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機甲兵団と真紅の歯車 74・毛皮のおっさんず

 モーリアパパに案内して貰いやってきた菓子店リトスパーシー。可愛らしい外装のお店である。

 そのこじゃれた店の入り口からは似つかわしくない男の野太い声が響いてきた。よく聞き取れなかったので内容は不明だ。


「ユーキ様。その、本当に良いのですかな?こちらとしては非常に助かりますが・・・。衛兵を呼んでますから気を使って頂かなくとも━━」


 言い淀むモーリアパパにサムズアップして見せる。

 これはただの親切ではない。俺のおやつの為でもある聖戦なのだ。ファンの一人として、戦わずしてなんとするのか。

 寧ろ、ロハでもやるぜ。


 一人意気込んでいると肩を叩かれた。

 振り向いて確認すれば肩を叩いてきたのは一人で大丈夫と言っても頑としてお供すると言って聞かなかったゲロ子だ。すごく、何か言いたげな顔をしている。


「ユーキ様、本当にやるんですか?」

「なんだよ、ゲロ子。急に。」

「いえ、なんか嫌な予感がするので。」


 忌々しげにリトスパーシーを見つめるゲロ子。

 なんやかんやと勘の鋭いゲロ子が反応してるって事は、店の中にいるのは厄介な奴なのかも知れない。ゲロ子はそういうのには敏感だから間違いはないだろう。


 でも、それはそれだ。


「それなら本気でいくだけだ。」

「更地にしたいんですか、ここを。程ほどでお願いします。」

「おう、程ほどに本気でいくぜ。」


 三分の一くらい本気でいくぜ。


「それはそうと、ほい、ゲロ子。」

「は?なんですか、これ。」


 懐から取り出したソレを見て眉を潜めるゲロ子。

 どうやらお気に召さないようだ。

 仕方ないので違うバージョンの物を取り出す。


「なら、これは?」

「あ、いえ。デザインが嫌だった訳ではないですから。どうせ貰えるならそのゴッツイのよりさっきの方が良いです。━━ではなくてですね、それをどうしろってんですかって話ですよ。」


 コレをどうするかって?何を言ってるのかこの子は。

 使いみちなんて一つしか無かろうに。

 俺は思わず首を傾げてしまう。


 俺は懐から銀色の兎面を取り出し、ゲロ子に見せるように被った。


「ロワの婚約者なんて屈辱に堪えて、ようやく静かになってきたんだ。また面倒な事にならないように、今度はちゃんと顔を隠していくのだよ。良いね?」

「・・・今更な気もしますけど。それと、目立ちたくないなら余計な事に首を突っ込まないのが一番だと思いますよ。」

「それはそれ。これはこれ。」


 文句を言うゲロ子を制し、さっさと狐仮面を被らせる。

 使わなかった仮面はしまっておく。この魔皇帝仮面は被るに相応しい剛の者が現れるまで取っておこうと思うのだ。つけるならシェイリアかな。


 ゲロ子が美少女戦士イリュージョン仮面になった所で、俺も最後のアイテムである白マントを装着し美少女戦士ファントム仮面に変身する。


「行くぞ、イリュージョン仮面!悪党は見敵必殺で一網打尽だ!!ふははは!!」

「はい、はい。行きますから待って下さいよー。・・・・って、なんですかそのイリュージョン仮面って。━━え、まさかあたしの名前ですか?あたしの名前なんですか、その変なの!?」


 ゲロ子が━━━━否、イリュージョン仮面が何か言ってる。文句を一切受け入れないつもりのない俺はしっかり耳を塞ぐ。

 下僕のゲロ子が一人で格好いい名前をつけるなんて許さないのである。道連れなのである。赤信号、皆で渡れば怖くない理論なのである。
















 こじゃれた入り口を抜けると緑を基調とし黄色をアクセントにした高級感溢れる店内と、そこに似つかわしくない毛皮を着た男がいた。男は俺の気配に気づき振り返ってくる。ぱっとしない顔だが、眼光の鋭さでただ者でない事が分かる。

 むむ、こやつ出来る!


「━━━ああ?!あ!!」


 毛皮男は俺の姿を見ると目を見開き体を硬直させた。━━だがその硬直も一瞬、毛皮男は直ぐ様動き始める。反撃の為か、男の手が腰元の剣へと伸びていくのが見える。


 お話し合いしてる余裕がない事を察した俺はブラストを使い一気に毛皮男の懐に潜り込んだ。

 驚愕する毛皮男に、ファントム仮面108の必殺技の一つ『お仕置きボデェスマッシュ』を喰らわせた。お仕置きボデェスマッシュとは何か。簡単に言えばブラストで加速させたパンチを腹にぶち当て、当たった瞬間拳に纏わせたブラストを爆発させる、喰らったら最後悶絶間違いなしの必殺技である。


 毛皮男は必殺技を受けて吹き飛び、床を転がり、壁に衝突した。物凄い衝突音に店内に残っていたお客さんと店員さん、後ろから眺めていたモーリアパパが小さく悲鳴を洩らす。

 驚かしてごめんよ。


 心の中で軽く謝り、反撃してくるだろう毛皮男を見る。

 だが、力なく床に倒れ伏した毛皮男は悶絶する事も、立ち上がり向かって来る事もなかった。


 構えて待っているとイリュージョン仮面が毛皮男に近づき顔を覗き込んだ。そして軽く首を横に振る。


「ユー・・・・・ファントム仮面様。気絶してます。」

「えっ、うっそだぁ。手加減したぞ?」

「なにを基準にして手加減したのか知りませんけど、口から血を吐いてますから内蔵やってますよ。この人。多分、ほっとくと死にます。」

「早く言えよう!」


 癒しの魔術をかけて貰う為ムゥを喚び出そうとしたが、それは叶わなかった。俺の行動を遮るように槍が飛んできたのだ。

 魔力鎧を張っていたお陰で怪我はないが、心臓が張り裂けんばかりにバクバクしてしまう。あまりに突然の事で冷や汗が止まらない。


 そんな俺とは違い、イリュージョン仮面は既に動き始めていた。武器である大砲を抜き出し、槍が投射されてきた方向へとその大きくて重厚な発射口を向けている。


 ガン、という金属音と共に大砲の砲口が天井へと変わる。

 いつの間にかイリュージョン仮面に接近していた棍を持つ猪毛皮の男が、その剛力を持ってかち上げたのだ。


 今度はがら空きになったイリュージョン仮面の懐へ、猪毛皮男が体をひねり棍を叩きつける。━━━が、これはイリュージョン仮面には届かない。イリュージョン仮面と棍の間に挟まれた短銃が、その一撃を防いだからだ。

 かち上げたられた瞬間、大砲を直ぐに手放したイリュージョン仮面は、次の一撃に備え腰元のバッグから取り回しの良い短銃を取り出していたのだ。恐らく牽制する為に出したのだろうと思うけど、結果オーライである。


 少し余裕が出来た俺は部屋を満たすように魔力を流した。魔力感知には幾つか種類があるのだが、これがその一つだったりする。感知したい対象と距離が近い時用のやつであるこれは、魔力を満たしてる範囲内であれば物の形を正確に捉える事が出来るし、生物の持つ魔力や漂う魔力も目で見てる以上に分かるし、普段目に見えないような空気の流れだって分かる凄い技なのだ。

 まぁ、色は分からないし、目で見るのと違って味気ない気がするし、範囲内の情報が一気に頭の中に入ってくるから頭がパーンってなりそうになるしで色々あれだけど。それに、それ以外にもちょっとだけ厄介なデメリットがあったりなかったり・・・。


 イリュージョン仮面の「やるなら一言いってからにして下さいよ!心臓に悪いんですから!」という小言を無視し意識を部屋の中へと向ける。


 その結果、部屋の中にもう二人、並み以上の魔力を持つ人間がいる事が分かった。そこへと視線を向ければ、先程と同じような毛皮を被った男達の姿がある。




「━━━━悪鬼。」




 ライオンみたいな毛皮をつけてる奴がぽつりと呟いた。

 誰を見て、何を思って、そういう言葉が出てきたのか非常に気になったので、捕まえてからじっくりと聞こうと思う。


 まさか、俺の事ではないないだろうから、イリュージョン仮面の事だろうとは思うけどね。うん。








 ◇━◇








 悪鬼。

 そうとしか思えない少女が、目の前にいた。


 小さい体、細い手足、幼い声。

 身に付ける気の抜けるような面もあいまって、子供としか言い様のない印象を抱かせる少女だと言うのに、己の体は強敵を前にしたように血潮がたぎっていた。長き人生の中、ただの一度もない程に茹で上がる血液。知らず知らずの内に闘気が漏れていく。


 ダウナー・イーとして産まれ落ちて三十と四年。

 育て上げてくれた父母、切磋琢磨した兄弟達、肩を並べ修練に励んだ仲間達、送り出してくれた大婆。


 これまで自分と関わってきてくれた全てに感謝し、おれは獣槍ベイガンを強く握りしめた。
















 少女と出会う少し前。

 大婆の予言に従いジンクムの首都ガザールへと訪れた我等が最初に始めた事は金策だった。


 予言の女を見つける事が目的とはいえ、直ぐに見つかるとは思えない。そうなれば街に滞在する事になる。当然その為には金銭が必要なのだが、強行軍で首都まできた我等が持つ金銭は、もうほんの僅か。安宿ですら全員での宿泊には足りないくらいしかない。その上食糧品の備蓄も少ないので他に選択肢はなかったのだ。

 持ち合わせている香辛料や岩塩を売る事も考えたが、これらは旅には欠かせない物。旅が続く可能性もある以上、迂闊に売ってしまう訳にはいかな。どちらもそれなりに高価であるが故、買い戻しが大変だからだ。


 そういう事で道中に狩った魔物の皮や骨を売りにいく事になった。それらにも使いみちがあったのだが、香辛料などとは違い入手は容易であるので手放すのは惜しくはない。それにドウの言が間違っていなければ、魔物のそれらは香辛料等と同等に高価買い取りを行って貰える物らしいので、懐が寂しい我等にとって都合も良かった。


 ギルド連合と呼ばれる施設にて魔物のそれらを売却すると大金とは言えないがそれなりの金銭を得る事が出来た。これで雨風を凌げる程度の安宿なら七日は泊まれるだろう。


 少し余裕が出来た所でドウがある提案をしてきた。


「ダウナーの旦那。無駄遣いと思うかもしれませんけど、甘味物でも買ってみませんか?」


 そう言ったドウにキバが鋭い視線を飛ばす。


「何言ってる!そんな余裕があるか!浮いたお金は旅の支度金を出してくれた村の皆の為に持ち帰るに決まっているだろう!━━━いや、それより鉄製品を買い入れた方が良いか?いや、でもやはり勝手に使うのは・・・。それに馬に乗せられる量を考えると━━━」


 キバは頭が回る。恐らく今、頭の中では幾つもの可能性の中で、何が一番の利になるか考えているのだろう。おれはそこまで頭が良くないので、こうした面では頼りに思っている。

 まぁ、少し考えすぎるきらいがないではないが。


「まぁまぁ、キバの旦那!聞いてくださいよ!あっしも、何も思い付きで提案してる訳ではないんですよ。」

「はぁ?ではなんだ、言ってみろ。馬鹿な事を言えばどうなるか・・・分かってるだろうな。」

「そりゃぁ勿論。これからあっしらは予言の子と会いにいくんですよね?」


 何を当たり前の事をとキバが眉を潜める。

 ドウが何を言うつもりかは知らないが、こういう流れになるとキバは丸めこまれる事が多い。恐らく今回もドウにしてやられるだろう。ガロもおれと同じ考えなのか、二人の様子を眺め楽しそうにニヤついている。いい趣味だ、と皮肉に思いながら人に言えたことではないと言葉を飲んだ。なにせドウがキバどうやり込めるかに興味があるおれも、手出しはしないのだから。


「いいですかキバの旦那。回りを見て下さい。どうですか?」

「はっ?どうと━━━まぁ、人が多いな。賑やかだ。村と違い高い建物が多いな。」

「そうですキバの旦那!里とは違うんですよ!ここは街、しかも国の首都!国一番の街ですよ!大都会ですよ、大都会!!そしてですよ、そんな街にいるかもしれない予言の子。会って何を言うんですか?いきなり、貴女は予言の子です。力を貸してください。血を捧げますー。なんて言うつもりですか?」

「ん?い、いや、まぁ、でもな大婆の言葉に従えば━━」


 言葉を続けようとするキバの前でドウが手を交差させた。


「ナンセンス!!まったく持ってナンセンス!!良いですか、よく考えて下さいよ。昨今大婆様の言葉を大切してきた村の中でさえ予言を信じない若者が増えているんです。それがよそならどうですか!なんの関係もない大婆様の予言を聞いて、分かった協力するよ、なんて言うわけ無いじゃないですか!!目の前で血を流すほど尽くしますなんて言ったら未来永劫拒絶されるに決まってます!そうでなければ怪しいものを見る目で見られて終わりです!」

「ドウ。貴様、大婆の言葉は━━━」

「大婆様の予言の真偽関係なしに、そういう類いのものは近年軽んじられる傾向があるんすよ!!これは時代の流れがそうさせているんです。おれがとか、キバの旦那がとか、そういう小さい流れなんて関係のない、もっと大きな時の流れが産み出した風潮なんですよ!!これは変えられない事実なんです!」

「あ、ああ。うん。分かった。」


 勢いに負けて頷いたキバにドウは更に続ける。


「良いですか?予言が本当なら予言の子は並々なら力を持っています。恐らく化け物中の化け物でしょう。ですが!それでも予言の子はこの時代を生きる女の子なんですよ!?話すことも出来るでしょう、触れ合うことも出来るでしょう!それならばまず、言葉をかわしましょう!勿論おれ達自身の心からの言葉ですよ。そして信頼を得て、絆を育み、友として協力を求める。それこそが大婆が言っていた血を流す行為、予言の子に示さなければならない誠意と努力ではないんですかねぇ!?」


 言い切ったドウは満足気にキバへと視線を送った。

 すっかり丸め込まれたキバは「一理ある」と合意してしまう。

 おれは少し頭が痛くなった。いつか変な女に捕まりそうで不安に思ってしまったのだ。


「はい、納得頂けた所で話を戻しますよ。信頼を得るために女の子と言葉を交わす。言葉では簡単に言えますが、実際に何を話せばいいか分かりますか?相手は都会の女の子ですよ。」

「い、いや。それは・・・分からないな。女なんて母と祖母ぐらいしか知らないからな。修練ばかりで村の女ともあまり話した事もないし・・・・。」

「そうでしょう、そうでしょう。だからですよ。都会の女の子と話す為にも、まずは都会の女の子が何を話題にするか知りましょう。故に都会の女の子が一番興味を持つ甘味物なんですよ。都会の女の子は荒縄をよったり、編んだりしないんですよ?」

「なんだと!?女の嗜みではないのか!?」

「あれはおれ達限定の文化です。まぁ、糞田舎なら同じようなものかも知れませんけどね。」


 確かに、里の女達の間では荒縄をよったり編んだりすることは女であれば出来て当たり前の事だったな。しっかりした荒縄を作れる女は良い女房になるとも言われていた。

 外に狩りにいかない女達にとって、生活に欠かせないそれらを作る事は重要な仕事だった。だから自然その技術が長けた者を重要視していった結果だったのだろうと思う。


 因みに今里一番の荒縄を作れる女は、おれよりもガタイが良く男より男らしい奴だった。おれはあれを女とは思えないが、里では男に人気があり求婚されまくっていた事を考えると、ドウのように文化の違いに歩み寄りを見せるのは必要な事なのだろうと思う。

 まぁ、その歩み寄りが、甘味物である必要性はないとは思うが。


 すっかりキバを丸め込んだドウの姿を眺めているとガロがおれの肩を叩いた。


「話はついたみたいですねぇ。━━放っておいて良いんですか?いっても抜け人の言葉ですよ?」

「構わん。ドウの言葉を真に受ける訳ではないが、何事も経験した方がよい。里の皆にもよい土産話になるだろう。」

「そうですか?まぁ、旦那が言うんだったらそれで良いですけどね、おれぁ。」


 興味無さそうにガロの背に声が掛かる。

 楽しそうに笑うドウがおれ達を呼んでいた。


「いくぞ、ガロ。」

「へい、旦那。喜んでぇ。」












 ドウに案内されてたどり着いたのは三階建ての立派た建物だった。煉瓦造りの建物が多い中、それは立派な木を使った木造の建物で、それだけで相当の金持ちが関わっている事を知れる。


 東方の地は草原が多いが森は少ない。森がまったくないと言う事ではないのだが、数少ない森は魔物の巣窟となっていて人の手が入りずらい。

 それに伴って木もあまり流通しておらず、こうした木造の建物は非常に珍しいのだ。恐らく目の前にあるそれも、殆どが何処か遠くの地から運ばれてきた木なのであろう。


「━━━━っんじゃねぇぞ、こらぁ!!」


 入り口の前までいくと店の雰囲気とは似つかわしくない怒号が響いてきた。

 おれ達は誰とも知らず顔を見合わせる。


「なんすかね?」

「声から、喧嘩の類いなのは分かるが。」


 ドウとキバが言葉をかわしたその時、急に扉を壊すような勢いで男が飛んできた。ドウとキバはそれをかわし、おれとガロがそれを受け止める。

 男は鋼鉄の鎧を身に纏っており、体の鍛え具合からそれなりに強さをもった人物である事が分かる。これを倒せるとなると、少なくとも村の女衆よりは強いだろう。


 男が飛び出した後、それに続くように鎧を着た男達が何人も駆け出してきた。どれもこれも戦士であろうが、その表情は隠せない怯えの色があり逃げ惑う子供のように思えた。

 男達の姿が無くなった後も建物の内から怒号が響き渡り、何かが叩きつけられるような音や割れるような音も聞こえてくる。


「━━━━さて、都会ではどうした方が正しいのか。」


 おれの呟きにドウが振り返る。


「そうですね、一番はその都市の衛兵を呼ぶのが一番なんでしょうが・・・・。」

「この様子から、長く放っておくのは危険。下手を打てば怪我人だけでなく死人も出る、か。」


 ドウとキバのやり取りにガロが口を挟む。


「放っておけば良いじゃねぇかぁ。面倒くせぇ。」

「ガロの旦那、そりゃねぇよ。大婆様が言ってたじゃないですか。情けは人の為ならず。故に出来る範囲で救いを与えよって。」

「けっ、面倒くせぇなぁ。だったら乗り込みゃ良いだろ。ダウナーの旦那、どうですか?」


 今の立場を考えれば、迂闊に手を出すのは悪手であろう。だが、それを気にして目の前の不貞を許すかどうかと聞かれれば、答えは決まっている。


「いくぞ、ドウ、キバ、ガロ。」


 武器を手にそう声を掛ければ、三人は迷う事なく武器を握りおれの後を続いた。





 それから少しして、建物内には気絶した男達の姿があった。

 建物に乗り込んで分かった事は、内部で暴れていた男達が大した事が無かった事と、助けに入って問題が無かった事。それと甘味物が素晴らしいと言う事だ。


 助けてくれたお礼にと店員と思われる女児より菓子を御馳走されたのだが、それがまたとてつもない代物だったのだ。

 茶色い見掛けとカスがホロホロと落ちる姿に、魔獣の乳から作ったカーセに似ている物を感じたが、一口それを口に含めばその芳醇な香りと濃厚な甘さに頬が落ちるような錯覚に陥った。そしてそれは甘いだけではなかった。くっきーと呼ばれるそれはサクサクとした食感が心地よく食べていて楽しくあった。また、細かく散りばめられた乾燥果物の甘酸っぱさが食べる気持ちを飽きさせない心憎さまであった。

 これは至宝と言えよう。


「ガロ。」

「は、はい。ダウナーの旦那、な、なんですか?」

「大婆様に・・・いや、里に、これは持ち帰ろうと思う。持てるだけ、持って帰ろう。」

「・・・いや、旦那の好きにして下さいよ。おれぁなんも言いませんから。」

「ありがとう。」

「いえいえ。旦那のそんな顔見れるなら、悪くねぇですから。」


 買う菓子決めていると乱暴に扉が開く音が響いてきた。

 振り向く暇もなくドウのくぐもった声と、重量のある物が壁に叩きつけられるような音が続き、ようやく振り返る頃には床に伏したキバの姿が見えた。

 店の奥にいたおれ達三人は角度のせいで襲撃者の姿は見えなかったが、ドウと比較的仲が良かったキバは武器を手にしていた。


 それから直ぐ、死角になっていた場所から仮面をつけた女が現れ倒れたドウに手を伸ばす。何を確認しているかと眺めていれば、どうやら怪我の具合を診てるように見えた。

 仮面ごしのせいか、こちらまで話の内容は伝わってこないが「死」という一言が耳に届き━━━━その瞬間、隣にいたキバが駆け出していた。


「キバっ!ちっ!勝手に動くなよっ!」


 その後に続いたガロはキバの進んだ方向とは少しズレた所へ視線を送り、手にしていた槍を投げた。


 ギィンと言う甲高い音が鳴り、その直後ガンとけたたましい音が鳴る。


 二つ目の音の正体は分かった。キバが仮面を被った女の武器をかち上げた音だ。だが、最初の音は検討がつかない。投げた槍が鳴らした音であろう事は間違いないが、分かるのはそれだけだ。ガロの横顔からも困惑しているのが見てとれる。見ても理解出来ないなら、おれが分かる筈もない。


 二人に遅れ武器を手に進むと、ガロが見ていた物が目に入ってきた。

 それは兎の仮面を被った少女。身に纏う白い服と、赤い髪が目につく。


 赤い髪━━━━。






「━━━━っ!?」






 髪色に目を奪われていると背筋が凍るような悪寒に襲われた。

 理由は直ぐに分かった。

 目の前に見える少女から溢れ出る、可視化する程の異様な気配。殺気に似たそれだった。


「━━━━悪鬼。」


 意識せずに出た言葉。

 少女を前に何をと一瞬己を疑ったが、目の前の少女と目があった瞬間それは間違いでは無かった事を知った。


 視線に含まれる強者の色。

 こちらの姿を見て、その瞳には警戒のけの字すらない。

 敵とすら思われていないその事実に愕然し、同時に歓喜が身の内から沸き上がる。


 里の中で随一の戦士だったおれに勝てるものはいなかった。

 ガロやキバなど有望な戦士達もいたが、それもおれに届くとは思えなかった。



 孤独だった。



 強さはあれば良い。

 強ければ里の皆を守れる。獲物を狩るのも容易になる。

 けれど、強ければ強い程、孤独になっていった。守れる者も救える者も増えたが、隣に立ってくれる者も誰もいなくなってしまった。共に戦う者はいても、そのどれもがおれが救うべき者でしかなく、おれはただの一人、一人の強者だった。


 だが、それは間違いだった。


 目の前にはおれ以上の強者がいる。

 おれなど及びつかない、絶対強者が。

 おれの行き着いた先など、道中でしかなかったのだ。


 これほど嬉しい事はない。

 おれは一人ではない。おれ程度では孤独になる事すら出来ない。


 うぬぼれていた自分を恥て、おれは少女を見つめた。

 あどけない少女。弱さすら滲むような、少女。

 けれどその見た目と裏腹に漂う風格は破格の強者。

 おれなど及びつかない、欠片も図ることが出来ない、強者。


 試させて貰う。

 貴女が敵だというのなら。


 使わせて頂こう。

 貴女が手加減のいらぬ強者だというのなら。


 貴女が善いもので悪いものであれ、関係ない。

 今だけは、酔わせて貰おう。

 強さの頂に立つ、貴女の全てに。



 握り締めたベイガンがおれから溢れる魔力を吸い、獣のように唸りをあげる。戦えと、吠えたてる。



「いざ、まいる。」



 時も場所も使命も忘れ、おれは走り出した。



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