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機甲兵団と真紅の歯車 67・見えない契約書

 朝日が昇るのを眺めながら待ち人を待っていると、あまり時間も掛からずカツカツと規則正しい足音が聞こえてきた。

 視線を向ければ我等が優秀なる副団長の姿があった。


「やぁ、お早うネーブ。良い朝だね。」


 そう声を掛ければ副団長は右手を額に当てていつものように綺麗な敬礼を返してくる。多少話し方は崩しても、この敬礼だけは彼女は止めない。堅苦しいのは好きではないが、彼女なりに思う事があるのであろう行動にとやかく言うつもりも湧かない為、同じ様に敬礼を返して話を進める。


「お早うございます。ザイン団長。たった今、奴隷達の搬送の手配は終了致しました。」

「ご苦労様。朝早くから重労働させて悪かったね。イケる口だろぅ?後で上等な一杯奢ろうか。」

「いえ、それには及びませんザイン団長。それよりも、今後、勝手な行動をなるべく控えるようにして頂ければありがたく思います。」


 そうきたか、と思わず苦笑いしてしまう。


 出来れば日頃から面倒を掛けてる優秀な彼女の頼みを聞いてあげたいのだが、そればっかりは性分から出来そうにないのだ。

 出来ない約束はするものではない。


「悪いな。それは承服しかねる。他は?」

「他にはありません。努力なさって頂ければ、それで結構です。ご再考を。」

「はは、仕方ないな。そうまで言われてしまえば頷くしかないかな。努力はするが期待はしないでくれよ。」

「はい、勿論です。元より期待しておりませんので。」

「ははは。それはそれは。・・・・手厳しいな。」


 流石に長年補佐を務めてきただけに、私の事を良く理解してくれている。ただ、嬉しい反面悲しくなるような話でもあるが。

 考えを理解され過ぎているのも、考え物かもしれないか。そう思いながらぼやぁと朝日を眺めていると「よろしいですか?」と副団長が声を掛けてきた。

 話をするように促せば、少し考えてから頭の中を巡っていたであろう疑問を口にした。


「何故、このような事を?」


 彼女の言いたい事は分かるが、敢えて聞き返えす。何が?と。

 意地悪のつもりはない。彼女なら自分で気づくと思っているからこそ、敢えて考えるように促しているのだ。


 副団長は私の言いたい事を正しく理解しているようで、少し考えてから「私見にはなりますが」と呟いてから、ゆっくりと語りだした。


「まず一つとして、例の件の為、人員の補充が目的だったのでは無いかと。」

「そうだね。間違ってはいない。」

「ですが、そこで疑問が一つ。何故、態々騒ぎを起こしてまで行ったかです。主導ではなかったとしても、止められた筈です。━━━この件が原因で本国に勘づかれるとは思いませんが、それでも避けるべき案件ではありました。人員補充にしても、他に幾らでも手段があります。それにも関わらず行った以上、それに見合う対価があったと考えます。ここまで、宜しいですか?」


 まったく持って、得難い部下だことで。

 部下の頭の良さに心の中で感嘆しながら続きを促す。


「見合う対価として挙げられる物はそう多くありません。奴隷達に特別な技能を持つもの、特殊な経歴を持つもの、特質な出自を持つものが存在した━━━という可能性を考慮し、魔術を使用し取り調べ行いましたが、現在調べた結果それもありませんでした。全員を調べ終わった訳ではありませんが、見たところそれもないかと」


 そう。奴隷達に特別価値はない。

 副次的に価値が出てくる者がいる可能性を考えなかった訳ではないが、そうではない。


「となれば、ある程度は絞られてきます。奴隷自体ではなく、奴隷を保護したという行動にこそ、意味があったのでは無いかと。」

「その過程には意味がないと?」

「意味はあったとは思います。ですが、今回ゲイン団長が奴隷を保護した件とは無関係ではないかと。完全に、とまでは言えませんが厳密に言えば別件だったように思えます。そこに意味を見いだしているのは彼女ではないかと。」


 そこまで分かれば答えを知ってるも同然だろう。

 私は副団長の肩を軽く叩き、「今考えているので合っている」と呟いておく。すると副団長は驚きもせず、溜息をついた。


「殺されたら、どうするかつもりだったんですか。そんな当て付けのような真似をして。」

「殺さないと信じていた。ああ見えて、彼女は平和主義だからね。」

「こんな騒ぎを起こす人物が、ですか?」

「こんな騒ぎを"態々"起こすような人物だからこそだよ。」


 副団長は分からないと言った様子で顔を歪める。

 彼女は頭は良いが少々堅い所がある故に、こう言った時に柔軟に人の気持ちを予想出来ないのだ。もう少しユルい部下つければ変わるか?とも思うが、あっという間に躾てしまう想像も出来るため無駄に終わりそうな気がしないでもないので止めておく。


「私達から監視を受けている事は勘づいていたんだろうね。最初から。まさか私が直々にしていたとは思わなかっただろうけどね。」

「それはこちらも同じ気持ちです。団長の仕事ではありませんからね。もうしないで下さいね。」

「さっきも言ったろ?蒸し返さないでくれよ。兎に角、彼女は私達に気づいていた。だからこそ、警告したんだよ。」

「警告、ですか。」


 そう、警告だ。

 彼女が態々騒ぎを起こしたのは、それ以外の何物でもない。

 屋台で人の注目を集める事から始め、治安の悪い下階層に潜り、態々騒ぎが大きくなるようにチンピラを倒した。

 それで、あの圧倒的なまでの抗争劇だ。ただの一人も殺さず、まったくの無傷で、飛ぶ鳥を落とす勢いだった新興組織を殆ど一人で壊滅せしめた。異常という他ない、まさしくの蹂躙。


「万が一にも我々が見失わないように騒ぎを起こし注目を集める。その上で下界層へと潜り込み、適当な相手を見つけてその力を見せつける。一連の行動は私達の為に行われた事だよ。まぁ、本人自身、それ自体を楽しんでた節もあろうが」

「何故、そのような真似を?」

「言ったろ、見せつける為さ。一兵隊などではなく、最も上に存在する私や君のような軍の裁量権を持つ者にさ。敵対するのが馬鹿らしくなるように。リスクと見合ってないところも、また怖い所だろうな。」


 実際戦う姿を見て敵わないと思わされた。

 勿論ありとあらゆる手段を使えば、何かしら結果は得られるだろうが、その場合の代償は報酬と比べ物にならない程に悲惨な物になるだろう。ぞっとしない話だ。


「それに、だ。彼女は約束してくれたぞ。一度だけという限定つきだが、私達に協力してくれる事をな。」

「その対価が、あの子達という事ですか。」

「そう言う事だ。自分達━━━というか、この場合はジンクムに対してだな。一つ借りを作る事で奴隷の保護は出来た筈だ。それを態とこちらに任せたのは、私達との間に貸し借りを作る為。何故借りを作ったか?それはね、私達からジンクムを守る為なんだよ。」

「・・・そう言う事でしたか。」


 そう、彼女は自分が他者に対してどれだけ脅威であるか理解している。その人物から貸しがあるという事実が、どれだけ安心を覚えるかも。

 彼女が約束事に律儀である以上、この借りがある内は彼女という特大の戦力が私達を守る傘になる。借りを返させてしまえばそれきりだが、このワイルドカードは切り方次第で国すら落とせる。リターンは限りなく大きいのだ。


 しかし、運もあるのだろうが恐ろしい事を考えるものだ。

 たった一度の脅しと、たった一つの借りで、守るべきを守り、こちらの動きを封じたのだから。


「ではやはり。」

「彼女と事を構えるのは無しだ。余計なちょっかいを掛けるのもな。知らずに逆鱗にでも触れてみろ。それで全部ご破算だ。報復行動をとろうとする者は首に縄でも付けておいてくれ。」

「あの子が黙っていられないかと。」

「説得は続けておいてくれ。━━━最悪、殺して構わん。」


 計画の妨げになるなら排除で構わない。

 一人の損失など安い物なのだ。

 それが例え、持ち駒の中で替えがたき最強であったとしてもだ。


 だが、副団長は思いの外彼を気に入っているのか難色を示してきた。


「彼はまだ大人に成りきれていません。時間を掛け教育なされば必ずザイン団長の計画のお役に立てる人物になりえる者です。ご再考願えませんか。」

「教育、ね。本質の問題だと思うのだけどね?」

「冷静になれば少しはマシになる筈です。一度軍より離れさせ考え直す時間を与えて頂けませんでしょうか。」

「親元にでも帰すか?」

「現実的に考えれば、それも手かと。」


 彼女の言いたい事は分かる。

 だが、あまりに危険なのだ。


 最悪、彼を繋ぎ止める手綱が切れてしまうような事があれば、彼女とぶつかる事は必至。それから起こる事は火を見るよりも明らかな報復。圧倒的戦力を持つ個人による殲滅。

 でもやはり、手綱を握れる可能性が残っているのであれば、撃滅の存在は惜しい。


「・・・・仕方ないか。ネーブ、しっかりと手綱を握っておいてくれ。」

「はっ。最悪の場合は、私が命に換えても止めます。」

「替えがたきは君もだ。簡単に死んでくれるな。」

「はっ!!」


 話終えた副団長は踵を返し部隊引き上げの指揮をとる為に戻っていった。去り行く背中には風格が漂っていて、自分なんかよりよっぽど下を纏めていけるだろうと思ってしまう。早々に椅子を譲りたい物だが、きっと認めてはくれないのだろうなと自嘲気味な笑いが溢れる。


 出発まで時間あるので、私はもう暫し橋の縁に座り遠くを眺める事にした。


 ボゥー、と橋の下から音が聞こえた。

 魔技工式による最新式の蒸気船が煙をあげる。

 上流へと昇るその船には彼女達が乗っている筈だ。


「━━━そう言えば、彼女もあそにいるのだったな。しかし、彼女があんな事を言うとはな。ははっ、世の中どうなるか分からない物だ。」


 部下達の中でも取分け異彩を放っていた少女を思い出す。

 同じスラムにいた仲間も、同期の兵達も、己の師ですら信用していなかった、その少女を。

 何かを恐れながらされど誰にも頼らず、ただ力を、権威を、金を、求め続けた━━━その少女を。


(これで義理は通しましたよね?じゃ、これで手切りでお願いします。今後はユーキ様共々、あまり関わらないで下さいね。私は"帰ります"から。)


「帰れる場所が出来た、か。随分と気苦労が絶えなさそうな所なのだがな。そんなに居心地が良いのかい?」


 きっとそこは他の場所よりもずっと大変な所だろう。

 ただ居座るだけでも、きっと嵐を見ることになる筈の場所だ。

 安寧を求めていた彼女の理想とは、あまりにかけ離れている筈の場所だ。


 だが、選んだ。

 それなのに、選んだ。

 それでも、選んだ。


 何に左右される事なく、自分の意思で。


「次に会う時は、どんな君になっているだろうね。カノン。」


 遠ざかる船を眺めながら、私は彼女の未来の姿に思いを馳せた。ぶっちょう面で、睨み付けるような目をしながら、それでも頬を弛ませ笑う彼女の姿を。






 ◇━◇






「うえっ、ぷぅしょん!!」

「うわっ、きたな。」


 よりにもよってゲロ子が俺の側で変わったクシャミをしてきた。ただでさえゲロまみれの癖に、鼻水とか涎が垂れてる。

 端的に言って凄くキチャナイ。


「あ、すいませんユーキ様。掛かりました?」

「掛かったよ!お前なぁ━━━もう!ほれ拭いとけ。」

「ありがとう御座います。いやぁ、なんですかね?風邪の訳はないと思うんですけど、あっ、あれですかね噂されてるとか・・・って、ユーキ様、これ。渡されたやつ、あの、滅茶苦茶高そうなハンカチなんですけど。」


 渡したハンカチを見てゲロ子がワナワナしだした。

 何だよ、何なんだよ。大丈夫かよ?


「ユーキ様、あのこれって?」

「何だよ、普通のハンカチだろ?ムゥの力作だけど。」

「それを言ってんですよぉ!!」


 ゲロ子は鼻水のついたそれを俺の目の前に突き出してきた。

 やめろっ!キチャナイ!


「こ、こここ、こんな高価なもんポンポン出さないで下さいよ!!心臓に滅茶苦茶悪いんですから!!庶民派なんですよ、あたしは!!」

「高価って、ムゥが作ったやつだから実質タダだぞ?」

「そりゃ、貴女様からしたらそうかも知れませんけど!!こんなもん、貴族だって草々持ってないってんですよ!!まず生地からおかしいんですから!これだけで金貨出す人は出しますよ!それに加えて頭のおかしい複雑な刺繍の数々!!場所によったら一財産なんですからね!?これでっ!!」

「へぇ。」

「もうちょっと危機感持って下さいよ!!こんなもんポンポン出してたら、誰に目つけられるか分かったもんじゃ無いんですよ!?分かってますか?!本当に!?」

「へぇ。」

「こ、この人はっ!!」


 怒り心頭なゲロ子だったが、「はぁい。そこまでよ、お二人さん」という殺気が込められてんじゃないのってぐらいの迫力ある静止の声に口を閉じた。

 そして、それは俺も同じである。


 目の前にいるのは腕組みして額に青筋を立てた我等が友、アルシェ・ゲヒルト夫人。その傍らには眉間に手を当てて頭痛そうにしてるメイドさんの姿がある。


 そう、俺達は昨晩の件でコッテリと絞られてる最中なのである。因みに正座という文化が無いため床に胡座というだらしない格好なのはご愛敬だ。

 てか、正座などと言った悪き文化など知れてたら地獄を見た所だった。教えなかった俺ナイスである。


 アルシェはこめかみをピクピクさせながら、それでも笑みを浮かべ優しげに言う。


「ユーキちゃん。何か言い残す事はあるかしら?」

「お仕置きは決定なのか!?」

「弁解のチャンスはあげているでしょ?面白い事言ったら軽くなるわよ?」


 まともな弁解の余地すら与えられていないだと!?てか、面白い事言えば刑が軽くなるとか・・・・絶対嘘だ、とは言えない。思ってるけど言えないでござる。

 言ったが最後何をされるか・・・・こ、怖い。


「ゲロ子がやれって言いました!!」

「ユーキ様!!何言っちゃってくれてんですか!?殆どあんた様の仕業じゃないですか!!」

「ち、違うもんね!そもそも、ゲロ子が一緒にキャバクラ行ってくれないからだもんね!」

「きゃば!?なんですかそれ!?━━━まさかあの店の事ですか!?んなもん行かせられる訳ねぇでしょうが!!子供の癖して何小生意気な事を!!」

「にゃぁ!?」


 あろう事かゲロ子は両の頬っぺたをつねってきた。

 下僕の癖してこの野郎!!


 振り払うのは簡単だが、やられたらやり返すのが俺の流儀である。━━━ので、魔力強化した両手でゲロ子の頬っぺたをつねり返してやった。


「あだだだだだだだだだ!!こひょっ、ふぁかっ、バひゃひひゃあら!!はにゃひてくらふぁいひよ!!」

「ひゃだ!!ふぅか、おふぁふぇひゃふぁふぁひぇ!!!」


 直ぐに降参すると思っていた俺の予想は大きく外れた。ゲロ子はここ一番の根性で真っ向から向かって来やがったのだ。全然手を離さない。どころか、より強く捻ってきやがった。


 可愛い乙女の頬っぺたをなんと心得るか!!

 この野郎ぅ!


 ギリギリとつねり合っていると死角から強烈な殺気が飛んできた。俺とゲロ子は息を合わせたように頭を下げる。


 瞬間、頭の上を銀の輝きが瞬いた。


 俺とゲロ子は過ぎ去ったそれに視線を向け、それが鋭利な槍の穂先である事を確認する。

 そしてこれまた仲良くゲロ子と振り返り、槍の持ち手であるアルシェへ視線を向けた。


「ユーキちゃん、それとゲロ子ちゃん。弁解は終わりかしら?」


 俺とゲロ子は掴んでいた頬っぺたから手を離すと、地べたに額を擦り付け、ただ一言だけ告げた。


「「ごめんなさい。」」










 それから暫くアルシェからありがたいお説教を頂く事になり、結局解放されたのは太陽が沈み始めた頃だった。

 怒られ疲れを癒す為、外の広大な河川を眺めながらデッキの手摺に干された布団みたいに寄っ掛かりブラブラする。

 なんだ、ちょっと楽しい。


 なんて事を満喫してると「何してんですか?」と馬鹿にするような声が掛かった。言わずもがな、ゲロ子である。


「なんだよぉー。下僕の癖に主の頬っぺたを引きちぎろうとする無礼者めぇー。こっちくんなぁー」

「危ないですよ?落ちたらどうするんですか?いや、まぁ、仮に落ちても平気そうは平気そうですけども。」


 そう言うとゲロ子は俺と同じように手摺に項垂れるようにして手摺に寄っ掛かる。

 真似っこしてきやがった。こいつ。


「元祖は俺だからな。」

「はぁ?ええ、まぁ、良いですけど。それより、なんかこれ良いですね。いい感じに力抜けます。」

「おう、そうだなぁー。」


 何も考えずブラブラしながら時間を過ごす。

 暫くそうした後「ユーキ様」とゲロ子が声を掛けてきた。別に何かしている訳でもないので話を促してやる。


「出来れば怒らないで聞いて欲しいんですけど、良いですかね?」

「内容によるぅー。保証はしないぃー。」

「それだと凄く言いずらいんですけど。」

「じゃー、黙ってればぁー?」


 クスッとゲロ子が笑った。

 あんまりにも珍しかったのでガン見してしまう。

 するとゲロ子も気恥ずかしかったとか、気まずそうに頬をかいた。


「あーあー。何も言わないで下さいよ。あたしだって柄じゃないのは知ってますから。でも、少し安心しましたよ。ユーキ様はいつもユーキ様なんだなぁって。」


 そう言うと一呼吸開けてゲロ子は言った。


「本国に、ユーキ様の情報リークしたのはあたしですよ。」

「・・・・へぇ。そっか。」


「・・・・・・・・え?いやいや、え?それだけですか?!」


 え?何?他に何しろってのよ?

 ん?分からんなぁ。


「━━━っとですね。普通、怒ったりしません?そうでなくても怒鳴ったりとか、問い詰めるだとか。哀しんだりとかでも良いですけど。」

「えーーーーー。そんな事言われてもなぁー。このやろう。はい。怒ってやったぞ。」


 道理であいつらが俺を気にする筈だ。

 納得、納得。


 あ、そう言えば、今晩のご飯ってなんだっけか。

 確か一流のシェフが作る魚料理でソースが絶品━━━


「いやいや!無いですよ!!普通に考えて!!裏切った訳ですよ!あたし!!罰とか、てかぶっちゃけ殺される覚悟も━━━━て、あっ、ちょっ!聞いてませんね!?もう、別の事に意識囚われてますね!?」


 急にゲロ子が揺さぶってきた。

 なんだと言うのか、反抗期か!?びっくりするだろうが!!


「なんだよもう!大丈夫聞いてるよ。裏切った魚を一流のシェフが料理して、哀しんで作ったソースが絶品なんだろ?」

「何考えてんだか駄々もれなんですけど!?てか、聞き流し過ぎじゃないですか!?少しは真面目に聞いて下さいよ!!」


 滅茶苦茶怒ってくるゲロ子。

 何がそんなに気に入らないのか、甚だ疑問である。

 過ぎてしまった事をやってしまった事を、今更とやかく言っても仕方ないと思うんだけども。

 それに今回限りの事で言えば、何か失った訳でもないしな。寧ろ結果オーライな所もあるし。うん。


「・・・・んー。お前的にはどうして欲しいんだよ?聞いてって言うから、ちゃんと聞いてやったろ?『へぇ、そっか』って返事したげたろ?」

「それは、まぁ、してくれましたけども。そう言う事じゃ無くないですか?」

「そう言う事だろ。別にこれ以上何か言うつもりはないぞ?」

「無いのがおかしいと、そう言ってるんですけど。」


 そうは言われてもなぁ。


「だって、それはゲロ子なりに理由がちゃんと合って、ゲロ子が自分で正しいと思ってやった事なんだろ?」

「ええ、まぁ・・・・碌な思い出もないですけど、あれでも故郷なんですよ。いきつけの店はありましたし、それなりに気に入ってた場所とかも。だから、まぁ、穏便に済ませたかったんですよ。ユーキ様と全面戦争とか草木一本残らなさそうですし」

「ふぅん?まぁ、俺も納得してる訳だし、それで終わりで良くないか?」

「それが釈然としないんですが。」

「良いんだよ、これで終わり。」


 何処納得してない様子のゲロ子だったけど、これ以上かける言葉は無いので自分で納得して貰う他ない。

 後はゲロ子が自分で自分の気持ちに折り合いつけるだけだからな。


 てか、こうして見ると、ロイドって本当図太い奴だったんだなぁてなるな。あいつ裏切った翌日に普通に仲間になったもんな。そうなると、一日で友達ポジに落ち着いたユミスもか。死ぬほど脅かしてやったのに、一日でタメ語するまで態度が落ちて、普通に友達面するようになったからな。


 そう言えば、図太いと言えばあいつも大丈夫だろうか?


「それよかさ、シーリスは大丈夫だったかなぁ?」

「はぁ?なんですかいきなり。知りませんよ。━━でもまぁ、別れた時は結構修羅場っぽかったですからね、血の雨でも降っててもおかしく無いんじゃないですか?」

「だよなぁ~。」


 シーリス達と別れたのはあのアジトを出た直ぐの所だった。

 例の相棒さんが迎えに来たのだ。

 例の相棒さんはシーリスの情報を拾いながら駆けずり回り、自力でアジトまで辿り着いたようで疲れた顔をしていた。そしてシーリスを見つけたその瞬間は安堵の笑顔を浮かべ、次の瞬間には般若になるという面白い人だった。

 まぁ、それだけ心配してたと言うことだよね。


 俺は今も橋の上にいるであろう、シーリスの無事を願って、もうひとブラブラすることにした。

 ご飯までは、こうしてようかなぁー。






 ◇━◇





 きらびやかな光が照らす部屋の一室で、ンレィはその目で見てきた全てを主であるアレッサ都市長ロッケンバイガー・ルブルブへと伝えた。

 以上です、という報告の締めと共にロッケンバイガーは頬杖をついて溜息をついてしまう。


「まったく、盛大にやらかしてくれるわね。一つ借り所の騒ぎじゃ無いわよ。あの優男。」


 少し前、会合が始まる前に会合の主催であるエクスマキア皇国軍ゲイン・ルーメンスと接触したロッケンバイガーはある契約を結んでいた。

 その契約と言うのが、エクスマキア皇国とジンクム国の間に締結されるであろう貿易における、一切の交易路をアレッサが引き受けるという物である。契約などと言った物がなくとも、ジンクムとエクスマキア皇国が交易しようとすれば、海沿いで尚且つジンクムへ物を流しやすい大河と繋がりのあるアレッサを交易路とする事は確定的だが、仕方ないからそうするのと、契約により約束されているのとでは天と地ほどその意味合いが異なってくる。

 恒久的に産まれる財がどれ程貴重であるか。都市国家という不安定な立場をとる国にとって、それは喉から手が出るほど欲する得難い利益なのである。


 とは言え、その対価として都市国家内でのエクスマキア皇国にある程度の自由を許したのは、仕方がないとはいえロッケンバイガーにとって良い事とは言えなかった。現に一種の治外法権と化している下階層で問題を起こしているのだ。


「膿を出してくれたのはありがたいけど、奴隷まで持ってかれるのは困ったわねぇん。」


 ユーキ達が行った裏組織の壊滅は天界層に住まう者達にとって些細な事で、その長たるロッケンバイガーにとってもそれは代わらなかった。だが、その組織が持っていた物品の事となると話は別なのだ。


 下界層には下界層のルールが存在する。

 例えば今回のような場合、下界層に存在する有権者が集まり話し合いを行った上で、彼等の遺産の配分が決まる。

 その配分される物は、金銭や金品、薬物、武器、利権、人員、奴隷に至るまでの全てを指し、それまで有権者の決定に例外は一切存在せず、粛々とそれが執り行われてきた。

 今回もそうなる筈だったのだが、エクスマキア皇国軍が奴隷に関してのみ割り込んでいってしまった。そう、天界層で都市長から自由を保証されているエクスマキア皇国軍が。


 そのお陰で、都市長の元には非難が殺到する事になった。

 その騒ぎは夕刻を迎えた今現在も治まっておらず、館の外には下界層から着た裏組織の人間が分厚い抗議文を持参して待ち構えている始末なのだ。


「今からでも皇国側に抗議致しますか?」


 ンレィは内心で諦めながらも尋ねた。

 当然返ってきたのは「いいえ」の一言だけだ。


「ただでさえ藪蛇なのよ?それなのに虎の尻尾まで踏むことになるかも知れないような事したくないわ。下手したら竜の逆鱗にまで届くかも知れないのよ?━━━まぁ、約束された利益はあるわけだし、ここは我慢して下界層の奴等を何とか上手く丸めるしか無いわ。」

「では、私が片付けますか?」

「出来るでしょうけど、止めなさいな。あんなチンピラ共にも利用価値はあるのよ。あれでも、この街には必要なの存在なーの。」

「承知致しました。ルブルブ様の仰る通りに。」


 仰々しく頭を下げるンレィに、ロッケンバイガーは胸の内に湧いた疑問を投げ掛けた。


「それにしても貴女。皇国側には抗議しようって言うのに、ジンクム国については何も言わないのね?」

「彼の国との過去の軋轢を考えますと、抗議として今回の件を公の物にしてしまうと、纏まりかけた貿易行路についても少なからず影響が出てしまうかと。なので━━━」

「本音は?」

「ユーキ様を罪に問うなんてとんでもない。私の全てをとして許しますとも。」


 揺らぎの欠片も見えない真っ直ぐな目で、ンレィははっきりと断言した。ある程度の予想がついていたロッケンバイガーも、あまりの事に幻でも見ているかと何度か瞬きし、幻でない事を知ると半目でンレィを見つめて言った。


「貴女、今回の任期が終わった直ぐにいなくなりそうね。」

「ご安心下さいませ。任期まではしかと働かせて頂きますので。」

「少しは否定しなさいよ。」


 ロッケンバイガーの乾いた笑いが部屋に響いていった。

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