4-7 ファン
俺の名はソレイユ。エルライト領でAランク冒険者をしている魔法使い、29歳だ。いや、正確には「していた」だ。今は夢にまで見た職に就かせていただいている。現在、エルライトの宿に戻っている所であるが、少々厄介な事になっている。
「ハルキ様、そんなに落ち込まなくてもいいじゃないですか。ほら、この羊の香草焼き、絶品ですよ。」
「ハルキ様、そのような些細な違いなど気になさる必要すらありません。あなたは人類の希望なのですから。」
「あああ、ごめんよう。ハルキ様ぁ。私、そんなつもりじゃなくて・・・。」
このテーブルに突っ伏しておられる方こそ、紅竜ハルキ=レイクサイド様であり、俺が命をかけてでもお守りすると決めたお方だ。奥方様に無理矢理クレイジーシープの香草焼きを口に突っ込まれているお姿もまた凛々しさを感じる。
何故このような事になったのかは深い理由がある。それを語るにはまずは俺と恋人のカーラの関係から説明せねばならない。ちなみに話し出すと長いが我慢してくれ。
カーラと出会ったのは約1年半前。お互いにCランクの冒険者としてエルライト領にきたばかりだった。今でもそうだが、重度の無口な俺は、信用できる相手でないとあまり喋りたがらない。逆にカーラのような良くしゃべる女性に憧れを抱いていたのも事実だ。
無口故にパーティーがなかなか組めなかった俺は生きていくために低ランクの依頼をこなしていた。いつかはパーティーを組もうと思っていたが、なかなかきっかけが掴めなかった。
カーラに声をかけられたのはそんな時だった。折しも魔人族襲来の防衛戦の噂で町は大興奮していた。
紅竜ハルキ=レイクサイド!深紅の巨竜にまたがり、ほぼ壊滅状態であったエルライト騎士団を救い、さらには魔人族をほぼ一人で壊滅させた人類の英雄である。御年17歳にして後にレイクサイドの奇跡と謳われる内政改革を起こし、鉄巨人フィリップ、闇を纏うものウォルター、フェンリルの冷騎士ヘテロを有する最強のレイクサイド召喚騎士団に鬼のフラン、破壊の申し子シルキットなどを排出するレイクサイド騎士団など軍事力の改革も行ったレイクサイド領次期当主である。無口な俺も、酒を飲んでは通りすがりの一度も会った事のない人とハルキ=レイクサイドについて語り合い、いつかそんな人の下で働きたいと思った。
カーラもそんな中の一人だった。当時は2人きりで話していたわけではなかったが、お互いにハルキ=レイクサイドの事になると熱く語り出して止まらなかったことを覚えている。
しかし、そんな噂も半年もすれば飽きられてしまうのだろう。徐々に皆はハルキ=レイクサイドの事を話題にしなくなり、俺も元の無口な魔法使いに戻ってしまった。それでも、当時ハルキ=レイクサイドの事で盛り上がった連中とは少し喋れるようになっていたので、ランク相応の依頼も徐々にだが、受ける事ができるようになっていた。しかし、固定のパーティーは組むことができなかった。
ある時、カーラに話しかけられた。
「たしか、君は魔法使いだったよな。」
「そうだ。」
俺の悪い癖だ。返答をするときに短く、次に続かない言葉で切ってしまう。しかしカーラはそんな俺にひるむことなく喋り続けた。
「暇だったらこの依頼に一緒に行ってもらえないか?まあ、一人でもできると言えばできるんだけど念のためというかさ。あ、報酬は5:5で。それで・・・」
なんとなくだが、彼女にはきちんと喋ることができる気がした。
「そういえば、前はハルキ=レイクサイドの話で盛り上がったな。」
まさか自分の口からこんな雑談が飛び出すとは思ってもみなかったが、カーラの次の言葉はさらに予想外だった。
「最近、誰もハルキ=レイクサイド様の話で盛り上がってくれないんだよ。こっちは夜通しでも話し足りないってぇのに。」
このチャンスは逃がしてはならない。
「ふっ、では依頼が終わったら酒でも飲みながらハルキ=レイクサイドについて語り合わないか。夜通しでも構わないぞ。」
「それって、口説いてるのか?」
「なっ!?ちがっ!?」
「ふーん、でも絶対だからな!逃げるなよ。」
その依頼の後は本当に二人でハルキ=レイクサイドについて夜通し語り合った。
カーラの憧れようは半端でなく、その後も度々二人で語り合う事が多くなったが、貴族院成績事件はわざとで貴族院の在り方を世に提唱するためだったとか、ノーム召喚で農作業を行っているとか、今シルフィード領にいる黒狼の騎士はハルキ=レイクサイドではないかという都市伝説まで拾ってきては考察をしていた。
そんな二人が恋人となるまであまり時間はかからなかった。二人には共通の目標ができた。そのために毎日のように依頼をこなして金をためるように頑張った。その目標というのは、レイクサイド領の収穫祭に参加することだった。
ハルキ=レイクサイドのレイクサイド領は大陸の反対側にある。片道2カ月以上かかるため、夏にはエルライトを出発せねばならない。そして帰りは新年になる。かなりの額の貯金をはたいたが、二人に悔いなどあろうはずがなかった。
レイクサイド収穫祭は思った以上に規模のでかい祭だった。メインイベントの会場にはレイクサイド召喚騎士団が登場するという事と、去年は来られなかったが一昨年はハルキ=レイクサイドが登場したという事で、何があってもお姿を見るつもりだった。しかし整理券を買おうにも所持金は少なく、かなり遠くの席しか買う事が出来なかった。
「皆!今年も沢山の収穫があった!これも皆の頑張りのおかげだ!今日は楽しんでくれ!」
ハルキ=レイクサイド様だ!かなり遠くてあまり顔も見えないが、それでも本人だった。二人で抱き合いながらハルキコールだ。
「「「ハルキ様!レイクサイド!ハルキ様!レイクサイド!ハルキ様!レイクサイド!ハルキ様!レイクサイド!」」」
どこを見ても誰もがハルキ=レイクサイド様が大好きだった。皆、同じだ!こんなに素晴らしい祭に参加したのは初めてだった。今回費やした金額から計算すると、来年はもう無理だろうが。
年が改まって、俺たちはエルライト領になんとか帰ってきていた。とにかく金がない。少しでも依頼を受けて、いつかカーラと住む家を買いたい。
カーラはまずは剣を新調したいと言っていた。そうであれば、ロックリザードの鉱石などは武器の素材としていいのではないか?しかし、二人だと若干攻撃力が物足りない。
カーラが声をかけたのは夫婦の冒険者だった。セーラとハルキという。
「あの夫の魔法使い、ハルキだって。ハルキ=レイクサイド様と同じで召喚魔法使いらしいよ。面白いね。」
このハルキという男は召喚魔法使いだった。ただ、第一印象はハルキ=レイクサイドと違って、妻のセーラがいろいろと世話を焼くような頼りなさそうな男だった。
しかし、意外にもこの男は強かった。なにせ移動にフェンリルを使えるほどの魔力量を持つのだ。ロックリザードの討伐はあっという間に終わった。
セーラとハルキは優秀だ。ランクはAだが、Sを持っていてもおかしくない。この稼業をしていて、カーラが生き残れる確率を少しでも増やすためには少しでも優秀な冒険者とパーティーを組むことだ。俺は勇気を振り絞って、彼らのパーティーに入れてもらえるように頼んだ。
彼らは条件付きでパーティーを組んでくれた。訳ありで追手が襲ってくる可能性があるそうだ。そんな奴らは冒険者の中にはいっぱいいる。しかし、その襲撃の際に俺たちは邪魔になるから何もしないでほしいという事だった。仕方ない、これだけ実力が離れているのだ。そのうち、信頼されるように成長してやる。
次の日、カーラが鍛冶屋に素材を持ち込んで新しい剣を作ってもらえるように依頼しに行った。もちろん、おれも付いて行く。そこで一人の男が鍛冶屋の親方に何かを頼んでいた。
「親父ぃ!頼んでたものはできたか!?」
「何じゃ、うるさいのう。ほれ、できとるワイ。構造はほとんど同じじゃからな。」
それはどこかで見たものに良く似た鞍だった。俺はどこで見たかを思い出せなかったから、そいつをじっと見てしまった。
「お!?なんだなんだ!?これが珍しいのか!?」
一瞬やっかいな奴に絡まれてしまったと思った。しかし、そいつは思いがけない事を言った。
「これはワイバーンとフェンリルの鞍だ!このベルトで調節できてどっちでもつける事が出来る・・・。俺はストロング=ブックヤード!召喚士の冒険者さ!尊敬する人物はもちろん、この度御成婚された紅竜ハルキ=レイクサイド次期レイクサイド領主様だ!」
「えええ!!?」
「!!?」
カーラも俺もびっくりだ。ハルキ=レイクサイド様が結婚されたと!?
「何だ?知らなかったのか!?」
「知らないよ!エルライトはレイクサイドから一番遠いんだ!」
「じゃあ、・・・・教えてやってもいいぜ!というか語らせろ!」
「ぜひ!お願いします!」
俺もつい答えてしまった。
「ここじゃなんだから、あそこの酒場で話を聞かせてもらっていいか?もちろん、俺のおごりだ。」
昨日の依頼で金はたっぷりある。その日は夜が更けるまでハルキ=レイクサイド様の話で盛り上がった。ストロングは幼少期から魔人族襲来戦までをまるで見てきたかのように話した。しかし、そこで店が閉店の時間となってしまった。その後の話や奥方のお名前と結婚の話はまた今度の楽しみにとっとけと言われた。なんて話のうまい男なんだ。また一緒に飲みたくなってしまった。しかし、帰り道でセーラとハルキの話をしたらストロングも俺たちのパーティーに加わりたいそうだ。これはいくらでも聞くチャンスがあるぞ。
ストロングは無理矢理ハルキを説得し俺たちのパーティーに入った。しかし、最初の依頼をこなした後に、俺たちを黒ローブの集団が襲った。そいつらは実は魔人族だった。その際の襲撃でハルキがワイバーン2体と同時にアークエンジェルまで召喚しているのを見てしまった。なんてことだ。魔人族が狙っていて、且、そんな事が出来る人物なんてこの世に一人しかいない。
俺はすぐにハルキ様に部下にしてもらえるように頼みこんだ。ハルキ様は真剣な目で俺を見つめておいでだったが、その後俺を部下として認めてくださった。ストロングは実は闇を纏うものウォルター様の変装だったが、俺はそんな事に驚いていられないほど感動していた。
前置きが長くなったが俺が説明するまで、ハルキが紅竜ハルキ=レイクサイド様と分かっていなかったカーラが、
「ハルキ=レイクサイド様を知らないのか?」
というウォルター様の言葉に反応して、理想像でつくられたカーラの中のハルキ様像を熱く語ったのが今回の原因だ。ああなると誰もカーラを止められない。しかも「ハルキとは違って、紅竜の方のハルキ様は・・・。」と言ってしまったものだから・・・。その後ハルキ様が立ち直るまでに3日かかった。
4章終了しました。今後の展開は自分でも予想できません。




