機甲兵団と真紅の歯車 62・歓楽街のかしまし娘
夜の帳もおりたと言うのに昼間のように、いや、昼間以上に活気づく橋の上に立つ都市『アレッサ』。人々は酒に空気に酔い、だらしのない笑みを浮かべ"それぞれ"が"それぞれ"の享楽を求め、街灯に照らされた道を賑わかせる。
その中に、街の雰囲気に呑まれず闊歩する者がいた。
その者は何かを探すように顔をあちらこちらに向け、けれど歩む歩を緩める事なく淡々と人混みを割っていく。
不意にその者腕に絡み付く者がいた。胸元をこれでもかと開いたドレスを着た妖艶な雰囲気を醸し出す女だ。
「はぁい、お一人かいおにいさん?あたしんとこで遊んでかない?」
しなだれかかるその女に、その者は、その男は、顔をしかめる。
「結構だ。間に合っている。」
そう言って女を離そうとする男に女は唇を尖らせる。
「なにさっ、連れないねぇ!ちょっとくらい良いじゃないさ。このあたしが誘ってやってんだよ?据え膳食わぬは女も男も恥だろうさね?ええ?そ・れ・に、あんたもご無沙汰なんだろう?」
「間に合っている。」
「とりつく島も無しって事?はぁ、久しぶりに良い男を見つけたと思ったのに、こんな堅物とはねぇ。あたしも萎えちゃったよ。」
女は男に絡ませた腕を離しふらっと元いた店先へと戻っていく。
そんな女に男は何かを思い出したように突然声を掛けた。
「あ、すまない!ちょっと良いか?」
「は、はぁ?何さいきなり。今更誘ったって、もう気分じゃないって・・・。」
「いや、違う。少し尋ねたい事があってな。」
「尋ねたい事?ふぅん?」
ジロジロと男の服装を見た女はおもむろに手を出す。
「銀貨一枚って、ところかしらね?」
「高い。精々、大銅貨三枚って所だ。」
「安過ぎよ。様子は見てたけど、あんたの探し物はそんなに安くないでしょう?」
「分かってて言い寄ってきたのか。それだから女は達が悪い。私が━━━俺がそのつもりだったらどうするつもりだった。」
「その時はその時。おにいさんはあたしの好みだし?たっぷりサービスしてあげたわよ。ほら、銀貨一枚、早く。」
男は懐から銀貨を二枚取り出すと女に握らせた。
自分の要求より倍の額を持たせられた事に、女は怪訝そうな表情を浮かべる。
「一枚は情報量。━━━ってのは分かるんだけど、もう一枚は何?」
「次回にも期待している。」
「えぇー・・・。あんたの探し物って鎖を引きちぎった犬かなんかなの?」
「それだったら、まだありがたいのだがな。」
男は探し物を思って溜息を吐く。
「まったく。あいつはどんな気持ちでこれに付き合っていたのか。傍観するのとそこにあるのとでは大違いだな。━━━存外、我が友は見かけの印象とは裏腹に、面倒見が良い男だったようだ。・・・そう言えば、やけに後輩達に慕われていたな。あれは策略などでなく性質の問題だったのか。」
ぶつぶつと言葉を溢す男に怪しさを感じ、女は眉をしかめる。
銀貨を受け取った手前逃げるわけにも行かないのか、その場こそ離れないでいるが、先程より確実に男との距離を空けていく。
放って置くと男の止めどなき呟きが終わらないと判断した女は、危険を承知でその女々しい呟きに割って入っていった。
「ちょい待ち!その話まだ続くの?あんた急いでんじゃないのかい?」
その言葉に男がハッとする。
「そうだった!時間を取らせていると言うのに、済まない。」
「別に構いやしないよ。お駄賃も貰ってるしね。それより、何を探してのさ?」
「ああ、それがだな。人を、女性を探している。」
「女性?」
ますます顔をしかめていく女。
そんな女の様子に気づき、男は慌てて弁解の言葉を口にする。
「━━━っと、勘違いしないでくれ。店の女の尻を追っ掛けてる訳ではないぞ。」
「それこそ、まさか、だわね。そんな危ない奴なら、とっくに警備部の連中に指名手配されてるわよ。あたしらが知らないわけないわ。あたしが言いたい事は別よ。━━━まぁいいわ、それで?」
「あ、ああ。女性の名前はシーリス。旅の仲間なんだ。金の髪を腰まで伸ばした太陽のような笑顔が特徴の女性で、胸は大き過ぎずかといって小さ過ぎず程よい大きさ。戦士であるが故に腰は引き締まっているのだが、それに相対して臀部は━━━」
「のろけんじゃないわよ!!」
女は男の頭をひっぱたくと自らの頭をがしがしと掻き項垂れた。
男はその様子に訳も分からずも頭を下げる。
「はぁ、最悪!本当、かなり優良物件かと思ったのにぃー!!相手がいるばかりか、そいつにぞっこんとか・・・見る目無さすぎよ、あたし!!」
「いや、ぞっこんとか、そうではない。俺は保護者として━━」
「保護者を名乗りたいなら臀部を褒めるのは止めなさいよね!」
女は言いたい事は言い切ったのか、一息ついてからある方向へと指を差した。
「あんたの探し物かどうかは知らないけど、少し前金髪の女が赤髪の女の子と目付きの悪いツインテールを引き連れてここを通ったわよ。ゲーム出来る屋台を荒しながら。太陽かどうかは知らないけど、三人とも顔は整ってたわね。特に赤髪の子は見たことないくらい綺麗な顔してたわ。」
「赤髪?━━━まさか、何処かの店の子とかではないだろうな?そういう趣味は無かったと思ったが、買った可能性は━━━」
「ないわよ。そうだったら名前を教えてるわ。ここいらじゃ見掛けない顔だから新入りかなんかかと思ってたけど、そうじゃないなら━━━━━あっ。」
何かに気がついたのか、女がその口を丸く大きく開く。
男はその様子にただならぬ嫌な予感を覚え僅かに身構えた。そしてそれは、おおよそ間違った事では無いことが、次の女の言葉により確定的になる。
「あんなに目立つ上お店の子じゃないなら、間違いなく拐われるわね。」
「はぁっ!?」
「いや最近ね、新参のアホがやらかしてるらしいのよ。都市にきた若い娘騙くらかして借金背負わせて無理矢理店の従業員にしたりとか、売買が禁止されてる筈の子供とか取り扱ってるのだとか━━━━━急いで探した方が良いんじゃない?」
女の脅かすような言葉を聞いて、男は女が指差した方向へと掛けていく。その様子は事情を知らないものからすればあまりに滑稽な慌てぶりだったが、女はその姿を羨ましそうに眺めていた。
「良いなぁ。あたしも、ああいう人出来るかしら?」
それだけ呟くと女は人で賑わう大通りへと向かった。
いつものように一晩いくらの僅かな報酬を求めて。
「はぁい、そこのおにいさん━━━━」
◇━◇
カシャン、と渇いた音が鳴る。
それは彼の者にとって福音であり、それと同時に終焉を告げる黙示録のラッパでもあった。
わぁーとあがる歓声。
項垂れる髭面の男。
呆れ顔の下僕。
太陽の如き笑みを浮かべる友。
俺はそれらに向かい、当然であるかの如く拳を振り上げた。
そしてこう叫んでやった。
「景品全部、とったったぞーー!!」
通算二十店目のゲーム屋台、輪投げ屋を制覇した瞬間だった。
景品の山を前に満足感に浸っていると、大荷物を背負ったゲロ子が眉間の皺を濃くしながらやってきた。
「ユーキ様。どうするんですか、それ。」
「む?そりゃ、折角とった景品なんだから持って帰るだろ。」
「誰が持つと思ってんですか。」
「む?そりゃ、ゲロ子だろ。」
「あたしの背中。見てなんか思いません?」
俺はゲロ子に言われた通り、ゲロ子の背中を見つめた。
そこにあるのはさっきも見た大荷物、他の店で獲得した景品の数々がこんもりしていた。ふむ。よく取ったもんだ。
「・・・・ん。でぇ?」
「いやいや!でぇ?じゃないですよ!見て分かるでしょ!もうしこたま取ったじゃないですか!大量ですよ、山ですよ、山!いりませんよね!?しかも似たようなもん、三つも四つも!!もう持てませんから!!」
「からの~?」
「持てないって、いってんでしょうが!!」
ゲロ子が持てないってなら仕方ない。
自分で頑張って持って帰るほど欲しい物もないから、ゲロ子が本当の本当に無理っていう辺りまで適当に選んで、後はお店に返すとしよう━━━━あっ。
「シーリス、欲しいのあるか?」
「ん?」
俺は少し離れた所でベンチに座る、屋台荒しの報酬である大量の肉串を抱えたシーリスに聞いた。
「特に欲しい物はないかなぁ。それに、ほら。さっき話した通り、私は旅人だからさ。あんまり荷物になるものはいらないんだよね?」
「そう言えば、そんな事言ってたよな。ふぅむ。じゃ仕方ないか。」
俺は目についた物を適当に選びゲロ子の荷物に加えていった。
何か言いたげなゲロ子の視線を無視しながら、かつゲロ子の限界を見極めつつどんどん重ねていく。いよいよゲロ子の顔色が悪くなってきた所で止めておいた。
余った分はそこら辺に子供でも居れば配ろうかな?とも思ったが、見渡した感じだと周りには大人しかいない。それも大半が酔っぱらいときてる。配るのは止めておこう。うん。
そうなると必然景品はいらない子になるので、そのまま店主に返しておいた。店主は泣きながら感謝してくるが、別に優しさからの行動ではないので勘弁して欲しい。
「おぉぉぉぉぉぉ!!ありがとう御座いますぅぅぅ!!慈悲深きそのお優しき心に感謝します!女神様ぁぁぁぁ!!」
女神は景品根こそぎ奪おうとしないと思うけど。
・・・・・あ、いや、どうだろうか。神話とかの女神なんて大抵ろくなもんじゃないしな。ありえるかも知れん。
店主にお別れを告げてベンチに座るシーリスと合流する。
シーリスは空いた手を軽く上げて「おつかれぇ」と労ってくれた。遊んでいただけなので、労われる理由はないのだけども。
「シーリスは遊ばないのか?さっきからずっと串焼きばっかり食べて。しかも俺がとったやつ。いや、沢山あるから良いけどさ?」
「━━━ん、良いの良いの。別にさ。それにユーキ親びんと会う前から結構遊んでたんだよねぇ。一通り回った後だったから、今更何かやる気にならないっていうかー、食べてる方が楽しいっていうか━━━━━肉旨いっていうかー。」
「最後のが全てだな、お前。」
「なはは、かもね~。━━━もくもく。」
そう言って嬉しそうに串肉をかじるシーリスに、俺は溜息をついた。
偶々知り合ったこのシーリスという女、俺はアホだと思っている。それもお人好しという言葉がおまけつきの、厄介なタイプのアホだ。
どうもシーリスの話を聞いていると、トラブルを起こすタイプの人間に思えてならない。というか、ここに来るまでの間に散々見てきたのでそう思っている。
道を歩くだけだと言うのに、何度立ち止まる羽目になったか分からない。酔っぱらいを介抱したり、道に迷う観光客を案内したり、絡まれてる奴を助けにいったり、イカサマしてそうな屋台に正義感でちょっかい掛けにいったり、妹が病気で金がいるとほざく怪しい奴に金を貸そうとしたり・・・・。
「━━━━はぁ、まったく。何を考えているのか。揉め事なんて放って、大人しく生きれないものなのかな。」
「ユーキ様。その言葉そっくりご自分に返ってきますけど、大丈夫ですか?寧ろ、揉め事の発端をお作りまくる生き様を改めようとか思ってわざと自虐的なことを?」
「ん?何言ってんだ、ゲロ子?」
ゲロ子はたまによく分からない事言う。なんじゃろね?
まぁゲロ子の事は置いておいたとしても、シーリスのペースにまともに付き合ってると疲れるだけなので、適当な所で会話をきってシーリスの隣に腰掛けた。
するとシーリスが笑みを浮かべながら肉串の束を差し出してくるので、一番良さげなやつを選びそれを自分の口にくわえる。ついでに精のでそうなやつを選び、生意気にジト目で抗議してくる今にもヘタリそうなゲロ子の口に突っ込んでおいた。
「ごほっぉ!?」
無理矢理突っ込んだせいか変な気管に入ったらしい。
優しさも時と場合を考えないといけないな、うん。
「そう言えば、屋台に入る前聞いたけど、シーリスって東方を見て回ったんだよな?なんか面白い所あったか?」
「ん?ーん、そうだねぇ、あったとも言えるし、無かったとも言えるね。」
「む?なんだよそれ。」
曖昧な言葉に眉をひそめると、シーリスは屈託なく笑った。
「ははっ、ごめんね意地悪しちゃって。でもね、私って人より感動屋さんだから参考になんない思ってさ。個人的に言わせて貰えば面白い所は沢山あったよ。最近だと赤い湖とかは凄かったなぁ。」
「赤い湖?」
「そう。真っ赤なの。ルビーみたいに澄んだ真紅。ユーキ親びんの髪みたいな感じかな?そこ特有の魚がいるんだけど、それがまた珍しい形しててね、蝙蝠みたいな形しててヒラヒラ泳ぐんだー。食べても大丈夫って話だから一匹だけ捕まえて焼いて食べたんだけど、これが美味しくなくって・・・・。苦くて鉄っぽくってさ、口の中ジャリジャリして最悪なの。」
それは・・・・食べたくない。
「あははっ、ユーキ親びん顔に出すぎだよ!そりゃ私もお勧めはしないけどさ、ぷっ、くく。」
「む、そんなにか?」
「考えてるよりずっと、ユーキ親びんはお顔が正直でらっしゃるで御座いますよ?」
によによと笑うシーリスに少しムッとしたが、そう言われればアルシェだったりキノだったりに、気持ちをやたら見透かされていた事を思い出し、もしかしたらと嫌な予感を覚えた。
まさか俺、ポーカーフェイス出来てない?と。
俺は涙目で串肉を食べきったゲロ子を呼びつけた。
怪訝そうな顔をみせるゲロ子の耳元に、そっとその疑問を口にする。
「もしかして、もしかしてだぞ。もしの、もしの、もしかしてだぞ。━━━━俺って感情、顔に出てる?ポーカーフェイスじゃない?」
「━━━━はっ?え、今更ですか?あれだけコロッコロ、コロッコロ表情を変えておいて。あたしユーキ様ほど分かりやすい人、今まであった事ないですよ。ユーキ様はポーカーフェイスという言葉が世界一似合わない人だと断言します。」
あまりの事に俺の時が止まった。
確かに、俺の気持ちに応えるように周りが反応する時はあった。何も言ってないのに。
けれどそれは偶々で、表情に出てるとかそう言う事ではなくて、雰囲気とかでそんな感じになってるのだと信じていた。
いや、信じたかったのかもしれない。薄々分かってはいたのかも知れない。自分が隠し事出来ないタイプの人間じゃないだろうかと、いう残酷な事実は。
「━━━いや、でも、待ってくれ!」
「何を待てば良いのか分かりかねますけど、どうぞ。」
「だったら何故、皆、その事に触れなかったんだ?━━━そうだ、誰にも注意されなかった!やっぱり俺は、分かりやすい子なんかじゃ━━━」
「いや。言える訳ないじゃないですか。自信満々に騙せてると胸を張る、お間抜け可愛いユーキ様にそんな事。」
「みゃぁぁぁぁぁ!!」
羞恥心に苛まれた俺は顔をあげている事が出来なくなり両手で顔を覆い、人目につかないように出来るだけ小さく丸まった。
穴があったら入りたいモードである。
「ユーキ様、今更です。今更。」
「素直で良い子ってだけだよ?悪い事じゃないよ!」
慰めだか追い討ちだか分からない言葉に「ふしゃぁーーー!」と猫の如く威嚇で遮り、俺はこの話を無かった事にして別の話題をふることにした。
「それでシーリスは━━」
「さっきの話は終わり?」
「終わりじゃ!」
「ユーキ様、少しずつ直していきましょうよ。この先どれだけのタヌキと会うか分かりませんから。」
「しゃぁぁらぁっぷ!」
「はいはい、黙っておきまーす。」
ゲロ子のお口をチャックさせ、俺は未だクスクスと笑うシーリスへと視線を戻す。
「━━━っと、なんだっけ、そうだ!旅の話!旅の話しよう!あ、そう言えばシーリスの仲間ってどんな奴なんだ?」
「ん?トーくんの事?そうだねぇ、イメージ的にはさっきの人形と同じかなぁ。いつも眉間にお皺が寄ってて凄く真面目なの。まぁ、私がすこーーーしだけ、ほんのすこーーーしだけ、考えなし所があるからそのせいかも知れないんだけど。」
「絶対少しじゃない。」
「そんな事ないよ!私はいつもちゃんと考えてるもの!そりゃ、たまには迷ったり、騙されて借金背負ったり、格安で魔物退治を請け負ったりとか、ドジはするんだけどさぁあっ!!」
きっと仲間さんは元々優しい人だったに違いない。
俺は一つの確信を胸に、取り合えずシーリスの言い分に合わせて頷いておいた。
「そうでしょう、そうでしょう!ふふふ!」
満足そうに笑うシーリスが、俺以上のアホである事を願いながら先を促す。「どっちもどっちですよ」とか、ゲロ子の声が聞こえてきたが、俺は何も聞いてない。聞いてないったら聞いてない。
「━━━まぁ、でもさ、感謝してるんだ。とーくんにはさ。」
「ん?」
「ふふ。本当はね、ちゃんと分かってるよ?私がさ、とーくんに迷惑かけてるのはさ。でもね、直そうと思っても直らないんだよねぇ。面白いと思った事には考えなしに飛び付いちゃうし、困った人がいたら助けちゃうし、嘘かも知れないと思ってても信じたくなっちゃう。お人好しとか、馬鹿とか、よく言われるけど、でも私は私を止められない。」
少しだけ俯いたシーリスは首を振った。
「ううん、違うね。止めたくないんだ。」
「止めたくないの?ふぅん、なんか変なの。」
「ふふ、そうだよね?そうなんだと思うんだ、私もさ。でもね、そう思うの。私は私を変えちゃいけないんだって、そう思うんだ。」
そう語るシーリスの瞳がどこか寂しげで、太陽のような暖かな笑みはすっかり成りを潜めてしまっている。
なんて声を掛けたら良いか分からず、俺は暫くシーリスの横顔を眺めた。そして飽きる程眺めて、思った。
「あ、本来の目的忘れてた。」
思わず口から出たその言葉に、ゲロ子とシーリスが首を傾げた。
なんか聞きたそうな顔をしてくる二人に、俺は親指を立てて答える。
「良い場所に招待しちゃるぜ、二人共!!」と。
◇━◇
「ここだ!!」
歓楽街の屋台を更に練り歩き、適当に目につく屋台を遊んでいって『真紅の屋台荒し』の称号を得た頃、漸く辿り着いたのは俺がずっと気になってた一際大きい大人のお店だ。
店先にエロッちい格好したおねぇちゃん達が手招きしてる、けしからんお店だ。
「ユーキ親びん、今更だけど本当に入るの?」
そんな腑抜けた事を尋ねたのは、俺の戦利品のおこぼれである大量の食べ物を抱えたシーリスだ。シーリスは小脇に抱えた器から手も使わず器用に鳥の串揚げ抜き出すと、これまた器用に口だけで串を操り肉にかぶりつく。
そして不思議そうに首を傾げた。
「なんだなんだ!今更怖じ気づいたのか?この敗北者め!」
「━━━━まぁ、ユーキ親びんのおこぼれに預かってる身としては、完全に飼い慣らされた犬だから敗北者呼びでも構わないけどさ。正直このお店に入りたいと思わないんだよね。女の子にちやほやされても面白くないし。」
「にゃにおぅ!情けない、情けないぞシーリス三等兵!俺はお前をそんなに軟弱に育てた覚えはないぞ!」
「えぇ~そうやって育てられたよ~。ほらぁ見て見て、親びんがくれた食べ物が一杯なんだよ?食べ放題だよ?もう、幸せ一杯だもん。仕方ないよねぇ、ユーキ親びんが甘やかすから私はのんびり屋になってしまったのだよ。はふはふ。」
「人と話してる時は食べ物を食べるんじゃない。━━━━後、俺にも鳥の串揚げを寄越せぇい!独り占めは許さん!」
シーリスから串揚げを一本貰いホクホクのそれをくわえた。
口にくわえた串揚げは噛むと甘い肉汁が沸きだし、口の中を旨みで満たしていく。端的に言って旨い。
「ふぁふぅ~、ふまひ。」
「ねぇ~。も一本食べる?」
「ふぁべる。」
更にもう一本串揚げを貰う。
今度の串揚げを豚肉的な奴だ。
噛むと鳥の串揚げと違った食感と、野性味溢れるじゅーしーな旨味が広がる。うましなのである。
「ユーキ親びん、飲み物ものむ?」
「にょふ。」
「は~い、了解でゲス~。甘い奴が良いよね?」
「どっちが飼い慣らされた犬なんですかねぇ。」
シーリスに甲斐甲斐しく面倒見られている俺に嫉妬したのか、ゲロ子がジト目でそんな事を言ってきた。
「━━━ひぃっとふぉか。」
「飲み込んでから喋って下さいよ。何言ってんだか分かんないですから。」
当たり前の事を当たり前のように言われてしまったので、モグモグしてるそれを飲み込んでからもう一度言っておく。
「━━━嫉妬か。」
「態々飲み込んで何を言うのかと思えば、本当に何血迷った事言ってんですか?阿呆なんですか?本格的に阿呆になったんですか?」
「にゃにおぅ!」
あまりの失礼な発言に睨み付けると、ゲロ子が深い溜息をついてきた。
「嫉妬なんてしませんから。寧ろあたしは世話焼かれるの嫌いですし、自分の事は自分でやらないと気が済まない派の人間ですから。ユーキ様みたいに子供じゃないんですよ。」
「にゃにおぅ!!」
この野郎!いや、このアマ公!!
言うに事欠いて、子供扱いだと!今でこそ俺のなりは子供だが、こう見えて高校生やっとんたんやぞ!大人や!ちょっとだけ、大人━━━━
「あ、ユーキ親びん。口元が油でベタベタだよ~?ほら~こっち向いて~。」
「━━ん。」
素直にシーリスの方へ顔を向けると真新しい布で口元をゴシゴシされた。身だしなみは大切だと思うので、まぁ大人しくしてやられておく。
「・・・・飼い慣らされた犬というか、出来の悪い妹を甘やかす駄目姉の図ですかね?」
どうやらゲロ子は、デコピンのお仕置きでは物足りなかった様である。御希望通り、次はもっとキツい奴をお見舞いしてやろうと思う所存。
「はい、ユーキ親びん。綺麗になったよ~。さぁ、次はどれ食べるぅ?」
「うん?しょっぱい物の後だから甘い奴がいいかな。」
「あっちにフワフワの甘菓子があったよ?」
「フワフワの甘菓子━━━━まさか、わたあめか!?いくっ!」
「いや、いや。やっぱり飼い慣らされた犬ですね。」
「━━━━━━はっ!!ひまっひゃ!!」
わたあめをおかずに御焼きみたいなのを食べていると、最初の目的である大人のお店にいく使命を思い出した。
やられたっ!うっかり、ついうっかり、お祭り気分で食べ歩くのに満足しかけてしまっていた!帰る寸前だった!危ない危ない!
「ひゃまふぁれないひょ!!」
ビシッとゲロ子達に人差し指を突きつけると「ちっ」という舌打ちが聞こえてきた。誰がやったかって?勿論そりゃ、俺の可愛い可愛い下僕の方だよ。
「てっきり忘れてると思ってたんですけど、まだ覚えてたんですか?」
「ふぁふれふか!!」
「口の物を飲み込んでからお願いします。下品ですよ。」
確かに、下品だもんな。
口の中の御焼きをごっくんしてからもう一度。
「騙されないぞ!忘れるものかよぅ!」
「ええ、途中まで見事に騙されてくれてたんですけどねぇ。」
呆れた顔しかしないゲロ子の説得を諦め、隣でコーア味の焼き餅を食べるシーリスに視線を向ける。
俺の視線に気づいたシーリスはまだ口をつけてない焼き餅を差し出してきた。
「アレク芋風味だってさ。あ、それともコーアにする?」
「ううん。それで良い。ありがと。」
「どういたしまして~。」
はふ。もぐもぐ。
あ、本当だ。アレク芋風味だ。すげぇ淡白。
もちもち、もちもち。
「━━━━じゃなくて!」
「やっぱりコーア味にする?美味しいよ?」
「え、あ、うん。ちょっと味見だけ━━━━じゃなくて!」
「良いように遊ばれてますね。本当。」
食べかけの餅を咀嚼して無理矢理喉の奥へと流し込み、一息ついてから俺は決意と共にもう一度その言葉を発した。
「あのお店に、入ってみたいんだよぉ!!」
「おお。どレズのユーキ様、遂に本性を現しましたね。」
ゲロ子の暴言を華麗にスルーして、俺は二人を説得する為に思いを告げる。
「一回で良いから入ってみたいの!中がどうなってるとか、何をする場所だとか、そう言うの見てみたいのぉぉ!!━━━━もう男として入れないからこそ、せめて、せめてその様子だけで良いから、見て聞いて感じて見たいんだよぅ!!」
「いや、前から言ってますけど、あんたは最初から女ですから。」
「ユーキ親びん面白い事いうねぇ。」
ゲロ子は兎も角として、シーリスにまで面白いと軽くあしらわれてしまった。
説得が全然効いていない事に、俺は愕然である。
しかし、諦める訳にはいかない。何せ目の前に、手を伸ばせば届くそこに、男の夢が、トウジの夢が転がっているのだ。この身は既に男にあらずとも、心も女性に染まりつつあろうとも、この夢だけは実現せねばトウジだったかつての俺に顔向けが出来ない。ケジメをつけるのだ。男だった俺へ。その為にも、男だった俺に、心に、夢だけは見せてやらねばならないのだ。
「もういい!俺一人で行ってくる!!それなら良いんだろ!!」
一人で行くのは怖い。
けれど誰も一緒に来てくれないなら仕方はない。
無理強いしても楽しくないから仕方ない。
でもそんな俺の決意の言葉も、ゲロ子は苦笑いを浮かべて返してくる。
「いやいや。入れる訳ないでしょ。幾ら金持ってたって年端もいかない女の子は通しませんって。」
「そうだよユーキ親びん。あそこは大人の男の人が行くところで、女の子が行くところじゃないんだよ?」
必死の説得も華麗に流され、間違いだと諭され、俺は不覚にも目頭が熱くなってしまった。分かっていたからこそ、当たり前の事を当たり前に言われると来るものがあるのだ。
もう男でない事も、まだまだ子供である事も、かつての細やかな夢を叶える力が無い事も知っている。けれどそれでも━━━
心の内側から溢れてくる何とも言えない感情に、目頭が更に熱を帯びていく。頭の中がごちゃごちゃしてきて、何も考えられない。
「うぇぇ━━━。」
そした遂に涙が溢れてきた。
「うわっ!?な、泣かないで下さいよ、こんな事で!」
「うぅ、だって、い、いかないって、いうんだもん。」
「だもん、じゃないですよ!なんで幼児化してんですか!?いつもみたいに理不尽に殴ってきて下さいよ!ほら、オデコですよー?ユーキ様の得意のデコピン打ち放題ですよー!?」
微妙に馬鹿にしてきてる感じがするので、デコピンはしてやらない。
ぷいっと顔を背けると、割と焦った感じのゲロ子の声が聞こえてくる。
「やめてぇっ!その反応不気味過ぎますから!!二つの意味で不気味過ぎますからぁ!!!えっ、あれですか、世界崩壊の危機ですか!?あたしのせいで世界崩壊の危機なんですか!?」
こいつは俺をなんだと思っているのか。
後で元気になった暁には、割りと強目に殴ってやろうと思う。
「ユーキ親びん。そんなに行きたいの?でもあんな所行っても何も無いよ?女の子しかいないよ?ユーキ親びんが女の子好きなのは分かったけど、でも、それにしたってもっと健全で良いお店もあるよ。代わりにそこじゃ駄目?」
そしてシーリスが重ねるのは俺を思んばかっての言葉。
はっきり言おう。優しさがある分、理性的に説いてくる分、こっちの方が辛いわ。欲望だけで動こうとしていた俺の愚かさをナイフで抉られるような気がして━━━余計に辛いわ!
二人に追い詰められた俺に出来る事なんてたかが知れている。
そう。こうなった以上、俺に出来る事は━━━
「うわぁぁぁぁん!もういいもん!!ばーか、ばーか!」
悪口を行って全力逃走する事だけである。
「ちょ、ユーキ様!?」
「ユーキ親びん!!」
焦った声と共に差し出されたゲロ子とシーリスの腕を掻い潜り、俺は走りながら思い付く限りの罵倒を発した。
「ゲロ子の痴女!!変態!!ドスケベ!!幼児愛好家!!━━━━━ツインテ!!」
「ユーキ様、本気で待てこらぁぁぁぁ!!最後のは兎も角として、誰が痴女で、変態で、ドスケベで、幼児愛好家なんですか!?ちょ、ユーキ様!それ言い触らして行かないで!」
ついでなのでシーリスに向けても悪口を発する。
「馬鹿!アホ!お人好し!エロ!━━━━間抜けぇ!!」
「がーん!」
本当にショックを受けてるか怪しい所だが、これが限界だった。よくよく考えて見れば、気が合ったとはいえ今日あったばっかりのシーリスに悪口なんてそうそう言える訳もないのだ。相棒がいることくらいしか知らない。だから言えたのは一般的な罵倒だけだ。
それが余計に恥ずかしくて、俺はフルスロットルで逃げた。
取り合えずほとぼりが覚めるまでは、逃げようと思うの。ノシ。




