召喚士されし者 2・鉛色の騎士
「いや、いやっ、いや!!」
少女は駆ける。紅蓮に染まった町を、変わり果ててしまった故郷を少女は駆ける。
死んでしまった、死んでしまったのだ。優しかった母も、逞しかった父も、勝ち気な友達も、気前のいいおじさんも、みんなみんな死んでしまった。
昨日までいつもと同じだったのに。今日もいつもと同じ普通の日になるはずだったのに。なんで、なんで!?
涙が止まらない、視界がボヤけ息切れから嗚咽がこみ上げる。
「いたぞ!こっちだ!」
少女は後ろを振り返る。見るからに粗暴な男が二人視界に映る。少女は呼吸を整えることもなく、息も絶え絶えに走りだす。足はもつれかかり、体力的な余裕はもはや無い。
「逃げろっ!!」父が発した最後の言葉が少女の背中を押していた。気力だけで走る少女、しかし蹂躙され尽くした町に逃げ場など無く、ただ闇雲に走るだけ。父の言葉で生まれたその気力でさえ容易く限界を迎え、少女は立ち止まる。
「たくっ、手間かけさせやがってガキが!」
大した息切れもない野盗がすぐ後ろに迫っていた。下卑た笑いに、舐め尽くすような目。少女は全身におぞけがはしるのを感じる。
「いやぁっ!!近寄らないで!」
自分でも驚くほどの声量で辺りに響く。男は表情をさらに歪ませる、嬉しそうに。
「おいおい、騒ぐんじゃねぇよ。他の連中が気づいちまうだろうがよー。」
男が言い終わらぬうちに、茂みが揺れ二人の男がやってきてしまう。
「何ひとりで楽しんでんだよマリオ。」
「おれらも混ぜろよ。」
最初にいた男は不服そうにあとから来た二人を一瞥する。
「ちっ!俺が見つけたんだ、お前ら後だぞ?」
「あぁん?壊すなよ、お前。中々の上玉なんだ回せよ。」
「独り占めはいけねぇよ。早くしろよ。」
「わかってるつーの。」
男は少女の手首を掴むと足を絡め押し倒す。
「いやぁっ!やめて、放して!」
「うるせぇ、大人しくしろガキ!!」
「ガスッ」少女の腹部に男の拳がめり込み、少女の手から抵抗の力が抜け落ちる。
「い、いやぁ・・・。」
小さく呟くように発せられた少女の嘆きは、もう誰にも届かない。・・・筈だった。
「ガシャン」重々しい金属音が辺りに響く。
下卑た笑いを浮かべた男は動きを止める。男達は音の聞こえた方向に視線を移す。
そこには体長三メートルを越える鉛色の騎士がいた。身の丈程の大剣を携え、悠然とした態度で此方を見ていたのだ。
男達は身震いする。背中に走る悪寒が身の危険を知らせる。
二人は身体を騎士に向け臨戦体勢をとった。
「な、なんだこいつ!?」
「どっから来やがった!?」
男達の言葉に意もかえさず、騎士は大剣を静かに抜き放つ。
「オォン」と言う風を切るような音と共に二人の身体が二つに分かれる。
少女に組しいていた男は「ドサッ」と崩れ落ちる二人の姿をただ黙って眺めていた。あまりにも唐突に起きた目の前の光景に思慮が追いつかず瞬きすら忘れて。
騎士は物も言わず、男に近づく。そして呆然と眺める事しか出来ない男の頭を鷲掴みにする。
「ひぃあっ」
短い悲鳴をあげた男は宙にポンと放られる。空中でぐるりと視線の定まらない男が最後に見たのは、鉛色の騎士の拳だった。
「バキャッ!」と言う音と共に絶命した男は木に叩きつけられ、壮絶な衝突音の後地面に転がる。地面を赤く染めながら5、6メール程の血に濡れた道をつくると二度と物言わぬ糞袋に変わる。
少女はその光景を眺めていた。肉の、いや、糞袋に成り変わった三人の男達のようにただ眺める事しか出来なかった。
呆然と鉛色の騎士を眺めながら、少女は自分の死期を知ったような気がしたが。私はここで死ぬのだ、この得体のしれない騎士の手で。ましだ、辱しめを受け苦痛の中、あんな糞どもに殺されるよりずっと、ましだ。
少女は覚悟を決め目を閉じる。願わくば痛みを感じる前に死ねるように、そう祈りながら。
「大丈夫か?」
突然幼い声が少女の耳に届く。驚いた少女は目を見開き声のした方向へ顔を向ける。
そこには、燃え盛る火に照されより赤く染まった長い赤髪をたなびかせ、青銀の瞳を煌々と輝かせる━━━この世の者とは思えない美しさを持った、まるで幽鬼のような雰囲気を纏った一人の女の子がいた。
「大丈夫か?」
もう一度そう言うと騎士の前を横切り自分に近づいてくる。
「危ないっ!」少女は咄嗟に飛びだし、騎士から守るように女の子に覆い被さる。生きる事を諦めた自分にまだこんな力がある事に驚いきながら、痛みに耐えるため歯を食いしばる。先程の騎士の力を鑑みれば自分のような華奢な身体が盾にすらならないことはわかっていた。それでも、目の前の女の子を見捨てるような選択は頭の中にはなかった。
ぎゅっと女の子を抱きしめ、少女は待つ。絶命は免れないであろうその一撃を。
・・・パチパチと家が焼ける音が聞こえる。が、先程の騎士がおこす鈍い金属音が一向に聞こえてこない。少女は恐る恐る振り返り騎士の様子を窺う。
騎士は直立不動のまま動く気配はない。何故かは分からないが、逃げることが出来るかもしれない、少女が女の子に逃げるよう促す為、庇った女の子に視線をおとす。
女の子は自分の胸に顔を埋められ、息苦しさからか、はぁはぁと喘ぐような呼吸をしていた。
「!!ごめん、大丈夫!?」
胸から引き離した女の子は顔面を打ったのか鼻血を垂れ流していた。
「ありがとうございます。」
何故かお礼を言われ混乱する少女に女の子は言葉を繋げる。
「その騎士は俺の味方だよ。大丈夫」
騎士は女の子の前に膝をつき頭を垂れる。
少女は混乱しながらも女の子に訪ねる。
「あなた何者なの?」
「召喚士」
女の子はにっと笑って見せる。この地獄のような燃える町の中で、その笑顔はあまりにも明るく似つかわしくない物であった。