機甲兵団と真紅の歯車 72・赤髪争奪戦ー開幕
ロワの口から突拍子もない発言を受けてから数日。
相も変わらずゲヒルト邸でゴロゴロしてるのは変わらないのだが━━━━何故か俺を訪ねて来る者が出てきた。
「ユーキ姐さーーーん!!」
玄関の先にいるだろうにも関わらず、鼓膜を揺らしてくる元気な声。俺は眉間に出来た皺を解きほぐすべく指を押し当てる。
「また来たのか。」
「また来たみたいですねぇ。ユーキ様って、本当子供に好かれますね。脂ぎったおっさんからしかアプローチされないあたしとしましては、羨ましい限りです。」
「そんなのと比べんな。」
ゲロ子の尊敬してるんだか馬鹿にしてるだか分からない言葉を聞きながら、ロワの提案を受け入れたあの日を思い出す。
そう、ロワ氏と結んだ藁の盾。婚約者契約を結んだあの日である。
サラーニャにブラストを教えた後、ロワから俺争奪戦の話を聞いた俺だったが、最初は完全にアホかこいつと思っていた。叡智とっちゃえよと思っていた。けれど話を聞けば聞くほど、あり得る気がしてきて死ぬほど焦った。
ロワが言うには夜会に参加していた上位貴族数名とジンクム国の王様が本格的に俺に接触を図ろうとしているらしい。単に容姿の良さだけが目的だったら良かったのだろうが、どうも戦闘能力の高さに着目している者がいるらしいのだ。
そして、それがなにより問題だった。
自分で言うのもなんだが、俺は強い。
どれくらいかは分からないけど、召喚獣も使えば国一つくらい軽く落とせそうな程強い。
そんな人物放っておけるかな?お国の偉い人達が無視してくれるかな?分かりやすく例えるなら、隣の家がライオンが放し飼いで飼っていて「大丈夫、うちの子噛まないから」と言われるようなもんだ。信用出来ないよね。怖すぎるよね。放っておけないよね。無理だよね。うんうん、分かる分かる。━━━━けっ!
今はアルシェが抑えてはいるものの相手も死活問題だ。簡単には退かないだろう。それに加えて容姿の方もそこそこに問題を呼んでいて、偶々俺を見た奴隷商人だとか、金持ちの大商人だとか、高ランクの戦闘系ギルドメンバーとかのロリコン魂に火をつけてしまってるようなのだ。隙あらば声を掛けようと目論んでいるとかなんとか。目的は言わずもがなである。
ロリコンは死ねば良いのに。
とは言え、ゲヒルト邸に隠っていたおかげで、俺の存在事態が都市伝説になりかけていたらしい。一月もすれば真偽も定かでないただの噂として終るだろうとロワも思っていたらしいのだが━━━━街に進出し始めたカザジャの連中が森で起きた事を、俺の武勇伝を語ってしまった事で、俺の存在が完全に明るみに出てしまい、フェードアウトも不可能になってしまうほど情報が洩れてったらしい。
勿論この事についてはゲヒルト邸に帰ってから給侍係りが板につき始めたキノに一連の事を問い詰めた。キノ相手だからかなり優しくだったけど、出来るだけ強めに問い詰めた。どうしてこんな事やったのよー!と。
結果、返ってきた返事は驚愕に満ちた表情と「話しちゃ駄目だったんですか?」と戸惑いを隠せない言葉だけだったが。
聞いてみるとカザジャ族は自分の一族に関する秘匿次項は相変わらずきちっと口を閉じていたようだが、俺に関する事については歩く宣伝カー如しだったようなのだ。
しかも嫌がらせとかでなく、あくまでも善意。誠心誠意の混じりっけなしの善意。恩人の俺が相応の名声を得られるようにと、自分達が出来る誠一杯の恩返しだと信じて触れに触れ回っていたとかなんとか。
よくよく考えてみれば、キノとかスアの手放しで俺を褒め称える姿を見ればわかりそうなものだったのに、何故見落としていたのか。てか、気づけし俺。あの子達、俺の事を誉める時、どこぞの宣教師みたいだったじゃないのよ。
涙ながらに語るキノ以下ゲヒルト邸残留組のカザジャ族を怒るに怒れなかったのは言うまでもない。一番宣伝効果をあげたであろう外に出稼ぎにいってる男連中には、問答無用で渾身のボデェーブローを喰らわせてやったが。
まぁ、口止めしなかった俺が悪いんやで。うん。
こうなった以上、放って置くのは悪手。何かしら手を打たなくてはならない。最も簡単な方法としてゲロ子が歯向かう奴皆殺しを提案してきたが勿論却下。デコピンをお見舞いしておいた。
そんで色々考えたあげく録なアイディアが出なかった為に、てっとり早く牽制になるロワ婚約者大作戦で対策は決定したのだった。
でもここで一つ疑問があがると思う。
ロワという名前に、どれだけの抑止力があるのかという事だ。
当然それは俺も思ったし、口にもした。召喚獣であるロワが強いのは知ってるが、それが直接的な抑止力になるかと言えば話は別で、新参者であるロワには決定的に知名度がないのじゃないかと。どれだけの抑止力があるというのかと。
所がぎっちょんちょん。
そんな俺の疑問に、ロワは俺の予想を遥かに越える、アホさ加減を見せつけてきた。
「安心せよ。念の為に告げておくが、その辺りもぬかりはない。王と別れた後、小僧を鍛えるついでに色々と仕事をしておってな。お蔭で我は、魔術師ギルドと戦士ギルドにてランク7を得てるに至っておるのだ。時期ランク8を得る予定もある。どうだ?盾にするのに、これ以上の知名度はあるまい?」
胸を張り誇らしげにそう言うロワ。
確かに抑えとしては問題はないだろう。━━━ないだろうが、目立たないようにと極力重ねてきた努力をなんの気なしに消し飛ばすような事を仕出かしたコイツを許すかどうかは別であり、思わずその何処か誇らしげな顔面をパンチした俺は悪くないと思う。━━━まぁ、何がともあれロワの名前は効果抜群で、ちょっかいを掛けてこようとするものは綺麗にいなくなった。元よりアルシェのお蔭で遠巻きにしていた連中も、跡形もなく消し飛んだ。まさしく蜘蛛の子を散らすが如くだ。名前だけでこれとか、ロワ何したんだよ。聞くのこぇよ。
そうして心の安寧を得た俺だったが、それに伴って新たに抱えた厄介事あったりした。
窓から見えるそれが、その一つだったりする。
朝から元気にゲヒルト邸を訪れているのは、ロワの戯言をすっかり信じたユキノメ王子様。あの日以降、すっかり俺を姐さん呼ばわりしてくる。なんか凄いなついてくる。ちょっと子犬みたいで可愛いと思わない事もないけどさ、何事も限度があるからね。そろそろ鬱陶しいのだよ。ははは。
・・・まぁ、それでもユキノメ一人ならまだ良かったのだ。いつもついてくるオマケの方が個人的にはあれなのだ。そのオマケと言うのが・・・・。
「ゲロ子、オマケは?」
「いつもの子ですけど。キーラ君、でしたっけ?ユーキ様が苦手な。」
「苦手って訳じゃないんだけど、色々あってなぁ。」
ううん。野郎、また来やがったのか。
そっと窓から玄関の方を見れば、元気に手を振るユキノメとぎこちなく笑うキーラが見えた。ユキノメは兎も角、キーラは来なければ良いのに。なんだそのぎこちない笑顔。気まずいのは分かるんだけど、どんだけ嫌なんだお前。人の顔見てそれは止めなさいよ。流石に傷つくんだけども。
「嫌がらせだろうか。」
「嫌がらせとかじゃないと思いますけど?よく分かんないですけど、複雑ーって顔ですよあれは。」
「だったら来なきゃ良いのに。」
「それはもっとも何ですけどね。彼にも彼で理由があるんだとは思いますよ。あの事で多分焦ってるんでしょうけど・・・まぁ、それはユーキ様とは関係無いですもんねぇ。」
ゲロ子は遠くを見つめた。あの事て、どの事?ほわい?
首を捻っているとメイドさんが訪ねてきてユキノメを通して良いか聞いてきた。隣の国の王子という事もあってアルシェに出来るだけ丁重に扱ってくれとお願いされているので追い返す訳にも行かず頷いておく事に。これで終わりかと思えばメイドが去り際に何かを思い出したのか俺に振り返った。
「━━と、ユーキ様。それと何ですが、もうすぐ奥様のご親戚あらせられるギン様が訪れる予定になっております。ユーキ様との面会を希望されているのですが、それは以下が致しましょうか」
「また来んのか、あの人。暇だなぁ。」
ロワの提案を受けれた翌日から、なにかと理由をつけてやって来る自称アルシェの親戚、金髪イケメンのギン青年(多分童貞)はアルシェの隠れファンだ。俺の事を気に入ってる体を装おって毎回アルシェに会いに来ているので間違いない。何を話してるのか知らないが、目を合わせて真剣に見つめ合い話す二人を何度も見ているので間違いない。
アルシェは性格とかはあれだけど、美人だしお胸様も立派でスタイルも良くて童貞心を擽られる気持ちも分からなくもない。━━━分からなくもないのだが、そもそも付け入る隙がないくらいアルシェはおっさんにメロメロだし、それに個人的に寝取りだとか浮気を認めてあげる気にはなれないので、片恋慕だけ募らせてさっさと失恋して終わって欲しい所である。いね、小僧。
初めはリビューネ狙いのロリコン糞野郎かと思い警戒していたが、リビューネに接する態度を見て誤解だった事を今は理解している。一時ガチで俺の事狙ってるのかと思ったが、単なる思い違いだった。全然アプローチしてこないし、目もあんまり合わさないので興味がない事丸分かりなのである。
警戒をする必要が無くなったギンは普段食べられない珍味を持ってきてくれる食べ物限定の脚長オジサンとして歓迎していた━━━━していたのだ、最初は。けれどあまりに来る頻度が多過ぎて、今ではすっかり引いてる。
リビドー溢れる若さは理解するが、何事も限度と言うものがあるのだ。人妻だからさっさと諦めろと直接言ってやろうかと考える今日この頃である。
「それにしても、今日は何を持ってきてくれるのだろうか。昨日の燻製は旨かったけど、その前は甘いだけのお菓子だったもんなぁ。」
「ははは・・・・・可哀想に。すっかり餌係り認定ですねぇ。」
「ん?」
「いや、こっちの話です。」
よく聞き取れなかったが、何がこっちの話なのか?
うむむ?分からん、謎である。
それから程なくしてリビューネとユキノメが喧嘩しながら部屋にやってきた。最初は焦ったが、理由を知ってる今となっては子供の喧嘩と笑って見ていられる。あはは。
「ゆーきおねちゃはわたしの!おねえちゃなの!!」
「なにおう!チビ!!ユーキ姐さんは僕の姐さんだ!」
「ちがうもん!!りびゅのおねえちゃなの!!りびゅのうちにすんでるんだから!りびゅのかぞくで、りびゅのおねえちゃなの!!」
「違うね!ユーキ姐さんは師匠のお嫁さんなんだから!僕は師匠の弟子だから、師匠のお嫁さんは僕の姐さんなんだよ!!」
「ちがうもん!ちがうもん!ちがうもん!!ゆーきおねちゃはりびゅとけっこんするのーー!!」
「馬鹿っだなチビは!女の子どうしじゃ結婚出来ないんぞー!そんな事も知らないのかよー?バーカバーカ!」
「むむむーー!!!ばかっていったほうがばかなんだもん!!りびゅばかじゃないもん!!」
楽しそうな声だなぁ。
これから俺もあれに巻き込まれる訳だ。ははは。
毎度の事ながら━━━━まじか。へびぃだぜぇ・・・。
「お二人とも、その辺りになさって下さいませ。ユーキ様に呆れられてしまいますよ?」
頭痛が痛いとアホな事を考えていると、俺の部屋まで二人に付き添ってきた執事長が諌めるように声を掛けた。
諭すような優しい声に二人は執事長へ振り返る。
そんな二人の様子に優しい笑みを浮かべた執事長は続けた。
「それにユーキ様は私共『ユーキ様を見守る会』の物なので、どちらの主張も的外れで御座います。」
「おいおいおいおい、まてまてまてまて。なに俺の知らない所で可笑しな会立ち上げてんのっ?!ユーキ様を見守る会って何!?ねぇ、おい!?」
俺の指摘に執事長は目を逸らした。
「目を合わせてくれない!?ねぇ、執事長さん!?ねぇ!?」
俺の更なる追求に執事長は遠くを見つめたまま欠片も目を合わせようとしない。不自然な程、目を合わせようとしない。
「おっと、ワタクシ幾つか書類を急ぎで整理しなければならないのでした。では、後の事は頼みますよルーナ。」
「はい、畏まりました会長!」
「━━━━会長!?」
不穏な敬称をつけられてる執事長は音もなくその場から消えさった。油断していたとはいえ俺が全然知覚出来ないとか、どれだけ本気で逃げてんの!?
残ったルーナに聞こうとしたが、その表情を見て諦めた。真面目な顔をしていたのだ。
普段はお調子者でメイド長からお叱りを受けてたりする奴だが、一人娘のお世話係りに任命されるほど優秀なゲヒルト家精鋭メイドの一人なのだ。この表情を出したら、死んでも話す事はないだろう。腐っても鯛は鯛という事だろうが、都合の良いときだけ発動し過ぎで腹立つわ。一回くらいなら殴っても良くない?━━━はぁ。まぁ、良いけどさ。
執事長の洩らした会について気になるが、これ以上ルーナに聞いても進展は無さそうなので一旦諦める事にする。それよりカワユイリビューネの為に時間を使おう。ついでにユキノメもいじってやろう。え?キーラ?キーラは放置安定ですよ。うん。
「さてと、何して遊ぶか?」
さらっとキーラの存在を流し、元気な二人に問いかける。二人は顔を見合わした後、競うように俺へ振り返り元気良く声をあげた。
「おひめさまごっこ!!」
「ロワ師匠ごっこ!!」
俺はリビューネの肩に手を置き屈託ない笑顔を見せる。
「精神衛生ロワごっこは宜しくないから、リビューネのおひめさまごっこやろうか。」
「やった!りびゅのかちー!!」
「ええ!?なんでさ、ユーキ姐さん!!」
うるせぇで御座います。
おひめさまごっこしてる方がまだマシなので御座いますよぅ。
◇━◇
お姫様のリビューネを悪の大魔人ユキノメから救っていると、もう一人の来客者が来たことをメイド長のカルデラさんに教えられた。
相手はアルシェの身内とはいえ貴族。遊んでいて乱れた身なりを整えておく。服装は━━━このままで良いだろう。ドレスなんて着てたまるか。
そうこうしている内に部屋の扉がノックされた。
入る事を許可をすると笑顔のギンが現れる。
「やぁ、ユーキ嬢。元気な声が廊下まで響いていたよ。ご機嫌麗しゅう。」
「ご機嫌麗しゅうー。」
貴族的な挨拶なんて分からないので適当に返しておく。
初めて会った日は頑張って貴族的に返そうとしていたのだが、ギンが気にしなくていいと言うのでこうなっている。大分無礼なのだろうが、なにより本人が許しているのだから構うまい。
「アルシェは今日いないぞ?朝早くから出掛けてるからな。何時帰ってくるかも知らんし。」
「ん?夫人?特別用がある訳でもないし問題はないよ。まぁ、挨拶くらいはしておきたかっのだが、いないのであれば仕方ないな。仕方ないなぁ、うん。」
こいつ、全然めげないな。
ちょっとだけ尊敬しそうだ━━いや、やっぱりしないな。不倫ダメ、絶対。
「あ、そう言えば今日のお土産は?」
「ははっ、ユーキ嬢は恋気よりも食い気だね。使用人に渡してあるから待っていてくれないかな。今に切り分けて持ってくるさ。」
「切り分ける?肉?」
「いや、期待に応えられなくて申し訳ない。最近街で評判になっているパンケーキだよ。甘いもの嫌いと言っていたから、少しビターな物を選んだのだけど・・・。」
「別に嫌いでもないぞ。最近甘い物を食べる機会が増えてたから、たまには違う物も食べたくなったのは本当だけど。」
「そうなのか?」
ビターなパンケーキか。たまには良いな。うん。
抹茶的なやつかな?コーヒー的なやつかな?少し楽しみだなぁ。
「ゆーきおねちゃ、おかしたのしみだねぇー。」
「ねぇー。」
二人でパンケーキを思いニヤついてると、ギンがクスクスと笑ってきた。人の顔見て笑うとか、こいつなってないな。女の子にさぞモテない事だろう。童貞めが。
注意すべく睨みつけるが、効果はあまりないようで尚も楽しげに笑っている。
「いやぁ、済まない。可愛いなと、そう思ってね。」
「おう?なんだよいきなり。リビューネが可愛いのは当然だろ。でも駄目だぞ。リビューネは俺の嫁なんだから、手出すなよな?」
そう言ってぎゅーとリビューネを抱き締めると、リビューネもぎゅーと抱き締め返してくれる。おまけに「りびゅはゆーきおねちゃのおよめさん!」と言ってきてくれる。なにこれ可愛い。マジ天使。天使過ぎるよ、この子は俺の天使だよ。
なんかゲロ子が呆れた顔してるけど、なんじゃろ。羨ましいのかな?貸さないぞ。リビューネは俺のもんだ。
「いや、いらないですよ。それより不憫で泣けてきます。」
なにおう。てか、何を泣いてるのよ?
そうしてゲロ子に呆れられながらリビューネとイチャイチャしてると、暇になったユキノメがギンに突っ掛かっていった。何をするのかとハラハラして見ていると、おやつを催促しているようなので放っておく。
「ねぇ、ねぇ。僕にお土産は?お餅がいい、僕はお餅。」
「お餅・・・確かトウゴクの保存食の一種だったかな?残念だけど手持ちがなくてね。」
「うーー!なんだよぉ、ユーキの姐さんが特別なのは分かるけど、僕も大事にしなきゃならないんだろぅ!少しは頑張ってよぉ!一応王さっ━━━━ふぐぅ!?」
「少し向こうでお話しようか、ね、ユキノメ王子?」
口元を押さえられずるずると引き摺られていくユキノメの姿に少しだけ既視感を覚えたが、助けたりはしない。多少お仕置きされるくらいが丁度いいのだ、ユキノメは。ギンは大人げない貴族じゃないし、安心して任せられる。
しかし、ユキノメは何を言おうとしてたのか?ちょっち気になるな。後で聞こう。覚えてたら。
そうこうしている内に切り分けられたパンケーキが届いた。
人数分ではなく綺麗な八等分にされてる。恐らくリビューネのオヤツとしてベストサイズを目指した結果なのだろう。この家は基本的にリビューネ基準で動いてるから仕方ない。
ルーナが皿に取り分けテーブルに並べていく。同時進行でお茶の用意もしているところを見ると出来るメイドさんにしか見えない。気を抜くとアホなのに。詐欺だよ詐欺。
「さて、準備も出来ました。皆様━━━━って、ユーキ様、他の方々はどちらへ?」
見事な手際に不覚にも見とれていた俺の耳に、ルーナの気の抜けた声が聞こえてきた。何を言ってるんだと振り返って見るとギン達は兎も角として ゲロ子とキーラの姿もなかった。
「ん?」
あっちをキョロキョロしても、こっちをキョロキョロしても見当たらない。ドアが開いてる所を見れば部屋から出ていったのは間違い無いのだろうが。
隣のリビューネが何か知ってないかと見ればコクコクと頷いてくる。
「げろちゃんときーらくんはおそといっちゃったよ?」
「そうなのか。ゲロ子が勝手にいなくなるのは何時もの事だけど、キーラまでとか・・・なんだろ?」
「なんだろー?」
可愛く小首を傾げて俺の真似っ子をしてくるリビューネ。
凄く天使過ぎるのでぎゅってしておく。うちの子は天使やで。
え?俺の子じゃないだろって?いえいえ、この子は俺の子です。俺が産みました。はい。
リビューネを愛でていると些細な事はどうでも良くなったので、奴等を放って置いて先にオヤツを食べる事にした。リビューネがそわそわしてるし、俺も食べたいし、そもそも待つ理由が分からないし。だってね、俺とリビューネの為にギンに買われたようなもんでしょ。パンケーキさんも本望でしょ、俺達に食べられたら。ソウダヨ、ホンモウダヨ(裏声)。
それにね、大抵こういう物は早い者勝ちが基本だと思うし。
「そう言う訳で食べちゃおー!」
「たべちゃおーー!」
俺の隣から賛成の声があがる。ついでにパンケーキのお供、紅茶ならぬ琥珀茶を入れるルーナも「ご一緒致します」と食べる気満々の声をあげる。この間仕事中にオヤツを食べて、カルデラさんにこっぴどく叱られ泣きわめいていた者とは思えない発言ではあるが、俺的には問題ないのでOKサインを出してあげる。後でカルデラさんにバレてどうなろうと、一切味方になってやるつもりは全然、欠片も、これっぽっちもないけども。
◇━◇
ユーキ達がオヤツ時間を開始した頃、キーラはゲロ子に首根っこ掴まれたあげく引き摺られ、人気のない中庭の一角に連れ込まれていた。
混乱するキーラをゴミでも放るように芝生に投げ捨て、ゲロ子はただでさえ目付きの悪い目を細めてキーラを睨みつける。
「あ、の。オレ何かした、んですか?」
「自覚があるなら止めろってんですよ、糞餓鬼。それが出来ねぇってんなら、せめてユーキ様の前に面出さないで貰えませんかねぇ?」
ゲロ子の厳しい言葉にキーラは顔を俯かせる。
そんなキーラにゲロ子は言葉を和らげる気遣いは一切見せず、捲し立てるように叱咤を続ける。
「大人が首突っ込むのもアレかと思って放って置きましたけど、それももう限界なんですよ。ウジウジモジモジと、男の癖にうっとおしい。女々しいにも程があるってもんです。チン●ついてんですか?はぁん?」
「つ、ついてる!それに分かってるよ、けど、でも━━━」
「でももへったくれもないんですよ!ユーキ様が顔を曇らせてると怒り狂うおっかない保護者がいるんですよ。そんでその人に、あ・た・し・が怒られるんですよ!?滅茶怖い人なんですからね!?分かります?ねぇ!?分かんないでしょうねぇ、ええ!!?」
思いの丈を思いのまま話した結果話がずれてきた事に気づいたゲロ子は「脱線し過ぎました」と一言挟んで続けた。
「━━━貴方も分かっているんでしょ、ちゃんと。あんな顔させてまで、それでも来たのはなんでですか?何か言いたい事があったんじゃ無いんですか?それは伝えなくて良い事なんですか?」
地面に腰を落としたままのキーラに、ゲロ子は視線を合わせる為にしゃがみこんだ。キーラとゲロ子の視線が交差する。
「あたしが言うのもなんですけどね、時間は戻ってこないんですよ。言えるときに言わないと、機会なんて永遠になくなる時もあるんです。少なくともあたしは━━━━何も言えませんでした。」
ゲロ子の脳裏に過るのは無惨に殺された師匠と呼べる男の姿。自分に銃口を向けた糞真面目な働き者、最後には死体すら残さずに死んだ同期の姿だった。
歪ではあったがその男達との間に特別な繋がりを感じていた。言葉にするには難し過ぎる関係ではあったし、どうしてこうまで彼らの死について心の中で引っ掛かりを覚えてるのかも分からない。ただそれを口にするのが何となく気恥ずかしく思っていて、その気持ちに嘘がない事だけは確かだった。
「別にちゃんとした言葉でなくても良いんです。貴方はまだ餓鬼で、自分の気持ちを正確に言葉にする力がないんですから。でもそれでも、自分から会いにきたくらいなんですから、何かあるんですよね?」
ゲロ子の言葉の意味を痛い程理解しているキーラは頷く。
突然家族を、友達を、故郷を失った少年は誰よりもそれを分かっていた。何時までもそこに在り続ける物などなく、何時だって突然消えてしまう物ばかりなのだという事は。
それでも踏み出せなかったのは、踏み出す勇気が湧いて来ないほどあの時の言葉を重く思っているからなのだ。
けれど、その楔はたった今砕けた。
ゲロ子の心からの助言が、止まっていたキーラの時間を動かしたのだ。その切っ掛けを作ったのが仇の一味というのはかなり皮肉的であったが。知らぬが仏である。
キーラは立ち上がりゲロ子の目を見つめ返す。
その目に宿る光を見て、ゲロ子はらしくもなく笑顔を見せる。
「はっ。ほら、さっさと行って綺麗に砕け散ってきた下さいよ。━━そうしたらあのらしくもない辛気臭い顔、見なくて済むようになりそうですから。」
「ありがとう御座います。どうなるか分からないけど、オレ頑張ってみます。言いたい事が沢山あって、何から話したらいいか分からないけど。ちゃんと、考えて、ちゃんと、話します。━━━まぁ、それもユーキが許してくれたらなんですけど。」
ははは、と乾いた笑い声をあげるキーラにゲロ子は呆れた顔になる。ユーキに限ってそれはないと思うからだ。話すかどうか少し悩んだが、別段子供一人に聞かれたとして困ることはないと判断したゲロ子は諭すように言う。
「大丈夫ですよ。ちゃんと、向き合ってくる人間を蔑ろにするような、そんな人じゃないですから。て言うか、あれだけ気にかけられておいて、どんだけ自信無いんですか?アホなんですか?」
「え?」
「何をしたか知りませんけど、ユーキ様はとっくに許してますよ。貴方を嫌ってなんもいません。下手したら最初から貴方が心配するような類いの事を考えてもいないかもしれない。あれはただ、付き合い方が分からなくて困ってただけです。そもそも考えても見てくださいよ。自由を絵に描いたようなあの人が、好きな事しかしたくないと言うあの人が、有象無象の敵や興味もない人だのに意識を割いていられると思いますか?ちゃんと見てるんですよ、今も。素直じゃないから分かりずらいですけどね。」
その言葉に返す言葉を見つけられなくなったキーラはただ押し黙った。
見捨てられたと思っていた空での突然の別れが、単なる自分の思い過ごしかも知れない可能性が出て来てきたのだ。嬉しいような恥ずかしいような言い様のない複雑な気持ちが交差して悶え転がりたくなる気持ちで一杯になってしまう。
理性をフル動員して衝動を抑えん込んでいる微振動するキーラに、何を思ったのかゲロ子が尋ねる。
「━━━そう言えば、貴方はあの話が切っ掛けで顔出すようにしたんですよね?」
「え?!いや、その、まぁ、そうなんですけど・・・。」
「狙ってんですか?かなりドキツい蕀の道になりそうですけど。」
「狙って!?」
キーラの顔が瞬間的に赤に染まる。
ゲロ子は小説や物語でよく起きる顔が真っ赤になる現象を目の当たりにし、素直に凄いと関心した。あれはフィクションじゃないかったのかと。
そんな落ち着いて観賞するゲロ子とは裏腹にキーラはしどろもどろに言葉を重ねていく。ちゃちな言い訳の数々に、ゲロ子は又もやフィクションじゃないのかと関心する。
「━から、べべべ、別にユーキの事をそんな目で見ている訳じゃないし!!それにユーキの相手ならロワさんみたいな、その凄い人じゃないと釣り合わないと思うし!?ユーキの婚約者なんて━━」
パリン。
キーラの言葉を遮るように、何かが割れるような音が響いた。
驚いて振り返って見れば窓ガラスを頭で突き破り此方を覗く、ギンことギルディンの姿があった。
「こ、こん、こんこんこん、婚約者、だと?」
ゲロ子は瞬時に悟る。
やっちゃったと。
そして追い討ちを掛けるように空高くから笑い声が響いてきた。
「はははっ!!我の帰還である!!」
ゲロ子は瞬時に悟り、震える。
ユーキにお仕置きされると。




