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6-6 絶望と殺意の矛先

 結論から言うと、ニルヴァーナ軍は崩壊した。王都ヴァレンタインへの進軍の際にレイクサイド召喚騎士団による妨害をさんざん受けた2万の軍勢は満身創痍の状態でヴァレンタイン城が見える平原に布陣した。迎え撃つはヴァレンタイン領、エジンバラ領、フラット領を中心とする騎士団達、総勢約7000。当初、数の力で押していたニルヴァーナ軍であったが、エルライト領に残っていた4000を撃破したジンビー=エルライトとジギル=シルフィードに率いられた防衛軍が背後を突いたため、一旦戦線が乱れると崩壊までは早かったという。将軍ニルヴァーナ=クリスタルは最後の最期まで抵抗を続け、多くの損害をだしたが最終的にはマジシャンオブアイス、ロラン=ファブニールによって討ち取られた。

 それまでの戦いで獅子奮迅の活躍をしていたレイクサイド召喚騎士団はその多くをすでに領地に帰還させており、次期当主と第1、第5部隊の一部のみがこの戦いに加わっていた。本当かどうか分からないが次期当主はこれについて「種まきの時期なんで・・・。」と言ってシルフィード領の領主を怒らせたとかなんとか。



「やだ。絶対行かない。」

ここはレイクサイド領。領主館で子供のように駄々をこねているのはハルキ=レイクサイド次期当主だ。

「フィリップぅ、後は任せた。イツモノヨウニ。」

「ハルキ様、さすがに今回は欠席はまずいんじゃないッスか?ハルキ様いなかったら、今頃エレメント帝国ヴァレンタイン領ッスよ。せっかくレイクサイド領が誉められるのに、ハルキ様いないんじゃ格好つかないッスよ。」

彼は第5部隊隊長ヘテロ=オーケストラ。ハルキ=レイクサイドの側近であり、最も信頼されている武将の一人である。

「よし、じゃ、親父行ってこい。領地は任せろ。イツモノヨウニ。」

「最近、領主としても父親としても存在する価値があるのか悩む事が多くなってきたわい。」

アラン=レイクサイドはハルキ=レイクサイドの父親であり、レイクサイド領主である。ここ数年は息子のハルキ=レイクサイドの人気が凄すぎて、影のうっすい存在として生きている。

現在、王都ヴァレンタインでは戦勝祭が計画されている。エレメント魔人軍4万を打ち破り人類の大陸を守った騎士団たちを祝う祭らしい。

「オレ、ヴァレンタインキライ。絶対イカナイ。」

先の戦いの最も重要な部分で王命による横槍を入れられてから、ハルキ=レイクサイドはヴァレンタインが嫌いである。それでなくても王都ヴァレンタインにいい思い出がない。

「これは、諦めるしかないか。」

ため息をついた筆頭召喚士フィリップ=オーケストラの苦悩は続く。



「ふふふ、上手くいった。」

「いきましたね、ハルキ様。」

「たまには息抜きしなきゃね、セーラさん。」

そして王都ヴァレンタイン。何故か冒険者変装セットに身を包み、ハルキ=レイクサイドとセーラ=レイクサイドは祭の準備が進む中、群衆に混じって宿屋に併設された酒場で酒盛り中である。

「えっと、ほんとに良かったのかな?」

「うむ、ハルキ様がいてこそ、ハルキコールは生き甲斐を感じるものとなるというのに。」

「いや、ソレイユ。そこじゃねえよ。」

護衛という名目でウインドドラゴンに拉致られたカーラとソレイユ。4人以上の冒険者はあまり声をかけられないというハルキの勝手な思い込みに巻き込まれた人たちである。

「良いに決まっている。あんなに頑張ったんだから、好き勝手しても文句言わせない。ふはは。」

「まあ、ハルキ様頑張ったもんねえ。」

「さすがはハルキ様です。」

「おおっと、声がでかいよ。しかし、さすがに王都ヴァレンタインに潜伏するとは誰も思わないだろうね。俺、戦勝パレード見てみたいなあ。」

パレードは明後日らしい。開会式の直後に始まるみたいなので、この宿屋の客室はパレードを見るにはうってつけである。

「ハルキ様、開会式のチケット買ってきたよ。4人分。」

「おお、でかした。高かっただろうに。」

「まあ、そこそこしたけどお借りしたレイクサイド次期当主の財布の中身に比べたら微々たるもんだよ。」

「あ、ハルキ様。クレイジーシープの香草焼き売ってますよ。頼んでいいですか?」

「いいよ、もちろん。食べよ食べよ。」

「ハルキ様!お酒おかわりしてもいい?」

「いいけど、カーラはあんまり飲み過ぎんなよ?」

楽しい夜が更けていく。


次の日の開会式は王城前の広場で行われた。多くの衛兵が警備する中、チケットを渡して入場する。

「すごい人の多さだな。」

すでに1万人は超えているだろうか。この国の人口を考えるとかなりのものである。

「なにせ、国が救われたんだからな。王都ヴァレンタイン周辺まで魔人族が攻め入ったのは始めての経験だろう。」

ある程度、時間がたつと前方に設置された檀上にアレクセイ=ヴァレンタインが現れた。拡声器型の魔道具を使い、演説する。

『ヴァレンタインの民よ!我が国は、魔人族の侵攻を打ち破った!』

『歴史上!これほどの魔人族の侵攻はなかった!』

『実に10万もの魔人族がエルライトの海岸に押し寄せたのだ!』

「あれ?エレメント軍は4万だったと思うんですが?」

「セーラさん、大げさに言った方が民衆は賛同してくれることが多いんだ。あまり褒められたやり方じゃないけどね。」

『対する我々は、10倍もの魔人族に対して・・・』


 アレクセイ=ヴァレンタインの演説は1時間にも及んだ。

「さすがに嘘ばかり聞かされるとしんどいな。それにヒノモト国に対する配慮が全くない。」

「でも、皆楽しそうですよ。」

「「「ヴァレンタイン!ヴァレンタイン!ヴァレンタイン!」」」

1万ものヴァレンタインコールに、少し酔いそうになるハルキ。

「ちょっと気持ち悪いかもしれない。」

「先に宿に帰りましょうか。この後は戦勝パレードですから。」

「そうだね。帰ろう。」

「「「ヴァレンタイン!ヴァレンタイン!ヴァレンタイン!」」」


 宿に帰ると、チケットを買えずに開会式に入場できなかった客が酒盛りをしていた。

「客室の窓が一番良く見えるから、俺たちも中で食事しながら見るとしよう。」

酒と食事を注文して客室に持ち込む。ここはパレードが開始して一番先に通る事が予定されている大通りに面した宿だ。それなりに高額ではある。

 昼間から2杯ほど酒を飲んだところでパレードの先頭がやってくる。音楽隊が町のいたるところに配置され、これから夕方のパレード終了まで演奏を続けるのだそうだ。


 まずはシルフィード領だ。最も功績があった領地として一番にパレードを行うのだそうだ。

「あっ、お義父さんだよ。」

「本当だ、パレードの先頭がお父さんなんですね。」

「エレメント帝国のニルヴァーナ将軍を討ち取ったマジシャンオブアイスなんだもの。最大武功で表彰されたんじゃないかな?」

「お父さんすごいな~。」

ロラン=ファブニールの後ろにはアイシクルランスを中心としたシルフィード騎士団が、そして中央の馬車にはジギル=シルフィードが乗っている。

「おお、ジギル殿だ。そういえば、前にもパレードを見たことがあるな。」

「それって、確かハルキ様がシルフィード領に潜伏してた時の事ですか?」

「そう、セーラさんに会う前日だよ。」


次がエジンバラ領。ヴァレンタイン防衛を評価されての第2位功績らしい。

「ってこのパンフレットに書いてある。」

しかし、カーラとソレイユは不服を表明する。

「ハルキ様!なんでレイクサイド領が1番じゃないんですか!?」

「その通り、どう考えてもレイクサイド領でしょう。」

「まあまあ、功績なんてあまり興味もないしいいじゃないか。好きにさせておけよ。」


そしてヴァレンタイン領が続いた。先頭はクロス=ヴァレンタイン宰相だ。

「クロっさん、やつれたなぁ。」

「色々と心労が重なったのでしょうか。」


 しかし、その後はエルライト領、フラット領、スカイウォーカー領と続いて小領地群の順番となってしまった。

「あれ?レイクサイド領が来ないな。」

「これはヴァレンタインの陰謀じゃないですか!?レイクサイド領がこれ以上功績をあげるとまずいから!」

カーラは飲みすぎである。

「確かにパンフレットには功績の事が書いてないね。」

「あっ!あれはレイクサイド領ですね!」

ソレイユの指の先には仏頂面したフィリップたちが率いるレイクサイド騎士団、召喚騎士団がいた。中央の馬車にはアラン=レイクサイドだ。・・・馬車?


「ぶはははは!!あのエンターテイナー・フィリップが召喚を禁止されている!ぶははは!!」

「なんでですかー!?召喚あってこそのレイクサイドでしょう!!」

「これは・・・!許せん!だいたい1番の功績があったのはハルキ様率いるレイクサイド領であり、それを小領地群として扱うなどとは!」

「ハルキ様、あの屋台でグレートデビルブルの牛串売ってますけど、買ってきていいですか?」



 パレードで召喚を禁止されたアラン=レイクサイドはそれを了承。召喚獣を楽しみにしていたヴァレンタインの民からはブーイングを浴びる結果となってしまった。功績の件に関してはレイクサイド領のこれ以上の発展を警戒したクロス=ヴァレンタインがある程度の抵抗を予想して難癖つけたところ、アラン=レイクサイドが全面的に認めてしまい、ほとんどの功績はなかった事にされてしまったらしい。

 召喚の禁止や功績を評価されなかった事を不服とした側近たちも多くいたが、開会式やパレードに支障をきたすわけにもいかずそのまま参加の運びとなる。せめて、次期当主が王都ヴァレンタインにいなかった事が不幸中の幸いだと思う事にした家臣団であったが、大通りの宿の客室からこちらを指差して爆笑する次期当主を見つけて、半数がその場で己の無力と絶望を感じ、残りの半数がクロス=ヴァレンタインに殺意を抱いたのはここだけの話である。


これで第1部が終了しました。次はすこし時間がたった後の展開を想定しています。

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