1-6 魔喰らい
「魔大陸とその周辺にはよ、天災とよばれる巨大な魔物がいるんだ。」
それはいまだかつて討伐されたことのない、巨大な魔物だそうだ。4匹のその魔物は行く先々で魔人族の集落を襲い、誰も討伐できないことから天災扱いされている。青竜、玄武、白虎、朱雀と名付けられたそれぞれの魔物は数百年たったいまでも世界をさまよっているらしい。
「エレメント帝国あたりがなんとかしてそうな話だけどな。」
「ああ、あいつらは最初に遭遇した白虎を討伐しようとして5千ほど失ってから、やる気をなくした。それに最近はあまり見ないしな。数年前にヒノモト国の近くで青竜が現れた時はそりゃ、全力で逃げたぜ!」
「そんな力一杯言わなくても・・・。」
「レベルにしたら300近くありそうだからな。戦うなんてバカのやることだ。」
「ハルキ、テツヤ、猫型獣人には言い伝えがあってな。言霊と言うんだが・・・。」
「それ、フラグってやつ?」
ヴァレンタイン大陸の西部の海に一体の巨大な亀がいた。亀の魔物の名前は玄武。過去に討伐されたという記録はなく、この個体も数百年以上の年月を重ねているはずであるが、いまだかつて敗北の二文字は知らない。本来、魔力の源から発生されたとされる魔物であるが、その餌となるものも魔力が豊富であるものを好む傾向にある。故に、いままで天災級と称されてきた魔物の多くは魔大陸での活動を好み、人類の文明には無縁の存在であることが多かった。
しかし、いくら魔力の少な目な土地とはいえ、長年の積み重ねで魔力がたまらないわけでもない。
『世界樹』現地の者がそう呼んでいる大樹が大森林の中心部に生えている。一般の木々とは違い、魔力をためやすいと言われているこの大樹が齢1000年ほどを超えるにあたって、魔大陸の木々以上の魔力を帯び始めた。たまたま、遠洋を泳いでいた玄武はそれに惹かれた。
「テツヤがいらん事言うから、本当に天災級が来てしまったじゃないか!」
「うおおい、俺のせいかよ!?」
「だが、漂着したのは中身のない甲羅だけだというぞ。獣人の歴史の中でも類をみないでかさだと言うことだ。」
「おい、ちょっと見に行って来ようぜ。」
「んだらば、ちょっくらウインドドラゴンをば。」
「待て待て、それは騒ぎになる。行くなら徒歩かせめてフェンリルだ。」
「ホープ、こっちに来てから言葉がなまりはじめてるな。」
俺はホープ=ブックヤード、冒険者だ。今は親友の猫型獣人ビューリングと魔王テツヤ=ヒノモトとともにアウトドアな生活をしている。今回、大陸西部海岸にでかい亀の甲羅が漂着したというので集落の長老たちに言われて情報収集のために向かっているところだ。
「止められたのに、無理やり行くって言っただけだがな!」
大森林は広い。どちらに行けば西なのかも全く分からん。だが、俺には頼もしい仲間がいる。それは召喚獣のフェンリル1号、2号、3号だ。
「さすがにフェンリルの質がいいな。こんなオオカミなんて見たことがないぞ。」
オオカミではないフェンリルだ。彼らにのればこの樹海でも2日あれば海岸沿いまで達する事が出来るだろう。本当はウインドドラゴンで1日かからない距離ではあるが。
「今日もだいぶ走ってもらったから、そろそろ見えても良さそうだがな。」
予想ではそろそろ海岸線だ。そうこうしていると、森を抜けた。少しだけ草原があるが、その先は切り立った崖になっている。
「ヴァレンタイン大陸西部から南部にかけてはこれがあるからエレメントの連中は上陸できなかったんだ。」
崖は10メートルはあろうかという高さである。基本的にこんな高さがあればなんの準備もなしに軍隊が移動することは不可能だ。ましてや、長距離を航海してきた軍ともなれば
「よし、海岸に沿って南に進もう。」
3人を乗せたフェンリルたちが南に進む。打ち付ける波がかなり激しい。崖がなくてもこっちから攻めてくるのは難しそうだ。
「あれじゃないか?」
は?まだ何キロもあるぞ?なんで見えるんだ?
そこには巨大な亀の甲羅が崖に打ち付けられていた。その高さは崖よりもでかい。
「おお、でかいな。」
ちょっとビューリング、あんまりびっくりしているように見えないぞ。
「中身がないな。」
当たり前だ。中身があるならもうすでに逃げ出している。全長何メートルあるんだ?100メートルはあるんじゃないか?高さも軽く崖を超えているじゃないか。前世でシロナガスクジラの模型を見たことがあるが、そういうレベルじゃないぞ。
「しかし、なんでこんな事になったんだ?今まで人類の大陸にはこいつはいなかったと言うし、こいつが死んだ理由も知りたい。討伐された事もなければ、現在討伐できそうな奴なんて、お前らくらいのものだろう?」
「俺らでも無理に決まってる。しかし、なんてでかさだ。」
「ホープ、これはまずいかもしれん。」
珍しくテツヤが真面目な顔をしている。
「近くに魔喰らいがいる。」
天災級の魔物の他にも魔力に惹かれる生物がいた。それは、魔物ではなく、他の何かだった。それの餌は魔力そのもの。食物を摂取しなくても魔力があれば生きていくことのできるそれは、魔大陸の奥地にただいるだけで生きていくことができた。何千年と周囲の魔力を喰らっていきつづけるそれは、ごくたまに魔大陸に発生する魔力以上の魔力を蓄える存在に気付いた。天災級と称される魔物ですら喰らうそれを、古来の魔人族は「魔喰らい」と呼んだ事もあれば、その時代の英雄を喰らう「英雄殺し」、または「魔神」と呼んだ。
「魔人族の伝説でしかなかったが、こいつを喰らう事ができるとすれば、そいつだけだ。」
「魔喰らい、魔神か・・・。スケールがでかすぎて何とも言えんな。」
おいおい、このでかい亀を喰っちまうくらいなんだから、さらにでかそうだ。
「魔喰らいは本来魔大陸の奥地にしかいないと言われている。そこが魔力が最も豊富だからだ。今まで、魔人族の伝承の中の存在だったが・・・。だいたい、玄武がやられるという事次第が前代未聞だ。」
「テツヤはよく知っているな。」
「ああ、俺はもともと西の大陸出身だしな。」
その前は日本だし、今は東で海賊か。ホント、定住が嫌いなやつだな。逃亡癖でもあるんじゃないか?
「しかし、魔力が餌であれば、ヴァレンタイン大陸には来ないだろう。ここは魔力が少なくて有名なくらいだし。せっかくきたんだ。それなりに調査して帰ろうぜ。」
しかし、その予想は裏切られる事になる。翌日、面倒臭いという理由でワイバーンによる帰宅を選んだ一向が、海岸のある部分から世界樹とそれまでの道のりの木々が枯れ果てているのに気づくのに、時間はかからなかった。




