帰還
「助かった・・・のか?」
悟は今、自分が体験していることへの理解が追いつかなかった。
かおりんを日陰のある場所に寝かせ、悟は村の方を眺めた。
あの「黒い人」は何だったのか-
かおりんはあの村と何か関係があるのか-
様々な思いを巡らせながら、かおりんの様子を伺うと、彼女の体にできた黒い染みが徐々に薄まっていった。
悟は、村の外れに立つ道祖神の石像に手を合わせた。
かおりんがお供えしたお菓子は、なくなっていた。
悟は再びかおりんを背負い、山中を下った。女性とはいえ、大人一人背負いながら山道を進むのはかなり体力を消耗する。休み休み時間をかけながら、悟は車を止めている空き地を目指し歩いた。
「悟くん・・・。私たち村から出られたのね」
「かおりんさん、大丈夫ですか?」
「ええ、もう平気。ごめんね、こんなことになるなんて」
「もうすぐ車ですから、このまま背負っていきますよ」
「・・・ありがとう」
空き地にたどり着いた悟は、マラソンを走りきったように全身が疲労していた。
かおりんは、車の運転が出来る程度には回復していた。悟は、この廃村での不可解な体験について、かおりんに聞きたいことがいっぱいあった。しかし、彼は村を脱出した安堵感と疲労感から、助手席に乗り込むなり急に睡魔に襲われ、意識を失ってしまった。
その後、どこからどうやって帰ったのか記憶がおぼろげだが、悟は自宅の最寄駅の前に立っていた。
かおりんが車でここまで送ってくれたのだろうか。日が落ち、夜を迎えていたが、都内の駅は大勢の利用者が行き来していた。しばらく、かおりんの姿を探したが、見つけることは出来なかった。
悟は、リュックを村に置いてきてしまったため、手ぶらで自宅に帰った。残念ながら、カメラもリュックに入れていたので、村に行った証拠が何も残っていなかった。カメラを失ったことより、村で撮影した画像を持ち帰れなかったことが悔やまれた。
唯一、昼食で立ち寄った店の名刺が財布に入っていた。これが無ければ、今日一日の出来事が白昼夢だったと言われても反論できないかもしれない。悟は、記憶が薄れないうちに、大事なことをメモに残した。
タクヤンのものと思われる「車のナンバー」、「新谷玄石地区」という地名、「京浜大学 中尾倫子」というかおりんの本名と大学、そして、あの村の「かおりんの部屋」に残されていた写真の「日付」-
そこで、悟はふと思うところがあってパソコンを起動させた。
検索画面に【中尾倫子】【失踪】【写真の撮られた年】のキーワードを入力した。
悟が検索結果をくまなく調べている内に、驚くべきことに、××県の行方不明者リストに中尾倫子とその他に3名の中尾姓の人物の名前が、写真の撮られた年に失踪している記録を見つけた。
「1970年代に、あの写真の一家が失踪している。そのうち一人は、かおりんさんと同姓同名・・・」
確かに、かおりんはあの村の民家で言っていた「ここは私の部屋だった」と。
何十年も前に失踪した人物と、彼女が同一人物という可能性は考えにくい。
だが、あの村の集団失踪事件の謎を解く鍵を持っているのは、やはり彼女自身ではないだろうか。
悟は、スマートフォンでかおりんにメッセージを送った。
もう一度、彼女に会って話を聞きたいと強く思った。




