2-1 クロワッサン
「マッジでへこむっス。」
ここは大森林中心部付近の集落。世界樹周辺の木々が魔喰らいによって喰らわれ消滅した。その付近にある集落である。主に犬型獣人が多い。
「でも、任務はこなしただろう?」
ヘテロとビューリングが池のほとりで喋っている。
「そりゃ、任務は達成できたっスけど、ワイ太郎とワイ次郎が・・・。」
「まあ、召喚士にとってみれば召喚した召喚獣は子供みたいなもんか。」
「今まで、さんざんハルキ様の召喚獣をみんなで強制送還してきたっスけど、ハルキ様もこんな気分だったっスね。うううぅ、ごべんなざい・・・っズ。」
先の魔喰らい捕獲作戦の折、餌役をしたのがヘテロだった。木々がたくさんある場所だと網が引っ掛かり捕獲できないからだ。開けた場所まで魔喰らいを誘導するために2回ほど騎獣のワイバーンが触手にとらわれ、魔力を喰らわれ強制送還されていた。3匹目のワイバーンがなんとかヘテロを網の外へと逃がし、所定の場所に誘導された魔喰らいは通称「ソコビキアミ」戦法で捕獲、最終的に麻袋の中に何重にも口を止められた状態で密閉された。
「だからハルキが、自分がウインドドラゴンでやるって言ってたじゃないか。ハルキのワイバーンも喰われたんだぞ。」
「ぞんな、危険ば任務に、ハルキ様を、が!っズ。」
「うぉい、待て待て、まず涙と鼻水を拭け。それに何言ってるのか分からん。言いたい事は理解できるけど。」
「すびーっ、当たり前ッス。ハルキ様がいないとなんだかんだで俺らレイクサイドはダメだってことくらい分かってるッス。だからこそ、ハルキ様を危険な任務に就けるなんてできるわけが無いッス。ただでさえ、あの方じゃないとできない事ばかりなんスよ。」
「君らレイクサイドの人間は他の純人と違って、自分を卑下しすぎだ。もうちょっと自信持ってもいいと思う。」
「ハルキ様みてると無理ッス。」
「そうだな。あのヘタレ、実はすごいもんな。」
「ヘタレッスけどね。」
「ああ、ヘタレだな。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「こ、断る。」
大森林に暮らす集落の代表が全て集まる族長会議。ここ数年は開催されていなかったはずだが、今回の世界樹を喰らった魔喰らいを捕獲し遠く魔大陸に捨ててきた功績があり、レイクサイド領次期当主のハルキ=レイクサイドとその召喚騎士団が出席を求められていた。集落の代表が全員と言っても、50も集落があるわけではなく、大きな建物があれば全ての族長が入ることができる。特に人口の多い集落はやはり発言力が強く、大森林の今後の方針を決めるにあたって多くの話し合いがもたれる事もあった。
「でわ、今回世界樹さまが枯れてしもたわけじゃけっど、幸いなごとに、小さな苗が確認されちょる。」
世界樹はその巨大な幹をささえるために大森林全土に近い範囲で根を張り巡らしていた。今回魔喰らいはその魔力を喰らうのにかなりの時間をかけざるを得ず、ハルキ達が戻ってきたときも世界樹周辺にいたのはそのためだった。そして、幹は枯れたが根が一部残っており、そこから新たな苗が出てきているという。また何百年かしたら大きな世界樹が育つに違いない。
「そんで、我らは新たな世界樹さまの周りに新すい村を作ることにしようと思う。どげんだ?」
「異議なしだ。」
「おう、良か。」
ほとんどの代表が世界樹を守る人々の村を作る事に賛成する。新たにそれぞれの集落から人を出し合って村を作るのは初めての事で、この大森林が全員で一致団結してするという意義も大きい。
「それと、我らから一つ提案がある。」
それは猫型獣人の一番大きな集落の代表だった。
「俺らは今回、世界樹さまが食われているのに何もできんかった。やってぐれだのはレイクサイド領の騎士団だ。これはもう、こうやって細々と集落に引きこもってても俺たちは時代に取り残されっぞと思った。」
「だが、大森林に住むんだからには移動するのにも危険が伴う。どげすっだ?」
「聞けば、このハルキ=レイクサイド様はレイクサイド次期当主で、こいつん所のビューリングの友だと言うでないか。我らの提案は、大森林をレイクサイド領に入れてもらうのはどうかっちゅう事だ。獣人を友とする次期当主がいる領地だ。他よりはずっといい。俺らだけじゃ、これからはやって行けねえ。」
賛否両論あるようであったが、何故か人口の多い集落ほど賛成意見が多かった。限界を感じる集落も多いのだろう。
「何もヴァレンタインに忠誠を誓えってこっちゃない。誓うのはハルキ=レイクサイド様だべ。」
そして徐々に賛成意見で固められていく。
「ハルキ様、我らの忠誠を受け取ってくれんだろうか?」
そして冒頭の言葉である。
「こ、断る。」
「何でだぁぁぁ!??おい、ハルキ!コイツらがこんなに漢みせてるってのに断んのかよ!?」と、テツヤが言う。
「ハルキ様、大森林が我が領地となれば人口問題から資源までかなりの物が解消されます。それはもう我が領地だけで他のヴァレンタインの各領地を圧倒できるほどに。」と、フィリップが。
「獣人の集落の管理で産まれる労働力はかなりの物になりますね。特に騎士団の補充に関しては身体能力の高い彼らが入ってくれると弱点だった突撃力がむしろ大陸一をめざせるのではないかと思うほどに。」と、ウォルター。
「我が領地はもともと亜人に対する差別が軽く、ここ最近では移民もかなり増えていることから併合による問題は少ないかと思います。」ヒルダ。
「ノーム召喚担当って最近余り気味なんだよね。新人の育成のためにも未開発の土地が欲しいな。レイクサイドにはもうあんまり開墾してもいい土地がなくて・・・。」テト。
「だって、だって・・・。大森林まで領地にしちゃったら、クロっさんがまた睨んでくるだろうし・・・。仕事増えそうだし。逃げ込む場所がなくなるし。」
「クロス=ヴァレンタインごときが何だって言うんですか!!?あなたはハルキ=レイクサイド!レイクサイド領の次期当主でございます。一国の宰相程度に遠慮する必要などございません!!」
「・・・じい、さすがにそれは何かおかしい。辺境の次期当主と一国の宰相だからね・・・。」
「だはは!まあ、あのクロワッサン野郎の事に関してはこいつら思う所がありまくりだから、諦めろや。それよりここで断るのは漢が廃るぜ。しっかりと受け止めてやれ。」
「・・・クロワッサン・・・。」
「その通りです。テツヤ様の言う通り、あなた様には大森林を併合しヴァレンタイン全軍を敵に回しても圧倒できるほどの権力を手に入れる必要があるのです。今後ヴァレンタインには口出しなんぞさせません。このフィリップもお手伝いいたします。」
「・・・マジかよ。」
「ハルキ=レイクサイド様。改めて我らの忠誠をお受け取り下され。」
こうして俺は大森林を領地に併合した。レイクサイド領はこれでエジンバラを超える大領地へと変わり、今後獣人部隊を編成した騎士団はアイシクルランスを押さえて、大陸最強と言われる事となる。大量の食糧を背景に大陸各地からの物流と、大森林をもとにした資源とをレイクサイド領で交流させる事で、物流の流れが大きく変わろうとしていた。その影響を最も悪くうけたのがエジンバラ領であり、次が王都ヴァレンタインだった。
そして・・・。
「こっちからも条件を出させてもらうぞ。」
「な、何ですやろか?」
「大森林の獣人がレイクサイド領に併合されるにあたって、獣人の集落の全部の統括が必要になる時がある。毎回こんな人数集めてたんじゃ時間がかかって仕方がない。」
「はあ。」
「で、だ。今回新しく作る世界樹村の村長を全獣人の統括として、主な事はそいつが管理するってのはどうだ?もちろん、戸籍や土木事業などに関してはこちらから人を出すが。ようは獣人代表だ。」
「ええと思います。」
「では、その村長は・・・ビューリングにやってもらってね。」
ふふふ、死なば諸共。あいつにも仕事をなすりつけてやる。
これが、スランプ・・・。本当になんも思い浮かばないもんですね。




