機甲兵団と真紅の歯車 59・三国会合
アレッサに着いた翌日、目的であった会合の会場へと俺達は足を運んだ。会合会場である都市長の館は街のほぼ中央にあり、それほど中央から離れていない宿から行くには徒歩でも十分だったのだが、見栄えの為にここでも馬車出勤である。馬車出勤はお尻が痛いのだぜ。
え?宿についてからのエピソードが無いって?ないわそんなもん。宿についてから、会合に対する打ち合わせで寝る以外の全部の時間がすっとんだもん。
あれだよ、確かに船では、除け者にされた気分で不貞腐れたけど、こんなにキツいなら、もうのーせんきゅーだよ?アルシェ、もう二度と巻き込まないでね?え?無理?私達友達でしょ?あー、うん、そうですかぁ、そうですねぇ。━━━過去の俺の馬鹿!
そんな訳で辿り着いたそこですが、言わずもがな立派な建物だった。どれぐらい立派かって?ゲヒルトのおっさんちくらい。
こりゃぁ、金持ちだぜぇ(なげやり)。
ぼやぁ、と屋敷を眺めていると肩を叩かれた。
面倒臭く思いながら振り向いて見ると、やっぱりアルシェがそこにいた。
「背中煤けてるわよ。どうしたの?」
「そりゃぁ煤けもするよ。俺、今日でドレス三日目なんだぜ。俺にとっては苦行だよ、苦行。早くいつもの格好になりたい。」
俺のドレス嫌いを知ってるアルシェは、困ったように笑う。
あと少しだから、とか気を使って声を掛けてこない所から、この先どうなるか本当に予想出来ていないのだろう事が分かる。アルシェや他の頭脳派のおっさん達の情報網も持ってしても分からないのだから、本当に敵は何を考えているのだろ?
「はぁ、帰って寝たい。リビューネとかスアと遊んでいたい。キノといちゃいちゃしたい。もふりたい。シェイリアに何でもいいから肯定されたい。」
「もう、分かったわよ。今日の会合がまとまれば好きな服に着替えていいから、そんな事言わないで付き合って頂戴ね。・・・それと、その最後にあげた名前の子って貴女が探していた子?」
アルシェの問いに俺は頷く。
「そう。俺の事を一番分かってくれる仲間。友達だと俺は思ってるけど・・・どうだろ。ノリノリで従者してからなぁ。」
「友達かどうか私には分からないけれど、普通の友達はなんでもかんでも肯定しないと思うわよ?」
「でも、俺はやれば割りと出来る子だから。それは仕方ないかなって。」
そりゃ過剰にヨイショされた時もあるけど、シェイリアの言うことはあながち間違ってないしね。俺って、出来る子だからね。「流石ですユーキ様」とか言って褒めてくれるシェイリアの姿が目に浮かぶ。なんか、シェイリアの腰辺りからぶんぶんと振り回される犬の尻尾的な何かまで幻視してきた。わんこシェイリア可愛い。
シェイリアを想い一人でホワホワしていると、アルシェが目頭を抑えて俯いた。
「今の貴女が出来上がるまで、多大な影響を与えたのが誰か分かった気がするわ。」
「む?そう?ん?」
よく分からないけど、アルシェがそれで納得したならそれで良いと思う。何を納得したか知らないけれど。
「お願いだから、今だけはその子の事は忘れなさい。」
「おう?まぁ、今は会合を上手く成功させなきゃだもんな?」
分かってるってば。
シェイリア達といい気分で会えるように、何としてもここは上手くやらなくてはいけないのだからな。
「よしっ!少しやる気出てきた!頑張ろうなアルシェ!」
「頑張らなくていいからね?ユーキちゃん、昨日の話し合い本当に聞いてたかしら?私が合図を出すまで大人しくしているのよ?借りてきた猫のように、大人しくしているのよ?ジュース飲んでていいから。」
「分かった、任せろ。」
「何故かしら。あの時聞いた同じ言葉なのに、こんなに信用出来ないなんて。」
ぶつくさ言ってくるアルシェを連れて屋敷へと入ると、宝石を散りばめたピンクの派手なドレスを着た━━━━丸坊主でデカい癖にナヨった感じの男が、俺達を出迎えた。何を言ってるか分からねぇかも知れねぇが、もう一度言うぜ、ありのまま見た事を言うぜ。宝石を散りばめたピンクの派手なドレスを着た丸坊主でデカい癖にナヨった感じの男が現れたのだ。
「生おかまだ!」
「だれかぁおかまじゃ!!あぁん!?」
おかまの鋭い視線が、思わず叫んでしまった俺に突き刺さる。
その目には狂気が浮かんでいた。ドラゴンの十倍は怖かった。
「━━ん?あっらぁん!ごめんなさいね、可憐なおちびちゃん。わたしったら、思わず怒鳴ってしまってぇん。もぅ、わたしってばお転婆さん!」
お転婆・・・。
今のがお転婆で済むのだとしたら、世のお転婆は児戯ですらないだろうな。視線だけで人を殺しそうな勢いだったもの。
おかまは俺から視線を外し、使節団の一員にされたエルフさんを見つけ手を振った。
「お久し振りね、ミミちゃん。相変わらず変わらない美貌だこと。嫉妬しちゃうわ。」
「嫉妬とは━━━いち女性として嬉しく思いますわ。そう言う貴方は・・・随分と変わったようですけれど。」
元からじゃないだと!
あ、いや、元は男だったんだろうから、女に変わっ・・・・いや、今も男のままの筈だ。俺何言ってんのか分かんなくなってきた。
「そぉなのよぉ!最近ちょっとドレスのデザイナーを変えてねぇん?分かる?そうよねぇ分かっちゃうわよねぇ!」
「え、いえ、ドレスがどうのとかではなくて、性別そのものが━━━あ、いえ、もう良いわ。そうね、良いドレスですわ。」
「でっしょう!!」
諦めた!エルフさん、諦めた!
知り合いのあまりの変わりように、口をつぐみおった!!
俺が心の声で叫んでい最中も、この混沌とした時は止まることなく続いていく。
エルフさんに挨拶を済ませたおかまは、直ぐにアルシェへと向き直り頭を下げた。
「騒がせてしまったご無礼、申し訳御座いませんでしたわ。久方ぶりの旧友との再会で、恥ずかしながら興奮が抑えられなかった物で。━━━━━ジンクムの解語の花と呼び声高いアルシェ・ゲヒルト様。お初にお目にかかります。わたくし、三十二代目都市長を務めますロッケンバイガー・ルブルブと申す物です。以後お見知りおきを。」
さっきの様子とは一変して、見掛けとは裏腹な紳士に務める態度を関心していると、それを見ていたアルシェが楽しそうに笑った。そう、あのアルシェが笑ったのだ。
「ええ、こちらこそ。貴方様の名前は存じ上げておりましたので、こうして面と向かって話せる機会が出来たのは本当に嬉しく思いますわ。今度、ウチの国にいらっしゃって?歓迎するわ。」
「是非に。色々とお話したい事もありましたので、喜んで向かわせて頂きますわ。会合の成功、お祈りしております。」
その言葉に、弧を描いていたアルシェの目がうっすらと開く。
頭をあげたおかまも、弧を描いてた目を同じように薄く開いた。
「結構ですわ。中立国の貴方に、何処かの国に寄り添うような、そのような真似は発言だけとはいえさせられませんもの。お心遣いだけ、受け取っておきますわ。ルブルブ都市長。」
「こちらの立場を気遣って頂き、返す言葉も御座いませんわ。ですけれど、どうかお気遣いなく。所詮は言葉だけ、わたくし共はいつだって中立ですもの。誰の後ろ楯にもなりませんわ。」
「という事は、誰の敵にもなる気はないという事かしら?」
「勿論で御座います。わたくし共は、あくまで商売としてお付き合いするだけで御座います。入り用な物があれば、お申し付け下さいませ?お金さえ積んで頂ければ、どんな物でもお届けしますわ。」
「そうですか。それは例え━━━国だったしても、ですか?」
「国だなんて、そんな滅相も御座いませんわ。おほほほ。」
怖い。
視線がバチバチしてる気がする。
例えるなら、竜虎相打つみたいな感じだ。
貴族こいつらと付き合いだしてから、本当こんなんばっかりだな。無言のうちから牽制する事から始まって、話し出したら殴りつけるような破壊力のある言葉で滅多打ち。しかもそれは、相手の腰が立たない程プライドを粉微塵に砕くまで終わらない。
もっとこう、仲良く出来ないのか。なんでいっつも喧嘩ごしなのよ?戦士ギルドでたむろってる不良戦士より、よっぽど短気で質が悪いよ。うん。
おっかない話し合いを笑い合う事で終わりにしたおかまは、俺達を案内するように先頭を歩いた。
幾つか豪華絢爛な扉を過ぎた後、とある一つの扉の前でおかまが立ち止まる。その扉は他の扉と比べて些かしょぼい物だった。
侮られてるのかと思ったのか、背後にいた閉所恐怖症のおっさんが咎めるような声をあげる。
「まさか、我らに宛がわれた部屋ではあるまいな!」
「あらぁ~、そんな怖い顔しなで頂戴な。別にそんなつもりはないわよん?この扉は他の物と比べて劣るように見えるからそんな事を言い出したのだと思うけど、見掛けだけ良い他のと比べられない程に価値のある物なのよ?それに部屋を宛がう必要はないわよん、この部屋が会・合・場・所。」
「なに?ここが?と言うかこんな、物が?」
「普通の人には、分からないかも知れないけどね?後ろにいる、青スーツのイケテるおにぃさんは、気づいているみたいよ?」
おかまが言っているのは何故かエルフさんの護衛として雇われているロワの事だ。ロワが分かると言う事は、扉には、と言うよりこの先の部屋には魔術的な要素があるのかも知れない。おかまがなんでそれを知ってるか分からないけど。
使節団からの視線が集まる。ロワはそれに対してつまらなそうに鼻息を漏らしたが、俺も見ている事に気づくと目を丸く見開いた。そして視線を暫くさ迷わせた後「し、仕方のない奴等だ」と嬉しそうに説明を始めた。
ロワが言うには部屋には扉や壁に対して防音は勿論の事、物理的な攻撃に対する対策に始まり、魔術的な要素すら防ぐ対魔の仕掛けがしてある物らしい。試しに耳を扉につけて見たが、中の音は全然聞こえてこない。誰もいないのでは、とも思ったが既に会合予定の二国が入ってるとの事だったので扉の仕様による効果である事が分かる。二国の代表者が無言で座ってる可能性もあるけど。
壁に備え付けられたレバーをおかまが引くと、扉が内側から開かれた。どうやら呼び鈴的な物みたいである。
中から使用人の服を着た女性━━━━今度は本当の女性が姿を見せた。こちらを確認し頭を下げてくるその仕草の綺麗さは、ゲヒルトのおっさんちの使用人の皆と並ぶ程だった。
「ンレィ。こちらジンクム使節団の方々よ。さっそく中にご案内差し上げて。」
「はい、心得ましたルブルブ様。」
ンレィと呼ばれた女性はこちらに向き直る。
そして扉を大きく開き「どうぞ」と一言を発し、部屋の中へと促すように手で指し示した。
罠を警戒して護衛の騎士達が二人で先に入り、安全を確認した所でアルシェを先頭に中へと入る。俺はアルシェの少し後ろをついていく。こういった場合先頭に立つのが一番偉い人の役目なのかと思っていたのだが、こうした場面で一番前に立つのは身分の低い人が常らしい。理由は先にいった二人の騎士と同じだ。要は坑道のカナリアである。
そう、実の所、アルシェの立場はおっさん達より下なのだ。代表の肩書きは背負ってるし、完全に仕切ってるけど。
アルシェは薄くはあるが王家の血筋だし、国防の要みたいな仕事もしてるし、国の防衛機関のトップに立つ夫を持っているのだけれど、アルシェ自身の身分はそう高い物ではないらしい。そもそもジンクムと言う国では男の方が立場が強く、女は替えが利くものだと思われてる節があるくらいに大切にされていないのだとか。
始めそれを聞いた時、ゲヒルトのおっさんが浮気して許されてる背景と、世間のそういった主義を盾に不貞行為を働くおっさんのアレをもぎ取ってやろうかと思ったが、そういった背景があるにも関わらずアルシェを大切にしている様子を見せるおっさんの姿を思い出し、今回は矛を収める事にしたのだが、これはまた別の話である。
何がともあれ、そう言ったジンクムの文化的な事情により、アルシェは一番前に立っている訳なのだが━━━━結果的に、それはある意味間違っていなかったのかも知れない。
何故なら部屋に入って数歩の所で見えた部屋の中の景色は、男達が異様な雰囲気を纏いながら向かい合い座する、ある種の戦場と化していたのだから。
アルシェは笑みを崩さず部屋を見渡しているが、後ろのおっさん達の歩みがぎこちない所からこの光景に怖じ気づいたのが分かる。閉所恐怖症のおっさんに至っては「ふっ。ちびった、か」と聞こえるか聞こえないくらいの声で呟く始末。このおっさんはなにかと根性が足りなさ過ぎる。
「ジンクム領王ギルディン・ウォド・ガーディウス陛下より使節団に任命された使節団代表アルシェ・ゲヒルト、他五名。護衛十四名。後れ馳せながら参上つかまつりました。」
そう言って尤もらしく頭を下げるアルシェ。おっさん達もそれに続いていく。護衛達は護衛が仕事なので直立不動だ。え?俺?勿論ぺこってるよ。ぺこぺこだよ。━━━なんか腹減ってるみたいだな。ぺこぺこって。
「いや、遅くはない。寧ろ予定より早い位だ。頭を上げてくれないかジンクム使節団のお歴々。」
そう言って声を掛けたのは、立派な口髭を蓄えた和服みたいな服を着たおっさんだった。・・・ここに来てから、おっさんばかりと会うな。可愛い女の子求む。
「お初にお目にかかる、アルシェ・ゲヒルト殿。某はトウゴク六将軍が一翼イサクと申す者。我が祖国にも貴殿の名は轟いておる故、こうしてお目通り願えた事は光栄に思う。さて、立ち話で済ませる話は無いのだ、そちらの席について下さらぬかな?先に席についてしまった某達からすると、ちと居心地が悪うてな。」
イサクが差したそこには、確かに椅子が並べられていた。
だが、アルシェは顔にこそ出さないが、僅かに動揺しているように見えた。
それもその筈で、指し示されたそこは部屋の一番奥、上座と呼ばれる場所だったのだ。
昨日の話し合いでは、恐らく上座に座るのは皇国で、それと同盟関係にあるトウゴクはその次に扉より離れた席になるだろうと思われていた。だが、実際やってきてみると扉に一番近い席にはトウゴクと思われる一団が座り、その対面、三か国内で中間の立ち位置となる者が座するそこには皇国の者と思われる一団が見える。
「さぁ、遠慮なさる事はありませぬ。どうぞ。」
イサクの畳み掛けるような言葉に、アルシェは笑顔を浮かべて頭を下げる。そして用意された席へと腰を落ち着けた。
全員が席に収まったのを確認したンレィは、新たに呼び寄せた使用人と共にジンクム使節団の面々にお茶を用意した。俺はアルシェに言われた通り大人しくする為に、ジュースを要求したのだが、本当に出して貰えた。色と臭いから果物ジュースと分かる。この世界の果物ジュースは死ぬほど高いので、ただを良いことに飲みまくってやろうと思う所存。
そんな俺の企みはさておき、お茶の用意が終えた頃あいを見計らって、中立を表明しているアレッサの代表者であるおかまが小さく咳払いをした。
「さてさて、時間を無駄にする事もないわ。三国会合の代表者が集まった事だしぃ、早速お話し合いを始めちゃいましょうか?あぁ、会合の司会進行はこのわたくし、アレッサ都市長ロッケンバイガー・ルブルブが務めますわね。異議は━━━━ないかしらん?」
トウゴクの代表者イサクは大きく頷き「異議なし」と唸るように言った。
皇国の代表者と思われる髪を後ろで一つに纏めた笑顔の男も「異議はありません」と微笑みを絶やさず答える。
そして、ジンクム代表者であるアルシェも「異議はありませんわ」と、不気味な程優しい声をあげた。
「では、三国会合、始めちゃうわねぇん。」
おかまの言葉を切っ掛けに、部屋の空気が更に重くなった。
いよいよ始まるのだ。ジンクムの命運を分ける、おっかない話し合いが。
ジュースうめぇ。
◇━◇
三国会合の開始が宣言され、最も先に口を開いたのは以外にもエクスマキア皇国の代表者を務めている男だった。
「まず、私をご存じないジンクム使節団のお歴々に自己紹介させて頂きます。エクスマキア皇国軍特務師団である機甲兵団、その団長を務めさせて頂いております、ザイン・ルーメンスと申します。」
恭しく頭を下げるザインの姿にアルシェが鋭い視線を送る。
そしてそれは俺も同じだ。
エクスマキア皇国軍その機甲兵団と言えば、かつてゲロ子が所属していた所で、領王邸を襲撃した連中で、ブラーブ達を傷つけた奴の仲間だ。ブラーブ達の所にいた爺さんの話は後でゲロ子に聞いた話ではあるが、他はちゃんとこの耳で聞いた事。間違いようもない事実だ。
他のジンクム使節団の連中も、ザインと名乗った男に対し負の感情が高まっていくのが分かる。
そんな様子を見ていたザインは止まる事なく話を続けた。
「ジンクム使節団のお歴々は私に何か言いたい事があるとは思いますが、それは後程聞かせて頂きますのでお待ち下さい。それよりまず、私共より誤解があった事を謝罪させて頂きたいのです。」
国の代表者が謝罪を口にする。それはあまりに迂闊で、あり得ない発言だった。
こちら側としては、それを如何に相手に認めさせるかが問題であった。それなのに、あっさりとそれを認めるような発言が出たのだ。
アルシェ達の心中は穏やかではないだろう。
アルシェ達が無言を肯定と受け取ったのか、その様子に頷きザインは更に続ける。
「我が国は現在トウゴクと同盟関係にあります。同盟の内容に関しては国防にも関わってくる事ですのでここで詳しく話せませんが、非常時において一部の戦力を貸し与える程度には友好な関係を築かせて頂いております。」
ザインの言葉にアルシェはイサクを見つめた。
イサクは声こそ出さなかったが、忌々しそうにザインを見た後静かに頷く。
「つまり今回の件。貴殿方エクスマキア皇国軍がトウゴクと轡を並べたのには、トウゴクからの要請があった、という事で良いのかしら?」
「それはっ━━━━━くっ、結果からするとそう言う事だ。しかし、本意は違う。我等トウゴクは貴殿等ジンクムとは友好的に━━」
カツン。
イサクの言葉を遮るように、乾いた音が部屋に響いた。
イサクはその音を耳にした途端、険しい顔で口をつぐみ席に深く腰掛ける。
音を鳴らしたのは笑顔を絶やさないザイン。
テーブルを叩いたと思われるペンが、その指先で玩ばれていた。
「話の途中に申し訳ない。続けて下さって良いですよ?」
「・・・・・いい。先の発言は忘れてくれアルシェ殿。」
アルシェから魔力で耳を強化していなかったら聞こえない程の小さで、怒りの舌打ちが聞こえてきた。上座に座らせておいても、こちらの言い分を聞く気はあまり無いようだ。
「━━━━なんだか話を切ってしまったようで申し訳ないですが、話がないようなのでこちらの話をさせて貰います。」
「どうぞ。」
「アルシェ殿、イサク殿、ありがとう御座います。」
アルシェの欠片も心の籠ってない言葉を笑顔で受け止め、ザインは口を開く。
「話は戻りますが、今回我々エクスマキア皇国が協力したのはトウゴクからの要請があったからです。これに変わりはありません。━━━ですが、なんの為にという事になると、ジンクムの方々には勘違いされている者がいると思いまして、それを訂正、誤解させてしまった内容を明らかにし、その誤解により生じた被害に対して謝罪させて頂きたいのです。」
ん?言い方に何か違和感を感じる。
アルシェ達も発言の違和感を感じたのか、眉間に皺が寄っていく。アルシェに関しては顔は変わらないのだが、雰囲気がドンドン悪い方向に向かってきてるようで、隣にいるのが辛い。
「全面的に謝罪する、とは仰らないのですね。」
「これはこれはアルシェ殿。祖国を思えばこその手厳しいご指摘、心中お察しします。ですが、こればかりは私共にも事情が御座いましたので、全面的にとなりますと認める訳にはまいりません。全ては誤解だったのです。」
「・・・誤解、ねぇ。どんな誤解でしたら、宣戦の布告もなく兵をあげ攻め立てる事が出来るのかしら?諜報員まで潜り込ませ、罪のない民の命を奪い、国の中枢まで攻め込んで、これの何処に誤解があるの?戦争行動他ならないわよね。それも一方的な。教えて下さらない、ルーメンス兵団長閣下。」
アルシェの言葉に見えるくらい露骨な刺がある。
けれど、それはジンクム側全員の気持ちを代弁した言葉で、誰一人としてアルシェを咎めようとしない。
皇国へは強く当たりすぎないように、という事前の打ち合わせは何だったと言うのか。いや、まぁ、仕方ないとは思うけどもさ。皇国があまりに図太過ぎるから。
「それについて説明するには、まずトウゴクの事情を聞く必要があります。私の口から申し上げる事でもないと思いますので、イサク殿宜しくお願い致します。」
ザインに促されたイサクは大きく頷き口を開いた。
「トウゴクを代表して某から説明させて頂く。順を追って説明していくので、暫し質問せずに聞いて貰えるありがたいのだが━━━━━アルシェ殿、良いですかな?」
アルシェは笑みを返す。
それを肯定と受け取ったイサクは部下から差し出された羊皮紙の束をとり、そこに書かれたある出来事について語りだした。
「事の発端は我が国の祈祷師が告げた、夢でみたある光景だった。」
荒唐無稽な話から始まったそれに、思わず「なに言ってんだダンディ」とツッコミたくなったが、アルシェに駄目よと言わんばかりに頬をつつかれたので黙って聞いておく。
「今時分馬鹿にされるかも知れんが、我が国では祈祷師が存在する。勿論胡散臭い類いの物でなく、国の定めた規定に沿った正式な祈祷師だ。怪しげな儀式や、意味のない札を売り付ける紛い物とは違う。我が国の祈祷師は祭事を執り行う者に対する資格のような物で、そう大した存在ではない。大昔あった文化を今に継承するためだけの者達なのだ。━━━そう、それだけの、それだの存在だった筈なのだ。」
イサクの顔色が悪くなった。
何を思い出したのか、言葉が重くなる。
「━━━━だが、あの日、その祈祷師はそれを告げた。トウゴクに訪れる災厄を。滅びの未来を。」
「━━━━そして、我等はその片鱗を見る事になった」
「━━━━全てを灰塵と化す、その暴威を」
「━━━━災厄と恐れられた、大陸を統べた古の神。『黒龍フェイロン』の、その力を━━━━」




