私の部屋
病気の人を捨てにきた荒野。生気のなくなった土気色の遺体、黒遺屍。
この地の昔の風習が、新谷玄石という地名に隠されていた可能性はある。
ただし、これはあくまで、かおりんの妄想に過ぎないし、実在した風習だとしても、昔の単なる怖い話だ。
だが、【おにがくる おにがくる】と黒いペンキで書かれた落書きー
そして、3年前に起きたタクヤンの失踪ー
これは現実の「危険」として、認識しなければいけない。
この落書きは、タクヤン失踪後に書かれている。
タクヤンの失踪に関わった何者かが残したメッセージかもしれない。もし、何者かがこの廃村に今も出入りしているとすれば、悟とかおりんに危害を及ぼす可能性もあるだろう。
悟は、タクヤンの動画の最後に映っていた「白いカーテン」と「スイセンの花が咲く」家を探した。
季節的には、もうスイセンは咲いていないが、その敷地内でタクヤンの動画が途切れている。
その場所に何か手がかりが残されているかもしれない。
民家のブロック塀に、誰か隠れていないか。
もしかしたら、地面にタクヤンの持ち物が落ちているかもしれない。
周囲に注意を払いながら、二人は民家を一軒一軒、確認していった。
ふと見ると、とある民家の玄関前に、包装がきれいな真新しいお菓子が一つ置かれていた。
「えっ?」
「これ・・・、さっき、私がお地蔵さんにお供えしたのと一緒のお菓子だわ」
「なんでここに?」
「分からない。だって私たち以外、他に誰もいないはずだし・・・」
コンビニで売っているチョコレート菓子だが、かおりんがお供えしたものと全く同じ商品が、今この瞬間に置かれたような状態で、廃村の玄関前にあるのは、偶然にしてはできすぎている。
「かおりんさん。これって・・・、何か異変が起きつつある兆候ではないですか」
「そうね。やっぱり、この村、普通じゃない」
突然、悟は背筋がゾクゾクとするような感じがして、思わず振り返った。
背後には、掘建て小屋が並んでいる。その真っ暗な小屋の内部から、悟は自分に向けられた禍々しい視線をはっきりと感じた。悟は、喉奥と胸元が締め付けられるように息苦しくなり、全身に鳥肌が立ち、真夏の屋外なのに寒気がし始めた。
「かおりん、さん、急に体が・・・」
「この感覚・・・、覚えがあるわ」
「膝ががくがくして、吐き気もします」
「無理しないで。一旦、戻りましょう」
「あっ」
掘建て小屋の内部の真っ暗な片隅に、黒い人影がうつむいて立っているのが見えた。
奇妙なことに、服装だけではなく、伸びた手足や顔までも炭のように黒い。
その人影は、全く身動きしないが、悟に向けられたものすごい圧力を感じる。
悟は堪えきれずに地面に突っ伏した。かおりんは慌てて、悟の背中を抱きかかえ介抱した。
悟は意識を失いそうになるのを耐え、何とか上体を起こした。
「あの小屋に『黒い人』がいます・・・」
「まずいわ」
かおりんは肩を貸して悟を支えつつ、目の前の民家のブロック塀の内側に隠れた。悟は息をゼーゼーさせながらも、足に力を集中して歩いた。民家の裏手に回ると勝手口の扉が開いており、二人は急いで建物内に飛び込み、勢い良く扉を閉めた。
「もう一度、教えて!何を見たの?」
「全身黒い人影が・・・掘建て小屋の中に」
「私が見た夢の、『黒い人』がいたってこと!?」
「直感ですけど、そうだと思います」
かおりんは、悟の肩を抱えて立ち上がり、勝手口の土間から、さらに中の部屋へと入った。
8畳ほどの居間とその奥に小さな台所がある。居間には、ダイニングテーブルやソファー、食器棚等が所狭しと置かれている。まるで、つい最近まで生活していたかのように、室内は整理整頓されている。悟はソファーに横たわった。
「・・・既視感があるわ」
「ここにですか?」
「あの悪夢の中で見た家と同じ感じがする」
居間は玄関につながるガラスのはめ込まれたドアの他に襖が二つあり、他の部屋に通じているようだ。
かおりんは、襖をガラッと開けて中を見ると、そこは子供部屋なのか、部屋の中央に二段ベッドが置いてあり、二段ベッドを挟むように学習机が2つ置かれていた。かおりんの夢の話と、一致する間取りだ。
「何で?何で夢の中の部屋が、この村にあるの?」
かおりんは状況が理解できず、右往左往している。少し体調が回復した悟も、自力で立ち上がって、子供部屋に入った。床には絨毯が敷いてあって、壁には絵や習字が貼られている。小学生の部屋といった感じだ。
不思議なことに、長年、廃屋だったはずなのに、このままでも生活できそうなくらい内部の状態が良い。
そこで、悟はあることに気が付いた。
壁に貼られた絵や習字の名前が【なかお りんこ】と書かれていることにー
「かおりんさん。これを見て下さい!」
「え?どうして?これ、私の本名よ」
「偶然でしょうか・・・」
かおりんは、呆然自失としていた。そして、頬に涙が伝っていた。
悟はどうしたらいいか戸惑い、この不可解な状況を把握できず、ただかおりんを見守るしか出来なかった。
「思い出したわ・・・。ここは、私の部屋だった。思い出した・・・」




