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機甲兵団と真紅の歯車 69・少女と少年と王子様

 サラーニャに連れられて辿り着いたそこは、大通りから少し離れた裏通りにある、それはそれはぼろっちい一軒の建物だった。


 見える位置からの窓は全部傾いているし、所々に見える金具は錆びきっている。塗装が剥がれ落ちているのは当たり前と言わんばかりに放置され、漆喰らしき壁はひび割れだらけだ。それに雑な補修後が凄く目立つ。


 はっきり言って人が住んでいる所には見えないのだが、サラーニャはここが自分の宿だと言い張ってくるのである。


 俺は失礼を承知で聞いた。


「サラーニャ。頭、もしくは目は大丈夫か?」

「最低の評価ありがとね。生憎と、どっちも正常だよ。」


 正常?本当に?

 疑いの眼差しを向けると、ばつが悪そうに視線を逸らしてきた。


「い、良いんだよ。宿とは言ってるけど、元々客なんて殆どこないし、生計だって一応はたってんだからね。なんだい、文句でもあんのかい?」

「ーーん?いやぁ?サラーニャがそれで良いって言うなら、文句は無いけど?」


 まぁ、当の店の主人がそれで良いと言ってるのだから、余計な事は言うまいよ。うん。


「何よりどうでも良いですしね。どうせ遅かれ早かれ潰れますでしょうから。」

「ゲロ子、しっ!黙ってなさい!本当の事だからって、言って良いことと悪い事があるんだからな!!」

「それを口に出した時点で、ユーキ様も大概だと思いますけど。」


 失礼な女ゲロ子とうっかり者な自分の口を閉じ、サラーニャへと視線を送る。

 俺の言葉を聞いたらしいサラーニャは遠い目で苦笑いを浮かべていた。


 聞かれてしまったのでは仕方ない。

 俺は精一杯の思い遣りと共にその言葉を送った。


「よい、オウチで。」

「・・・・噛まれたくなかったら、その片腹痛い慰め止めな。」

「おう。」








 サラーニャに連なってボロボロの扉を潜り中へと入る。

 勿論そこにあったのは、外装を裏切らないボロクソの店内。腐っているのか、踏むところによっては俺のミニマムボデェですら悲鳴をあげる床さん。宿の客が食事をとったり話をしたりする、本来なら憩いの場となる筈の一階玄関前広間のテーブルは、どれも等しく埃が被ってたりもする。

 あ、いや、一つだけ綺麗だな。使ってんのかな?


 天井を見上げれば黒ずんだ木の柱や蜘蛛の巣が目に入る。

 あ、ヤモリ的なのがいた。


「・・・帰って良い?」

「さ、そんな事より早速例の奴を教えて貰おうかね?」


 あまりの状態に帰ろうと声をあげたが、そんな俺の言葉を軽く聞き流したサラーニャは問答無用と言わんばかりに腕を掴み店の奥へ引き込まれてしまった。是非もなしか。

 まぁ、抵抗する気になれば出来ない事はないんだけどね。やるって言ったのは俺だし諦めるよ。仕方なし。二度目はないけどね。




 汚い厨房を横切り裏口の扉を潜る。

 裏口の先は少し開けた場所になっていた。中心に屋根付きの井戸や小さいながらも水路が見える所から、飲み水を汲んだり洗濯したりする水事の場なのだろう事が分かる。

 回りの建物の裏口と繋がっているから、サラーニャ家専用ではなく周囲の家との兼用なのだろうと思う。ナダで変態の家に住んでた時もこんな感じの場所でシェイリアが水を汲んでるのを見た事あるから間違いない。


 ━━━ん?俺?俺汲んでないのかって?汲んでないよ。正しく言うと汲めなかったよ。汲むとシェイリアが過剰に反応するから出来なかったんだよ。雑事は私の仕事です!って迫ってくんだもん。


 ゲヒルト家は自前の井戸持ってる上に魔道具で水を精製してる。金持ちは違うね。うん。


「お貴族様の庭と比べちまうとたかがしれてるだろうけど、体動すにゃ十分な広さだろ?どうだい?」


 そう言われてブラストを使う為に庭の広さを確認する。

 井戸以外にも積まれた木箱だったり荷車だったりと邪魔になりそうな物が目につくが、それがあっても十分に動くスペースは足りているように見える。


 大丈夫、とサラーニャに伝えようとしたのだが、視界の中にあまり見たくない物が入ってきて言葉が詰まる。


 俺の様子にいち早く気づいたゲロ子が「どうしたんですか?」と声を掛けてきたが、それに返す余裕はなかった。


「━━━から、出来ないから!ロワさんみたいに武器を振り回しながら詠唱とか無理だから!仮に詠唱出来ても魔力まともに込められないし、魔力纏まらないからね!!忘れてるかも知れないけど、オレはそれをマスタツさんの剣を捌きながらやってるんだからね!?」

「戯けがっ!道理を通して貴様が強くなれると思っておるのか!そもそもの地力が平凡程度しかない貴様に、あれを身に付ける以外の選択肢などないわ!!出来ぬのであれば出来るまで鍛練を重ねよ!出来ぬと言うのであればいっその事死ね!!」

「死ね!?」


「どうどう、二人とも落ち着いてくれぃ。もう少し声も落として。昼間っても近所迷惑になるからーよぉ。」


 喧しく大声をあげて言い争う声。

 その声の元に見えるのは俺があげた一張羅を着る少年と、青スーツを着こなす金髪赤目野郎━━それと見た事ない無精髭のおっさんもいる。あれは知らん。


 言い争いながらこっちに向かってきた三人は、等々前方にいる俺達に気がついた。最初にサラーニャを見つけ軽く挨拶し、次に俺を発見して目を丸くする。そしてその光景を疑うように何度も目を瞬かせた。


 やがて目の前の光景が幻で無いことを知り、顔を強張らせたキーラ少年が口を開いた。


「よ、よお。ユーキ・・・。」


 ひきつった笑みを浮かべ挨拶してくるキーラを見て、俺はただただ思った。帰りたいと。








 ◇━◇








 会合の護衛を終えて数日が経った。

 オレは相変わらずサラーニャの宿で、大人げない大人達にしごかれる毎日を過ごしていた。


 田舎育ちなオレは朝が早い。都会に来てからもそれは変わらず、誰よりも先に起きて日課と化した水汲みを済ませておく。別に誰に頼まれた訳でもないけれど、気がついたらオレの仕事みたいになっていて、やって置かないとサラーニャに理不尽に殴られるので仕方なしにやっている。


 朝食はマスタツさんが起きてこないとないので手持ち無沙汰に剣の鍛練をしていると、決まって寝起きの良いサラーニャが現れて朝稽古をかましてくる。稽古と言っても一方的に殴ってくるだけだが。

 朝に弱いマスタツさんが起きてきて朝食を作り終えないと朝稽古も終わらないので、大体朝食で出来る頃には顔が腫れ上がっている。


 サラーニャに半殺しにされた後、何処からともなくロワさんが現れて癒しの魔術を掛けてくれる。お陰で朝食は普通に食べる事が出来るのだが、食後からサラーニャの稽古が遊びだったと錯覚するくらいの暴力をロワさんが放ってくるので、感謝はしてない。全然してない。そこに暇になったマスタツが混ざってきたりするのだが、手加減がなくなってきた最近は本当に辛い。


 宿の唯一の良心、サラーニャの妹であるマレーニャさんは朝食後すぐに出掛けてしまう。と言うのも、マレーニャさんは知り合いの飲食店でウェイター兼バウンサーの仕事をしているのだ。

 これが意外と割のいい仕事らしく、稼ぎは相当なんだとか。

 尤も稼いだお金は全額宿の維持費に消えるので、なんの意味もないのだが。


 賑やかな日々を過ごすオレは最初に泊まった部屋で寝泊まりしている。本来は客室の筈なのだが、サラーニャが「どうせ誰もきやしない」と言ってオレの部屋として使うように言ってきたのでそうなっている。

 結局宿代を払ったのは最初の一日だけ。ユキノメ王子の件以降、サラーニャはオレに宿代を請求する事はなく、その代わりのように雑事を振ってきたり、仕事に同伴するように言ってくるようになった。懐が寂しいオレとしては体で払う事が出来るのはありがたい限りなのだが、分不相応な仕事の同伴はご遠慮願いたいと心底思ってたりする。言ったが最後、なけなしの銀貨を全部ひったくられそうだから言わないけど。




 そんな日々を過ごしていたある日。

 いつものようにロワさんに死ぬほどしごかれた後、汗を流そうと水場に来ると珍しい事にサラーニャがいた。しかも誰かと同伴してだ。

 基本的にサラーニャは朝稽古の時か、夕刻になって汗を流す時にしか現れないので昼過ぎあたりにいること事態珍しい。それに加えて誰か同伴者がいるなんて更に珍しい事なのだ。


 サラーニャへ視線で軽く挨拶を済ませ、少し後ろに立つ少女を見た。少女は腰まで伸びた艶めく赤髪を持ち、青銀の瞳を輝かせる知り合いに良く似た━━━━━いや、本人だ。ん?本人か?いやいや、本人じゃないか!!


 焦ったのはオレだけではないようで、少し後ろにいたロワさんから「あわわ・・・」という情けない声が聞こえてきた。『あわわ』なんて本当に言う人いるんだと思ったと同時に、あまりの普段とのギャップに吐き気がしたが、今は余計な事は言わないでおこう。何故かは知らないが、ロワさんは明らかにユーキの知り合いの癖に、それを隠してるみたいなのだ。

 以前それとなくユーキとの関係を訪ねた事があったけど、その時は鍛練という建前でいわれなき暴力を振るってきた前科がある。大根演技してるロワさんが百パーセント悪いと思うが、理不尽に殴られる趣味もないので口は閉じておく。


 それくらい空気は読める。

 読めるよ、オレは。読めるってば。


 オレはなんと声を掛けたら言いか分からず、視線を泳がせてしまう。ユーキも気まずいのか眉間に皺を寄せ、なんか悲痛そうな顔をしている。


「よ、よぉ。ユーキ・・・。」


 なんとか絞り出した言葉はあたり触りのない挨拶。

 ユーキは返す言葉が無かったのか、軽く手を挙げるだけだった。


 ユーキらしくない。

 そう思ったが、そうなってしまっているのは確実に自分のせいである事を思い出して言葉に詰まる。時が解決してくれないかと淡く抱いていた思いは、甘えでしか無かった事を改めて知った。


 あの時、オレには余裕がなかった。

 悲しくって辛くて、どうしたら言いか分からなくて。優しくしてくれたユーキに甘えて、理不尽にあたってしまった。怒鳴り付けてしまった。八つ当たり以外の何物でもないそれをぶつけてしまった。

 妹の為に祈ってくれたユーキを責めてしまったのだ。


 今更何を言っても、あの時の言葉はなかった事にならない。

 どれだけ後悔しても、あの過去は変わらない。


 でもきっと、いやだからこそ、伝えなきゃいけない事がある筈だ。


「━━ユーキ、オレ━━」

「王っ!!これは違うのだぁぁ!!」


 ━━━ぬぅわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!


 迷いながら口を開いたオレを、完璧なタイミングで遮ったのは動揺を微塵も隠せていない、いや最早隠すことを止めたロワさんだ。怨めしげに見つめてみるが、相当テンパっているのか全然気づかない。冷や汗で額を濡らし、手をバタバタさせながら、目をグルグルさせている。


 ━━━てか、誰、これ!?オレの知ってるロワさんじゃないんだけども!?


「・・・・?いや、何が違うかすら分かんないだけど。」

「違うっ!違うのだ、王よ!!これはな、遊んでいた訳ではないのだぞ!?我は、ただ、王のお気に入りの━━━とっ、これは言うと不味いな?!そう、我は見聞を広めていたのだ!!敢えて、敢えてっ!力を抑えて脆弱な者達の輪に入る事で魔術使用における魔力効率と操作技術を見直すという試みをだな━━━━」


 矢継ぎ早に放たれるそれは小難しく分かりずらい言葉だったが、その小難しさを取っ払ってみればまるで不倫現場を嫁に見られた不貞の夫そのものである。

 ロワさんとユーキの関係って何!?


 ぼやっと聞いているユーキの如何にも興味の為さそうな顔から、ロワさんが見当違いな事を言ってるのであろう事は分かるけど、その関係性はまるで見えてこない。時折「おう」って言葉が出てくるけど、何だろうか?まさか、王?ユーキ王様なの?!


 それからもロワさんの言い訳は止まる事なく続いた。

 曰く、『おう』の邪魔をするつもりは無かったのだとか。帰らなかったのは呼ばれる物とばかり思っていたからだとか。『おう』の元を去るつもりは微塵もないのだとか。橋の街での件はあくまで手違いであり、決して『おう』の友人と闘うつもりはなかったのだとか。


 聞けば聞くほど、この人がオレと同じタイミングで項垂れていた理由が分かる。関係性は相変わらず見えてこないけど、知り合いでユーキが上である事は分かる。と言うか、あれだけ強くてもこうなるのか。オレの努力は意味があったのか、凄く不安になるな。


「━━━という訳でだな!我は最初に言った通り、順調に見聞を広めていたのだ!!それこそ、近代においても叡智の王を名乗れる程にな!!」

「ふぅん。そっか。」

「そうなのだ!!だから、気兼ねなく頼るが良いぞ!!」

「いや、今のところ別に?」


 小首を傾げ断るユーキを前に、ロワさんは両手を地面について慟哭した。「邪魔した事は謝る」とか「契約は切らないでくれ」とか「今度こそ期待に応えるから」とか、聞いてるだけで涙が出そうな懇願の声つきだ。


 恐らく死んだ魚の目で見ていたであろうオレの目が急に遮られた。ゴツゴツした見慣れた手、マスタツさんの手である。


「後生だ、見てやるなよ。キー坊。」

「え、ああ、うん。・・・耳も塞いだ方が良い?」


 慟哭するロワさんを眺めながら考えている様子のマスタツさん。

 少ししてからオレに視線を向けて言った。


「・・・後学の為に聞いておくか?」

「嫌だよ。こんな悲しい大人の姿の何が後学になるのさ。」

「言うようになったな、キー坊。」








 それから暫く取り乱したロワさんだったが、ユーキの「良く分かんないけどお疲れ様」と言う言葉に何とか立ち直った。咽び泣いてユーキに感謝していたが、ユーキは面倒臭かったから適当に終わらせた感じがするので見ていて辛い物がある。一応魔術の師匠なので、威厳が残るように優しくしてあげて欲しいものである。いや、言えないけどさ、そんな事。


 場がある意味和んだ所でサラーニャが手を打ち合わせた。


「さって、と。あたしらは少し用事があるから、あんたらは外しな。」


 漸くユーキに声を掛けられそうになったかなと思ったら、突然退去命令を出されてしまった。当然オレは食い下がったが、サラーニャの「邪魔」という一言でばっさり切られた。


 聞けばユーキが秘匿性の高い術をサラーニャに見せる約束をしているらしく、人目につきにくいここでそれを実演する事になったのだとか。


 オレにも見せて欲しいと言おうとしたが、ユーキの辛そうな顔を見てそれも言えず、マスタツさんと一緒に大人しく引き下がる事にした。

 もう色々とバレてるロワさんはユーキと話があるらしく残る事になったが、一体何の話をするのだろうか。


 三人が話すその姿を見ながら、オレはある筈の無かったそれを思う。

 もしあの時ユーキの手を取っていたら、オレはそこにいたのだろうかと。ロワさんに見せたような、呆れたような顔や楽しげな顔を見られたのだろうかと、向けてくれたのだろうかと。

 そう思うと、余計に気になった。





 ◇━◇





「━━━これで良かったかい?」


 トボトボと去っていくキーラの後ろ姿を眺めていると、サラーニャがあっけらかんとそう言った。


「ひょっ?!・・・あ、あう、うん。よきにはからえ。」


 頑張って取り繕い返事を返してみたが、なんとも言えない情けない物になってしまった。隣にいたゲロ子もサラーニャも、同様に微妙な顔を見せてくる。


「あの小僧になんかされたんですか?」


 不思議そうに顔を覗き込んでくるゲロ子。

 何処と無く楽しげな所が腹立つ。


「キーラが女の子相手に何かするとは思えないんだけどね・・・何かされたってんなら、あたしが話つけといてやるけど?」


 サラーニャも眉間に皺を寄せて首を傾げてる。

 こっちは純粋に心配してる感じだ。ゲロ子には見習って欲しいものである。


「うむ。」


 ある程度事情を知ってるロワは余計な事は言わずお口チャックで不動の姿勢を示している。こいつにはフォローを期待したのだが、まったくの無駄であったようだ。


 まぁ、どちらの問いにも答えるつもりはないので「なんでもない」とその話をぶった切り、約束通りブラストを披露する事にした。

 やり方は当然として、その使用方法や応用技についても説明し、度々あがるサラーニャ達の疑問にもちゃんと答えてやる。

 昼過ぎから始まったブラスト講座は思った以上に難航を極め、全部説明きる頃には日が暮れてしまっていた。


 ブラストについて俺が知る限りの全てを頭に叩き込んだサラーニャに「これでサラーニャも明日からブラストマスターだ」と親指を立てたら、綺麗な笑みと共に「出来てたまるか」と悪態をついてきた。解せぬ。

 何故かゲロ子もそれに同調し「まだあたしらは人間止めてないで」と俺を化け物扱いしてきた。当然、報復としてきゃつめデコをピンしてやったが、反省はあまり見られない。


「こんなに簡単なのに・・・・。」


「「簡単であってたまるか。」」


 どうやらブラストは、俺が思ってる以上に扱いが難しい技らしい。試しにロワに聞いてみたが、ロワにすら首を横に振られた。これは純粋に驚いてしまう。


「そんなに難しいのか?」

「難しいとも、王よ。一つ一つ分けて扱うのであれば、そう難しくもないな。サラーニャでも身に付ける事は出来るやも知れぬ。だが、それを同時にとなると話は別だ。その難度は格段に跳ね上がる。少なくとも王は身体能力を強化した上で防具として魔力纏い、その上でブラストの肝となる爆発させる為の魔力を重ねがけしておるのだろう?二つまでならまだしも、三つの掛け合わせなど正気の沙汰ではないわ。」

「そんなに、難しい事してないんだけど・・・?」

「戯け。普通の者であれば身体能力を強化するだけでも相当に神経を使うのだぞ。あれの手順を細かく分ければ━━━と言っても分からぬか。王は感覚で行っていると言っておったしな。まぁなんだ、かくいう我でさえ実戦において王の真似事など出来ぬ程だと言えば少しは分かるか?仮に出来たとしても、その精度は鼻で笑われるような代物にしかならんのだ。」

「むぅ・・・。」


 納得はしてないけど、魔力関係に関して信用のおけるロワが言うのであればそうなのかも知れない。

 その会話を聞いていたサラーニャが目を丸くして「それ、本当かい?」と疑いの眼差しを向けてきた。


 俺としては間違っていて欲しい事実なのだけども・・・・。


 魔力操作の鍛練としていつもやっている魔力造形を見せてみる。作るのは掌サイズの魔力人形だ。


 自分の掌に魔力を集め、意識を強く集中させる。

 粘土のようにぐにぐにと歪む魔力の塊は、俺の意思を正確に読み取り形を変えていった。シェイリアのペット毛玉竜、アゴヒゲアザラシな獣人ロイド、二頭身でも巨乳なシェイリア、同じく二頭身のいちゃつくユミスとラーゴ、2割増しで戦士なアルシェ、わんこなリビューネ、スライムゲロ子などなどだ。


 人形とは遊ぶもの。と言う事で魔力で作った人形達はそれぞれにキャラクターに合わせた動きをさせている。アゴヒゲアザラシなロイドをひたすら殴る二頭身シェイリア。そのシェイリアの頭の上で丸くなる毛玉。ベタベタといちゃつくユミスとラーゴ。槍を振り回すアルシェ。そのアルシェの後を尻尾を振って追いかけるワンコリビューネ。スライムゲロ子はその身を震わせてさせている。


 それを見ていたロワが割と本気で「ぬぅお!?」と引いてきた。横から眺めていたサラーニャとゲロ子は物珍しげに、何処か感心すら持って見てきているの言うのにだ。失礼な奴である。

 ロワの様子にきょとんとするサラーニャとゲロ子を置いて、俺はロワに向けて強い視線を浴びせながら言ってやる。


「なんだよ。」

「なんだよ、ではないわ。王よ、いつのまにこんな常識外れな魔力操作を覚えたのだ。最早、あやつと同じではないか。いや、あやつはこの様に繊細な扱い方はしなかったか。となるとあやつ以上の・・・。」

「ん?あやつ?」

「ああ、いや、こちらの話だ気にするな。しかしだな、これは、流石我が王と言うべきか・・・・うむむ。」


 どうやらこれも凄い事らしい。

 ヤヨイに魔力操作を鍛える方法として教えて貰って以来、暇を持て余したらやるように心掛けをしていたのが良かったなのだろうな。うん。


「でもヤヨイのがもっと上手くやるぞ?」

「ヤヨイか。奴は魔術が使えぬ代わりに、魔力量とその操作力を極限まで特化させた化け物女であるからな。だがな王よ、お主は奴とは勝手が違うのだ。まず第一に、奴は人の姿をとってはいるが人とは掛け放れた存在だ。どちらかと言えば我に近い。そして奴がそれを身に付ける至って、王の倍では利かぬ鍛練期間を有しているのだ。王のように、少し練習したからといって出来るような物ではないわ。」

「めちゃ練習したぞ?最初は全然形作れなかったもん。」

「もん、ではないわ。その練習期間とやらは何年だ?ん?一月足らずであろう?本来、才ある魔術師が何十年という月日を掛けて研鑽を重ね、果てに辿り着く極地がそれなのだぞ。」


 魔術師の極地ですか。ほほう。

 まぁ、俺は?やれば出来る子ですからね。仕方ないね。うん。


 ・・・・俺、大丈夫だよね?まだ人だよね?


 不安になってゲロ子を見ると首を振られた。横に。

 くそぅ!!
















 突然の化け物認定にショックを受けているとサラーニャが苦笑いを浮かべて口を開いた。


「━━━あー、いやはや。ロワみたいな馬鹿強い奴が、『王』だなんて大層な名前で呼んで気に掛けるのがどんな奴かと思っていたけど、まさかここまで規格外の奴だとは思わなかったよ。魔術のなんたらは分からないけど、それが途方もない技だってのはあたしにも分かるよ。あたしも身体能力を魔力で強化する事はあるからね。」

「ぬぅ。」

「そんな怖い顔で睨まないどくれよ。感心してんのさ、あたしは。」


 その感心が既に嫌なんだが。

 そう顔をしかめる俺に苦笑していたサラーニャは、顔を少し引き締めて言う。


「・・・まぁ、何がともあれ、参考にはなったよ。ありがと。真似は流石に出来ないけど、対処の仕方は幾つか思いついた。」

「うむむ。なんか納得いかないけど、役に立てて何よりだ。」

「本当に助かったよ。」


 ・・・・ふむ、まぁ良いか。

 これで頼み事は聞いてあげた訳だしな。晴れて犬耳も尻尾をモフれる訳だしな。うんうん。


「じゃ、早速━━━」


 約束通り尻尾をモフろうと手を伸ばしたその時、サラーニャの宿の裏口の方からバタンという音と共に「親分ーーー!!」という元気な声が響いてきた。

 気を削がれた俺は声の主を確認する為に振り返る。するとそこに開け放たれた扉と見慣れぬ銀髪の子供の姿があった。


 何処と無く気品が漂う小綺麗なその子供は元気一杯といった様子で駆け、ロワへと満面の笑みで飛び付いた。


「ロワ親分!!遊びにきたよ!!」

「む?小僧か。な━━━━違うぞ!!これは違うのだ!!王よ!!」


「いや、何が違うんだよ。」


 さっきもこんなやり取りした気がする。

 なんでこんな、浮気現場を見られた夫みたいになるんだろうか・・・・本当に何かしてんじゃないのか、こいつ。


 怪訝そうにロワを見つめてやっていると、子供が俺を見て眉間に皺を寄せた。


「━━━ロワ親分になまいきだぞ!あやまれ!!」


 瞬間、ロワの顔色が本来の姿のように真っ青になる。


「こ、こらっ!戯け小僧!!貴様何をっ━━━!」

「ロワ親分はすごい魔術師なんだぞ!おまえみたいな子供が口聞いていい人じゃないんだぞ!!叡智の王様ですごく頭がいいんだからな!!父上よりもかしこいんだぞ!!」

「止めよ小僧っ!!」


 ほう?随分と偉くなったもんだな。叡智の王(笑)。

 売られた喧嘩を買うタイプの俺は、生意気な発言を続ける子供の柔らかそうな両ほっぺを掴む。そして引っ張ったり潰したりして玩もてあそんであげた。


「随分と躾が行き届いているようで。良かったなー慕われててー。━━━━ロワさん。」

「お、王っ!なんだその他人行儀な台詞はっ!?止めよ、背中がゾクゾクする!!」


「うにゃぁぁぁ!?や、やめろぉぉぉぉ!!こにょ、おんにゃめ!にょ、にょふにゃ!?」


 必死の抵抗を見せる子供は言葉にもならない声をあげる。

 普通なら止めてあげる所なのだが、心優しい俺は挑んできた挑戦心を大事に思い、真心込めて引き続き手加減せずに玩んでやる。


「で、これ誰?」


 子供の頬をびよんびよんさせながらサラーニャに訪ねると、溜息をつきながら答えてくれた。


「もう少し手心加えておくれよ。一応それでも身分ある御方なんだ。今回の会合で話に上がってたトウゴクの子息令嬢、その片割れであるユキノメ第三王子その人なんだからね。」


 その言葉を聞いて視線を落とすと、ユキノメの王子のどや顔があった━━━ので、力一杯に引き伸ばしてから叩いてやった。


 赤く腫れた奴の頬に後悔はしてない。

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