5-4 腹がタプンタプン
フラット領北部メノウ島。前回魔人族襲撃戦の折、フラット騎士団が撤退したため魔人族の前線基地として使われてしまった島である。北側には特に障害なく船が上陸できる海岸があるが、南側には浅瀬が広がり、大きな船の走行を妨げる岩礁がいたるところにあった。魔人族の部隊はフラットの町に続く海岸を攻撃すると見せかけて、まずはメノウ島に上陸し、常駐軍を駆逐するところから始めた。陣営化したところで、多くの補給部隊が上陸したため戦争は長期化しても耐えることができるはずだった。
実際は船を近づけさせないはずの岩礁が鉄巨人たちの手で魔人族の陣営に降り注ぎ、後方の陸に突然出現した真紅の巨竜によって前線の陣営は壊滅的打撃を与えられ、その後なす術なくメノウ島に展開していた魔人族は掃討された。
今回はこのメノウ島に人類最強と呼ばれた「アイシクルランス」と前回の戦いの立役者「レイクサイド召喚騎士団」が駐留している。急ピッチで進められるメノウ島砦建設計画は、当初の砦建設の予想を大きく裏切り、ジギル=シルフィードの指揮のもと、北側の海岸が完全に堅牢な要塞と化してしまっていた。
「はははっ!なんて早いんだ!うちの連中にもゴーレム召喚の契約条件を教えてやってくれ!」
「企業秘密です。」
「はははっ!つれないなあ、貴公と私の仲だろう。では、召喚騎士を1部隊ほど融通してくれないか?」
「お断りです。」
シルフィード領領主ジギル=シルフィードは北岸の視察に来ている。エレメント魔人国が襲撃するとあればここが最も近く、何より他の海岸線にたどり着こうにもここから視認できる場合が多い。
「これだけ建設速度が早ければあれも作れるな。おい、見張り塔の設計を急げ、場所はあの崖の上でそれこそ灯台としても使えるようにだ。」
「ローエングラムの親父のなんとか=フラットがいないからって、やりたい放題ですね。」
「当たり前だ、ジルベスタの金とハルキ殿の労働力で人類防衛の名誉が手に入るのだ。多少の徹夜なんぞは苦にもならない。」
「人の金で人を使って、いい所だけ持っていく計画ですね。そして昨日はぐっすりお休みだったと思いますが、うちの宿舎で。」
「はははっ!テト殿の狩ってきたグレートデビルブルがあんなに旨いとは思わなかった。ついつい酒を飲みすぎたな!」
ジギル=シルフィードに無理やり付き合わされているのがハルキ=レイクサイドである。ちなみに会話しているのはフェンリルの上。2人乗りを希望したジギルを拒絶し、ヘテロ=オーケストラが運転手として駆り出されている。
「クロス=ヴァレンタイン宰相によると、そろそろエレメント魔人国が攻めてくるらしいからな。英気を養うのも指揮官としての務めだ。」
「ん~、それなんですけどね。ちょっとした作戦がありまして。」
「お、なんだハルキ殿!そういうのは早く言ってくれ!」
「まあ、おいおい説明するつもりだったんですが、もしかしたらこの要塞、今回は使わないかもしれませんよ。」
「本当か?」
「はい。しかも、損害がなかり少なく圧倒できる可能性があります。でもジギル殿に教えるのはちょっと・・・。」
「何故だ?私が知って不都合な事があるのか?」
「上手く行った場合、あまりにも一方的な戦いになりすぎて、レイクサイド領が他の全ての領土から恐怖の対象として見られる場合があるんですよね。」
「そ、それほどに凄まじい作戦なのか・・・?」
「ええ、だから俺は魔人族相手にしか使うつもりがないんですけど、特にここは海なので使いやすいというのもありますが・・・。」
「・・・ごくり。」
「シルフィード領がレイクサイドの敵にならないと宣言してくれるならお教えします。」
「そ、それはもちろんだとも。いくら我らがアイシクルランスといえどもレイクサイド召喚騎士団と戦って無事に済むとは思えないしな。まあ、負けるつもりはないが。それに貴公と私の仲だ。」
「では、・・・ゴーレム空爆です。」
「ゴーレム空爆?」
数週後、50隻を超える大船団でフラット領に侵攻しようとしたエレメント魔人国は、レイクサイド召喚騎士団の偵察ワイバーンにあっけなく見つかり、2人1組の召喚騎士たちが破壊魔法の届かない高度からクレイゴーレムを召喚投下し、丁寧に1隻ずつ沈められていった。もちろんレイクサイド召喚騎士団に損害はなし、エレメント魔人軍は文字通り全滅し一兵も帰還できなかった。
この大戦績をなしとげた召喚騎士団は凱旋後、MP回復ポーションがぶ飲みでパンパンに張ったお腹でしばらくの間動けなかったという。
まさかこの地面にぶっ倒れて「もう飲めません」とつぶやいている部隊がエレメント魔人軍を全滅させたとは誰も思わず、ハルキ=レイクサイドはごく少数をのぞいて戦いがあったことすら口外を禁じた。
「貴公は異常だ。」
事情を知っている数少ない人、ジギル=シルフィード。
「ちょっと待って、今お腹パンパンで苦しいから。」
「理由を聞けば確かにこの歴史上最大最高の功績を公言しないというのも理解はできなくもない。が、それは力で抑えつければいいだろう。その無欲さが理解できない。」
「いや、もう腹がタプンタプンでいっぱいです。もう飲めません。」
クレイゴーレムをMP回復ポーション飲みながら10体以上召喚したのはハルキ=レイクサイドのみだった。ちなみにフィリップが8体。テトが9体。一撃で沈没しなかった船が何隻かあったのが致命的だった。お腹的に。
その後フラット領とエルライト領に集合した各地の騎士団はいつエレメント軍が襲ってくるのかも分からず、結局3か月もの滞在をすることになる。
何故か主力と思われていたレイクサイド領とシルフィード領、さらにスカイウォーカー領は、交代で領地に帰る騎士が意外にも多く、ジギル=シルフィードやハルキ=レイクサイド、ルイス=スカイウォーカーは側近たちを引き連れてフラット領の観光ばかりしており、何故かフラット領が財政的に潤ったのはここだけの話である。
「そちらの情報は当てにならなかったな。いつまでたってもそのエレメントとやらが攻め入って来ぬではないか。」
王都ヴァレンタイン。クロス=ヴァレンタイン宰相は訪問客に渋い顔を向けていた。客の服装は黒のローブにフードを目深にかぶっている。正直、王城でこんな格好をしていたらむしろ逆に目立ってしまうのであるが、正体がばれるわけにはいかないとの事で仕方なくこういった格好をしているのだそうだ。
「それに関してはこちらも混乱している。確かな情報はエレメントの50隻にもおよぶ大艦隊がここに向かって進軍していたはずだが、ある日突然消息を絶ったのだ。1隻も帰還しておらんので、ヴァレンタイン軍で撃滅したものだと思っていた。」
「ふん、来ていないものは来ていない。それに今の段階で信じろという方が無理があるというもの。同盟と交流に関して前向きに考えていたが、これでは再検討を有するな。」
「それは困る!我々ヒノモトはヴァレンタインと戦争をしたいわけではない。最低でも不可侵条約は結んでもらいたい。」
「信用とは積み重ねるものだ。まあ、結論を急ぐ必要がないことも事実。こちらも戦争をしたいというわけでもない。エレメントとやらの侵攻を防ぐ事が第一だ。」
「それは有り難い。今回は上手くいかなかったが、また有益な情報を持って来よう。ヒノモトがヴァレンタインの力を借りれる日が来る事を願っている。」
「今すぐ魔王様に報告しろ。エレメントはヴァレンタイン大陸の北部沖で消息を絶ったが、ヴァレンタイン軍とは交戦していない様子だと。さすがに進路的にないとは思うが、我が国も警戒しておかねばならん。」
「はっ!」
ヴァレンタイン近郊で黒ローブの集団が一旦集合して、散会する。その行動はヴァレンタインの隠密部隊によって把握されていたのだが、黒ローブの主たちは気づいていなかった。
「魔王か・・・、レイクサイドの化け物とどちらが組し易いのか。」
クロス=ヴァレンタインの苦悩は続く。




