土着信仰
夏休みも終わりに近づいた8月下旬の昼下がり。
悟はかおりんと会うために、彼女の通う京浜大学のキャンパスにいた。
悟にとって、大学のキャンパスを訪れるのは初めてだ。ぶらぶらとキャンパス内を散策するだけでも新鮮で、歴史的な校舎や留学生が行き交う姿を見るだけで、大学生活への憧れが強まった。
待ち合わせの場所を訪れると、そこには夏らしいブラウスとデニムパンツ姿でサンダル履きのカジュアルな装いのかおりんがいた。あの超常的な廃村探索から1週間、悟は彼女がもっとやつれているかと思っていたが、意外と元気そうで安心した。
「悟くん、うちの大学へようこそ」
「先日はありがとうございました。あれから体調は大丈夫ですか」
「もう大丈夫よ。そう言えば、ニュースで見たけどタクヤンの車が発見されたわね」
「それ、僕が通報したんです」
「今回は警察がちゃんと動いてくれたのね」
「でもあの村の中までは捜索していないでしょうけど」
悟はキャンパス内にあるかおりんが暮らす女子寮に案内された。
「ここも言わば、男の人にとっては『禁足地』ね」
「入ってもいいんですか?」
「一応、『弟』が来るってことにして寮長に申請してるから大丈夫。受験の下見という名目で」
「ありがとうございます」
かおりんの部屋は広さが8畳ほどで、全体的に整理整頓が行き届いているが、机の上だけは様々な資料が山のように積み重なって乱雑としている。本棚には学術書の他に地方の民話や伝承に関わる本が目立つ。
二人は、座卓テーブルに向かい合って座った。悟はかおりんが出してくれた冷たい麦茶を飲みつつ、一人暮らしの女性の家に招かれて、緊張した気持ちを落ち着かせた。
「良い部屋ですね」
「寮だから家賃は相場より全然安いのよ。奨学金とバイト代で何とかまかなってるけど」
「仕送りもらってないんですか?」
「うん。全部自分でやってる」
「すごいですね。僕なんてまだ親元でぬくぬくしてるのに」
部屋には壁掛けのフォトフレームに数枚の写真が飾られている。
その内の一枚は、十数人の小学生から高校生くらいの子供が並んだ集合写真だ。
悟は、ごくりと生唾を飲んだ。その集合写真に写る小学生時代のかおりんは、あの村の「かおりんの部屋」で見た家族写真の少女と瓜二つだった。
あの日以来、彼は廃村での出来事について何度も思いを巡らせていた。そして、考えれば考えるほど、色々な疑問が生じていた。
「・・・あの村で体験したことは、一体何だったんでしょうか」
「にわかには信じがたい不思議な体験だったわ。まるで夢を見ていたかのような」
「覚えてますか?あの村でかおりんさんは『ここは私の部屋だった』、と言ってましたよね」
「ええ」
かおりんは、記憶を思い起こすように、天井を見上げてそっと目を閉じた。
しばらくの間、二人に沈黙の時が流れた。悟はかおりんの様子をじっと見守った。部屋の外からは、部活動中の学生の歓声が微かに遠く聞こえていた。麦茶の入ったグラスの氷が溶けてカランと音が鳴った。
「信じられない話かもしれないけど・・・」
かおりんの言葉に、悟は神妙な面持ちでうなずいた。
「まだ頭の整理が出来てないんだけど、順を追って話すわね」
「はい」
「あの廃村探索から帰ってから、ずっと調べていたの。あの土地が『禁足地』だった理由を」
「ニュータウンが開発されるより遥か前のことですね」
「あの土地が禁足地になっていた理由には、古来からの土着信仰があったみたい」
「土着信仰・・・」
「古くから、あの土地は霊場として現地住民から信仰されていた一方、人身御供として人間が生け贄として捧げられていた。その風習は、江戸時代末期まで続いていたらしいの」
「そういえば、病気の人を捨てに行ってたとか言ってましたね」
「正確には、生け贄のことだったの。さらに、土着信仰の中で、あの土地は『幽界』とつながっているとして神聖視されていた」
「幽界って、あの世のことですか」
「そう。でも、明治維新以降、文明開化の流れの中で土着信仰は禁じられた。そして、霊場として祀られていたあの場所も、悪しき人身御供の風習があった場所として、禁足地にされたのよ」
かおりんは淡々と話しているが、前置きがあったように、普通であればその内容に半信半疑になるだろう。しかし、実際に不可思議な体験をした悟にとっては、あの村がただの廃村ではなく、過去に霊場や幽界として信仰されていた場所であった方が合点がいく。
「それじゃあ、『黒い人』はやはり幽霊だったんですか」
「分からない。でもね、『黒い人』に飲み込まれそうになった時、とても悲しくて寂しい気持ちになった。誰からも忘れ去られて、気の遠くなるような長い時間を孤独で過ごしたような・・・。だから何となくだけど、祀られなくなった土着の神様と供養されなくなった生け贄の犠牲者の『怨念』が『黒い人』を実体化させたように思う」
「確かに、土着信仰を禁じた上に、神聖な土地を開発してしまったら、呪いや祟りがあってもおかしくはないかもしれませんね」
悟は、その呪いや祟りが、あの村で起きた集団失踪事件の真相だったと結論付けるのは、非常識かもしれないと思った。しかし、そんなことより悟が今一番気になるのは、「中尾倫子」という人物の存在についてだった。あの村で見た1970年代に撮影された「中尾倫子」と思しき少女の写真は、目の前のかおりんと酷似している。
「集団失踪事件が起きたと思われる年に、かおりんさんと同姓同名の『中尾倫子』という方が行方不明になっています」
「えっ?」
かおりんは不意を付かれたように変な声を発した。
そして、座ったままの姿勢からそのまま横にパタッと倒れ、床に寝そべった。
「まあ、はぐらかそうと思っていたけど、ここまできて気が付かないわけないわよね」
「かおりんさん、あなたは一体何者なんですか?」




