2-6 メノウ島奪還
貴族たちの対応がめんどくさい。できれば断ったりもしてるが、領主クラスの誘いを無下にするわけにもいかず。特にフラット領主の息子ローエングラムには大分参った。貴族院時代のハルキと同じように接してくるものだから。こっちもよく覚えていないからつい、
「誰だっけ?」
って言ったのがまずかったらしい。フラット領は魔人族との戦争で前線になることも多く、中央でも非常に権力をもっている大領地だからな。ハルキの記憶ではかなりいじめられた事になっている。軽くあしらいつつも作戦会議とやらに出席する。
「メノウ島奪還作戦会議を開始する」
レイクサイド領からは俺とフラン、フィリップが参加だ。
「おい、フィリップ」
「はい、なんでしょう」
「任せた。俺は寝る。あとで教えてくれ」
「え? あ、はい。分かりました」
冒険者の時に着けていたマスクと帽子を装備しているため、一歩引いた場所で考えているかのように寝てみた。まあ、完全に意識がなくなるわけではないけどフィリップも爺もいるし、安心していられるはずだ。
「レイクサイド領の意見はいかがか?」
たまにこっちの意見も聞かれる。がんばれフィリップ。
「おい、ハルキ。お前の所の騎士団だけで攻略してみろよ。まあどうせお前は前線には出ないんだろうけどな」
ローングラムがあほな事を言っている。
「ローエングラム殿、我が次期当主を愚弄なさるか?」
いいぞ、頑張れフィリップ。
「ふん、部下に恵まれただけの奴に当主が務まるか」
「謝罪と訂正を要求する!!」
おおお、フィリップがめっちゃ怒ってる。テーブルをばんっ! って叩いてるよ。
「ちょっと爺! 止めないの?」
「止める? お戯れを。ハルキ様は我が領の次期当主。我が領の誇りでございます。先の防衛線、現在の陣地の修復、食糧の問題。すべてわがレイクサイド領がなければ成り立ちません。分からせてやればよろしいのですよ」
ローエングラムが顔を真っ赤にして怒ってる。
「弱小領地が!」
とか言ってるけど、お前の親父さんあきれて物も言えなくなってるぞ。
「ジルベスタ=フラット殿。これは我がレイクサイド領に対する侮辱と受け取ってもよろしいか?」
爺も参戦しやがった。
「いや、我が息子の非礼詫びよう。この通りだ」
おおお! 親父さん謝っちゃったよ!
「ローエングラム、ハルキ殿とレイクサイド領の方々に謝罪しろ。そしてこの会議から出ていけ」
ローエングラム顔真っ赤っか。小声で「非礼をお詫びします」っていったあとにテントを出て行っちゃった。外で「弱小領地がぁ!!」って叫び声が聞こえる。
「本当に申し訳ない。あのものはまだ心が貴族院からぬけておらんのだ」
「あ、いえ。お構いなく。こちらもでかい態度とってたみたいですいません」
おかしい、なぜこの両サイドのブレーキ役が激怒してて俺が止めに入ってんだ?
「あ、それでメノウ島攻略の話なんですが」
「おお、レイクサイド領の意見を聞こうじゃないか」
場の空気が最低な時は話題転換に限る。他の貴族もこの流れに乗っかってくれたみたいだ。
「上陸地点の確保が最優先だと思われます。そこで、我らレイクサイド召喚騎士団がこの南の端の地点を確保いたしましょう」
もうフィリップには任せておけん。
「船をお貸しいただけたら、上空と二方向からこの地点を攻めます。騎士団の多くは船に乗っていて、あたかも主力はそちらと思わせるのですが、空からまわった部隊のなかに私が混ざっておきますので、この地点でレッドドラゴンを召喚します。あらかた敵の排除がすみましたら守備に強いアイアンゴーレムでこのようにグルっと堀と土で構築した塀を作ってしまいます。その間もレッドドラゴンは守備に当たります。塀が完成すればあとは全軍上陸を開始します。この地点を抑える事で地の利は我らに傾きます。あとは相手の奇策に注意しながら押せば堅実に勝てるかと」
「素晴らしい案だ。それで、その作戦の問題点は?」
この人はシルフィード領領主、ジギル=シルフィード。めっちゃイケメン。そしてシルフィード領はヴァレンタインにも近くて発言力でかい。
「まあ、それはレッドドラゴン頼みなところでしょう。さすがに全軍がレッドドラゴンに集中砲火すればあっという間に倒されてしまいますから、それを防ぐ必要があります。まあ、そのためにこの地点で初めて召喚するわけですが。ですので、ここまで他の召喚士のワイバーンで輸送してもらう必要があり、そこでレッドドラゴンの召喚士本体、まあ私なんですが、これを狙われるときびしいです。戦闘中はワイバーンの背中で上空待機するつもりですけどね」
「レイクサイド騎士団の被害が増えるかもしれんぞ」
「我が騎士団は大丈夫です。それに上陸地点の確保の成功を確認してから全軍が上陸しますので、失敗時の損害は少なくなります」
中には領主自ら兵を率いている領地もある。ここでの発言は後々に中央で大きく影響することだろう。ただし、それはアランの仕事だけど。
「反対意見はないか? 私はこの案に賛同する」
ジルベスタ=フラットが俺の案に賛同したという事は他は反対してこないだろう。皆自分の所の兵士が減るのは嫌なはずだ。
「では作戦は明朝6時、夜明けとともに決行だ」
……6時って早いねえ。
「ハルキ殿! フラン殿!」
おお、あれは。
「ルイス殿ではないか。はじめまして」
「あっ、そうだね。はじめましてルイス=スカイウォーカーです。よろしく」
この人はルイス=スカイウォーカー。スカイウォーカー家次期当主で今回スカイウォーカー騎士団を率いての参上だ。ちなみにスカイウォーカー領に滞在中に宿に頻繁にただのルイスという人が訪ねてきて一緒に食事をして帰っていった。ただのルイスが来るときは大概騎士団が宿の警備にあたっていた。
「ルイス殿、これは私どものレイクサイド召喚騎士団筆頭召喚士のフィリップ=オーケストラだ」
「初めましてルイス=スカイウォーカー様。フィリップ=オーケストラです」
「貴公がフィリップ=オーケストラ殿か。噂は聞いております。ずいぶんと優秀だそうで」
「いえ、まだまだ若輩者でございます」
「いやいや、ハルキ殿やフラン殿から聞いております。お二人の留守中に騎士団をまとめ上げた影の支配者だとか、むっつりスケベとか、巨乳好きとか」
「ちょ!? ハルキ様!? 何をしゃべったんですか!?」
「真実だ。それに最近は将軍様まで兼任されておるからな」
「まだ根に持ってるんですか!?」
「当たり前だ、あんな恥ずかしい事二度とやるか」
「フラン殿、ハルキ殿は何をさせられたのでしょうか?」
「それはですね、……」
「ちょっと! じい!」
戦争中であったが、ルイスたちと楽しい時間も過ごすことができた。
次の日の朝、夜明け前にヒルダに起こされた。
「あと5時間寝かせて」
「ハルキ様、もう出撃の時間が近いのです。早く用意なさってください」
なんかヒルダが優しいお母さんみたいだな。言おうかと思ったが、ヒルダは夫と子供を亡くしている。気にしているかもしれないからやめておこう。
本日の俺の輸送係はテトだ。他の皆は船で上陸する部隊に加わってもらうこととなっている。フィリップのアイアンゴーレムが攻撃に耐えながら、レッドドラゴンの召喚を待つのが今回の作戦の基本的指針となる。
「じゃあ、テト。行こう」
「分かった。しっかり捕まっててね」
テトのワイバーンが上空へ上がっていく。いつもよりはるか高く上がるために、マントの他にも寒さ対策をしてある。それに今回は速度が重要となってくるため、振り落とされないように二人乗り用の鞍が装備してあった。
「ハルキ様、あれ」
上陸地点が見えてきた。情報通り、魔人族の野営地が点在している。海上から上陸を考えた場合、上陸しにくいように各所が押さえられているのがわかる。魔人の主力はやはり破壊魔法を得意とする者たちなのか、魔物もあまり大きなものは連れてきていないようだ。海岸沿いに上陸につかうと思われる水棲の魔物が何体か見える。他は船を使うのだろうか。
ほどなく騎士団の船団が見えてきた。そこそこ大きめの船ではあるが、さすがに陸からの破壊魔法の集中攻撃を受けると沈んでしまうだろう。射程圏外ぎりぎりの所で4体のアイアンゴーレムが海中に召喚され、先頭の船団をまもりながら少しずつ進んで行く。
魔人族の攻撃範囲に差し掛かると陸からアイアンゴーレムに向かって様々な破壊魔法が飛んだ。本来防御力の高いアイアンゴーレムと言えども集中砲火には耐えられないが、まだ距離があるために何とか耐えているようだ。アイアンゴーレムはそれぞれ近場の岩を担いで投擲を始めた。最も近かった魔人族の陣営に直撃すると大きな被害をもたらす。そうこうしているうちに少しずつアイアンゴーレムたちは進めるようになった。上陸部隊の船団はその後方であまり動きを見せていない。どうしても仕方のないことであるが、損害は少なければ少ないほどよい。身内だけでも全員帰還してほしいと思うのは人間である以上仕方のない事だと思う。ただ、躊躇することでタイミングを誤り戦局に影響しなければよいが。そこはフィリップをはじめとして皆を信じるしかない。
「さあ、ゴーレムたちがやられる前にこちらはこちらの仕事をしよう」
テトのワイバーンは見つからないように大きく迂回して上空からの侵入を試みる。ほとんどの魔人族が上陸を試みるアイアンゴーレムの迎撃に向かっており、あちらはかなりしんどそうだ。先頭を歩いていたフィリップのアイアンゴーレムが膝をつく。だが、完全に消滅する前にフィリップは次のアイアンゴーレムの召喚に成功していた。これでまだ耐えることはできそうだ。
「ハルキ様、これから突っ込みます!」
テトのワイバーンが召喚予定地まで飛んでいく。さすがに近づくとこっちに気付く人数も増えるため、かなりの数の破壊魔法が飛んでくる。錐もみ回転しながら躱すが、何発かワイバーンは受けてしまったようだ。テトと俺に直撃はない。そして酔ったので気持ち悪い。
「お願いします!」
召喚予定地の上空を通り過ぎる。
「頼んだぞ! レッドドラゴン!」
真紅の巨体が召喚されたのを確認するとテトのワイバーンは上空へと逃げた。かなりの数の魔法の直撃を受けたようで、ふらついている。それでもなんとか召喚主を安全圏まで引き上げた。下ではアイアンゴーレムの上陸を防ぐために陣を構築していた魔人族の裏からレッドドラゴンがファイアブレスで襲っている。陣形の乱れた戦端にアイアンゴーレムがさらに岩を投擲し、なんとか上陸は成功しそうだ。レッドドラゴンを召喚した場所は広めの小高い丘になっていて、眼下の陣営を攻撃する場合、胴体を晒すことなく首だけでブレスを放つことができる。飛行系の魔物は体が小さいものが多いため、レッドドラゴンの攻撃を阻止することができず、また破壊魔法などの遠距離攻撃を主体とする部隊が挟撃されているため突破力がなく、決死隊が形成されてはレッドドラゴンの前まで到達することなく焼け死んでいく。
「敵ながら、気持ちの良いものではないな」
アイアンゴーレムたちが上陸に成功した。数は2体まで減ってしまっているが、その後方から船団も到着する。レッドドラゴンのファイアブレスでかなり数の減った魔人族に対して掃討戦が開始される。今回、島の北部へと逃げていく魔人族に対しては追撃は行わない。他の領地の奴らにも功績は残しておいてやってもいいだろう。
レッドドラゴンは引き続き同じ場所で大暴れ中だ。だが、その胴体はかなり傷つき、召喚状態を保っているのも長くないかもしれない。所詮、個の力というのはそういうものだ。
続いて、我々の陣地の構築に入る。それまでに陣地に攻撃を仕掛けてくるやつらをレッドドラゴンで薙ぎ払い、生き残ったアイアンゴーレムで土木工事を行う。昼ごろにはなんとか陣地は様になってきた。これならば全軍が上陸しても問題ない。レッドドラゴンを陣営の中に後退させる。そろそろ維持魔力もきつくなってきた。
「他の騎士団の上陸を急がせろ」
陣地完成の報告を行い、他の騎士団たちの上陸を開始する。数千を超える部隊が上陸するのだ。このタイミングが魔人族にとっても反撃の時だと思っているはずだった。
「魔力の回復した者からゴーレムの再召喚だ」
フィリップは上陸時に2体のアイアンゴーレムを召喚し、どちらも撃破されてしまっている。今日はもう魔力的にきついとは思うがMP回復ポーションを飲んででもやってもらう必要がある。
守備に関しては傷ついたレッドドラゴンとアイアンゴーレムとどちらが良いのだろうかと悩んでいるとテトが言った。
「レッドドラゴンは皆の象徴だから、還しちゃだめですよ」
なるほど、象徴か……。
俺のレッドドラゴンと5体のアイアンゴーレムが陣地を守っているとなかなか壮観である。他の召喚騎士団もアイアンドロイドなどを召喚したため、レイクサイドの守っている場所はかなり異様な雰囲気だ。
「大手柄でしたな」
ジギル=シルフィードが手勢を連れてこちらへきていた。後方にはシルフィード領が誇る氷属性に特化した破壊魔法集団「アイシクルランス」が控えている。破壊力に関しては随一と言われ、彼らの集中砲火はおそらくレッドドラゴンやアイアンゴーレムの守備力を凌駕するだろう。
「しかしこれが限界です。たまたまうまく奇襲が成功した。これ以上わが騎士団は追撃に参加できそうもない」
「はははっ! まだ手柄を欲されるか。他の者たちにも残しておいて欲しい物です」
イケメンが笑うと絵になる。やたら格好いい。
「あとは我らに任されよ。この戦いでレイクサイドは大いに活躍された。後日、アレクセイ王から労いの声がかかるでしょうな」
「正直な話、そういう堅苦しい場所は嫌いなんですよ。その際は父アランに全て押し付けたいと思っております」
「はははっ、無理でしょう。ハルキ=レイクサイドの名前はこれで全国に知れ渡りました。以前の貴族院での誤解も含めて、民衆も黙ってはいないでしょうな。頭のない連中はあなたの事を影武者のフィリップ殿だとか言っていましたが、そのフィリップ殿もアイアンゴーレムの連続召喚とすさまじい成果をあげています。あれはフィリップ殿の影武者の誰なんでしょうね。まあ、あなたの前では霞んでしまいますが」
「褒められるのは慣れておりませんで、何といえば……」
つい、身構えてしまう。
「はははっ、そう身構えないでいただきたい。もう少しご自分の価値を冷静に見つめると答えが分かりますよ。今、あなたと友好的に知り合うというだけでかなりの価値があるということです。そのために私はアイシクルランスの連中に鞭打って一番乗りさせたんですから」
良く笑うな、このイケメン。なんて好感度だ。だまされんぞ。
「自分にそこまでの価値なんてないと思っているのですが」
「しかし、これでも自分は若い方だと思っていましたが、さらに若いあなたにこんなに差をつけられるなんて思ってもみませんでした。さすがに30歳近くなると下の世代が活躍するようになるのですね。はじめての経験ですので悔しくもありますよ。ハルキ殿はいまおいくつですかな?」
「18になりました」
ほんとは37だけどな。お前なんて若造だよ。
「お若い! なんてことだ! はははっ」
「まだまだ若輩者です。……そうだ、今はうちの騎士団の連中もいません。これも縁です。ジギル様にお願いしたい事があるのですが……」
「ほう!? ハルキ殿に貸しをつくれるのならば何でもいたしますよ」
「実はですね、すぐというわけではないのですが……」
このお願いが俺の人生を変えることとなる。




