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機甲兵団と真紅の歯車 71・認めない王様とジンクムの友

 ジンクム国王都ガザール。その街の南西部に当たる位置に、この国の指導者の居城、領王家ガーディウス邸はあった。

 邸の主である領王ギルディン・ガーディウスは、自らの私室にてジンクムの頭脳と呼ばれる者達と各派閥の長達が話し合いの限りを尽くしていた。


 部屋の外にいる者達は話の内容事聞き取れなかったが、僅に漏れてくる熱意の隠った声に、自らが仕える若き統治者の未来を思い描き、心の中に抱いていた期待という名の想いを膨らませていく。


 きっとジンクムを思い語り合っているのだろうと。

 国の為に、平和の為に、民の幸せの為にと。

 通りかかる誰もそう信じ、私室に籠る若き統治者にエールを送る。






 だが、事実は少し違っていた。

 いや、かなり違っていた。


 私室に籠り部屋から漏れる程大声で話し合っていたのは本当なのだが、その内容が皆の想像からあまりにかけ離れていたのである。


「そんな政略結婚、俺は認めない!!!!」


 ギルディンは吼えていた。

 かつてない程に猛り吼えていた。

 生涯18年の中で自らの運命を知り着々と王位につく準備を重ねてきた努力する秀才が、王の子として生を受けて以来初めて自らの運命と向かい合い反発を示していた。

 ギルディン・ガーディウス、遅い反抗期である。


 胸の所で腕をクロスして拒否を示すギルディンに呆れ顔の宰相アルフガンド・ジディオは溜息をついた。


「若様。お言葉ですが、それは無理です。断れません。本人の意思だとか互いの気持ちがどうだとか。そう言う物に幻想を持つのは理解しますし、そういう物を求めてしまう気持ちを否定はしません。ですが、こと今回に限っては、そういう次元の話では無いのです。諦めて娶って下さい。」

「俺には既に心に決めた女性がいる!!断る!!!」


 ギルディンは頑として首を縦に振らず、頑なに胸の所で腕をクロスし続ける。アルフガンドは眉間に指を押し当て苦々しい顔になった。

 そのギルディンの様子に今度はアルシェが呆れ顔で口を開いた。


「━━言ってはなんなのだけど、その心に決めた女性ユーキちゃんは脈無しよ?あの子の眼中に、欠片も貴方の姿映って無いもの。寧ろ毛嫌いしてるみたい。多分、王家や貴族等に良い印象を持っていないのでしょうね。まぁ、あれだけ可愛いのだから過去に貴族と何かをあっても可笑しくないから、そういう事なのかも知れないわ。そう思うと良く私に手を貸してくれたわね、あの子・・・。」

「だからどうしたと言うのが!愛はいつだって突然生まれる物なのだ!!出会い、語り、お互いの信頼を育み、そうやって育まれ結ばれていくのだ!!今が0でも明日が0であることを、誰が証明するというのか!!」

「私が会わせる気ないからきっちり0よ。安心して婚姻なさい。」

「断るぅ!!」

「今回は死ぬほど諦め悪いわね・・・・。」


 三日に渡り繰り返されたジンクム首脳陣の説得の甲斐もなく、ギルディンは拒否の姿勢を以前崩さない。そのあまりに頑ななギルディンの姿に、先代王の逞しい姿を幻視する一部の首脳陣がギルディンに寄り初めていた事もあって説得は更に困難さが増していたりした。

 ジンクムの頭脳担当はぶちギレ寸前である。


 ギルディン派にすっかり収まった貴族ヘーネットはそんなギルディンの姿に涙を浮かべアルシェとアルフガンドとある提案を口にする。


「まぁまぁ、落ち着いて下され。状況から婚姻は避けられませんでしょうが、少しは陛下のお心に歩みよって話をしましょう。正姫として陛下の思い人をたて、側姫として皇国の姫を娶るのはどうでしょうか?それならば陛下もご納得頂けるのではないでしょうか?」

「左様左様。それならば丸く収まりましょう。」

「まったく困った陛下で御座いますな、はははっ!」






「出来るわけ無かろうが!!!」


 提案したヘーネットも勿論、それに賛同の意を示す貴族達にアルフガンドが青筋を立てて怒鳴り散らす。

 普段温厚なアルフガンドが見せた本気の怒りに、ヘーネット以下貴族達は思わずたじろいでしまう。


「貴様等も各派閥の代表としてここに来ているのなら現状の悪さを理解していない訳があるまい!無駄に陛下を煽るな!!」

「し、しかしだな。陛下の意も少しは汲んでは・・・」

「その意汲んだ結果を考えろと言っているのだ!!大陸六分の一の領土を持つ、北方の大国エクスマキア皇国の姫君だぞ!?イブリース連合国に在する一小国のジンクムとは何もかも釣り合わん大国も大国だぞ!?本来ならこちらから頭を下げ、途方もない黄金を積み上げ、領土すら差し出し、それでもなお奇跡でも起きねば訪れ得ぬ機会、それこそがエクスマキア皇国との政略結婚だぞ!!そんな皇国の姫君を側姫などに出来るわけ無かろうが!!宣戦布告にも等しい行為行えるか馬鹿共!!」


 一気に捲し立てられ、たじたじの貴族達。

 だが、その目に浮かんでいるのは戸惑いであって、決して悲観的な物で無かった。そしてそれこそが、ジンクムが抱える大問題であった。


「しかしですな、そうなればそれだけの事では無いですか?」

「はぁ!?」


 ヘーネットの言葉にアルフガンドの頭の血管はぶちギレ寸前であったが、何とか堪えヘーネットに話の先を促す。


「我々はジンクム。武の国ジンクムなのですぞ。それならば宣戦布告こそ望む所では無いですか。」

「は、はぁ?」

「見せてやれば良いのですよ。我が持つ矛の鋭さを。大国など恐るるに足らんと言ってやれば良いのです。」


 拳をつくり熱を込めて語るその言葉に、アルフガンドは目を点にし声すら出せなくなる。呆れて物も言えない状態になったのだが、その姿をぐうの音も出ないのだと勘違い貴族達が口々にヘーネットを称え出した。場の空気はすっかり戦争ムードである。


「いやぁ、流石ですな。ヘーネット様の武勇を再び目に出来る訳ですな。ははは!」

「腕がなりますなぁ!こうしてはおれませんな、早速納屋にしまってある愛剣を磨かねば。」

「最近は小競り合いばかりで鈍っておりましたからな、しかと準備を整えて挑まねば!」


 微塵も自らの勝利を疑わない貴族達の姿に、今度こそアルフガンドは頭の血管が切れた。


「そこに一列になおれ、馬鹿共!!撫で斬りにしてくれるわ!!」












 混沌と化した話し合いは物別れに終わり解散、静かになった私室でギルディンは重く長い溜息を吐いた。

 それは全てを理解してるが故に零れた、ギルディンの本気の溜息だった。


「理解はしているのだがな。この婚姻が国の為になる事だと。裏に何があろうと、差し引きで多大な利益が出る事も。そもそも王族の一人として自覚を覚えてから、こうなる事は覚悟してきた事ではないか。それを、何故今更、これ程までに拘ってしまうのか・・・はぁ。」


 アルシェから最初この話を聞いた時、「よくぞやってくれた」と言うのがギルディンの率直な気持ちであった。話を詳しく聞けば些か誘導された節も感じられたが大国との同盟は何よりの結果だった。加えてユキノメ王子の件の問題を完全な不問に持ち込み、逆に賠償金と都市を得るに至ったその事は朗報以外の何物でもない。更に喉から手が出るほど欲していた銃という武器とその技術者の確保の報は年相応に拳を握り喜んでしまった程であった。


 所がアルシェが最後に口にした言葉で、全てが裏変える事になってしまう。


「政略結婚か・・・。」


 相手は皇国の第三位王位継承者、クラーラ・ヴァシュ・アルブハイム。耳にする噂を信じれば人柄も良く民を愛し愛される人格者であると言う。美しい空色の髪と翡翠の瞳を持つとされる彼女の美貌は雪の妖精とも謡われる程で、自国の貴族には勿論、周辺国の有権者にも人気があり、自らの妻にと婚約の申し込みが後を立たないらしい。━━━にも関わらず未だに婚約者がいなかったのを不審に思い調べてみたが、それはクラーラを溺愛する同腹の姉イリーナ第一王女が溺愛する妹の婚約者候補を厳しく選定していた為だと聞いている。煩わしい話ではあったが、問題という問題には思えない。


 噂を丸呑みするのであれば最早文句のつけようもない。

 民に愛されるような人格者であり、王族という確かな血筋を持ち、おまけに美人でスタイルも良いという。

 俺好みのボンキュボンだと、情報通の友人が気色悪く笑っていたので無駄に印象深い。


「しかしなぁ━━━━それならそれで、彼女と会う前に聞きたかった。」


 もし、ユーキと出会う前であったなら、国の利益も考えて己の力で伴侶を得られなかった事を悔しく思いながらも頷いた事だろう。一度頷いてしまえば、仮にユーキと出会ったとしても恋心を押し殺し、妻となった王女だけに心を捧げただろう。少しは側室にする事も考えるかも知れないが、戯言であると実行には移すことはないだろう。話で聞くユーキの性格からして、頷くとも思えないので有り得ないだろうが。


 ギルディンは何度目になるか分からない溜息をつくと、執事を呼ぶベルを鳴らした。


「お呼びで御座いますか、ギン坊ちゃま。」


 そう時間も立たない内に執事であるゴートが扉を開き現れた。

 急いで来たであるにも関わらず、服に一切の乱れを見せないのは彼が一流の執事である事をありありと示している。


「坊ちゃまは止めろ。・・・まぁ、今は良いか。それよりも聞きたい事がある。彼女についてだが何か━━━」

「ギン坊ちゃま。少し宜しいでしょうか。」


 ユーキについて頼んでおいた情報収集の結果について尋ねたギルディンに、執事のゴートは待ったを掛けた。なんのかんのと言うことを聞いてくれるゴートの、反発にも似た行為に思う事があったギルディンは大人しく話す事を許可する。

 ゴートは感謝の言葉を述べ話し出す。


「漸く現れた愛しきお方。その全てを知りたいと思ういじらしいまでの恋心、このゴート深く理解しております。そしてその恋心を応援したい気持ちで一杯ではあります。━━━━一杯でありますが、そろそろではないかと思うのです。」

「?そろそろとはなんだ?」

「失礼を承知で言わせて貰いますれば、部下につけ回させたり、噂を集めたりだのを止めてましょう。まどろっこしいにも程がありますよ。もう直接会いに行きませんか?このヘタレと言うことで御座います。」


 ゴートの突然の罵倒に、ギルディンは何も言えなくなった。


「あと、然り気無く坊ちゃまの株を上げるような情報をユーキ嬢に流すのも止めましょう。もう見てられません。恥ずかしい。」

「お、お、おおぅ!?なんでそんな事まで知ってる!?その件は奴等に他言無用で進めて貰って━━━━はっ!!」

「いやに坊ちゃまを称える情報が流れてるなと思いカマを掛けただけなんですが、本当にそんな事をやっていたんですね。まどろっこしい。」


 突き刺さる言葉の暴力を前に、ギルディンは潰れたカエルのような声しか出せない。


「執事長のダンが心配しておられました。ギン坊ちゃまが迷惑千万な追っ掛けになられていないかと。悪質な追っ掛けになられていないかと。」

「おい、待て!ダンはそんな心配してるのか?!俺を何だと思ってるんだ!?」

「ですが最近のギン坊ちゃまの諸行は、見ていられぬ程に陰湿極まりないやり方ばかりで・・・・男なら当たって砕けろではありませんか?」

「し、仕方あるまい!!直接会いに行こうにも時間もあまりないし、時間を上手く作ってもアルシェ伯母上に邪魔されているのだから!!正直、ここまでやるか!?というレベルで仕掛けてくるんだぞ、あの人は!!」


 ギルディンの心からの叫びにゴートは「そんな事ですか」と笑って返した。


「何が可笑しい!!」


 笑われた意味が分からず苛立つギルディンにゴートは苦笑して言った。


「いえ、なに。ギン坊ちゃまは些か勘違いされておられるので。」

「はっ!?勘違い、とはなんだ!」

「ゲヒルト夫人はユーキ嬢とギルディン陛下を会わせるつもりはないのは確かでしょう。事実今日まで妨害し続けてきているのですから。」

「だからそれが━━━」

「ですが、ギン坊ちゃまとしては会いに行かれませんでしょう?」


 ゴートの言葉の意味が分からず、今度は怒りでなく混乱して口ごもる。


「王として会いに行くから止められるのですよ。ゲヒルト夫人はユーキ嬢をそう言った権力闘争から守っておられるのですから。ギルディンというゲヒルト夫人の一親族、ただの個人として会いに行けば妨害される事なくお会いになる事が出来るでしょう。尤も、ユーキ嬢がそれでも会わぬと言うのであれば望みは無いのでしょうが。」


 ギルディンはゴートの話を聞いて考え込む。

 そしてぶつぶつと呟きながら心に浮かぶ何かを整理し、視線を落ち着きなくキョロキョロさせた後、時間を掛けて一言だけ言った。


「だ、大丈夫だろうか。」


 ゴートは親指を立てて笑顔を見せる。


「勿論ですギン坊ちゃま!」


 そうゴートが言うと僅に頬を緩め、照れ臭そうにギルディンは続けた。


「や、やはり、こう、なんだ、親族として訪ねるのであるのだから、こう、お土産は必要だろうな?」

「ええ、ええ。そうですね。」

「お、おおー。そう言えばー、ゲヒルト夫人の所には幼い娘がいたなー。これは甘い物でも持って行かねばならんなー。・・・・花も必要だろうか?」

「ユーキ嬢・・・・・ではありませんね、確かリビューネ嬢は甘い物がお好きだった筈ですので可笑しくありませんね。花はまたの機会で良いでしょう。あまりそういった物を愛でいるといった話は聞きませんし。」


 ふむふむと、ギルディンは頷く。


「━━━服装はどうすべきだろうか。」

「親族を訪ねるだけですから、貴族とはいえあまり畏まったのは控えた方が良いのではないかと。適当に執事長に見繕わせましょう。あの方はそう言った事が得意ですから。」

「確かにな。ダンの着付けは完璧だからな。そうしよう。」


 心の中のメモ帳に「ダンに頼む」と書き込んだギルディンは更に続ける。


「髪型はどうしようか。」

「適当に流されては?夜会の日はオールバックでしたし、警戒されないかと。」

「そ、そうだな。あくまで親族として訪ねるだけで、王として行くわけではないのだからな。うんうん。少し着崩してみても良いかもな。」

「個人としては、ギン坊ちゃまはきっちりしていた方が格好いいと思いますが・・・。」

「男は誠実なのが良いと言うしな!良し、髪型は少し流す程度。服は下手に着崩さずにいつも通りビシッと決めよう!それで行こう!」


 ぐっと、拳を握り込むギルディン。

 ゴートはその姿に子供が成長してく様を見ているような感動を感じ、その瞳を潤ませハンカチを当てる。


「ギン坊ちゃま。ゴート、ギン坊ちゃまの成功をお祈りしております。」

「気が早いぞゴート!それになんだ成功とは。俺はただ、親族の家に挨拶しに行くだけだ。はははっー!!」


 楽しげな笑い声が響く中、一部始終を物影からこっそり覗いていた者が耳元へと手を当てる。すると耳についているピアスが青白い灯した。



『━━━━てるかしら?聞こえていたら二つ鳴らして頂戴。』



 光を灯したピアスから声が響き始める。

 その者は声に従い耳元のピアスを二回つつくように叩いた。


『聞こえてるみたいね。この距離で届くなんて驚きだわ。貴女の祖国の技術力は本当に大したものね。交信機一つでこうも差があるとは━━━━と、ごめんなさい。貴女は今世間話出来る状態じゃ無かったわね。貴女が連絡してきたって事はそう言う事かしら?』


 カチカチ。

 肯定するように、その者は耳元のソレを叩く。


『ふぅ、漸くね。理解するまで随分と時間が掛かったわね。このままユーキちゃんが何処かに行くまで、気づかないんじゃないのかと思ってたわよ。あの子は頭は良いのだけれど柔軟性が少し足りないのよねぇ。━━━ああ、ごめんなさいね。話せないのよね。』


 カチカチ。

 少し怒りを感じる肯定音。

 ピアスの向こうにいる者は可笑しそうに笑う。


『そんなに怒らないで頂戴。退屈な仕事を任せたのは悪いと思っているけれど、あの時は他に任せられるお仕事が無かったのよ。家でメイドの真似事するよりはマシでしょ?』


 そう言われ己のメイド姿を想像し、カチカチと肯定の合図を鳴らす。


『それにしても流石に私を欺いただけの事はあるわね。ギンもそこまでお間抜けではないのに、欠片も悟らせずに側に潜んでいられるのだもの。あの時、あの子以外だったら気づけたか怪しいものだわ。━━━さてと。"カミラ"貴女は一旦帰って来て頂戴。他に任せたい事が出来たのよ。詳細はこちらで話すから。』


 それだけ言うとピアスから音が消えた。

 交信が終了した事を確認したカミラと呼ばれたその者は、私室の窓際から音も立てずそっとその場を立ち去る。


「━━━ん?イシュ、何処いくんだ。そっちの植え替え終わったのか?」


 庭園から抜け出そうとする彼女に同僚の男が声を掛けた。

 その顔には怪訝そうな色が浮かんでいる。

 イシュと呼ばれた彼女は小麦色に焼けた顔に綿毛のような柔らかな笑顔を浮かべ男に返す。


「植え替えは終わったわ。それよりウッド、私の事より自分の仕事はどうしたのよ?」

「ん?おれはまだ掛かりそうだよ。悪かったな手際が悪くて。」

「それなら人を気にしてる場合では無いでしょ。しっかりしなさいよ。跡取りだからって甘い事考えてると、別の庭師にとって代わられてしまうわよ?」

「う、うるせぇよ。その内おれだってなぁ・・・。」

「そうやって口だけ動かさないで手を動かしなさい。さぁ、仕事仕事!」


 そう両の拳を握りしめ鼻息を荒くするイシュにウッドへ呆れたように笑う。


「わぁーったよ。たくよ。で、結局お前は何処いくんだよ。」

「旦那様のところ。そろそろ領地に帰るみたいなのよ。その旅支度の手伝い。と言うか、多分ここに仕事しにくるのも今日が最後みたい。」

「えっ!?お前っ、ここで働くんじゃないのか!?」

「一言もそんな事言ってないでしょ?旦那様のお世話する為にお付きで来てたんだけど、ほら、旦那様のお世話は領王様が用意していらっしゃってたじゃない?それで私やることもないから暇で・・・それで無理を言って手伝わせて貰ってただけなの。」

「そ、そうなのかよ。おれはてっきり・・・。」


 ウッドの様子に何か気づいたイシュは意地悪そうに笑みを浮かべる。


「あれあれ、なにー?もしかしてウッドてば、私に惚れちゃってたりしたの?」

「!?は、はぁ!?んなわけあるか!おれはてっきり、その、後輩が出来るもんだと思って、それで!!」

「私より仕事が遅い癖に先輩面するつもりだったの?」

「ふぐぅ!!そ、それは言うなよなー。」


 項垂れるウッドの肩を叩き、イシュは優しい笑みを浮かべ声を掛ける。


「頑張ってね、ウッド。今度来る時までには棟梁になっててよね?」

「無茶いうなよ。てか、今度来るのかよ。いつだ?」

「さぁ?流石にそれは分からないわよ。旦那様次第だし。」

「そりゃそうか。・・・・まぁ、今度くる時までには、少しはマシになっておくわ。」

「うん。またね!」


 手を振りウッドと別れたイシュは物陰にその体を潜り込ませる。そして頬にそっと手を触れた。瞬間触れた先から肌が灰のように落ちていき、小麦色の肌は雪のような白い肌に変わる。優しそうな眼差しは獲物を狙うような鋭さが宿り、瞳の色も地味な茶色から炎のようなオレンジに染まる。

 長い赤毛を徐に掴み払うように取り去ると、その下には肩口で切り揃えられた白磁の髪が姿を現す。カツラで蒸れたのか、彼女は軽く頭を振り髪を空気に晒した。

 そこにはもうイシュと呼ばれた女性はおらず、かつで領王邸を騒がせたカミラの姿があった。


「本当、平和ボケしてる国ね・・・・まぁ、それもアルシェ・ゲヒルトが手を回しているから何でしょうけど。それにしても、人使いの荒い主だこと。今度は何をやらせるのかしら。」


 愚痴を溢したカミラは身に付けていた服もさっさと脱ぎ捨て、マジックバッグに仕舞っていたジンクム兵の隊服へと着替える。勿論その腰にはジンクム兵の標準装備である片刃の剣が下がっている。

 そして着替え終わったカミラはなに食わぬ顔で領王邸の正門から脱し、新たな主である彼女の元へと向かっていった。






 ◇━◇






「旦那ー、ダウナーの旦那ー!待ってくだせぇよー!」


 ジンクムより北。

 グランダール平原を真っ直ぐ北に抜けた街道、アルコルロードと呼ばれる交易路に四頭の馬とそれに股がる男達の姿があった。

 男達は全員が全員獣の毛皮を加工して作ったフード付きの外装を羽織っていた。狼や猪、それに類する魔物の物と思われる外装は独特の獣臭さと血生臭さを漂わせる物で、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。


 馬の背に乗る大量の荷物を見る限り旅の商人にも見えなくもないが、馬を操る男の刃のような剣呑な面差しが、腰や背に掛ける剣や弓の鈍い輝きが、男達がただ者でない事をありありと示していた。


 最後尾に位置する騎馬がその速度をあげる。

 一人かなり遅れててしまっていたからだ。


 ━━━と言うのも、長旅の疲れと天候の麗らかさもあり最後尾の男は寝こけてしまい、騎手の異常を検知した馬がその足を止めてしまったのである。結果、男がうたた寝から目を覚ました時、三人の仲間達にかなり先を行かれてしまっていた。故に現状のように酷く焦りながら追いかける事になっていたのだ。


「もう、酷くないっすか?ダウナーの旦那。」


 なんとか追い付いた男は三人の男達へと汗を垂らしながら抗議した。━━━が、そんな男の声は先を行っていた彼等には大して響いていないようで一瞥するのみであった。


「ちょっ!?一言くらいなんか言ってくんないんすかね!?」


 そう男が喚くと三人の中で最も後にいた猪の毛皮を被っていた者が呆れた顔で口を開いた。


「喧しいぞドウ。何を騒いでいる。」

「だってよ、キバの旦那!こんな扱いあんまりじゃないですか!!頑張って旦那達を案内したってのに・・・そりゃっ、あっしが居眠りこいたのは行けねぇとおもいやすけども・・・。」

「分かってるなら黙ってろ。何の為にダウナーの旦那が黙ってると思ってんだ。何も言わねぇのは、お前の功績を踏まえて、お前の失態も目を瞑っていて下さってんだろうが。」


 キバと呼ばれた男の言葉にドウはハッとした表情を見せる。

 その様子に狼の毛皮を被っている者が嫌らしく笑う。


「まぁ尤も、案内の仕事を終えたオメェさんが用済みだから、態と放っておいたってのもあるけどな。」


「ガロっ!」

「ガロの旦那!そりゃねぇっすよ!!」


 キシシと独特の笑い声をあげるガロに、ドウとキバはそれぞれ声を上げる。キバは嗜めるように、キバは悲痛な嘆きの声を。


「んなこぇー顔すんなよキバ、事実だろうが。戦闘能力も低い盾にもならねぇオメェに構う理由って何よ。ルートを覚えた今となっては帰りですら使い道はねぇし、金も前払いで済ましてるからなら後腐れもねぇ。とくりゃぁ放っておいてもなんの問題もねぇじゃねぇかよ。」

「金の問題でも、役にたつかどうかの話でもないだろう。」

「そう言う問題だろうがよ。」


 火花を散らすキバとガロだったが、それも長く続かなかった。

 睨み合って直ぐに、先頭に立つ獅子のような毛皮を羽織る男が口を開いたからだ。吐かれた言葉は一つ、「止めろ」という制止の言葉。


 瞬間空気が変わった。

 言い争いをしながらも何処か和やかだった空気は、一気に張り詰める。


「キバ、ガロ、ドウ。誰が欠けても旅の完遂はならぬ。良いな。」


「「「はっ!!」」」


 姿勢を正した三人はダウナーへと向き直る。

 そして尊敬と畏怖を込めて敬礼を行った。額と心臓上の胸を擦る、彼等独特の最大敬意を払った敬礼である。


「━━━しかし、本当にこちらに訪れているですかねぇ?」


 疑問を口にするガロにダウナーは一瞥する。


「大婆様の予見が確かなら、ここにいる筈だ。」

「始まりの君がですよね?」


 静かに頷くダウナーに今度はキバが口を開いた。

 その様子にドウが思い出すように語りだす。


「悠久の眠りより覚めた暗雲の主。彼の者、神の代行者、世界を治る者。君臨するは定めなり。彼の者大地を栄えさせ、世は命に溢れるだろう。なれどそれは弱き友の救いでは無い。新たな苦難の始まりである。」


 ドウの言葉にガロが続く。


「友の明日を欲すれば、赤き髪を持つ始原の姫を求めよ。ただ一人、神を殺す人にして人あらずる、破壊の王。始まりの君。姫に願いその力を請え。代償に我等が血を流せ。さすれば、友の明日をその手に取り戻す事が出来るだろう━━━━━って聞いてますけど、何処まで本当なんだかなぁ。オレとしちゃ、あの大婆が耄碌し適当ぶっこいてるだけな気がすんだけど━━━」

「━━━ガロ。」

「おっと、すいやせんね。ダウナーの旦那。ちっと口が過ぎました。・・・でも怒らねぇで下さいよ?オレは予言だとかそう言う曖昧なもん好きじゃねーんですよ。胡散臭いったらねぇ。」


 ガロは悪びれもせずに言った。自身の力を過信する傾向のあるガロにしてみれば、予言などと言った自身では量ること出来ない存在すらあやふやな曖昧な力を肯定する気にはなれないのだ。


 そんなガロにダウナーは静かに告げる。


「信じずとも構わない。罵る事も構わない。ただ、従え。ただ、戦え。我が一族の友の為に。よいな。」


 重々しく告げられたダウナーの言葉にガロはにやつきながら頷く。


「勿論ですよ旦那。何がともあれ、オレは旦那に命預けてんですからね。人助けしろだとか誰かをぶっ殺せだとか、まあ好きに命令してくだせぇよ。ご先祖様の恩人だかなんだかは関係ねぇ。けど、旦那がそうしろってんなら喜んでしますぜ。」

「ならばそれでよい。」

「ありがてぇ。ダウナー旦那は話が分かる。」


 話し合いながら進む内に四人の男達の視界の中に、草原に中に佇む都市が現れた。堀と壁に囲まれた、大きな都市だ。

 ダウナーはキバに視線を送る。視線の意味を解したキバは荷物の中から旗を取り出し自らの槍の穂先にくくりつける。

 そして高くその旗を掲げた。


 ダウナーは掲げられた旗を背に都市を睨み付けて言う。


「行くぞ。盟約の友ジンクムに、今こそジェミャの誇り示す。」


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