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機甲兵団と真紅の歯車 50・因果応報

 これから本気でやる。


 目の前の年端もいかない少女が告げた悪夢のような言葉に、おれは全身の血の気が引いていくのを感じた。

 はったりだと喚き散らしたい所だが、目の前にある少女の様子を見れば、それはあまりにも苦しい見解である事が嫌と言うほどに分かってしまう。


 余裕かあるとかないとか、技術がどうだとか、経験がどうだとか、そう言う次元ではないのだ。

 それを論じる前に、あまりにも格が違い過ぎているのだ。


 少女の瞳から、体から溢れていく、その圧倒的なまでの覇気。

 本当の強者のみが発するそれに、己が弄ばれるだけの弱者であった事を齢80を越えて初めて教えられた。


 自分の4分の1も生きていない少女にこんな事を教えられる。

 普通であれば屈辱を禁じ得ない所なのだろうが、不思議とそれに対しての言葉は口から出ていかなかった。

 何故なら、そもそもそう感じていないからだ。

 寧ろ、仕方がないとすら思ってしまっているのだ。


 体の八割を機甲体へと換えたおれは、当座の撃滅を除けば本国に於いて最強であると自負している。それは虚栄心や満身からなるの虚言ではなく、疑う余地すらない単なる事実だ。

 災害級と恐れられる化物も、戦士ランク9に席をおく怪物も、万を越える軍隊も、犇めき合う魔物の群れも、文字通り力で捩じ伏せてきた。誰も寄せ付けず、誰の力もなく、たった一人で勝ちに勝ち続けてきた。

 確かな実力と、それに見合う実績。

 おれはまごう事なく、最強であったのだ。


 そんなおれが、自らの機甲体を出力限界まで酷使し、全神経と全経験を出し尽くして、尚も遥か頂きから立ち見下ろしてくる存在がいる。

 その事実に身震いしながら、おれは苦笑いするしかなかった。


「かはっ、成る程なぁ。こりゃ、ついてねぇ。」


 おれが、ではない。

 おれ達が、だ。


 不運と言う他ない。

 目の前の少女が気まぐれに現れたばかりに、作戦本部が太鼓判を押した作戦計画が、今を持って瓦解しようとしているのだ。━━━いや、既に取り返しがつかない程に壊れているのかも知れない。飴細工でも噛み砕くが如く、容易く、なんの感慨もないままに。


 何処で間違えたか。

 もしその問いに答えがあるのだとしたら、少女がここを訪れてしまった事この時に、おれ達が動いたからであろう。

 後一年、後半年、後一月。そんな僅かな時の差で、全てが変わっていた筈だ。


 おれのこれからの人生も━━━━━


「いくぞ。」


 少女から掛けられた無機質な言葉。

 先程まであった怒りや戸惑い、焦りや苛立ちと言ったおおよそ人らしくあった心の揺れが消えた声に、おれはただそれを見た。


 振り上げられた少女のか細い腕。

 触れれば壊れそうだと思っていた、その腕。

 今やそのような脆弱を思わせる面影はない。


 濃度の濃さを示すようその色を真っ赤に染めた魔力が龍のように腕に絡みつき、それを纏う腕は抜き身の剣の如き暴力性を孕んでいるように見える。

 視界に捉えた大体が、恐怖からくる錯覚である事は理解していたが、おれにはそれが真実であるように思えてならない。


 昔、誰かが言った。

 いつか、お前にも報いがあると。

 誰が言ったのか。敵だった男か、はたまた適当に犯した女だったか。もう覚えていない。けれどその言葉を聞いたおれは、それを鼻で笑った事だけは確かで、そんな日が訪れる訳もないと根拠もなく信じていた。


 これからも適当に敵を作って殺して、気の向くまま犯して、壊し、暴れ、おれはおれが最強である事を自覚しながら生きていく、生きていくのだと━━━━━


「おらぁ!!」


 少女から突き出された拳が、そんなおれの考えを体ごと吹き飛ばした。


 拳は盾にした二つのナイフを壊し、守ろうと滑り込ませた腕を粉砕し、胸部へと突き刺さった。走る激痛から、胸骨を中心に肋骨が砕けたのを悟る。ヒビで済んでいる物もあるが、その大半が折れたり粉砕されていだろう。


 少女の攻撃に備えていたふんばりは一切利かない。

 児戯だとでも言うように簡単に地面から離れ、粉雪のように宙へと舞い上がらされる。


 気がついた頃には、遠くだと感じていた壁に背中を叩きつけていた。


 朦朧とする意識の中、おれが落ちるであろう場所に少女の姿が見える。少女は腰だめに拳を構え、狙うように此方を見つめていた。


「あ、あぁ。こ、こりゃ、敵わん。」


 幼い様子から心理的な弱さをつくこと考えた。

 自らを慕っている者の死を間近で見れば、いかな強者でも心を乱す。それが子供であるなら尚更だ。

 よしんば悲しむ事がなくとも、奪われた事に対し怒りや虚無感を覚える可能性もある。心の動揺は勝算を0から1にする為の有効なプロセスだ。


 怒りにしろ悲しむにしろ、乱れた心は癖を有む。

 そしてそれの癖は大きな隙になり、いずれは命に届く程の決定的な歪みを産み出す。

 そしてそれさえあれば、おれにも勝ちの目があると本気で思っていた━━━が、結果はこれだ。


 足止めに置いたシーミュウスからの連絡が途絶えている。その事から、恐らく活動出来ない状態に追い込まれているは容易に想像はつく。援護の期待は出来ない。

 アングイノスにしても、辛うじて生存を告げる報は来ているが、もうまともに動く事は出来ないだろう。


 機甲体も限界ギリギリ。生きているのがやっとだ。


「ほんと、ついてねぇ━━━━」


 バキャ、と嫌な音を立てながら顔面に少女の拳がめり込んだ。

 衝撃から再び宙へと飛ばされる。

 今度は壁すらない、空に向かってだ。


 死を予感していたが、思いの外少女から打ち込まれた拳は威力を抑えてあったらしく即死する事なかった。

 流星のように流れる周囲、徐々に高くなっていく視界の中で、おれは最後の足掻きとして残していた作戦コードを口にした。


「モルス。」


 視界の端でアングイノス目に光が灯った事を確認し、隠し持っていた最後の煙幕弾の封を切る。そして腰のベルトに繋いであるワイヤー付きのナイフを洞窟の外、そこに生えた木の一本に投げつけ逃げる準備を整えた。


 おれは朦朧とする意識をたたき起こし、腹の底から声を張り上げる。


「勝負はお前の勝ちだぁ嬢ちゃん!!けどなぁ、勝ったとはおれだ!!かはっ!かはっはははははっ!!!」


 精一杯の強がりを放ち、おれはそこで起こるであろう事を思いながら煙幕の中へと体を潜り込ませた。

 少しでも、目の前の少女に不幸が訪れる事を願い。






 ◇━◇






 突然発生した煙幕に消えていった爺さん。

 追撃しようと銃を構えたが、直ぐ側であがった地鳴りに阻まれた。

 嫌な予感を覚えチラ見すると、先程倒した筈の大蛇が異様な熱気を放ちながらこちらを睨むように見つめてきていた。


「ギシャァァァァァ!!!!」


 大口をあげて咆哮をあげる大蛇は、体の至る所から蒸気を噴出させながら苦しげにのたうち回る。だがその鋭い眼光は俺を捉えて外さない。


 その様子に最初は驚いて眺める事しか出来なかったが、とある映像が頭の中に流れハッとする事になった。


 それはかつて見たヒーロー達の姿。

 戦った敵が勝てないと踏んだ最後に行う、苦し紛れの戦法。

 そう、自爆である。


 ペカッ、と大蛇の瞳が光った。




「お、おお、おおおっ!?」




 まじか。という考えが頭の中を駆け巡る。

 だが、具体的な打開策は考えつかない。


 考えろぉぉぉ俺ぇぇぇ!!

 今こそ灰色の脳みそをフル回転させる時ぃぃぃぃ!!


「はっ!捨てよう!!そうだよ、捨てちゃおう!!!」


 爆弾処理なんてやり方知らないし、なにより危ないからやりたくないから却下だ。

 消滅させる程の、例えば以前ドラゴンを倒した神殺しで滅するのもありだが、あれを放った瞬間この地下空洞なんて一溜まりもないから却下だ。


 となれば、この場から離せばいいのだ。

 そして何処か遠くで、華やかに爆発してくれればいいのだ。

 たまやすればいい、かぎやすればいいのだ、何処か遠くの方で勝手に。


 そうと決まればやる事は決まっている。

 俺はこちらを睨むように見ている大蛇にアッパーカットをぶち込む。そして顎を撃ち抜かれ朦朧としてる所を見計らい、長い尻尾を掴み思い切りジャイアントスイングした。


 いつ爆発しても可笑しくない大蛇の頭が、翡翠の園の壁をぶち壊していく。ショックを与えすぎて爆発しないか心配だが、このままだと勢いが足らず遠くに投げられないので仕方ない。

 ・・・・・・爆発しないといいなぁ!!


 強化してあるとはいえ大蛇は熱く、そして糞重く掴んでいるのは辛い。魔力で体を覆っているから火傷の心配はないが、腕力が、二の腕が死にそうだ。勢いがつく前に挫けそうだ。

 だが、諦めない。諦める訳にはいかない。


「ギシャ、ギシャッ、ギシャッア!?」


 苦し気な大蛇の声を聞きながら、俺は爺さんの言葉を思い出す。勝ったとほざいた、爺さんの言葉を。


「許さん、許さんぞぉ、絶対に許さんぞぉぉ!!!何が勝負だけだ!!こちとら地獄の筋肉痛覚悟でふるぱわー使ってんだぞ!!!完全勝利以外、認められる訳がないだろうがぁぁぁぁぁぁ!!!こってっんっぱんっに、してやるってんだよぉ!!!!」


 大蛇の体がいよいよ爆発しそうに熱くなった所で、ジャイアントスイングの速度が最高に達した。

 俺は全力で踏み込み、全力で大蛇の体を背負い込み、全力で大蛇を掴む腕を振り抜いた。


「ぶっ飛べぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 出来れば、煙幕の先にいる爺さんの元まで。


 音の壁を突き破りながら空へと飛んでいく大蛇。

 その姿、正に天に昇る昇龍が如し。

 もしくは・・・・・。


「・・・・なんか、花火みたいだな。」


 煙幕をその巨体で散らし、大蛇はすっかり晴れた空にヒュゥーーーと上がっていく。高く、高く、高く。

 そして雲に届かんばかりの上空へと達した時、黄金の華が空に広がった。空気が大きく揺れる。爆音が鼓膜どころか体に染み渡っていく。


 俺はその光景に思わず呟いていた。


「おおー。たーまやーー。」


 あの爆発に巻き込まれろっとまでは言わないが、爺さんが腰を抜かしていれば幸いだなぁと思い、それを一人眺めた。







 ◇━◇








「ちぃっ、これも駄目かよ。」


 はるか上空であがった爆発の光に顔をしかめた。

 一矢報いるつもりで行った事、殺せるとまではいかないまでも、何かしろ傷は負うだろうと見越していただけに、あっさりとかわされてしまったのは忌々しく思う。


「まぁ、でも、時間は稼げたか。・・・・ったくよ、尻尾巻いて逃げるだけだってのに、都市消滅級の兵器がいるとか笑えねぇ話だぜぇ。あーいつつ。こりゃ暫くは治療院いきだなぁな。」


 あの嬢ちゃんとの戦いで失った物は大きい。

 戦略級兵器である神機獣が二体。

 おれの体に搭載されている機甲体の破損。

 言葉にするとこの程度と思えるが、そう安いものではない。


 神機獣はそもそも失うと取り返しのつかない代物だ。金銭的価値を見いだすのは難しい。

 修復に掛かった費用や維持費に目を向けるのであれば、そういった観点から金銭的価値を決める事は出来るが、基本的には新造出来ない神機獣の価値は具体的に出すのは無理だ。最低でも、修復修繕に軍備予算の一割が割かれているのだから、それだけの価値はあるだろう事は間違いないが。


 おれの機甲体にしてもそうだ。

 本来出力値に比例して巨大化してしまう機甲体を人形に押し込めるまで、何人の研究者を使い潰してきたか。機甲体と言うだけで、山のように金貨が必要だろう。

 更に言えばおれの機甲体は特別も特別。超級の代物だ。

 材料費や技術費だけでも山と金貨を積むこと事になるだろう。はらにこれまで掛かった維持費を鑑みれば、とてもではないが価値を勘定する気にはなれない。



「それになぁ━━━━あれは惜しかったな。」



 加えて偶然だったとは言え一度は押さえた創成の木を、みすみす取り返された事は何よりもの大失態と言える。

 この成果を持って帰ってさえいれば、神機獣の損失など鼻で笑ってしまうだけの評価を得る事も可能だったのだから。何しろ、エクスマキア皇国が今何よりも欲してて病まない、神暦の遺物なのだから。


 溢れそうになる溜息を飲み込み、重い体を引きずりながら森を脱出しようと歩いていると、いよいよ出口というタイミングで悪寒に襲われた。

 目を凝らしそこを見れば見慣れた顔があった。


「よくここが分かったぁな。」


 おれのその言葉に、そこにいた馬鹿弟子カノンが皮肉った笑みを浮かべる。


「どっちですか?逃げ道を割り当てられた事ですか?それとも普段から死ぬほど自信満々のくせして、逃走ルートを確保しておく女々しさを知られてる事ですか?」

「どっちもさ。お前ぇ、見てねぇようでしっかり見てやがったんだぁな。ただの馬鹿だと思ってたが、存外出来る馬鹿だった訳だ。」


 そう言うとカノンは嫌そうに眉間に皺をよせ、頭をガシガシと掻いた。そして忌々しげに口を開く。


「━━━━はぁ。何年、あんたの弟子やってたと思ってるんですか?そりゃぁ分かりますよ。口は死ぬほどデカい癖して、いつも任務地になる場所の周辺の地理だの情勢だのをこっそり調べてたりしてんのは。ぶっちゃけて言うと、弟子になってからそんなに経たない内には気づいて、それが何か察するまで一年は掛かりませんでしたから。逃げ道を用意する事さえ分かってりゃ、あんたの癖からルートを予想するなんて簡単過ぎんですよ。自由奔放そうに見えて、結構型にはまってますからね、師匠は。」

「かはは。言うじゃねぇかよ。」


 弟子が何をしにきたのは察しがついたが、それについて感慨はない。だが、弟子が思っていた以上におれの弟子であった事実が、どうしてか嬉しく思えた。


「さてぇと。お前ぇが何をしにきたのは知らねぇが、やる事やって帰りな。どうせ戻るつもりはねぇんだろぅ?」

「分かります?」

「そりゃぁな。これでもお前ぇの師匠やってたんだぜぇ?面を見りゃ分かるさ。」

「隠すのは上手いつもりですけど?」

「そりゃ、お前ぇに限った事じゃねぇだろうが。女なんてぇのは大体そうさ。どいつもこいつも腹に一物二物抱えて平気な面で笑いやがる。お前ぇも含めて、女なんてぇのは碌なもんじゃねぇ奴等だってのよ。」

「うわぁ、そんな事言ってると刺されますよ?」

「とっくだぜ、それこそ。百から数えてねぇよ。」


 そうやって笑って見せると、弟子は溜息を溢した。

 生意気にも、こんなおれが師匠である事を嘆いているのだろう。昔から実力はねぇ癖に口だけは達者だった女だ。幾らでも文句は出てくる筈だ。


 所が、溜息をついた弟子は真剣な面で此方を見ると、意外にもこう言った。


「貸しですよ、師匠。森を出るまで手を貸します。」


 おれは思わず「はぁ?」と間の抜けた声をあげてしまった。

 するとばつの悪そうな顔をして弟子が続ける。


「あのですね、何か勘違いしてると思うんですけど・・・・あたし別にですね、師匠の事を殺したい訳ではないんですよ?そりゃ、孕ませようとする所とか死ぬほど嫌ですけど、それでもあたしを育ててくれた恩人である事は変わらなくてですね、その、逃げる為なら手を貸すくらいはしようかなと思う訳ですよ。」

「はぁ。なんだぁそりゃ。随分と丸くなったな、お前ぇ。」

「いつまでも餓鬼じゃないって事ですよ。手、貸させてもらって良いですか?」


 そう言って差し出されて弟子の手。

 おれは弟子の思いに答える為、その手をとった。


「師匠。」

「ああ?」


 掴んだ手が氷のような冷たさを伝えてくる。

 冷えに冷えきった、おおよそ人間の手とは思えない氷の塊のようなそれを。


 おれの手を掴んだそれを眺めながら、弟子の言葉を待つ。

 するとそんなおれの様子に弟子が無機質な視線を向け言った。


「面白くないですね。」


 直後、おれの手を掴んでいた弟子の手が火柱をあげて四散した。掴まれていたおれの手もそれと同様に砕け散る。

 おれは失った肘から先が吹き飛んだ腕を、もう片方の腕で引き抜き弟子に向かって叩きつけた。


 弟子はいつの間にか懐から引きずり出した大砲の引き金を引き、凶器と成り果てた腕の残骸を撃ち落とす。先程の腕はダミーだったのであろう。無事な両腕が見える。

 その隙に距離をとったおれと馬鹿弟子の視線が交わる。


「そりゃこっちの台詞だぁ、馬鹿弟子。殺そうにも火力が足らねぇだろうがぁよぉ!舐めてんのか、おいっ!?」

「弱ってるからいけるかな?と思ったんですけど、そんなにあまくないですねぇ~。━━━━と言うかですね、師匠を即死させる爆発とか仕掛けられる訳ないじゃないですか。あたし師匠を不意討ちかます為に近くでアホ面さらしてるんですよ?同士討ちとか、マジ笑えないですから。」


 そう言ってケラケラ笑う馬鹿弟子は、やはりおれの可愛い可愛い馬鹿弟子だった。おれが丹精込めて作り上げた、おれに成り得た、何処までも自分本意な糞のような、可愛い愛弟子だった。


「かはははっ!そうかいそうかい!!そんじゃまぁ、殺し合うとするかぁ!?」


 抜き出した予備のナイフを掲げる。

 カノンはそれに応えるように二門の大砲を備えた。


「殺し合いとか、物騒な事言わないで下さいよ~!あたしは、そんなしんどい事する為にここに来たんじゃないですから!!」

「はぁ?!じゃなにしにきた!おい!」


 二門の砲口を此方に向けたカノンは言う。


「決まってんじゃないですか。余計な事を言いかねない、あんたを一方的にぶっ殺す為ですよ~!」


 ドドドドっと、砲口が火柱をあげる。


 カノンが使ったそれは正式名称『ヴォルカーノ』。

 連射可能な大砲として開発された物なのだが、その口径の小ささや威力の低さから速射砲として見られる事の多い大砲である。

 毎分20発という速射砲と比べるとあまりに遅いリローディングシステム。殺傷能力には些かの難があり、通常の大砲に比べ半分にも満たない威力しかない。射程もそれほど長くなく、射撃精度も高くない。重量もそれなりに重く、銃身が長い事もあって取り回しも最悪で、下手にこの大砲を持つよりも短銃を装備していた方がよっぽどマシと言われしまう事もしばしばな代物だ。


 その中途半端な性能から、祖国においても何かと評価の低い大砲なのだが、実の所そこまで酷い物でもない。


 大砲として見るのであれば威力は低いが、実際にその火力は鋼鉄を簡単に歪ませ、生身の人間程度であれば簡単に殺せてしまう。射程距離も、大砲として想定距離とされる遠距離運用から中距離運用に変えるだけで大きな戦果をもたらすだろう。

 重く長く取り回しが悪いと言うが、それこそ使い手次第だ。機甲体を組み込んだ兵士であれば、難なく使いこなせるだろう。


 リローディングの遅さも然程問題にはならない。

 そもそも、大砲よりは劣るとは言ってもヴォルカーノの火力は銃とは比べようもない物。しかも連射まで可能ときてる。あくまで武器の一つ、攻撃手段の一つとして使用するのであれば、これ程頼りになる物はないだろう。消費魔力も低く短銃のおよそ二倍程度でしか掛からないので、"砲撃"の名を持つものは護身用としてほぼ全員がこれを愛用している程だ。


 当然、砲撃の中で最も高位に存在するカノンはその有用性に直ぐに気づき、独自の改良を加えた特別製の物を保有している。威力を底上げし、精度を限界まであげ、速射速度を短縮させた、特別製を。

 今目の前で使われたそれこそが、そうだ。


 横っ飛びで最初の砲撃をかわしたおれは、そのまま滑り込む込むように茂みへと潜る。だが、立ち止まる事はしない。駆け続ける。


 予想通りカノンの手はそれで止まらず、予測したであろうおれの位置を目掛け砲撃を続けてきた。飛んでくる魔弾の殆どがおれの側へと着弾していく。


「恐ろしいねぇ、うちの弟子様は!!」


 技術を叩き込んだ身として、その結果は喜ばしい限りだ。

 尤も、その技術を見せる相手が自分で無ければの話だが。


 容赦のない砲撃をかわしながら森を駆ける。

 カノンも同様におれを追ってきているようで、背後から気配が伝わってくる。


「逃げないで下さいよ~っと!!!」


 怒号と共に巨大な魔弾が迫ってくる。

 おれは少ない魔力を使い魔弾に干渉し、飛ぶ方向をねじ曲げた。魔弾は大きな音を立てながらおれの側から離れ木々を薙ぎ倒していく。


 遠くから悔しそうに聞こえた舌打ちに、頬を弛めながら森の出口へと向かう。


 駆ければ駆けた分だけ、魔弾の脅威が離れていくのを感じる。

 このまま駆け抜ければ、カノンに捕まる事はないだろうと確信出来る。


 ガザッ。


 最後の茂みを抜けたおれは光に包まれた。

 緑と闇に満ちた大地が終わりを告げ、太陽の光に溢れる草原に辿り着いた事を知る。


 この場所までくれば撤退用の騎乗兵器を使える。

 おれは腰のベルトに掛けた魔道具に手を掛け━━━━━そこで周囲の様子が可笑しい事に気づいた。


「━━━━━はっ?」


 緑の絨毯だったその場所は、赤く染め上げられていた。

 鼻につく鉄の臭いに、それが血であることを知る。

 何が起きた?そう疑問を抱き駆け続けるおれの視界の中に、答えとも言える光景が映った。


 血に濡れた剣を携えた、骸骨の頭を持つ黒衣の化物。

 死霊系統に属する魔物である事は直ぐに察しがついた。

 そして、それが如何に危険な存在である事も。


 おれはナイフを構え姿勢を低くさせなが加速する。

 そんなおれに、骸骨は抜き身の剣の切っ先を向けてきた。


「何故、構える。」


 その問に答えるつもりの無いおれは口をつぐんだ。

 死霊系統に属する物は呪術と呼ばれる特別な魔術を使用する。呪術は些細な発言に対し制約を持たせ人の行動を制限したり、真名を知る事が出来れば名を持つ者を意のままに操る事だって出来てしまう。故に呪術者と交戦する際は些細な情報を与えず、呪術発動を防ぎながら戦う必要があるのだ。


 口をつぐだおれの様子に気づいた骸骨が小さく溜息をついた。


「貴殿が警戒している理由は分かる。故に無理にとは言わんが、出来れば穏便に済ませて貰えないだろうか?無駄な殺生はしたくはない。」


 骸骨の瞳に嘘をついている様子はない。

 だが、それを信用する気はない。

 人間で無いものの気など知れた物でないからだ。


「━━━是非も無し、か。よかろう。」


 骸骨が手にした剣を振り下ろした。

 距離はまだ遠く、間違っても当たるような位置にはいない。

 にも関わらず、骸骨は真っ直ぐにおれへ向けて剣を振り下ろした。


「はっ!なんのっ、いっ、はっぁあ?」


 言葉が出ない。

 喉に息が詰まるような、違う、抜けるような感覚がある。

 なんだ、これはっ?はっ、なん、な?視界が、割れ、違っ、ずれて、くらっ━━━━━━



 ドチャ、と音が鳴った。



 鮮烈な赤の中で、何が落ちたような、そんな音が。


 暖かい。


 何かが頬に伝う。


 何が。






「己で選んだ運命だ、甘んじて受けよ。愚かなる戦士。」






 声が聞こえる。


 骸骨の、声が。





「死する貴様に土産をくれてやろう。我が名を知り逝くが良い。」





 名、前?




「ヴィシャスブェルデス。それが貴様を殺した者の名だ。」




 それ、は、ま、じんの。


 どうして、こんな、ば。




「ころ、した?」




 ああ。


 ああ。


 視界が。


 何も映さない訳だ。


 暖かい筈だ。


 目を覆っているのはおれの血か。


 暖かくおれの頬撫でていくのはおれの血か。


 ああ、これが。


 ああ、これそこが。


「死か、よ。」


 これは確かに、嫌なもんだ。

 成る程、これは、本当に━━━━━怖ぇ。


「死にたく、ねぇ、なぁ、くそが。」


 冷たくなっていく体。

 薄れていく意識。

 流れ落ちる温もり。


 その一つ一つが、おれのなにもかも奪っていく。


 誰かが言ったあの言葉を思い出す。




「報いがある」




 成る程、これは報いだ。


 何もかも手入れる機会を不意に。


 何よりも大切にしてきた命を奪われ。


 楽しみにしていた破壊も邪魔された。


 何も持たず、誰にも知られず、ただの愚か者として死ぬ。




「こんな、最後かよっ、こんなっ。」




 ドッ。




 おれの意識を絶つように、漆黒の何が落ちてきた。

 温もりを散らす、何が。



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