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機甲兵団と真紅の歯車 66・血風の二獣

 生まれながらの勝ち組。

 オレがそれを理解したのは五歳の頃だった。


 切っ掛けはなんて事はない。

 何処にである餓鬼同士の喧嘩で怪我を負ったオレを見た叔父さんが、相手の子供の親をオレの目の前で殴り殺した事だった。

 餓鬼が喚こうが、親が泣き叫ぼうが、気にも止めずに一心不乱で殴って、殴って、殴って殴って殴って殴って殴って、殴った。

 叔父さんが手を止めた頃には顔面なんてもんがあったのか疑わしくなるくらいグチャグチャになっていた。


 ピクリとも動かなくなったそれに唾を吐きかけた叔父さんは、いつもの優しい笑顔を浮かべて言った。


「何かあったら直ぐに言え。逆らう奴も、糞生意気な餓鬼も、全部ぶっ殺してやるからよ。」


 オレはその時知った。

 世の中には二種類の人間がいる事を。

 目の前でゴミみたいに横たわる奪われるだけの使えない人間と、叔父さんのように強い何をしても許される人間がいる事を。


 だからオレは━━━━


「うん、叔父さん。分かったよ」


 ━━━━叔父さんのように許される人間になることを望んだ。




 叔父さんの力の凄さを知ってから、オレはその力を存分に振るった。逆らう奴は叔父さんの部下を使って血祭りにあげた。癪に触る女は売り飛ばしてやった。真面目ぶって高説を語ってくる輩には持ちうる全てを駆使して廃人に追い込んでやった。

 そうしていくと周りはオレに頭を下げるようになった。少し前までオレを馬鹿にしていた奴も、蔑むような視線を向けてきた爺も、なにもかもがオレの力を恐れて頭を下げた。

 それはこの上なく気持ちの良い事だっだ。




 けれど歳を重ねていけばいくほど、それが間違いであったという事を知った。どいつもこいつも、本当はオレを恐れて無かったのだ。オレではなく、オレの後ろにある叔父さんの力に頭を下げたいたのだ。


 確かに叔父は凄い力を持っている。

 単純に強いだけじゃない。組織を従えていた。有り余るほどの金を持っていた。広大な土地を所持していた。有能な部下を揃えていた。国家元首クラスの人物達との人脈まで有していた。


 比べてしまえば当然だ。

 俺なんか比べ物にすらならないのだから。

 だから当然、皆がお伺いをたてるのは、オレにじゃない。

 オレの後ろでふんぞり返っている叔父さんだけなのだ


 我慢ならなかった。

 借り物の力でこれからも一生生きていく事が。

 オレは、オレが。


「ボン。本当にいくのか?」


 東方へと発とうとしたその日、叔父さんはいつもの自信に満ちた表情ではなく、何処か寂しげに声を掛けてきた。

 けれどオレは、そんな表情など眼中になく、ただ目を見ていた。その目が気に入らなかったのだ。慈しむような、憐れむような、まるでオレが我が儘をいう餓鬼だとでも言っているかのような、その目が。


「ああ。」

「なぁ、ボン。オレの跡を━━━━」


 叔父さんが何か言い掛けている内に、オレはその家を飛び出した。そして、それから一度も帰っていない。


 それから新天地で身を粉にして働いた。

 元々つるんでた奴等を部下にして、新しい街で誰の後ろ楯もなく。オレ達の力だけで。

 最初は良かった、けど直ぐに駄目になった。仕事が上手く回り始めると決まって古参のチンピラが邪魔してきて滅茶苦茶にされた。時には築き上げた商売を土台ごと奪われた時もある。

 何度も、何度も、何度も。


 後ろ楯もない餓鬼の言い分なんて通らなかった。

 暴力には暴力で返す事しか出来なかった。

 でも、そんな暴力も数も後ろ楯もある連中には敵わなくて、ただ

 奪われるしかなかった。



 奪われる事が当然になりつつあったある日、それは突然終わりを告げた。

 ボコボコにリンチされて死にそうになったオレが、つい言ったある言葉のお陰で。


「お、お、オレ、オレを、誰だと、おっもっひぇる」


「ああ?なんだこいつ、なんかほざいてんぞ?」

「声ちっちゃくて聞こえねぇよ、おらぁ!」


 殴られながら、蹴られながら。

 心までズタズタにしながら、言いたくなかった言葉のお陰で。


「オレ、は!!ディボンズファミリアの最高幹部、サーチェス・リキネ・ルドワールの甥だぞ!!!」


 それからオレの周囲は一変した。

 何もかも上手くいくようになった。

 邪魔は入らなくなった。

 逆らう奴もいなくなった。


 昔のように。

 ただ、守られていた、昔のように。

 そして、何かが、オレの中で折れた。










「ボス!!!」


 部屋の入り口が激しく開かれた。

 いつもであれば部下が細心の注意を払い開く筈の扉が、今夜に限っては壊されるような勢いを持って開けられる。

 勿論これは自らが許可して行わせている事なので怒鳴り散らしたりはしない。普段あればまだしも、今夜はそうも言ってられない状況なのだから。


「急いでお逃げ下さい!!!直ぐそこまで来てます!!」

「直ぐそこまでだと!!どうしてだっ!兵隊共は何してる!!まさか裏切ったのか!?」


 配備したのは屈強な戦士や傭兵達。

 しかも一人二人ではない、総勢200人の抗争要員だ。


「裏切るなどとんでもねぇ!!誰も裏切っちゃいねぇ!!皆、皆殺されたんすよ!!戦って、なのにっ、ちっ!!もう何処もかしこも血塗れで、誰も生きちゃいねぇ!!くそっ、なんだって俺はあんたなんかと!!」

「はっ!?死んだ?ふざけるな!!あれだけいて、そんな訳っ!」


 部下を胸ぐらを掴みあげ問い詰めるが、そいつはオレを睨み付けると舌打ちしながら手を払ってきた。


「だったら自分の目で見やがれ!!俺は下りるぞ!!全部あんたがわりぃんだ!やり過ぎたんだよ、あんたは!!!」

「お前っ!!今更何いってんだ!オレ達は━━━」

「うるせぇ!!!俺は言ったよなぁ!ファミリアのシマに手出すのは止めた方が良いってよ!!それを欲かいて馬鹿やったのは、あんただろうが!!」


 確かに目の前の部下には諭された。

 手を広げすぎるのは止めた方が良いと。

 特に古参のファミリアのシマには手出さない方が良いと。

 けれど、最終的には合意した筈だった。全員で、決めた事だった、筈なのだ。


「ちっ!あんたがルドワールの甥だってから手を貸したってのによ!!」

「・・・・お、おま、おまっ!お前っ!!」


 こいつはオレを見込んで部下になった筈だった。

 だって、そうこいつが言ったのだ。

 後ろ楯なんて関係ないと、オレに未来を見たからだと。


 ━━━なのになんでその名前を出すんだ。


 気がつけばオレの拳は部下の顔面を叩いていた。

 だが、そんな事に部下は一瞥すらしなかった。

 ただ呆れるように溜息をつくだけ。


「あんたは、本当に救えねぇよ。」

「な、す、すくえ、ない?なにがっ━━━」

「伝言がある。あんたのファンだった人からの伝言だ。」


 その言葉に言い知れぬ恐怖を感じた。

 言わせてはいけないと、何かが叫ぶ。

 けれど、動けなかった。


「『お前の事は愛している。だから守ってきてやった』」


 止めろ。


「『だが、もう面倒を見切れない。』」


 止めてくれ。


「『次に何かあれば、自分でどうにかしろ』」


 だって、オレにはもう、何も残って━━━。


「『サヨウナラだ。ボン。』」


 ヒトリジャイキテイケナイノニ






 何か爆発するような、けたたましい轟音が鳴り響いた。


 入り口が、扉があったそこが、周囲の壁と共に吹き飛んだ。

 魔力砲すら通さないという宣伝文句で取り付けた筈の壁は、まるでお菓子細工のようにくだけ散っていた。

 耐久力を試したオレにとって、それはあまりに信じられない光景で、夢でない事を確認したくて部下の男に視線を向けた。


「ひいっ!!!」


 だが、そこには部下だった物しか無かった。

 くだけ散った破片が当たったのか、右目辺りを中心に大きな穴が出来ている。その穴から溢れるピンク色の何か分からないほど馬鹿にはなっていない。即死だろう。

 それに腹部に突き刺さる人間の腕程ある破片や、もぎ取られたかとのような膝から先のない足を見れば、例え頭の怪我がなかったとしても死んだに違いはない。


 震えが止まらなくなった。

 死を間近に見て、助けが来ない事を知らされて。

 ただ、ただ、震えた。人目につかないように小さく踞って。


 じゃりっと、砂を踏むような音が聞こえた。


「ふむ。どうやら、貴様が首領のようだな。」


 音は直ぐ側から聞こえる。

 耳に覚えのない声。

 味方じゃない、誰かの声。


 殺しにきた、誰かの声。


 怖い。


 怖い。


 怖い。


 違うんだ。オレは悪くない。悪くないんだ。だって、そう教えられたんだから。そうだ、叔父さんが悪いんだ。だって、そう教えてきたんだから。だから━━━━。


「━━━━ころさないで、ください」


 漸く出たその声は、目の前にいるであろう声の主を止めた。

 どうしてか分からない。

 考え直した?今更?あり得ない。でも、もしかしたら。


 そっと、顔をあげた。

 もしかしたらと言う思いを胸にして。




 もし許されるなら、生き方を変えよう。

 誰かを傷つけない、そんな生き方だ。

 もう良いじゃないか。気持ちの良い生き方じゃなくても。

 叔父さんになれなくても。


 生きてさえいれば。






 オレの瞳が黄金の髪を、宝石のように輝く赤い二つの瞳を映した。それは見たこともないような、綺麗な━━━。


「馬鹿を言うな。仕事が、終わらぬだろうが━━━」


「━━━はぃ?」




 ゴギッと、鈍い音が響いた。




 体の何処からか。






 オレの何処からか。







 あの時のように。










 ◇━◇










 部屋の様相をなしていないそこで、ロワは首の折れた男を見つめていた。

 殺した事になにか特別思う事があった訳ではなく、ただ本当に死んだのかの確認と、目の前の人物が目的の者であったのか魔術で記憶を抜き出し調べていたのだ。


 数分掛けて調べた結果、それが目的の人物であり、その組織形態から頭を潰せば殲滅するまでもない事を確信するに至たり、ロワは仕事を終えられた事に安堵する。何度も失敗しているせいか、らしくなく神経質になっていたのだ。


 そんな中、ロワは背後に現れた新たな気配に神経を向けた。


「━━━━ふむ。力量の差が分からぬ愚か者ではないようだが、利口な部類の人間でもないな。いきなり飛び掛からなかった事は褒めてやるが、立ち去らなかったのは愚策以外の何物でもないぞ戯けが。」

「馬鹿って、よく言われるからね。知ってるよ。少し話が聞きたいんだけど、良いかな?」

「ふん、図に乗るな人間風情が。我に口を聞くのは百年は早いぞ。頭を垂れよ━━━━」


 ロワは背後にいる人物に向けて魔力を放つ。

 ただの魔力ではない。明確な殺意を折り込んだ、覇者の魔力である。

 並みの人間であれば、それだけで息絶えるであろう圧倒的な重圧をもつソレ。


 ロワは死ぬことはなくとも膝をおるだろうと予想したが、結果は予想外な物になった。


「━━━━何?」


 背後の人物は膝を折る処か、当然のように剣を構えたのだ。

 ぶれぬ切っ先、震えぬ手足、乱れぬ呼吸。

 その何れもが想定を遥かに越えていた。


 興味を持ったロワは振り返り、その人物の姿を視界に捉える。

 そこにいたのは自分と同じ金の髪を持つ妙齢の女剣士。

 ロワの基準で『いい目』を持った女だった。


「成る程。で、あれば納得もいく。」


 ロワは女剣士に向き直る。

 そして、カツンと杖で床を叩いた。

 瞬間、ロワが放っていた魔力は霧散し、重苦しい空気がかき消える。次に訪れたのは再びの静寂。


「敬意を賞するぞ、強き弱者よ。我はロワ。」


 威圧的な物言いである事は変わりはしなかったが、言葉にはそれまでに無かった感情が乗っていた。それはロワに対峙する女性も感じ取れる程の変化であり、あまりの変わりようにそれまで平然としていた女性が若干戸惑いを見せてしまう程だった。


「え、えっと、始めまして?私はシーリス・アルブって言います。」

「シーリス・アルブ、か。ふむ、覚えた。よし、ならば掛かって来ると良い。」

「えっ?いいの?なんかそんな感じじゃないような気がするんだけど・・・・。と言うか、ロワさんって敵って感じしないし、話せるなら話し合いとかで━━━」

「興が冷めるような間の抜けた事を抜かすな。血の臭いをその身に染み込ませておきながら、何を今更だ。聞きたい事があるならば、力ずくで来い。少しは我にも楽しませろ。」


 何か噛み合わない。

 そんな疑問を持ちながらも、ロワから発せられる殺気に呼応するようにシーリスは意識を闘争へと集中させていく。

 その姿に思わず笑みを溢したロワは「来い」と一言、とびきりの殺気と共に発した。


 声が届くと同時にシーリスの体は引き絞られた矢の如く駆け出す。しなやかに、かつ鋭く滑るように。

 極端なまでの前傾姿勢は豹を思わせる、人間にしてはあまりに異質な走りだった。


 人間離れたした速度で加速していったシーリスは、生まれた勢いの一切を殺さず全てを斬撃に乗せてロワに放った。




「見事という他あるまい。」




 そう褒め称えるロワの手の中には傷のついた杖があった。

 シーリスが通り過ぎ様に放った神速の一刀。

 ロワはそれを杖で受け流したのだ。


 驚愕を露にするシーリスとは対象的に、斬撃を受け流したロワは掌に残る僅かな痺れに顔を緩ませる。


 達人とも呼ばれる者であったとしても、必殺の一撃であっただろう事を確信しているロワ。そしてそれを二十歳そこそこの女が放つことが出来るという事実が堪らなく嬉しいのである。


 ロワは基本的に人間を嫌っている。

 理由は色々あるが、あえて一つだけあげろと言うのであれば、迷いもなく「脆弱過ぎるから」と答えるだろう。

 種族的な気質からか、はたまた長き生の中で培ってきた人生観からか。それはロワ本人すら理解しかねている部分でもあるのだが、兎に角『人間』という種が嫌いだったのだ。


 しかし、例外が存在している。

 それが弱者でありながら、絶対強者の域に達する存在。

 数多いる天才の中でも更に最上位。万人の中の一の天才。その万人の中の一の天才の内の更に万人の一。一時代にいるかいないか、そう言った類いの確率で産まれる人でありながら人外の天才。

 それがロワを惹き付けて止まないのだ。


 最も新しい記憶で言えば、それは赤の魔導師と呼ばれる魔術技術を二百年早めた男の事であり、その可能性を見せたとある少年の事である。尤も、赤の魔導師と戦った際は体が鈍りまくっていた上に使役者である主人が絶不調だった事もあり、楽しむ暇もなかった訳なのだが。


「く、くっくくくっ━━━━ウィィィィィィッアハハハハハハ!!これだから巷はたまらんのだ!!人とは本当にくだらなく、そしてこんなにも素晴らしい!!可能性の塊!!無から有を産み出す希代の錬金術師達よ!!そうだ、そうこなくてはっ!人は!そうであらなくてはな!!」

「何を、言ってるの!?」

「分からんか?いや、分かるまいな。あの素晴らしき時より何年が過ぎたか。数百、数千、最早数えるのもまどろっこしい。そんな悠久の時の中、我は待ち続けてきたのだ!お前のような、お前達のような、時代すら捩じ伏せる圧倒的個人を!我に剣を突き立てる事が出来る強者をな!!」


 ロワが指先を曲げた。


 クンッ、とシーリスの体がロワへと引き寄せられる。

 まるで糸でもついているかの様に。


「くっ!!馬鹿にするなぁ!!!」


 引き寄せられる体を止める為にシーリスは剣を地面へと突き刺した。普通であれば止まるが、それを行ったのは化け物も化け物。地面に固定してもなお数メートルは引き寄せられ、床には生々しい剣の痕が刻まれる。


「魔術ですらないのだ、この程度は耐えて貰わんとな。さぁ、次が行くぞ。どう捌く?狂乱の雷帝よ。"拒絶"の意を力で示めせ。ヴォルト・オゥブ・アロレイズ!!」


 ロワの手元より魔方陣が生まれ、煌々と輝くそれから幾千もの雷の矢が放たれる。


 自らを貫かんとする雷矢達に、シーリスは恐れる事なく前進する。目を逸らし引く事より、見極め受けきる事をのみを考えた為だ。


 飛び交うそれをシーリスは最小の動きでかわす。

 かわし切れぬ物は剣で反らし、それこそ不可能である物は全力で切り落とした。


 断続的に甲高い金属音が、放たれた雷の空気を焼いていく音が、壁を穿つ雷矢の破壊音が続く。


 いつ終わるともしれない雷矢の嵐。

 常人であれば消し炭と化してもなんら可笑しくない最上位の攻撃だった━━━━━━が、シーリスは全て捌き切った。


 それだけではない。捌きながら前進し、ロワの懐に、斬撃の射程圏内へとその足を踏み入れたのだ。


「それで、どうする、シーリス・アルブ!!!」

「こうすんの!!」


 シーリスはその身に魔力をたぎらせ、捻りを加えながら剣を突き上げる。

 空気を切り裂く必殺の一刀。

 斜め下、低い姿勢から放たれたそれを━━━


「━━━いいぞ。それで、こそだ!!」


 ━━━ロワは杖で受け止めた。


 ギャリギャリと突きを受け止めた杖が火花をあげる。

 先程の比ではない剛力で放たれたそれは、杖を削り、支えていた腕を揺らし、ロワの表情を歪ませた。


「ちっぃ!!この体では、これが限界か・・・!!」


 杖を支える手首を返し、剣の切っ先を外へと反らす。

 受け止めきれなかった故の苦肉の策だが、それはシーリスの攻撃に対してこれ以上なく有効であった。


 そう、その一撃に対しては。


 シーリスは攻撃が反らされたその瞬間、剣を握る以外の上半身全ての筋肉を脱力させ、支えていた片足を軸に体を回転させていた。

 しなるムチのように、流れる水流のように。

 小さく、速く、鋭く。


 彼女はそれに名を与えていない。

 だが、共に歩む相棒がこう呼んでいた。


『旋風』


「━━━━!!」




 ダンッ!!



 シーリスの振り切った一撃は、ロワを壁まで切り飛ばしていた。

 本来なら切断されていてもなんら可笑しくないのだが、防壁魔術に加え鋼より堅い皮膚を持っているロワに対しては、薄皮に傷をつけその物理的破壊力を持って吹き飛ばすのが関の山であったのだ。


 それまでの戦闘からその結果への予測がついていたシーリスは、特に慌てる事なく剣を構え直す。


 そんなシーリスにロワは歓喜していた。

 それそこ頬を自然と緩めてしまう程に。


「━━━━はぁ。王には、本当に感謝せねばならんな。この世界に再び我を呼び寄せてくれた事に。嬉しく思うぞ。世界はまだ、我が知らぬ、理解すら及ばぬ、超常が満ちに満ちているのだな!!」


「っく!?」


 ロワがその秘めていた力を解放しようとその時、衝撃が天井に走る。そして轟音が響き渡り、瓦礫が雨と降り注ぐ。


 ぽっかりと空いた天井の穴から小さい影が一つ砂埃を巻き込みながら、ロワとシーリス二人の間を割るように落ちてきた。

 突然の事に二人は驚愕を顔に浮かべるが、少しだけその意味合いは違っていた。


 シーリスはただその突然の状況に戸惑い、ロワは現れた人物が誰かに気づいて━━━。


「誰が呼んだかファントム仮面!!悪党成敗に、ただいま参上!!恐れ!おののけ!!そしてひれ伏せ!!おのが罪を悔い改めながら、頭を垂れ許しをこうが良い!!ふははは!!」


 砂埃が晴れた先にいたのは、銀兎の仮面をつけた赤髪を靡かせた少女であった。


 シーリスが探していた、ロワが先を越される事を恐れていた。

 ある意味で皆に注目されていた少女、ファントム仮面もとい、真紅を靡かせる召喚士ユーキがそこにいた。






「おやぁ?」






 そして間抜けたユーキの声が部屋に響いた。




 ◇━◇




「死にたい。」


 俺は今、後悔と嘆きの世界に取り込まれていた。

 どうしてか?そんなもん、ノリノリでヒーローごっこしてたら、知り合いに「何してんだコイツ」って目で見られたからだよ。

 だって知らなかったんだよ。これから乗り込む所に知り合いがいるなんて。しかも二人も。


 膝を抱えて小さくなる俺に近寄る者はなし━━━といきたい所だが、空気を読めない事に定評のあるシーリスは俺の肩を激しく揺さぶってくる。

 遠慮して、今だけは遠慮して。


「ユーキ親びん、何処か痛い所でもあるの?それとさっきの死にたいってどうしたの?何かされたの?」

「止めたげて、もう俺のライフゼロなのよ。」

「ライフがゼロってどういう事?」

「やめて、ボケを殺さないで!!」


 無神経に傷を抉ってくるシーリスの手をぺしって、俺はロワの元ではなく蛇仮面の背中に隠れた。一応ロワは知らない人設定だったしその方が良いだろう。何故かロワはショックを受けているようだったが。


 蛇仮面の後ろでシーリスの様子を伺っていると、肩をチョンチョンと叩かれた。肩をつついてきたのは蛇仮面である。なんぞ?


「何故、私の後ろに隠れるのかな?」

「仮面仲間だから。」

「そんな私が趣味でつけてるみたいに言わないでくれるかな?君が着けさせたのだろう。」

「おいおい、何言ってんだブラザー。誤解を招くような事言わないでくれよ、アハハハ!」

「少しでいいから、最初の警戒心を思い出してくれないかな?」


 ふ、警戒心か。今更だ、今更。

 共にキャバクラへいく同士じゃないか!

 信用しないでどうするというのか。


 それに、もう済んだ事だろう?


「な?」

「━━━━はぁ、まったく。何処まで本気なのか。」

「本気も本気よ。うはは。」


 俺よりもずっと頭が回るみたいだから話が楽で良いぜ。


 蛇仮面とじゃれているとシーリスが怪訝そうに見つめてきた。

 どうみても変態を見る目だ。勿論俺ではなく、隣の蛇仮面に対してである。


「さっきからベタベタしてるけど、ユーキ親びんとはどういう関係なんですか?親子には見えないし、兄弟にも思えない。」

「ん?いや、なに、大した関係はないさ。仕事関係で付き合いのある知り合いのお嬢さんが彼女でね。何かあってはいけないと、護衛のような事をさせて貰っているだけなんだ。」

「だったら、なんで止めなかったんですか?ここにいるって事は、ユーキちゃんについて回ってたって事ですよね?」


 シーリスの全然笑ってない目が、蛇仮面を見つめる。


「君の懸念は理解するがね、彼女の実力は理解している私から言わせれば些か過保護と言わざるえないよ。成りはこの通りだが━━」

「おう?なんだとぅ?誰がちびだ。おぉん?」

「━━━━彼女は聡明な子だよ。なんの心配もない。子供だからと侮らない方が良いだろう。」


 蛇仮面が目を細めてこちらを見てくる。

 余計な事を言わない奴かと思えば、これだ。

 まったく。


 ウサァッ!と兎らしく威嚇して蛇仮面のお口をチャックさせる。

 俺の思いは伝わったのは良かったが、乾いた笑いが返ってきたのはちょっとイラっとした。借りさえなければ、膝をパァンとしてやってる所だ。この野郎。


 それでも少し納得しかねているシーリスだったが、腰に手をあて胸を反らし親分らしくフンスと鼻息をならしながら大丈夫である事をアピールすると、困ったように笑って矛を納めてくれた。


「もう。親びんはずるいなぁ~。」

「おう?」


 なぜか親びんである俺の頭を撫で撫でしてくるシーリス。

 何処と無く子供を誉める感じなのが気になるが、まぁ許してやろう。親びんは器がデカい女だからな。


「━━━あーーーーーー、うほっほん。」


 部屋の隅っこから態とらしい咳き込む音が聞こえてくる。てか、最早咳き込む『声』になってるけども。

 さっきから小さく咳き込む音は聞こえていたのだが、絡むのが面倒臭くてスルーしていたのだけど、それも限界にきたらしい。


 視線をそちらに傾ければ、堂々と立ってる筈なのにどこか肩身の狭そうなロワさんがそこにいた。

 どうしようか。


 ロワはガザールの街についてからすっかり別行動だ。

 やりたい事もあると言うし、召喚コストの魔力も自前で用意するというから完全に好きにさせていたので、それまで何をしていた、どうしてここにいるのか全く不明である。


 出来れば事が済むまで放って置いてあげたいと思っているので、ここで何をしていたかも不覚追求するつもりもなく、このままサヨナラバイバイしようも思っていた。━━━いたのだけども、当の本人であるロワは凄く聞いて欲しそうで、どうしたら良いか分からない。


 うん。そもそもね、お前がそういう態度をとったから合わせているんだって事分かってるのかな?ん?どつくぞ、本当に。気を利かせて呼び出さないようにしてたのにさ。


 まぁ、本気でちょっと忘れてた時もあったけどね!


 何を言うか迷っていると、慌ただしく何かが駆けてくる音が聞こえてきた。敵の増援かとも思ったが、なんか違う気がして音の正体が現れるのを待ってみた。

 その間、勿論ロワはスルーである。


「ロワさん!なんか凄い事になってるけど大丈夫なのコレ!?」


 そう言って駆け込んできたのはキーラだった。


 思わず「うげぇ」と言ってしまう。

 俺の言葉を聞いて何を勘違いしたのか、シーリスとさっと俺をキーラから隠すように割り込んできた。ありがたいんだけどもささ、俺の声に気づいたキーラがこっち見てるから止めて。そんなに露骨に庇わないであげて。驚きと同時に泣きそうになってるから。

 目を逸らした俺も俺だけど。


「キーラ、危ないから走るんじゃないよ。何かあっても守ってやらないよ。━━━━って、何項垂れてんだい?ん?」


 キーラが抜けてきた場所から黒ワンコまでやってきた。

 黒ワンコは周囲を見渡し、首を捻る。


「何が起きてるんだか知らないけど、えらい混沌とした状況になってるね。誰か説明してくれるかい?」


 俺が知りたいわい。


「ユーキ様っ!!あっちもこっちもエライ事になってるじゃないですか!?何してんですかあんたは!!」


 おおっと、ゲロ子まで混ざって来やがった。

 誰かぁー。銀貨あげるから、収拾つけてくれぇー。









 それから各人の事情を説明し合い、全員が状況を飲み込んだ頃には朝日がすっかり昇ったのだった。


 ん?キャバクラはどうしたって?

 んなもん、朝からやってる訳ねぇだろ。

 察してくれよ。



 ・・・・くそぅ。



おまけーー( *・ω・)ノ


その頃奥さまは~の巻き


ワーワー キャーキャー



スノー「はぅ・・・奥さまぁ、何か外が煩いような気がするのですけど」フニャーン

アルシェ「そうねー。気のせいじゃないかしらぁーー」フニャーン


コハク「・・・・(絶対気のせいじゃないですにゃ)」モミモミ フミフミ




◇━◇




キャーキャー ヒトガツルサレテルー ギャー ナンダコノユレハー


スノー「奥さまぁーはぁふん。絶対何かありまたよーこの騒ぎはー」フニャフニャーン

アルシェ「んん。そうかもしれないけど、もう今夜はオフだからぁんー」フニャフニャーン


コハク「・・・・(この気配、絶対ユーキ殿が何かしてるにやぁ)」ポムポムポマ トトトトー


◇━◇


ドンドン ドンドン


チョットイイカナァー?


アルシェドノー?デテキテクレナイナァー?ジュウシャチャンノコトデハナシガアルンダケドナー?


スノー「・・・・奥さまぁん」フニャフニャーン

アルシェ「良いこと、スノー。私はいま疲れて眠ってる。分かるわね?」フニャフニャーン

スノー「勿論です奥さま」フニャ


コハク「・・・・(ついに、にゃげたにゃ)」ポムポムポマ トトトトー フミフミフミフミ


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