラ様がいらっしゃいました。」
「通せ。」
タイウィーン=エジンバラはすでに60を超えた人物である。もともとエジンバラ領は大領地として君臨し、その豊富な資源と人口によってヴァレンタインの食糧庫としての地位を確立し続けてきた。しかし、この数年で完全にレイクサイド領にその地位を持って行かれている。さらに、今回の併合で差は歴然とし始めた。
「クロス宰相、堅苦しい挨拶は抜きだ。」
「タイウィーン殿、相談とはレイクサイド領の件か?」
「ああ、そうだ。さすがにあの若造どもは調子に乗りすぎた。いまのうちに叩きつぶしておくのがよい。理由をつけて王都に呼び出し、暗殺すればよかろう。民衆はすぐに騙すことができる。シルフィードの小僧が何か言ってくるやもしれんが、知らぬ存ぜぬを決め込めばよい。お互いのためにレイクサイド領は解体させるべきだ。」
「しかし、ハルキ=レイクサイドを知っておるのか?あのウインドドラゴンを!やつは並の召喚士ではない。」
「エジンバラから何名か貸そう。そして召喚獣が召喚できない部屋というものを作ることができる。」
「!?・・・本当か?」
「なんならノームでもなんでも召喚してみると良い。」
「わかった。レイクサイドは確かに調子に乗りすぎだ。叩けるものならば叩いておきたい。」
「・・・という会話をアレクの目の前でやっておりました。」
アレクはウォルターの部下のレイクサイド召喚騎士団第2部隊所属だ。最近クロワッサン諜報部隊の隊長も兼任している。
「あーあ、まじかよ。どうしようか?なんとか穏便に終わらせられない?」
「なんとでも。いつでも王国宰相とエジンバラ領主の交代すら可能です。」
「・・・お前が味方でよかったよ。」
「ハルキ様がお作りになられた召喚騎士団であり、諜報部隊です。」
「じゃ、エジンバラにはお灸をすえるつもりでちょっと手ひどく、且、今後骨抜きになるように。ちょうど今のクロっさんところと同じようになればいいね。ついでに召喚ができない部屋ってのを調べておいて。クロっさんに関してはある程度調子よく言ってたけど、最終的にやっぱりだめでしたくらいのノリで。」
「分かりました。エジンバラの諜報部隊は徹底的に壊滅させておきます。すでに情報はある程度ありますので。その上でタイウィーン=エジンバラの枕元に読んだら引退するんじゃないかというレベルの脅迫文でも置いておきましょう。クロス=ヴァレンタインに関しては、エジンバラとの共同の罠を作成させ、最終的にハルキ様がはまらなかったという惜しい感じを全面的に出した茶番を演じさせて裏から思いっきり笑いましょうか。」
「・・・ホント、お前が敵じゃなくて良かったよ。」
「ですが、クロス=ヴァレンタインの精神が少しまずいところまで来ています。あまり刺激になる行動は慎むほうが良いでしょうね。」
「ああ、気を付ける。」
そして作戦決行の日は来た。俺は王都ヴァレンタインへ招待された。非公式の訪問という事で、少数できてくれ、他領地には知らせないようにとの伝達があった。内容は「新たな召喚獣との契約条件を知ることができた。是非、レイクサイド領で活用してもらいたいが他領地との事もあるので内密に願いたい。特に前回のエレメント帝国侵攻の際には誤解があったようで、本来ならばもっと功績をたたえるべきであったので謝罪も兼ねている。」ときたもんだ。よくもまあそんな事を思いつけるもんだ。
王都へ到着したのは俺とフィリップ、爺である。ウォルターたちはすでに各所に散らばっており、準備完了だ。今頃はエジンバラの諜報部員が一人また一人と姿を消しているに違いない。招待された先はクロス=ヴァレンタインの別宅だそうだ。うそつけ、エジンバラ領の物件だという事は調べがついている。
到着するとクロス=ヴァレンタインがいた。
「やあ、よく来てくれた。」
なんてフレンドリーな顔だ。やはり一国の宰相ともなると演技力が違う。
「昨年は大変失礼な事をした。本来であるならばレイクサイド領こそが救国の英雄であり、最大功績とすべきだったと思っている。今回はその詫びもふくめて特別に契約条件をお教えしたい。さあ、条件がかかれた本が中にあるので入ってくれたまえ。」
「どうも、お邪魔します。」
屋敷の奥の部屋に通されると、そこは壁が一面真っ白な部屋だった。試しにノームを召喚しようとしたが確かに召喚できない。俺たち3人が入ると、部屋の扉が閉められた。
「おい、私がまだ入ってないぞ、あけてくれ。」
そろそろ演技力が低くなってきている。笑が止まらないのだろうか?それはこちらの事だというのに。
「坊ちゃま、2人ですので私1人で十分です。」
部屋の奥には2人の剣士がいた。鬼のフラン相手に2人でよかったのか?エジンバラにもなかなか強いやつがいると見える。後ろからはどんどんと扉をたたく音。
「ハルキどの!!あけてください!」
クロス=ヴァレンタインよ、お前はそんなに器に小さい人間だったのか。がっかりだよ。もっとできる男だと思っていた。あの旧時代のバカたちをまとめていたぐらいだから少しは本質が見えているのかと思っていた。残念だ。
「坊ちゃま、終わりました。」
考え事をしている間に勝負は一瞬でついていたらしい。
「クロス宰相、賊が侵入しております。今、私の部下が2人討ち取りました。こいつらが扉に細工を仕掛けたんでしょう。他にもいるかもしれません。すぐに扉を破るので、少し離れていてください。」
「え!?」
そのびっくりの演技は上手だ。演技でないのも知ってるけど。暗殺者は本来ならば10人以上いたはずだもんね。
フランがドアを蹴破る。護衛数名に守られたクロス宰相は小さく見えた。やや放心状態だ。
「契約条件がかかれた本も盗まれていたようです。他にも賊が侵入していないかどうか確認が必要ですが、まずはわれわれがドラゴンで王城の安全な場所までお送りいたしましょう。」
ウインドドラゴンとフィリップのワイバーンでクロス宰相とその護衛たちを王城へと移動させる。
そして降り立ったクロス=ヴァレンタインについ、こう囁いてしまった。
「残念だったね。でもお前には無理だ。」
目を見開いた宰相は、その後何も言わずに王城へと入っていった。
そして次の週。レイクサイド領は王都ヴァレンタインに反旗を翻したとして、全領地の騎士団が王都ヴァレンタインに召集されることとなる。
「やべ、やっちまった。」
「だからクロス宰相をあまり刺激しないようにって言ったじゃないですか。」




