かおりん
かおりんはゆっくり起き上がり、テーブルに身を乗り出し、悟の顔をじっと見た。
彼女の顔が急に近づいて悟はドキッとした。
「好奇心は猫を殺す、ということわざがあるのは知ってる?」
「知っています」
「私の話を聞いたら、私のこと頭がおかしい人と思うかもしれないわよ」
「そんなことありません」
かおりんは壁掛けのフォトフレームを外し、小学生時代の集合写真を悟に見せた。
あの村にあった家族写真の少女と同じ顔をしたかおりんが写っている。
しかし、この集合写真の撮影された日付は2000年代だ。二つの写真の時代が合わない。
「これは、児童養護施設に入った頃の集合写真よ。私は11歳の時に、孤児として施設に保護されたの。とある神社の境内で倒れているところを発見されて」
「家族から捜索願は出てなかったのですか」
「なかったわ。何より、私自身が記憶喪失で、以前の生活を全く思い出せなかった」
かおりんは立ち上がり、クローゼットを開いた。彼女はそこから、子供用のキャラクター柄の入ったトートバッグを取り出した。バッグには「中尾倫子」と書かれている。
「私が発見された時、唯一の所持品がこのバッグだった。私は自分の名前も年齢も記憶になかったから、施設はこのバッグに書かれた名前で身元を判断するしかなかったの」
「本当に何も記憶がなかったのですか?」
「ええ、だから私は自分が異世界からこの世界に飛ばされてきたと本気で信じていたわ」
「・・・パラレルワールド」
「でも、あの村を訪れて失われていた過去の記憶が蘇ったの」
「どんな記憶ですか?」
「私は、家族と共に第1期入居者として新谷玄石地区ニュータウンに住んでいた」
ニュータウンが開発されたのは1970年代。もし、それが本当ならば、今のかおりんの年齢は50歳近くになっているはずだ。しかし、目の前の彼女は二十歳そこそこの年齢にしか見えない。
「私たち家族が入居後、第二期の造成工事が進められていた。その最中に、地中から大量の人骨が発見されたの。当時、私もその話を聞いて現場の近くまで見に行った記憶がある」
「その人骨というのは・・・?」
「かつて土着信仰が行われていた時代の生け贄の遺骨よ」
しかし、開発会社は不動産価値の低下や開発計画の遅れを避けるために、供養することも無くそのまま開発を進めていったという。その後、不可解な工事車両の故障や作業中の事故が相次ぎ、開発計画は完全にストップした。ニュータウンの住民が、開発計画の遅延に対して開発会社に訴えようとした矢先、集団失踪事件は起きた。
開発会社が開いた開発計画の住民説明会の際に、10名以上の参加者が忽然と消えたのである。その失踪者の中に、中尾一家も含まれていた。
「元々、あの土地は、霊場・幽界とされ霊の集まりやすい場所だったから、墓があばかれたことがきっかけで、土着神や生け贄の霊が、私を『依り代』として顕現してしまったの」
「なぜ、かおりんさんが依り代に?」
「きっと、住民の中で私だけが少女だったからかしら。若い女性に憑依することが多いらしいし。ああ・・・、こんな記憶なら蘇ってほしくなかったわ」
かおりんは、テーブルに両肘を乗せ、顔に手を当てていた。指の隙間から涙が伝い落ちる。
彼女は涙声でくぐもりながらも話し続けた。
「土着神に取り憑かれた私が、祟りの力でみんなを幽界へ送ったのよ」
「幽界に送られた人は、どうなったんですか」
「幽界の構造は四次元とも言われていて、運が良ければ死なずにどこか違う時代・違う場所に転移される」
「四次元・・・」
「私に憑依した土着神や霊たちは、ずっと私の体に宿っていたかったみたいだけど、私は自分自身を幽界に送ることで、依り代から解放されたの」
「それで、一旦、記憶がリセットされてこの時代に転移したんですね」
「今思えば、『黒い人』の悪夢は、もう一度、私を依り代にしようとして、土着神や霊たちが夢に干渉してきたのかもしれないわね」
一通り話をした後、かおりんは静かに泣いていた。悟はかける言葉が見つからず、ただ側に居てあげることしか出来なかった。悟の好奇心のせいで、かおりんに辛い話をさせてしまったかもしれない。
彼女は、自分が何者なのかも分からないまま、一人で乗り越え、この世界を生きてきた。
廃村探索で過去の忌まわしい記憶が蘇ったからといって、彼女の生活はこれからも変わらず続いて行く。悟は、かおりんとこれからも一緒にいたい、守りたいという気持ちが強まった。
「僕はかおりんさんと時を超えて出会えたのは素晴らしい奇跡だと思います。どんなかおりんさんだって、僕にとって大事な唯一のかおりんさんです。これからも、僕と一緒に旅に行ってもらえませんか」
「悟くん・・・。ありがとう」
悟も無意識のうちに涙がこみ上げていた。なぜだか理由が分からないが涙が止まらなかった。
二人はお互いの泣き顔をみて、笑い合った。




