召喚士されし者 8・鎮魂の火
日が沈みあたりが冷えこんできた頃、グローリの町では火を灯した人々が町の中央広場に集まっていた。
「では、参りましょう。」
ハンブル老が号令をかけると、広場に集まった人々は松明に灯した火を高くかざし歩き出す。
その少し恐ろしげな雰囲気を醸し出す葬送の儀式を、俺はボケっと眺めていた。
先程の騎士達が帰ったあと、俺達は葬送の準備をする事になった。シェイリアが中心になって話し合い、死霊化対策として早々に葬送した方がいいとの事で、全員総出で準備を済ませたのだ。
早々に葬送がかかっているのは気にしないで欲しい。たまたまである。
俺がボケボケしていると、一人の少女が駆け寄ってきた。シェイリアだ。
「ユーキ様、どうなされたんですか?早く行きましょう。」
「ん?いいっていいって。俺みたいな部外者が行っても邪魔になるだけだしさ、気にしないで行ってきな。」
俺がそう言うと、シェイリアは不機嫌そうに頬を膨らます。
「何を言ってるんですか!?部外者なんて、それに邪魔なんてありえません!今夜弔われる皆だってユーキ様にそんな事言いませんよ。もしいたら私がとっちめてやります。」
それを聞いて俺が苦笑いを浮かべていると、シェイリアは畳み掛けるように言葉を繋ぐ。
「・・・今夜、逝ってしまった皆が空に還ってしまいます。その前に自分の故郷を救ってくれた恩人の顔を見せてやりたいんです。お願い出来ませんか、ユーキ様。」
「はぁ。わかったよ行くよ。でも、俺作法とかわかんないぞ?」
「大丈夫です。行きながらお話しします。」
シェイリアはそうにこりと笑うと、空いてる手で俺の手をひいていった。
この町に住む人の殆んどはカルロ教と言う伝統宗教を信仰しているらしい。主にアスラ国南部で信仰されているもので、アスラ国南部に位置するアトヌウス山脈にいるとされる、火神カルロを守護神として祀っているらしい。
火神カルロは再生と生命を司りながら破壊をも司るかなりアグレッシブな神様なのだとか。
信徒は火を扱う時にカルロに祈りを捧げ、毎年決まった時期に火祭りなる行事を行い、一年の安全祈願をするそうだ。
そんなカルロ教の葬送は、もちろんと言うべきか火葬である。
聖なる火によって、肉体から解き放ち、魂に刻まれた現世の罪を浄める事で天に召され聖域へと逝くのだとか。
俺はシェイリアの話しを聞きながら、ふっと、かつての自分黒須トウジだった頃を思い出していた。
あの事故に会ったあと、恐らく俺の遺体は家族によって弔われたはずだ。俺の身体も火葬されたんだろうか?それとも冗談混じりに言っていた宇宙葬だろうか。・・・あっ、宇宙葬の時も火葬してからだから、どのみち火葬ちゃ火葬かな?
そんな事を考えている内に俺達は用意した火葬場へとついた。
ハンブル老が死者への弔辞を言う。火を掲げた町の人達は皆目に涙を浮かべていた。
弔辞を言い終えハンブル老は合図をだし遺体の下に敷き詰められた藁に火を点す。町の皆もそれに続き遺体に火を点していく。
赤く、熱い炎が優しかった人も、可愛かった人も、臆病だった人も、逞しかった人も、格好良かった人も、調子のいいあの人も、有象無象の区別なく在るものを燃やし、焦がし、焼きつくしていく。
誰ともなくすすり泣く声が聞こえ始める。
隣に立つシェイリアも涙を流しながら、「お父さん、お母さん」と小さく呟いていた。
泣いてくれただろうか、俺の家族は。
黒須トウジとしての俺は特別ではなかった。趣味はゲームで漫画よんだりアニメ見たり、内向的な子供で友達もいなかった。
頭も良い方じゃないし、顔も平均的、運動神経もそこそこ、彼女もいない、何をやってもぱっとしないただの子供。
何をやっても優秀だった妹と比べ、俺はあまりにも出来損ないで落ちこぼれだった。
最近じゃ妹には邪険にされてたし、母親には色々諦められてたし、親父にも良く思われてはいなかっただろう。
泣いてくれただろうか、こんな俺を思って。
悲しんでくれただろうか、何にもなれなかった俺を思って。
涙を流してくれただろうか、ただの子供で終わった俺を見て。
俺はこんな風に誰かに思われて死ねたのだろうか?
俺は知らず知らずに涙を流していた。
悲しかったのか寂しかったのか、それは分からなかった。
でもその涙が、黒須トウジに向けられたものである事は分かった。
この時になって俺はようやく気づいた。
黒須トウジは死んだのだ、もうどこにもいない。
ここにいる俺は、ユーキと名乗った俺は、もう彼には成り得ない、誰でもない誰かになるのだと。
この身体はいつか返さなくてはならない借り物かも知れない。
でも、その時が来るまで俺は俺として生きよう。
召喚士ユーキとして生きる。
黒須トウジが、彼が出来なかった事を俺がするのだ。
誰かに思われる人になる。
成りたかった者になる。
燃え盛る火の前に立つ俺は、空に舞い上がっていく火の粉を見つめる。
火の粉は高く高く舞い上がり暗闇に溶け込んでいく。
あの煤に成り果てた火の粉は、風に吹かれどこまでも飛んでいくのだろう。
きっとこの世界のどこかに、誰も見たことのない世界に。
「ユーキ様?何を見ているんですか?」
空を眺めていた俺にシェイリアが声をかけてきた。
「いや、何でもないよ。何でも・・・。」
そう俺がシェイリアに笑いかけると、何か言いたげな素振りを見せながらも、「そうですか」とそれ以上何も言わず隣にいてくれた。
鎮魂の火は燃え続ける。高く火の粉を巻き上げて、赤く、熱く。