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機甲兵団と真紅の歯車 79・混沌デート回 その3

 演劇を見終わった後、キーラは用事があるとの事で帰ってしまった。元々四人で回るという約束━━━と言うことはお開きかなぁ?とも思ったのだけど、そうは問屋が卸さずデートは続行する事になった。


 元よりやる気のないロワは少し離れた所から見守っているスタイルをとるようになり、正直いるのかいないのか分からないレベルになってきた。ぶっちゃけギンとだけデートしてる気分だ。

 ギンに甲斐甲斐しく世話を焼かれ慣れた頃、俺はふとある物の存在を思い出した。ずっと忘却の彼方に投げっぱなしていた、メイドさんと作ったサンドイッチの存在である。


 屋台へとパシらせたギンを横目に、俺はマジックポーチの中に入っているバスケットを取り出した。バスケットの蓋代わりをしてる布切れを摘まんであげてみれば、スパイシーな香りが鼻をつく。賞味期限的なのは大丈夫そうだ。


「・・・でも、どうすっかな。これ。」


 すっかり時刻はお昼時を過ぎてる。

 それに加えてずっと食べ歩きしちゃってて、お腹とか全然減ってない。食べますか?食べませんか?と聞かれれば、間違いなく今はいらないと答える状態だ━━━とはいえ、このまま持ち帰るのも勿体ない。何より張り切ってたあの人が、どれだけガッカリするかを考えるとちゃんと使ってあげたい気もする。


 結局ちょっと悩んだけど、ギンにあげてみる事にした。


「・・・こ、これを私に?」


 ギンは買わされた焼き菓子の紙袋を抱えながら、何度も俺とバスケットを交互に見つめてきた。首降り人形みたいでうける。


「一応食べられるとは思うぞ。ちゃんと監修受けてっからさ。まぁ、いらないなら別に良いけどな?無理しなくても。ロワ辺りにでもあげるからさ」

「い、いや!貰おう!ありがたく・・・!!」


 貰うと言うのでバスケットと焼き菓子を交換するように渡す。

 何処と無く目が輝いてる気がするが、そんなに腹減っていたのだろうか?大分、俺に付き合って食べていた気がするが・・・思ったより大食漢なんだなぁ。貴族すげぇ。


 少しだけ、こいつ俺の事好きなのか?と勘違いしそうになったが、こいつの本命は已然アルシェのままの筈だ。今日もデートだというのに、アルシェの名前を聞いてるから間違いない。となれば、こうして色々してくるのも、俺という外堀の一つを埋める為の努力。

 そのやる気を本人に向けた方が良いような気もするが、人には人のやり方があるので黙っておこうと思う。


「不憫という他あるまい。いや、まぁ、其奴にも問題はあるのだが・・・。」

「ん?」


 何かロワが呟いた気がする。

 顔を向けたら、なんか背けられた。

 おい、何言ったよ。お前。


 何時までもロワに構ってるのもアホらしいので、デートを続行する事にした。とは言ってもやることは変わらない。

 基本食べ歩きだ。


 屋台を巡りフラフラしながら散策してると「ユーキちゃんじゃないの」と声が掛かった。何だろうと思って視線を向ければ、いつかの服屋の人が馬車からこちらを覗いていた。


「あっ、確かアルシェの友達の・・・メリメリさん」

「リメリアよ。何よその、何処か暴力的な名前」


 じと目でなじられてしまった。

 あうち。


「それよりも、何してるの?男なんて連れて歩いて・・・若いって罪ねぇ。」

「おおい、なんか決めつけたろ。」

「決めつけも何も、デートでしょう?しかも男二人なんて中々やるじゃないの。とんだ男たらしだこと。私ですら二人同時にデートはないわよ。ちゃんと順番でしたあげたもの。」


 そっちの方がとんだ男たらしじゃんか。

 よく人の事言えたな、この人。


「でも、随分と色気のないデートしてるわね?食べ歩きだけ?」


 リメリアは俺の手にした袋を見つめていってきた。

 確かに食べ歩きしかしてないけど・・・人の勝手だと思う。


「・・・いいじゃんか別にぃ」

「まぁね。けど、どう?折角のデートなんだから、服の一つでも買わせてやんのわさ?ほら、後ろの優男。男見せるチャンスだよ」


 リメリアがそう言うとギン目がキラキラしてきた。

 ・・・こ、こいつ、まさか行く気か!?


「ユーキ嬢・・・!」

「やだ、面倒臭い」


 俺に断られると、ギンは捨てられた子犬みたいにシュンとした。そのあまりの落胆ぶりな姿に、俺も流石に罪悪感を感じる。

 なんやかんやずっと奢らせてきた上、世話させたり演劇のチケット用意して貰ったりと貰いっぱなしだからな。いや、演劇のチケットは俺が頼んだ訳じゃないけども。ほとんど寝てたけども。

 しょぼくれるギンからリメリアさんに視線を向ければ、リメリアさんの口が三日月に歪む。


「手加減しろよ・・・」

「そうこなくっちゃねぇ」






 リメリアの店に行くために馬車に同席させて貰う。

 他にも誰か乗ってるかと思えば、リメリア一人で乗り回してみたいだ。


「御免なさいね?お貴族様が乗るような物でないから、かなり乗り心地は悪いでしょうけど」

「いえ、お気に為さらず。それに中々ご立派な馬車で驚いてます。一般的に出回る物ではありませんね?各所に彫り込まれた彫刻や金細工も素晴らしいですが、何よりも壁や手摺に使われる木工品の質の高さ。塗りは手間暇が掛かるオリジュ塗り。この独特の艶はエルフ木工では?」


 よく分からない会話。

 けれど、それを聞いたらリメリアは扇子で口許を隠した。

 断言しよう、絶対笑ってる。


 怪しい物を見る目でジーと見てたら、リメリアが小さい声で話し掛けてきた。


「ふふ、ユーキちゃん、また面白い男見つけてきたわね。」

「そうか?」

「エルフ木工知ってる人なんて一握りよ。輸入品も限られてるから、よっぽと有力な商会と繋がりがないと知り得ないわ。綺麗ですね?で普通は終わり。ねぇ、何処のボンボンな訳?」

「知らね。でも、アルシェの親戚だって」

「あら?あの筋肉一族にもマシな人がいるのね。驚きだわ」


 それから暫くして、馬車はいつぞやのお店についた。

 月の女神の看板を見るとあの日の苦悩が蘇る。

 恐ろしさから足を止めていると、リメリアに無理矢理店に引き込まれた。や、やめろぉ!


 お店の中に入ると忘れもしない例の三人組がいた。

 運の良いことに別のお客さんの接客をしてる。

 よっしゃぁ!と思ったのもつかの間、例の三人組が他の従業員にお客さんを丸投げしてこちらに向かってきた。絶望が見える。


「いらっしゃいませー!」

「ようこそ女性の夢の国!」

「月の女神へ!!」


「「「今日もお洋服の方、沢山ご用意差し上げますので!一緒に楽しみましょう!!」」」


 お、お前らだけだ!楽しいのは!


「そこまでにして貰いましょう。」


 恐怖に震えてるとギンが庇うように前に出てきた。

 ありがたいのでそのまま盾にする。


「ふふ、貴女にも怖い物があるのですね?」

「馬鹿っ!お前っ、怖いんだぞ、女ってのは!」

「よく知ってます。けれど、怖くない女性がいる事を最近知りましたので。」


 ギンはそういうと足にしがみついてた俺の頭を撫でてきた。

 なんだこれ、ちょっと恥ずい。


「は?なんですかこの人?」

「身なりは良いわね・・・育ちも、うん」

「お貴族様かしら?」


 かしまし娘共がヒソヒソと話し合う姿を横から眺めていたリメリアが呆れたような溜息をつく。


「貴女達ね、お友達じゃなくてお客様よ。気を引き締めて直しなさい!!」


「「「申し訳御座いません!!!」」」


 びしっと背筋を伸ばした三人組が散っていく。

 これでもう出て来なかったらありがたいんだけど、絶対服持って出てくるので、追い払ったのに何れだけの意味があったか謎だ。

 まぁ、それでも少しは静かになるんだ。ありがたいか・・・。


 それから三人組の持ってくる服へあれこれ着替えさせられた。

 また再びの着せかえ人形な俺、ここに降臨す。くそぅ。

 世の女性はこれで丸一日を費やせるというのだから、よっぽど暇なのだろう。俺は一時間もやればお腹いっぱいだ。いや、三十分・・・いや、十分か?


 今回は着替える度にお披露目会もあって、更に俺の心はズタズタだった。

 アルシェみたいなバインバインが好きなギンとか、人間的美醜感のないロワに見せて意味はないと思うんだけど、三人組が見せとけといって聞かないので大人しく従ってるけど・・・なんの意味があるのか。


「ユーキお嬢様ー!次はこちらをー」


 誰か、助けてぇ。




 着せかえ人形にされて数時間、日もすっかり暮れた頃。

 結局何も買わないまま俺は外に脱出する事が出来た。


 ギンが記念に何かを送るといって聞かなかったのだが、俺は普通の服はあまり着るつもりはないし、旅してる身としては邪魔になるものは持たない主義なのでしっかり断っておいた。こればかりは捨てられた子犬みたいな顔しても駄目だ。断る。


 ディナーでも誘われるかな?と思ったけど、ギンの外出時間にも限りがあって、夜は帰らなくてはいけないとの事で大人しく帰宅する事にした。

 途中まで同じ方向という事もあってオレンジと藍色が溶け込む空を見ながらギンと帰る。ロワはサラーニャの所に帰るというので別だ。


「・・・ユーキ嬢。一つ聞いてもいいか?」


 夕御飯の事を考えて歩いてると、ギンか話し掛けてきた。

 振り向いてみれば、なんか真面目な顔してる。


「どした?」

「いや、な。少し━━もう少しだけ付き合ってくれないか?」


 それくらいならなんて事ない。

 俺は特に迷う事なく頷いた。


「いいぞ、よく分かんないけど」


 俺がそう返すとギンは困ったように笑った。






 ◇━◇





 王族の一人として生まれた俺には偉大な父がいた。

 比較的平和な世の中にも関わらず数少ない戦地で多大な功績を築き上げ、その武勇で諸外国より恐れられ尊敬された、稀代の王ガーディウス領王という偉大過ぎる父だ。


 長らく独り身を貫いてきた父の元に第一子として生まれた俺は、父や母それ以外にも多くの者から期待を寄せられる存在だった。それこそ蝶よ花よ育てられていったが、幼少より人より優れた頭脳を持っていた俺は己の責務を弁え勤勉に努めていた。実際の所は態度にこそ出さないだけでかなり周りの人間を見下していたとは思う。今になって思うのは、その時の私は己の事すら理解できていない、またまだ未熟な子供であったという事だ。


 そんな私に初めての挫折がやってきたのは、齢にして5歳の頃。

 父より剣を振ることを許されたその日、同年代の子供に容易く負けた事だった。


 悔しかった。


 それまで負けるという事を一切学ぶことのなかった私にとって、それはこの上ない屈辱であり耐えがたい苦痛だった。父の血を継いでいる事もあって余計に剥きに為っていたのだと思う。それからは毎日のように剣を振るった。己の才を疑わず、ただただ一心に。


 けれど、剣の腕は一向に上がらなかった。

 同じように鍛練をする物と比べるとその差は歴然。

 それでもそんな筈はないと、己の父の姿を思い出しながら、俺は剣を振るい続けた。己の武の才をこれ以上ないほどに理解するその時まで。


 プライドが故にというのもあるが、そこまでムキになったのには他にも理由があった。それは国の風潮だ。古より戦乱の地であったイブリース連合国全体で言える事なのだが、この地に住まう者は武力というものに強く惹かれる傾向にある。明日も知れぬ戦乱の最中、命を救うのは己の力をおいて他ない。それが出来ぬ者はより力ある者にかしずき、多くの対価を払い我が身の安全を確保する。


 そんな文化が当たり前のように根付いているこの地。

 当然王に求めるのは絶大な力だ。ただしそれは従える兵の数でなく、蓄える富の膨大さでもなく、彼方に伸びる領地でなく、ただ純粋なまでの個人の強さ。頭脳も、家柄も、血筋すら関係がなく、求められているのは絶対的な力を持つ個人だった。

 だからこそ、俺は剣を振るい続けたのだ。


 居場所を失いたくなくて、掛けられた父や母の期待に応えたくて。俺が俺で、あり続ける為に。


 その頃になると、父の強さを引き継げなかった俺に対して噂が飛ぶようになった。そのどれも俺を揶揄するもので、遂には味方だと思っていたものからも「相応しくない」と、そう言われるようになっていった。


 重ねた努力が多くのなるほど、その声は大きくなっていった。

 そして努力の分だけ、俺の側から人は離れていった。

 それでも認めてくれた人はいたが、もう俺は誰も信用出来なくなっていた。


 そんな折、俺の側についた者があった。

 現ジンクム国において王族に匹敵する力を持つ女帝、伯母にあたるアルシェ・ゲヒルトだ。


 彼女は俺に次代の王になれと、そう言った。

 そしてもし王になるつもりがあるのであれば、私の手を取れと。全てを与えると言った。金も武力も権威も、俺が王になるために必要な物は全てをと。


 提示された代償は安くはなかった。

 だが俺はその手を取った。


 俺が王になるためにただ一つ残された、魑魅魍魎が蠢くその血塗られた道を。


 彼女の手を取った俺に与えられたのは膨大な知識、そして情報。幸いな事に頭の回転も記憶力もあった俺には向いていた教育で、俺はその才を開花させていった。


 人や金の運用法。

 情報の重要性。

 知識の使い方。


 アルシェ伯母上指導の元作られた学園に通う頃には、武才こそないが非常に優秀な後継者であると噂されるようになった。勿論、国の文化が文化であるが故に非力な者に王は務まらぬと声をあげる者もいたが、その頃には多くの理解者が現れておりその声の盾になってくれた。まぁそれも、アルシェ伯母上が根回ししていたが故の結果ではあるのだが。

 そんな折、腹違いの弟を王に押し上げようとする大貴族達を中心にした動きがあった。弟は俺とは違い武才に恵まれた男で、俺程ではないにしろ顔のつくりも良かった。頭は父に似て筋肉で出来ているような奴だったが。


 何がともあれ、そういった動きがある事を知った俺は直ぐに動いた。勿論、平和的な解決を謀るためにだ。

 その頃にはアルシェ伯母上の力を借りずとも人を動かせる金も頭も手に入れていた俺は、独自の人脈と金銭を行使し情報を集めた。そして集めた情報を元に慎重に動き、適切に処理を行っていった。二年の歳月の末、結果的に私は多くの人脈の確保といずれの治世において邪魔であった者達を排斥する事に成功する。俺の地位は磐石な物へと変わった。

 因みにその一件こそが学園における婚約破棄騒動なのだが・・・まぁ、語るほどの内容もない酷い喜劇だったと言っておこう。


 のちに知った事ではあるが、この騒動についてアルシェ伯母上は全てを承知しており、俺が一人で納める力が無ければ切り捨てるつもりだったらしい。それを笑いながら言っているのを聞いた時は肝が冷えたどころではなかった。


 そうして俺は俺の望む物を手に入れてきた。

 安くない代償を払い、騙しあい化かしあいが当たり前と貴族社会を味わい尽くし、己のすべてを掛けて王としての地位をその手にした。


 そうして今ここにいる。


 ━━━と言うのにだ。



「━━━━━でな?最近調子こいてきたゲロ子にお仕置きしてやった訳よ。あれから半日以上放置したから、流石に反省してるとは思うんだけど・・・まっ!これでまだ反省してなかったら、デコピンの一発でも食らわせてやらないとなぁ!」



 そう言って笑う赤髪の彼女を前にして思うのは、本当に王座が欲しかったのだろうか、という今まで抱いてきた物とは正反対の気持ちだった。


 面白そうに、楽しそうに。

 子供のようにはしゃぐ彼女を見て、俺の心は熱く高鳴る。

 それは、これまでの人生の中で一度としてなかった感覚。


 彼女を初めて見たその日。

 夜会で幼子の手を取り、華が咲いたような笑顔で楽しそうに踊る彼女を見て心が惹かれた。その容姿やドレスに目を引かれたというのもある。アルシェ伯母上の娘と共にいたという事もある。


 けれど、違うのだ。

 彼女に惹かれたのは、彼女であったからだ。

 あの時惹かれたのは外見ではなく、外見に滲み出た彼女の内面そのものなのだ。


『相応しくない』


 初めてその言葉を聞いた時、足元がぐらつく感覚に襲われた。

 肯定されることしか知らなかった俺にとってそれは辛い言葉だった。当時の俺にとって、俺を証明する物はジンクム国の次期後継者という肩書きだけだったからだ。


 けれど、彼女を見て思った。

 あの時俺が本当に辛かったのは、それしかなかった事なのだと。たった一つを否定されただけで自己が保てなくなる、己の不甲斐なさだったのだと。


 俺はただの一度も彼女のように笑った事がない。

 誰かの手を取り、誰かを認め、誰かと共に。

 ただ笑う。貴賤もなく、ただ共に笑う。


 それが俺には出来なかった。


 賢いと自惚れていた。

 そして勝手に気負い勝手に国を背負うという重責に負け、その恐れから周りすら見なかった。それは助けようと手を差し伸べた者すら見落としていただろう。


 それでは誰も私を認めなかったのは当たり前だ。

 人を見ぬ者に、人を知ろうとせぬ者に、誰がついてくるのか。誰が命を預けるのか。


 俺は俺しか見ていなかった。


 アルシェ伯母上がいなければどうなっていたか。

 もしかすれば、弟の手によって戦乱の引き金とならぬように殺されたかも知れない。生きていたとしても、どのみち碌でもない人生だっただろう。


 どういう生き方をすれば、そうなれるのだろうか。

 彼女はその小さい体で、どんな世界を生きてきたのか。

 そして、どれ程の人を救ってきたのだろうか。


 きっと君は知らないのだろう。

 当たり前に誰かの側に寄り添える君は。

 何も知らぬまま、きっと。


「━━ん?どうした、じっと見て」


 不思議そうに振り向いた彼女の顔に、俺の心臓は高鳴る。


「いや、何でも━━━━」


 ないと言おうとしたが、彼女がそっと笑ったのが見えて言葉が詰まった。そんな俺に彼女は優しい顔で続ける。


「良いから言ってみ。何か言いたい事あるんだろ?」


 その言葉に俺はようやく決心がついた。

 手元にある魔道具を発動する。これは僅かな間、一定範囲内にいる者の姿と声を、範囲外の者に関知されないようにする結界を産み出す魔道具だ。王族を率いる者として、これからの姿を外界に晒させる訳にはいかない。

 彼女はその結界を不思議そうに眺めるだけで恐れる様子はない。例え何が起ころうと対処する自信があるのだろう。頼もしい限りだ。少し複雑な気持ちにもなるが。


 俺は彼女の膝まづき小さなその手を取る。

 きょとんとする彼女に、言えなかったその言葉を口にした。


「まずは謝罪を。ユーキ嬢。私の真名はギルディン・ロウ・ガーディウス。長らくただの貴族であると身分を偽ってきましたが、本当はこの国の現領王を務めている者です。」


 ユーキ嬢からの返事はない。

 だが手を払われない所から話を聞いてくれる気はあるのだと悟り、俺は言葉を続けた。


「夜会にて一目見たときから貴女に惹かれました。話す機会を頂き、今日の日のような機会も頂き、その笑顔を見るたびに尚も貴女に惹かれました。降りかかる苦悩も困難も私が払います。必ず貴女を守り抜きます。何一つ不自由させません。だからどうか側に━━━私の妃になって頂けませんか?」


 もう、分かっている。

 彼女を見てきた。

 だから彼女の答えは分かっているのだ。




「ごめんな」




 俺の掌から彼女の小さい手が抜けていった。

 顔をあげれば、申し訳なさそうに眉を下げる彼女の顔がある。


「俺な、まだやらなきゃいけない事がある。だからここには残れない。それに嫁になる気ないしな」


 予想通りの言葉に俺は思わず笑ってしまう。


「そうか、残念だ」

「てか、俺さ、ギンはアルシェが好きなんだと思ってたわ」

「はっ?私が、あの伯母上を?!待ってくれ!それはない!幾らなんでもそれはない!!誰が好き好んであんな恐ろしい人に恋慕など抱くものか!!まだ悪魔に恋慕を抱く方が建設的だ!!」

「はははっ、ギンの中のアルシェってなんなんだよ・・・」


 苦笑した彼女は俺の顔を見て、そっと呟いた。


「気持ちは受け取れないけどさ、割りと嬉しかった。ありがとな?」


 それだけいうと彼女はまた歩き出した。

 小さく頼りない一歩一歩。

 けれど、その歩はいずれ何処かに辿り着くのだろう。


 彼女が望んだその場所へ。

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