3-1 ただのホープ=ブックヤード
俺はホープ=ブックヤード、冒険者だ。
「ハルキ様、突っ込み所が多すぎッス」
今、ここシルフィードの町で駆け出しの冒険者になったばかりである。ランクはF。これから薬草採取の依頼を受けたので町はずれまで来ている。
「フラン様、ちょ~怒ってましたよ」
何故かハルキ=レイクサイドという人物と間違われ、鬼のフランという人類最狂の執事に付きまとわれていたが、しっかり撒いてきた。今頃は見当違いのエル=ライト領あたりを捜索しているに違いない。
「それに、アラン様やフィリップ様に戦後の処理を全部押し付けて」
そしてたった今、草原のど真ん中でワイバーンに乗った全身ドワーフ製のミスリル装備に身を包んだ竜騎士に捕獲されたところだ。革製品の装備の駆け出しの冒険者とはわけが違う。さすがだ、こいつを育てた主の顔が見てみたいもんだ。きっとイケメンに違いない。
「……ヒルダの結婚式は明後日ッスよ、ほんとに出席しないッスか?」
がふぅ!! 例えて言うなら、古傷を抉られたような衝撃を受けた。
「ハルキ様がヒルダを好きなのはうすうす気づいてましたッスけど、あ、たぶん気づいてたのは俺だけッスよ。早くしないから他の男にとられちゃうんスよ」
……もう、もう立ち直れない。
「それに、さすがに帰るそうそう「探さないでください」って書置き残して出奔しても、誰もハルキ様のこと理解してくれないッス。あ、俺は別ッスよ。ハルキ様の味方ッス」
いいんだ、ヘテロ。少し一人にしておいてくれ。
「しかしハルキ様とヒルダは10歳も違うんスよ。身分も違うし、一緒になろうとしても反対があったかもしれないッス」
だって、ほんとは俺37だし、ヒルダ30で調度いいし、今更小娘に振り回されるのは無理な精神年齢なんだもん、俺。それにこの前一生お供しますって言ってくれたし……。
「ヒルダの相手はあの騎士団の炎系の破壊魔法が上手い奴でしたッスね。この前ハルキ様も褒めてたじゃないッスか」
ああ、あの誠実そうで優秀で非の打ちどころのない奴だよ。俺とは違って。どうせヒルダを幸せにしてくれるよ。
「ハルキ様、ほんとにいいんスか?」
「ええい! うるさい!俺の名はホープ=ブックヤードだ! そんな奴は知らん! それに他の奴らにはここにいると言うなよ! お願いします!」
「じゃあ、伝言だけでもお願いしますッス。何もないとヒルダ悲しむッス」
「そ、そうだな。じゃあ、ヒルダには「幸せになってくれ」と、相手には「紅竜ハルキ=レイクサイドの名に懸けてお前を地獄に追い落してやるけどヒルダは幸せにしろよ」と」
「分かったッス、ヒルダにだけ伝えておくッス。あと皆にはハルキ様はヒルダに振られて傷心旅行中ってばらしておくッスね」
「ああ! 貴様! 戻ってこい!」
ハルキ=レイクサイドことホープ=ブックヤードはシルフィード領に潜伏することとした。何故かヘテロにはすぐに見つかってしまったが、他の連中は全く分かっていないようだ。
メノウ島奪還作戦の上陸後、俺はジギルにあるお願いをした。それは「いつか、ホープ=ブックヤードという名の冒険者がシルフィード領に行くかもしれない。特に無害な奴なのであまり詮索はせずに放っておいてやってくれないか」というものだった。ジギルはその程度ならばとすぐに了承してくれた。
と、いうわけでホープ=ブックヤードはシルフィードの町で冒険者として生活を始めることとした。町は魔人族からの防衛戦からかえった騎士団の凱旋パレード中である。大領地でもあり、シルフィードの町は大きい。パレードの規模もかなりのものだ。
「アイシクルランス」の連中が来た。やっぱりめちゃくちゃ格好いい。レイクサイド騎士団なんてあっという間に蹴散らされてしまうんだろうな。その後ろのジギル=シルフィードの馬車が見える。パレード用に皆から見える作りをしている。俺はこいつらを知っているとはいえ、野営地ではマスクを着けていたから、相手は全く俺の事は分からない。装備も違っているから気楽なもんだ。と、思ってたらジギルと目が合ったような気がした。一瞬びっくりしているようにも見えたが、にこやかに民衆に手を振っている。気のせいだろう。それよりも採取してきた薬草をギルドに提出しにいかなければ。
シルフィード領の冒険者ギルドはスカイウォーカー領よりもさらにでかい。受付も3つあり、どれに出そうか迷うほどである。
「あ、すいません。薬草採取の依頼を達成しましたので提出にきました」
「はい、こちらで受け取りますね。これが達成料になります」
銅貨3枚を受け取って、すぐに他の依頼が出されていないかを確認に行く。まだFランクの俺は受領できる依頼が少ないが、まあこれも仕方のない事だ。
酒場で少しお酒を飲んで情報収集だ。今は凱旋したアイシクルランスの話題と紅竜ハルキ=レイクサイドの話題がほとんどである。むずがゆい。真実を知っている俺にとって今の所有用な情報はないようだな。まあ、気楽に行こう。
ギルドを出て安宿に戻るとしよう。明日はゴブリン退治が待っている。早目に寝るとするか……。と、行く手に3人の男がこっちを見ている。そのうち一人が、囁いてきた。
「付いてきていただけますか?」
なんだなんだ? こんな駆け出しの冒険者に何の用だ? 囲まれてしまったために、大人しくついていく事とした。
「こちらです」
よく見るとこいつ、どっかで見たような気がする。「アイシクルランス」の騎士団長にそっくりだ。
「これはどういう事でしょうか、説明を願えますかな?」
路地裏に地味なローブに身を包んだ貴族がいた。とりあえず、お貴族様だし、ご挨拶が必要そうだ。
「ええと、私はホープ=ブックヤードと申しますが、どちら様でしょうか。おそらく、人違いかと……」
気が付くと貴族がガックリと地面に手をついて項垂れている。いわゆるorzだ。
「あれ? どうなされましたか?」
バッとフードを外して俺に近づいてきた。やべえ、こいつジギルだ。
「貴公! 何を考えている!? 紅竜自ら我が領地に潜伏してどうするつもりだ!? スカイウォーカー領のように内側からレイクサイドの名を上げ優秀な人材をさらっていく魂胆か?」
正体が完全にばれてる。ということはこの3人はアイシクルランスだな。逃げられねえ。
「じ、ジギル殿。この前お願いしたではありませんか。ホープ=ブックヤードを放っておいて欲しいと、無害ですから」
「確かに、私は貴公に言質を取られましたな! まさかこんな計画だとは、ますます貴公が恐ろしい!」
「いや、計画とかではなくてですね……」
「では、なんだと!?」
うー、言わねばならないかなあ。納得してくれるかなあ。
「なんというか、その逃避行というか……。まあ、部下に言わせると傷心旅行だそうで……」
「は?」
ここはシルフィードの領主館。こっそり拉致られた俺はジギルと酒を飲んでいる。
「それでですね、私は居てもたってもいられなくなり「探さないでください」と置手紙を残してレイクサイドを後にしたのですよ。ただですね、前回は爺を連れていたんですが、あ、爺とはフランの事ですけど。爺が目立ちまくってしまうのですぐばれたんですよ。腰に宝剣ペンドラゴンなんて佩いているもんだから。だから、今回は誰にもみつからないようにと名前も変えて」
「はははっ、ハルキ殿。やはり私はいろいろと誤解をしていたようです。許されよ。しかし、まさか紅竜ハルキ=レイクサイドが部下に振られて傷心旅行とは、はははっ。おっとまだ振られてすらいませんでしたな、はははっ」
「ぐぅ、ジギル殿、今はホープ=ブックヤードです」
「そうでした、ホープ殿。しかし、そんな繊細なお心をお持ちとは。もしかして防衛戦の後に面会を断っておられたのも陣営内で心無いデマが広まっていたからふて寝していたとかですかな?」
「なっ、なんで分かるんですか?」
「はははっ、実に愉快だ。まさかあの紅竜が」
「ですので、放っておいてください」
「しかし、私にホープ=ブックヤードの事を頼んだときはまだヒルダ殿が結婚するとは知っておられなかったのでしょう?」
「うぐっ、そうですね。ただ、もういろいろ嫌になってたし、戦争おわったらどっかに引き籠ろうかと……。ローエングラムもいじめてくるし」
「ああ、あのジルベスタ=フラットのバカ息子のことですな」
「ええ、しかもあいつが言ってる事がほとんど真実というのがまた厄介で」
「えっ?」
「ジギル殿も知っているでしょう。貴族院成績事件ですよ。あの現王までまきこんで貴族院の存在意義について会議を行わせてしまった落ちこぼれが私なんですよ」
「ええええっ!? そんな馬鹿な」
「いえ、ほんとなんです。成人の儀が終わるまでレベル2でしたから」
「レ、レベル2?」
「いやホントに、お恥ずかしいかぎりで」
「色々と信じられませんな。もし本当だとすればそこから数年で紅竜を召喚できるまでになったという事ですか」
「ええ、領地経営しようにも他に人材がいなくて仕方なく働いていたらいつの間にかね」
「いやぁ、ハルキ殿の話は非常に興味深い。ちなみにどのような仕事をされていたので?」
「おっとジギル殿、それは秘密です」
「……あなたという人が分からないですな。何やら二つの人格が存在するようだ。一つは論理的に非常に優秀な為政者であり天才的な召喚士、重要な秘密を漏らすことなど絶対ない。もう一つは女性に振られて落ち込んでしまうような心の弱い落ちこぼれ。本来は対称にある関係なのですが」
あっと、びっくりした。実はそれめっちゃ真実に近い。
「心のよわい落ちこぼれが本当の私ですよ」
「本当にそのようですな。しかし、領主としてさすがに紅竜ハルキ=レイクサイドを確認しておきながら何もしないというわけには行きません。邪魔にならない程度に護衛をつけさせてもらってもよろしいですかな?」
「まあ、仕方ないでしょうね。監視もいるでしょうし」
「はははっ、そこまでお見通しなら逆に助かります。おい、ロラン!」
ロラン=ファブニールはアイシクルランスの団長である二つ名はマジシャンオブアイス。そのまんまだが、単純すぎて名乗るのが怖い二つ名だ。当代で氷属性の破壊魔法を使わせたらこの人よりすごい人はいない。
「ホープ殿の好みで独身の女性を騎士団から派遣しろ」
「ぶふぉっ!」
めっちゃ酒吹いた。
「失恋には新たな恋と決まっている。そのままレイクサイドまで持って帰っていただけると我が領とのつながりができて良い」
「かしこまりました。紅竜ハルキ=レイクサイド様の奥様候補となれば誰も嫌とはいいますまい」
おおい、ロランさんまで何言っちゃってんの? まあ、断らないけど。
そんなこんなで夜遅くまで飲んでたら次の日二日酔いで死ぬかと思った。
ホープ=ブックヤード(ハルキ=レイクサイド) 18歳 男性
Lv 67
HP 860/860 MP 2620/2620
破壊 2 回復 1 補助 6 召喚 137 幻惑 3 特殊 0
スキル:逃走
眷属:ノーム(召喚3維持2)
ウンディーネ(召喚100維持20)
サラマンダー(召喚100、維持20)
ファイアドレイク(召喚200、維持25)
アイアンドロイド(召喚150、維持30)
アークエンジェル(召喚700、維持80)
クレイゴーレム(召喚1000、維持100)
アイアンゴーレム(召喚1200、維持120)
ワイバーン(召喚800、維持60)
レッドドラゴン(召喚2000、維持200)
ようやく3章で物語が安定し始めます。




