5-2 エンターテイナー・フィリップ
王都ヴァレンタインでは魔人族の動きが活発になったとの情報を受けて、各地の領主や騎士団長が作戦会議のために集まりつつあった。もちろん領地の騎士団はいつでも戦線に派遣できるように準備を整えながらである。各領主には使者を派遣してある。
「なにを悠長な事を!使者の派遣などと、早馬でも何日かかることか。魔道具で済ませる事はできんのか!?」
宰相クロス=ヴァレンタインは現王アレクセイ=ヴァレンタインの甥にあたる人物で、40手前の若さにして宰相位に就いている。周囲からその有能を認められているにもかかわらず、王都周辺の貴族からは若さを理由にないがしろにされる事が多い事で苦労していた。
「もっとも遠いレイクサイド領まで2週間はかかる。ハルキ=レイクサイド次期当主が1ヶ月も会議に参加せずにどうやって迎撃作戦を立てろというのか!?」
貴族どもの嫌がらせはこんな緊急の時にまで及ぶ。いつか粛清してやろうと思いつつも、今それができる状態でない事に、若き宰相は苦虫をつぶすような顔をするしかなかった。
「ハルキ殿はすぐ来ますよ。」
若き宰相のもっとも頼りにしている領主、ジギル=シルフィードはあっけらかんと言い放った。
「彼は、やる時だけやる男なんです。やらなきゃいけない時限定というのが面白い所なんですけれど。」
「そう言えば貴公自慢のアイシクルランスが模擬戦といえどもなす術なく蹴散らされたという噂を聞いた。」
「事実だけに否定のしようもありません。まあ、我がアイシクルランスは敗北を糧に進化しましたので次は負けませんが。人類最強とか言われて不抜けていた我々にはちょうどよい薬でした。まだまだ精進が足りませぬな。」
現在アイシクルランスは「氷の雨」が防がれた状態のシミュレーションが活発に行われている。コキュートスによる氷属性無効化から始まり、敵が散開して一点集中できない場合などさまざまさな場面に対応できなければこれから先は生き残れないと危機感を募らせているのだ。
「貴公がそれほどまでに心酔するとは、ハルキ=レイクサイドはよほどの人物なのだな。人類の存続をたくせるほどの者が出てきたのは喜ばしいものだ。」
「・・・・それはちょっと、違うかもしれませんよ。」
「違うとは?」
「彼は、一言で言うならばヘタレなんです。」
「やだよ。行きたくないよ。」
ここはスカイウォーカー領上空。1頭のウインドドラゴンが2頭のレッドドラゴンと30頭のワイバーンに逃げられないように囲まれながら飛行中である。前方はテトのレッドドラゴン。その巨体は風竜には劣るものの、並みのワイバーンでは勝負にならない大きさを誇る。そして中心のウインドドラゴンの背後にはフィリップのレッドドラゴンがまるで何かを圧迫するように飛行していた。
ウインドドラゴンの両隣には二人乗りのワイバーンが。ウォルターとヒルダはいつでもアイアインゴーレムを召喚できるように魔力を温存中である。
「もうフィリップとテトがいればいいじゃないか。前回の5倍の戦力を整えたんだ。俺がいなくても問題ないよ。」
「そんな事言っちゃだめですよ。ほら、しっかり前向いて。使者の方の前なんですからもっと堂々としてくださいね。」
「うう、分かったよ。」
ウインドドラゴンにはハルキとセーラの他に王国からの使者とフランが同乗している。
「ハルキ=レイクサイド殿!!私は今!猛烈に感動しております!あなたがいれば人類は安泰です!ありがとうございます!!」
使者が後ろで叫んでいる。ゴーグルの中が涙でいっぱいで前が見えてなさそうだ。彼としても一刻も早くという思いで、レイクサイドまで急いでいたのだろう。緊急時の魔道具の使用を提言する必要がありそうだ。
そうこうしているうちに王都ヴァレンタインが見えてきた。
「では一旦高度を上げるッス。城の中庭に着陸許可をもらってくるッスから一番最後にゆっくりおりてきてくださいッス。」
ヘテロ達の部隊が先行する。部下を含めて5名の隊員だけが真っ黒なマントにレイクサイドの紋章とフェンリルの刺繍がしてあって厨二病全開だ。
「よいか!打ち合わせ通りに降りるのだ!衝撃波で城を壊さないように注意を払え!」
フィリップの指示でワイバーン達がぐるぐると回りながら降下していく。その間にゆっくりとテトのレッドドラゴンがまっすぐ降りていく。
「こら待て!お前らまたなんかやらかすつもりか!?エンターテイナー・フィリップか!?」
「楽しみですね、ハルキ様。ビシっと格好良く決めてくださいね。」
「・・・・・・うん、頑張ってみる。」
クロス=ヴァレンタインの所にレイクサイド領からハルキ=レイクサイド次期当主が到着したとの先触れがとどいた。
「なんと早い。では、城門まで出迎えいたすとしようか。」
他の領主たちもかなりの数が集まっているがそれでもまだ到着していないものもいる中、最も遠距離にあるレイクサイド領からはまだまだ時間がかかると思われていた。
「それが、レイクサイド領の使者が言うには中庭に到着するとのことで・・・。」
ジギル=シルフィードが中庭を使わせてほしいと言っていたのはこれか!?少数のワイバーンで来たのだな。
「中庭であったら、アレクセイ王もご覧になる事ができるはずだな。」
城の中庭はかなりの大きさがある。庭園の他に騎士団の練兵場や宣戦布告を兵士たちに聞かせるための集合用の場所がある。
「王にもご報告しろ。ぜひとも紅竜をご覧になりたいとおっしゃっておられた。」
「かしこまりました。」
中庭に出ると5頭のワイバーンがすでに到着していた。5名とも漆黒のマントで揃えており、なんとも頼りがいのある風貌だ。マントにはレイクサイド領の紋章とフェンリルが刺繍されており、あれが「フェンリルの冷騎士」ヘテロ=オーケストラの率いる部隊なのだろう。アレクセイ王が中庭に現れるころに続々とワイバーンが城の上空を旋回しだした。
「一体、何頭のワイバーンが!?」
これがレイクサイド領の力か?数年前までは田舎の弱小領地であり今回のような会議には呼ばれもしなかった土地の軍隊か?
一頭ずつ、ワイバーンはゆったりと着陸しては王に向かって頭を垂れる。忠誠の証を示しているのだ。着陸したワイバーンからそれぞれ2名ずつの騎士が降りて、王に向かって跪く。中庭の中心を除いて15頭ほどのワイバーンが降りてきた。その他は物見の塔など城の周辺に降り立って、それぞれ忠誠の証を立てる。なんて演出だ。
「これは・・・。」
「またしてもワイバーンの数が増えておりますな。」
「ジギル殿か。正直見誤っていた。これほどの戦力をレイクサイドが有するとは。」
「おや、レイクサイド召喚騎士団はこんなものではありませんよ。」
まだ増えるというのか?そうこうしていると深紅の巨体がゆっくりと中庭に降りてくる。噂に名高いレッドドラゴンだ。
「おおお・・。」
周辺でもざわめきが起こる。ハルキ=レイクサイドの二つ名にもなっている紅竜の登場にほぼ全員が呑まれてしまっていた。しかし、その後の展開は予想を覆すものだった。
「あれがハルキ=レイクサイド・・・思った以上に若いな。というか幼い。まるで成人していないかのようだ。」
「クロス殿、あれは第4部隊隊長のテト殿です。たしか来年成人の儀ですな。」
「なっ!?だが、レッドドラゴンに・・・」
「おや・・・?また降りてきましたな。」
目を疑う光景だった。なんとレッドドラゴンがもう一頭降りて来たのだ。先程のレッドドラゴンは端へ寄る形で忠誠を示している。もう一頭のレッドドラゴンからは逞しく若い騎士がおりてきて忠誠を示す。
「ほう、あれがハルキ=レイクサイド・・・」
「あれは筆頭召喚士フィリップ=オーケストラ殿です。」
「なんと!?では、ハルキ殿は来られないのか?」
「いえ、真ん中が空いてますよ。」
確かに中庭の中心部をあけるようにしてレッドドラゴンとワイバーンが配置されている。すると、さきほどのレッドドラゴンを超える巨体がそれこそ優雅という言葉がふさわしいように降りてきた。まるで絹がふわっと舞うかのような動作で降り立ったその竜は一度首を大きくあげると、その後に頭を垂れる。鞍から4名ほどが降りてきて、忠誠をしめした。そのうちの一人がハルキ=レイクサイドなのだろう。
「レイクサイド領次期当主ハルキ=レイクサイド参上つかまつりました。我がレイクサイド騎士団、レイクサイド召喚騎士団は王への忠誠を誓います。」
あのアレクセイ=ヴァレンタインが圧倒される姿を見られるとは!?
「よ、よく来た。ハルキ=レイクサイドよ。貴公の忠誠をうれしく思う。」
「ははっ、ありがたき幸せ。」
「楽にせよ。貴公らの騎士団を見ていると、先程まで魔人の襲来で頭を悩ませておったのが嘘のようじゃ。」
「微力ながら、身命を賭す所存にございます。」
これならば魔人族はなんとかなるかもしれない。年々過激になっている襲撃に頭を悩ませていた。今回は大丈夫だろうという安心感がある。
だが、これは一領地が持っていていい戦力なのだろうか。他を圧倒するレイクサイド召喚騎士団を見て、クロス=ヴァレンタインは戦慄を覚えずにはいられなかった。




