召喚士されし者 18・ 冒険者の資格
あれは俺がまだガキだった頃。
俺はあの人に出会った。
青い鎧、赤いマント、銀の装飾を施した長剣。
端正な顔つきながらも雄々しく美しい。
あの人は俺の憧れだった。
あの人は冒険者だった。
「んぁ!?」
どうやら寝ちまったみたいだ。
あの嬢ちゃんに埋められた時は心底肝が冷えたが、慣れると土の中も悪くないかもしれない。
首から下を埋められ身動き一つとれないので、辺りを見渡す。
「夜かー。大分寝たな、・・・そろそろ逃げますかぁ。」
取り合えず身を捩ってみる。
駄目だ、ピクリともしねぇ。
となれば、誰かに助けてもらうしかねぇか。
「ん?ありゃ人か?おーいそこのあんた!あんただよ!ちょっと手を貸してくれねぇか?通りすがりのいたずらっ子に埋められちまってよ、困ってんだ!」
遠くにいた人影はこちらに近づいてくる。
どうやら一人ではないらしい、二人組だ。
二人組か、そういやおちび達も二人組だったな。
別に悪りぃとは思っちゃいないが、残された嬢ちゃんを不憫には思う。
これから先一人で生きるには世界は残酷すぎる。
むしろ先に死んじまったおちびは幸せだったのかもな。
「随分、本格的に埋めたなシェイリア。」
・・・・・ん?この声どこかで。
「はぁっ!?」
俺は間抜けな声をだして何度も瞬きをしてみた。
目の前にいてはいけない人物が立っていたからだ。
「おちび・・・か?」
そう呼ばれた幼女は笑みを浮かべる。
「よぉサリハン!いい子にしてたか?」
その時俺は悟った、今日が命日だと。
死を前にした俺は妙に清々しい気持ちだった。
ろくな人生じゃなかったが、最期くらいは格好つけて見てもいいだろう。
「幽霊ってわけじゃ無さそうだな。足があって良かった。」
俺の減らず口におちびの顔が緩む。
何でそんな顔する。
怒れよ、おちび。
「足がある幽霊かもしんないぞ?」
「じゃあ祟ってみてもいいぜ?」
「ははは、そりゃ難しい話だ。俺は召喚術しか出来ないからな。機会があったら呪術でも習っとく。」
おちびはそう言って屈託ない笑顔をみせる。
楽しそうに、まるで友人と接しているかのように。
おちびは俺の前にしゃがみ込み膝を抱える。
じっと俺の目を見つめる、吸い込まれそうな濁りのない青銀の目。
初めてこいつにあった時も驚いたもんだ。
こういう目をした奴はあった事がない。
普通目には心が宿る。比喩的な意味じゃない、そのままの意味だ。
視線の動き、瞬き、色、人は知らず知らずのうちに目で心を示してしまう。喜怒哀楽は勿論、もっと複雑な思いも。
こいつの瞳には・・・・・。
いや、やめだ。今更こいつがどうだろうと関係ねぇ。
さっさと落とし前つけてもらうとするか。
「後悔はしてねぇ、俺は正しい事したと思ってる。けどお前には権利がある、だか」
「おらぁ」
「ヴぁるはぁらっ!?」
眉間に捩じ込まれるような衝撃が走る。
そう、例えるならネジ、ネジを高速回転させて頭にハンマーで叩き込まれるような、そんな衝撃だ。
俺は痛みに悶えながらおちびを見る。
指が少し赤くなっている、デコピンか?!
「あだだだだだだだ、だぁーーーー!?お前っ馬鹿!まだ話の途中だったろうが!つーかなんだこの威力本当にデコピンか?!痛い通り越して意識飛んだぞ!」
俺は反射的におちびに抗議してしまった。
今更、文句を言える立場ではないのだが、あんまりの痛さに格好をつける余裕は消し飛んでしまった。
おちびが俺の顔を覗き込み、悪戯成功と言わんばかりの笑みを浮かべる。
「痛い?」
「痛いに決まってんだろ死んだわ、一瞬死んだわ!」
「じゃあ、これでチャラな?」
・・・・はぁ?
こいつ今なんて言った?
俺が呆然としていると、おちびの左手が光だし宙に魔方陣が描かれる。
魔方陣から堅牢な鎧を纏った巨大な騎士が現れた。
身の丈ほどの大剣を背負い、威風堂々と立つその立ち姿は、かつて自分が憧れた冒険者を思わせた。
「アルディオ」
おちびがそう呼ぶと、その騎士は俺の方へ歩いてきた。
そうか、おちびにはまだこんな凄い奴を従えていたのか、俺は選択を間違えたらしい。
生きる為に、そう言って俺は走った。でも走る方向を間違えていたらしい。いつもそうだ、俺って奴は・・・・惜しいなぁ。
騎士が俺の近くで足を止める。
悔いはねぇ。結果はついてこなかったが、でも俺は精一杯生きた。出来る事は全部やった。
最期の時を待つ為に俺は目を閉じた。
思い出すのは情けない半生だ。
やっぱり俺は冒険者になれなかったよレリーナさん。
・・・・・・・?
ざっ、ざっ、
・・・・・・・・・・・・・・?
大分時間が立ったな。焦らしてんのか?
つか、このざっざざっざと何してんの?怖いんだけど。
冷や汗を流していると肩を力強く握られた。
握り潰すのか!?出来れば切ってくれ、一思いにスパッと。
と思っていると、力強く土から引き抜かれ、優しく立たされた。
目を開けるとおちびと嬢ちゃんの姿が目に入った。
おちびの後ろで待っている嬢ちゃんは、あきらかに嫌そうな顔をして溜息をついた。
対するおちびは俺の服についた泥や土を払いのけている。
たまに体をペタペタと触りウンウンと頷く。
「んー。特に怪我は無いなぁ。シェイリアがボコボコにした何て大袈裟に言うから、骨の1本でも折ったかと思ったけど、ーーうん。大丈夫だな。」
そう言うとおちびは俺の腕をポンと叩く。
そして目を輝かせてこう言った。
「今度、聖剣見してくれよ!」
おちびの後ろで嬢ちゃんが深い溜息をつく。
さっきよりかなり深い溜息だ。
・・・・と、それよりだ。
「お前何いっ」
「用件はこれで終わりだ。ああ、あと草原竜は倒しといたぞ?でも俺がやったのは内緒な。報告は適当にやっといてくれ。じゃあな!」
おちびは言いたい事は言ったとばかりに帰ろうと、俺に背を向けた。
「待てよ!!」
俺は思わず呼び止めてしまった。
理由は色々あるだろう。草原竜を倒したとか、落とし前はどうしたとか、詳しく聞きたい事がある。
でも、俺がこいつを呼び止めたのはもっと違う理由だ。
「何だ?俺この後行くとこあるから、手短にしてくれよ?」
「いや、あのよ、なんで、いや違う・・・」
俺の頭の中は完全に混乱していた。
何を言いたいのか、俺自身理解出来ていない。
でも、何となく、ここで、こいつに言わなくてはいけない事がある気がした。
感謝、謝罪、悪態、いや違う。・・・・・俺は。
俺は。
「おちび、俺は冒険者じゃねぇ。」
「ん?」
「俺には人に話すようなすげー冒険はしてねぇ。」
「ん。」
「俺は聖剣なんて持ってねぇし、防具だって今着てんのが一番のやつだ。」
「ん。」
「俺は、冒険者なんかじゃねぇんだ。」
そうだ、俺は冒険者であっていい訳がない。
俺のような奴が、卑怯で、怠け者で、軽口しか叩けない奴が名乗るべきじゃなかった。
なんで、気付けなかったのか。俺は
「え?冒険者だろ?」
おちびは呆れたような顔で俺を見た。
「聖剣ないのは残念だけどな。」
「せ、聖剣がどーのじゃねーんだ。俺は冒険も」
「そんなもん人それぞれだろ。すげー事ばっか起きてる方がどうかしてる。」
「防具だって」
「いいじゃんか。年季入ってて格好いい。」
おちびは俺に人指し指を突き立る。
「冒険者だろお前。初めて会った時も、俺にホラ吹いた時も、トンズラかました時も、埋められた時だってずっと冒険者だろ。」
力強い青銀の瞳が俺を見つめる。
「ダサくて、格好つかなくてもお前は冒険者だよ。お前がそう決めたんだから。」
俺はある人に憧れた。
強くて、綺麗で、優しくて、勇気がある。
冒険者レリーナさんに。
幾度となく聞いた、冒険者になるにはどうしたらいいのか?
いつもレリーナさんは笑って誤魔化してしまう。
でも一度だけ、教えてくれたんだ。
「君は冒険者だよ。こうして私にせがみに来た君も、頑張って剣の練習する君も、昨日近所の子と喧嘩してベソかいた君も、ずっと冒険者だよ。」
そう言って笑うレリーナに憤慨した。
あの時の俺は何も分からなかったから、彼女の言葉も、からかわれているのだと思っていた。
「はぁ・・・・。」
俺は冴えない顔を空へと向けた。
「格好悪い冒険者なんてごめんだぜ、おちび。」
「じゃあ、頑張れ。」
そう言うとおちびは去って言った。
もう、呼び止める事はしない。




