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遭遇

「ここは私の部屋だった・・・」

 かおりんは、放心状態でひざまずき、床に手をついた。

彼女の瞳からポロポロと涙があふれ、絨毯に涙の染みが広がっていく。

 学習机に一枚の写真立てが置かれている。両親と小学生くらいの二人の子供が一緒に写っている家族写真。撮影場所は、この家の前だろうか。子供の一人は、かおりんに顔立ちが似ているようにも見える。

 写真に印字されている撮影日は、「1970年代の日付」だ。


「ありえないだろ・・・」

 悟は、先ほどの発作的な体調異変で、自分は夢でも見ているのではないかと感じた。それとも、何らかの怪現象によって、かおりんの悪夢が現実に再現されようとしているのか。いずれにしても、この状況には違和感しかない。


「かおりんさん、ここは危険です」

「そうね。ちょっとパニックになってたわ。もう村から離れましょう」

 かおりんは気丈に立ち上がり、赤く腫れた目から涙をこぼしつつも、悟に笑顔を見せた。

 その笑顔にホッとしたのも束の間、突然、悟の体に再び異変が起きた。全身に鳥肌が立つような異常な嫌悪感。ここに居てはいけないと本能が感じている。もう、何が迫ってきているか、二人は察知していた。


「ああ・・・、『黒い人』が来るわ」

「早く逃げましょう!」

「そこから出ちゃだめ!もう勝手口まで来てる!」


 悟は、二人が入ってきた勝手口の玄関扉の中央に、二つの黒い渦が横並びに出来ているのに気が付いた。明らかに自然現象ではない。その渦の中から、扉を貫通して人の手の形をした黒い影が、ゆっくりと悟の方に伸びてきている。

「うわあ!」

「悟くんは、トイレの窓から逃げて!」


 廊下に尻餅をついた悟をかばうように、かおりんは護身用のナイフを取り出し身構えた。


「夢の中では小学生だった。でも大人になった今なら・・・」

「かおりんさん!ダメです。抵抗したら殺されます!」


 悟はかおりんの腰に両手を回し、勝手口から居間に無理やり引っ張り込んだ。

 二人は居間に戻った際に唖然とした。ついさっきまで整頓されていた室内が、床は抜け落ち、壁は染みだらけで黒ずみ、食器棚もテーブルも朽ちかけた廃屋に変容していた。


「どうなってるんだ?」

「とにかく、あのドアから逃げるわよ!」


 二人は玄関に通じる居間のガラス入りのドアを開け、さらに玄関ホールにある小窓の付いたトイレのドアノブに手をかけた。


「開かない!内側から鍵がかかっている?」

「正面の玄関は、外からベニヤで塞がれてます」

「玄関、トイレ、勝手口がダメなら・・・。台所とお風呂と子供部屋は、居間からじゃないと行けないし・・・、でも居間にはもう『黒い人』がいるかも・・・」



 トントン、トントン。



 二人の背後から軽くノックするような音が聞こえる。

 振り返ると、居間のガラス入りのドア越しに、黒い顔が映っている。

 禍々しい念を感じ、悟は反射的に目を背けたくなったが、恐怖でまばたきも出来ないほど、体が固まっている。

 薄っすらと目鼻立ちが分かるほど、黒い顔はガラスに接している。

 その表情は、怒っているのか泣いているのか分からないが、この世のものではない重々しい不気味さが伝わってくる。

 すぐ横にいるかおりんから、荒い呼吸音と彼女が何かぶつぶつとつぶやいているのが聞こえる。


「ハカモナク トムライモナク ワスレラレ クルシミイエズ ナイテサマヨウ」

「・・・かおりんさん?」


「アラガヤニ クロイシビトノ イカイアリ オニノカオシタ セイジャヲクラウ」

「どうしたんですか、かおりんさん!」


 虚ろな目をしたかおりんは、何かに憑かれたように念仏のようにつぶやいている。

 次第に、彼女の顔にジワジワと黒い染みのようなものが広がっていく。さらに、手足、服の上からも全身に渡って黒い染みが浮き上がり始める。

 このままだと、かおりんが『黒い人』と化してしまいそうだ。


「悟くん・・・。早く逃げて・・・」


 息も絶え絶え、かおりんは悟に告げたが、彼も体の自由がきかない。

 絶体絶命と思われた時、悟の耳に「リーン」という音が反響した。

 どこかで仏具のお鈴が鳴っている。

 リーン、リーン、リーン・・・

 お鈴の音は繰り返し響き渡り、次第に近づいてくるように音が大きくなっていく。

 悟は体の緊張が解け、横にいるかおりんの方に向き直ると、彼女は黒い影に全身を覆われていた。

 しかし、鈴の音が鳴り響くたびに、かおりんにまとわりつく影は薄くなり、悟は勢いよく黒い影の中から、彼女を抱き寄せた。

 ちょうどその時、「ガチャッ」とトイレのドアの鍵が開く音が聞こえた。

 悟は、急いで荷物の入った自分のリュックを床に投げ捨て、かおりんを背負って、トイレのドアを開けた。


 ドアの向こうは、村の外にある道祖神の石像が立っている場所だった。

 清涼な風に草木が揺れている。


「信じられない・・・」

 その光景に、悟は一瞬とまどったが、背後には「黒い人」が迫っている。

 悟はかおりんを背負ったまま、ドアの外に飛び出した。

 そのドアを閉じる瞬間、悟は後ろを振り向き「黒い人」を確認したが、二人の追跡を諦めたのか憂いをおびた様子でたたずんでいるように見えた。

 ドアは閉じられると同時に、目の前の空間から消えていった。


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