1-2 大森林の真ん中で
運が良いのか悪いか。俺はこんな樹海の中で憧れの英雄に出会う幸運(?)に恵まれた。しかし、その男は自分が抱いていた幻想とは全く違う、実に人間味に溢れた男だった。
「なあ、ビューリング。お前の集落ってどこ? ついてったらだめ? 暇なんだよ」
夫婦喧嘩中で家に帰りたくないと言った英雄は、俺の集落までついてくる事を希望した。
しかし、俺の集落というと大森林中心部の猫型獣人の集落である。いわゆる亜人として純人から差別されてきた存在の俺たちは、外部からの客を歓迎するという風潮はない。ただ、この男は亜人を差別しないで有名なレイクサイド領の次期当主だ。もしかしたら部落の長老たちは歓迎してくれるかもしれなかった。
「あ、俺は偽名使うから。これからはホープ=ブックヤード、ただの冒険者だ。ギルドカードもあるよ」
あぁ、だめだった。正体ばらす気がないわ、この人。
「ですが、ハルキ様。あなたの正体がばれないようにすると、部落の者は歓迎しないと思います」
「だからぁ、ホープ!ホープ=ブックヤードと呼べい! それから敬語もばれるから禁止ね」
なんてこった。俺は英雄にタメ口の許可をもらってしまったぞ。
「わ、分かった。ホープ。だが、歓迎されないかもしれないぞ」
「それでもいいよ。……今帰るくらいなら」
それから俺たちは二人で大森林の中を進んだ。ただ、おかしな事にハル……ホープは得意の召喚を夜間の見張りにのみ使っており、他は破壊魔法や補助魔法で対応しようとしていた。たまにBランク程度の魔物も襲ってくる。俺は対応できたが、ホープはまるで初心者のような魔法しか使わなかった。戦闘時には後ろに黒騎士が護衛としてついているだけだ。あれが戦えばあっという間に終わるだろうに。
「ハ……ホープ。何故召喚を使わないんだ?」
「……召喚は飽きた。たまには他の事がしたい」
「は?」
いやいや、待て待てまて。ハルキ=レイクサイドと言えば「紅竜」でおなじみの大召喚士じゃないか。
「あ、飽きた? ホープは他の魔法も使えるのか?そうは見えないが」
「もうやだ。こいつらといると自分の無力が思い知らされる。俺もお義父さ……マジシャンオブアイスみたいにドゴーンとかガツーンってやってみたい」
「そ、そうか。だから杖を持っているんだな。槍は十分得意だしな」
「え?」
「え?」
なんか、違った事言ったかな?さっきからすげえ調子狂うんだけれども。
「槍は得意じゃないよ。全然使えないんだ」
「は? でも、ジンを討ち取ってたじゃないか。槍で一突きだったと聞いたぞ。あのジンを」
「あぁ、あれか。よく覚えてないんだけどさ。考え事中に邪魔してきたから、アイアンドロイドで魔獣ごとひっかけて、飛んできたところに槍を構えてたらフェンリル一号が上手いこと当ててくれた」
「……考え事中に? 邪魔してきたから? で、ジンをか?」
「うん。ジンだと思ってなかった。なんか、こいつ邪魔だからって」
よし、落ち着け。こいつは俺の理解の範疇を超えている。考えるだけ無駄だ。
その日はあまり魔物に襲われなかった。かなりの距離を進むことができたため、部落までもう少しだ。しかし、襲撃が少ないのには訳があった。
「これはちょっと、きついかもしれないな。獣化のスキルを使うぜ」
目の前に現れたのはキラーマンティス、Aランクでも上の方のカマキリ型の魔物だ。これがいるから他の魔物は巣から出ようとしなかったのだろう。
「援護する! 親愛なる炎よ!」
ホープが、破壊魔法を繰り出す。キャンプの時に薪に火をつけるあれだ。マジかよ……、届いてすらいねえぞ。
その隙におれは獣化のスキルで虎に近くなる。筋肉が膨れ、俊敏性が増す代わりに性格も引っ張られて魔法が使いにくくなるのが難点だが、どうせこいつに魔法は効かなそうだ。このスキルを使うために鎧には随所に工夫を凝らしてある。
斬りつけてきたキラーマンティスの右の鎌を剣で受け止める。かなりの力が加わるが、なんとか対抗できた。反対側の鎌での攻撃を避け、切りつけたが少し浅かったようだ。外骨格に亀裂すら入らなかった。
「硬いな」
「どうせこいつはカマキリだ。鎌に斬りつけても意味がないぞ」
「ふん、お前の黒騎士なら関係ないだろう」
「まあ、多分」
ホープの近くに黒騎士がいると思うと、戦いに余裕が生まれてくる。最低でもこの同行者を守ってくれるので、世話をする必要がない。むしろ自分の身を案じなければならない相手だ。
「氷の槍よ!!」
槍? 棘の間違いじゃねえか?ちなみにマジシャンオブアイスの氷の槍を見たことがあるが、あれは槍どころか、どっちかと言うと山だったな。
氷の楔がキラーマンティスの後ろ脚に刺さる。足の関節部分だったのだろう。外骨格を少しだけ貫いたようだ。しかし、動きには全く影響がない。しかし、次の行動と結果は俺の予想外だった。
「そぉい!」
ホープがその少し刺さった氷の棘を杖で打ったのだ。それこそ、ノミをハンマーで打つように。
本来硬くて弱点にならないはずの後ろ脚が根元からボロッと取れそうになる。足の踏ん張りが効かなくなってバランスを崩したキラーマンティスに同じように足の根元に小さな氷の棘を打ち込んでは杖で打ちつけた。その間に鎌の攻撃を黒騎士が盾で必死に防いでいるのはご愛敬だろう。別に身のこなしがいいわけじゃない。
「そいや!」
ついに左半身の足が2本とも取れてしまい、キラーマンティスは立ち上がる事が出来なくなってしまった。
「うふふ、こうなってしまってはこちらに手を出せまい。死ねえ!」
鎌の射程範囲外から破壊魔法を繰り出す。見事な戦法に見とれてしまったが、その破壊魔法が全くキラーマンティスの甲殻を傷つけなかったために、時間ばかりかかっているようだ。
「ええい、なぜ倒れん!?」
仕方なく、俺が背後から腹部を狙って斬りつける。キラーマンティスの腹部は他の部分と違ってやや柔らかいために剣が通ることが多い。一般の冒険者はまずここを狙う。
「なんとか倒せたな」
こいつ、破壊魔法の才能は皆無だな。だが、戦い方はやはり「紅竜」ハルキ=レイクサイドだ。
動かなくなったキラーマンティスを解体する。
「部落にいい土産ができた」
「キラーマンティスの素材か? 鎌の部分とかを武器にしたりするのか?」
「いや、肉だが?」
「!?」
その日の夜はごちそうだったが、ホープは絶対に食べないと頑なに拒否した。純人は虫系の魔物は食べないらしい。おいしいのに。
ホープ=ブックヤード 21歳 男性
Lv 111
HP 1380/1380 MP 4360/4360
破壊 8 回復 3 補助 14 召喚 250 幻惑 4 特殊 0
スキル:逃避行・改(現実から目を背けて逃避行しても心が痛まない、改良版)
眷属:ノーム(召喚3、維持1)
ウィンディーネ(召喚100、維持10)
サラマンダー(召喚100、維持10)
ファイアドレイク(召喚200、維持15)
アイアンドロイド(召喚150、維持15)
フェンリル(召喚300、維持15)
黒騎士(召喚300、維持15)
アークエンジェル(召喚700、維持40)
クレイゴーレム(召喚1000、維持50)
アイアンゴーレム(召喚1200、維持60)
ワイバーン(召喚800、維持30)
レッドドラゴン(召喚2000、維持100)
ウインドドラゴン(召喚1900、維持120)
コキュートス(召喚2500、維持150)
ビューリング 33歳 男性
Lv 42
HP 1310/1330 MP 82/82
破壊 13 回復 8 補助 6 召喚 1 幻惑 3 特殊 0
スキル:獣化(外見的により獣の要素が多くなるが、力や俊敏性が増える)
剣豪(戦闘において剣の使い方が上手くなる)




