5-1 緊急時飛行体捕獲訓練
「いたぞ!そっちだ!」
竜に跨った男は愛する人を抱き、追跡者から逃れるために森の中を飛んでいた。今まではこんな事はなかった。彼を乗せた竜が飛べばすべてを置き去りにする事ができるはずだった。
「いいか!二人一組で事に当たれ!翼付近への召喚には気をつけろ!」
追跡者の指揮を取るのは鉄巨人の二つ名を持つ騎士。その統率力は目を見張るものがある。
「くそ!拘束せよ!ノーム!!」
「すんません、こっちもノームッス!!」
回り込んできた飛竜に乗った騎士とお互いに大量の妖精を召喚し合う。本来であればそれで両方の竜が落ちて相打ちで終わるはずだったが、相手が悪い。
「こっちにもいるよ!いけぇ!れっどら!!」
彼にまとわりついた大量の妖精ごと飛竜が吹き飛ばされる。飛ばしたのは深紅の巨竜の尾だ。たまらず飛竜は還ってしまい、宙に彼らと鞍が投げ出される。必死に妻を抱きかかえ、叫ぶ。
「ウインドドラゴン!」
紅竜よりさらに巨大な風竜が召喚され、彼らを上空へと逃がす。が、
「アイアンゴーレムズ!」
タイミングよく鉄巨人が2体召喚され、風竜の翼の付け根をそれぞれ固める。あまりの重さに地面へと一直線に落下し、爆音とともに巨大なクレーターが形成された。その衝撃で風竜さえもが還ってしまう。
「ぐはぁ!」
鞍ごと鉄巨人に捕獲され、彼は絶望を知る。
「・・・・・・まいった。」
ここはレイクサイド領の領主館周囲の森。
「ありえん!ありえんぞぉぉ!!坊ちゃまが捕獲されるなどと!!」
「フラン様、時代が変わったのでしょう。」
「ええい、うるさいマクダレイ!!突っ立ってないでこのノームどもをはがせ!!」
レイクサイド召喚騎士団第2部隊隊長ウォルター立案による「緊急時飛行体捕獲訓練」が実施されていた。24時間いついかなる状況でも対応できるようにシフト制まで組んでいるこの訓練は、兆候こそあるものの開始時間を知らされない訓練であるため、召喚騎士団の若手は緊張を絶やすことなく生活している。基本的には領主館が開始場所であるが、それも決まっていない。ある日ある時突然開始される訓練は迅速な情報網およびワイバーン部隊による対象の捕獲を基本としている。対象はもちろんハルキ=レイクサイド次期当主。ウォルターによる分析では、ウインドドラゴンが上空まで逃げれば負け、それをどうにかする事ができれば数による包囲網と波状攻撃が有効としてある。相手の弱点は奥方を連れださねばならない事。情報戦も重要で、兆候を察したら部隊を配置しておく事も出来る。ちなみに、今回取り逃がしてしまったとしても、夕飯は奥方の好物を用意したので次期当主は戦う前から負けていたのである。
「もう俺はいらないんじゃないかな?」
「ハルキ様、今晩は急に献立がロックの唐揚げになったそうですよ。何故かこの鞍に献立表が挟まってました。逃げれなくて良かったですね。やったー!」
「だってあいつら本気で殴りかかって来るし・・・召喚獣強制送還されたの初めての経験なんだけど・・・。セーラさん、聞いてる?」
レイクサイド召喚騎士団の団長室。
召喚騎士団の増強はいまだに続いている。かなりの数のワイバーンを確保できた事で、部隊長をはじめとして主力の召喚士のMPを温存した状態で後ろに乗せて飛ぶ専用の召喚士の育成も始まっている。今回フィリップのアイアンゴーレム2体召喚ができたのも、部下のワイバーンに乗せてもらっていたからだ。
「いい訓練だった。課題もあるがおおむね合格点だろう。」
鉄巨人フィリップ=オーケストラ。その二つ名にふさわしい能力を誇るこの騎士は、軍事に政務に獅子奮迅の働きを見せて、このレイクサイド領になくてはならない人物となっている。ちまたではマジシャンオブアイス、ロラン=ファブニールとどちらが優れているかで論争になるらしい。
「ウォルター、部隊の集合をもう少し早くしたい。ここが戦場だと仮定して、奇襲に対する反応とするとあとどれくらい早くすべきだろうか。」
「奇襲の規模にもよりますが、平時でなければ部隊編成は今よりも整っているかと。むしろ今回各所に散らばっていたことを考えると十分な反応速度ではありませんか?」
「うむ、確かにそうだな。だが、もしこれよりも速くするならばどうする?」
「各隊長に魔道具を配りますかね。」
「予算は大丈夫か?」
「テトの部隊を魔物狩りに出させましょう。魔石を持参できればたいした金額ではありません。」
「では、そのように手配を。」
「了解しました。」
ここは領主館中庭。二人の騎士見習いが突っ立ってる。
「ねえ、ソレイユ。」
「なんだ?カーラ。」
「レイクサイドの訓練がこんなにもレベルが高いとは思わなかったよ。私たち、何にもできなかったね。」
「そうだな。精進あるのみだ。」
「そうだね。」
この前から次期当主の護衛を務めている二人。もとは冒険者らしい。
領主館城門付近。
「今回はうまくいったッス。」
「そうだね、僕のれっどら見た?」
「ノームだらけで全然見えなかったッスよ。でも、ワイバーン強制送還させたらしいッスね。よくやったッス。」
「えへへ~。」
「さすがに魔人族に狙われている今、ハルキ様は外に出てちゃダメッスね。ハルキ様には悪いけど次も頑張るッスよ。」
喋っている言葉はそうでもないが、「フェンリルの冷騎士」ヘテロ=オーケストラと「紅を継ぐもの」テトはレイクサイド召喚騎士団の最大戦力であり、一兵卒からすると畏怖の対象である。実際、門番の緊張具合は半端ではない。彼はメノウ島奪還時のヘテロを実際に見ている。
そして領主館内。
「あなた、ハルキさまは次は必ずフィリップ様の予想を上回ってこられるわ。今回はウォルターの作戦がうまくいったけれど、次はないわね。」
「そ、そうなんだ。」
「ですので、こちらを後でセーラさまにお渡ししてください。」
「これは、クッキーかい?」
「次、ハルキさまがお逃げになられる時に前もって教えていただくのよ。それで騎士団も活躍なさってくださいな。」
「あっ、そういうことか。」
「1回しか効かないから、次は何を作りましょうかね。あ、アラン様。クッキー食べます?」
破壊の申し子も聖母にかかっては形無しである。
しかし、平和(?)なレイクサイド領の静寂を打ち破るかのように王都ヴァレンタインからの使者が訪れる。
「魔人族が再度攻めてくる兆候があります。ハルキ=レイクサイド様には急遽王都ヴァレンタインでの会議に出席していただきたく、参上いたしました。」
王都からの使者はこう述べた。しかし、
「いえ、うちからは領主のアランと騎士団長のフィリップが・・・・・モガガ。」
さっとハルキの口を塞ぐウォルター。
「すぐに参上いたします。使者様はハルキ=レイクサイドのウインドドラゴンで明日にでも王都へお送りいたしましょう。」
「・・・・モガガガ、親父!てめえ!・・・モガガ・・・」
「それはありがたい!では明日の朝、楽しみにしております!」
「・・・・・モガガガ・・・・ウォルター!離せ!・・・・モガガ。」
こうしてハルキ=レイクサイドは前の晩に脱走を企画したが、ヒルダ特製クッキーでセーラが買収され露見したためかなりの部隊が配置済みであり、緊急実施された第2回飛行体捕獲訓練にて捕獲された。次の日、MP回復ポーションがぶ飲み状態で使者とともにワイバーンの大部隊に護送され王都へ出発したのであった。




