機甲兵団と真紅の歯車 39・なんばーわんユーキ英雄になる
「━━━━━おねえちゃん!」
猿をのしてから二時間程。
ぱっくり空いた大きめの木の幹の間でのんびり休憩していると、隣に転がしておいた子供が大声と共に目を覚ました。
寝起きと共に叫んだ子供は、辺りを確認し目をパチクリさせる。そしてぐるーと見渡し・・・・俺に視線を戻し目を真ん丸に見開いた。
「ひっ!!」
後退りする子供は直ぐに木の壁に背を打ち付け、痛みに悶え転がった。「うにょぉ」とか言って悶えている。どんなリアクションだよ。何こいつ、うい。超うい。
「おやおやおや?お子様様お目覚めで御座いますですか、ユーキ様?」
悶え苦しむ子供を眺めていると、俺の世話をさせる為に喚んでおいたヘスティーがお茶を手にしてやってきた。
ヘスティーは用意していた携帯用の簡易テーブルにお茶を置き、俺にお辞儀をした。
「お待たせ致しましたで御座いますです。こちらユーキ様のご要望通りに砂糖を抜いておきましたです。代わりにほんの少し酸味の強い果実を絞り、それを一滴だけ垂らしておきましたのですよ。さっぱりすっきり、お茶の効能でお腹も体もポカポカ。特製ヘスティー茶で御座いますです。」
「おう。ありがとな。・・・てか、こう言う時って普通倒れてる奴に気をつかったりしねぇ?」
「しないのです。勿論、性的には興味はありますですけど、今はユーキ様のお世話を優先すべきと思いますので、取り合えずスルーするのです。それで、よかろうなので御座いますです。」
「そっか。お前にも、その分別はあったのか。」
「ヘスティーは、優秀な召喚獣なので御座いますですから、当然なのです!えへん!」
少し調子に乗ってる気がしないでもないが、まぁ、今回の所は可笑しな事はしてないので褒めておくだけにしよう。
ん?いや、待て。さっき、こいつ性的に興味がどうって言わなかったか?
確認しようと視線を向けたが、頬に手を当てて「えへえへ」にやつくその姿に、蒸し返すのもどうかと思い見逃す事にした。どのみち、二度目はない。
そんなやり取りをしてる中、子供は気を取り直し逃げようと後退りしていく。見えてるけど、どうせ逃げられないからスルーだ。
出口付近に辿り着き、さぁ走りだそうと言う段階になって、子供もようやく失態に気づいた。
「━━━っあ!はっ、しまっ━━━!」
思わずあげてしまった声を遮るように、子供は必死に口元を押さえつけた。今更押さえつけても遅いな。というか、あんな漫画みたいな事って本当にあるんだな。
俺は子供の目に入るように、包みをつまみ上げてプラプラさせた。子供の視線がそれに釣られて右へ左へと揺れる。
「これ?」
「か、返して!!」
飛び掛かってくる子供を華麗に避ける。
勢い余った子供はヘスティーへとぶつかった。
突然の事に「あへっ!?」と間抜けな声をあげ子供と倒れ込むヘスティー。だが、そこはヘスティー。倒れてもただでは済ませなかった。
「ひゃぅ!?」
「うへへへー!おまさん、エエからだしてまんなぁですぅ。」
ヘスティーは子供の体をまさぐりだしたのだ。
子供の影になって見えないが、とんでもない事をやりだしたような気がする。
「はぁ、ヘスティーその辺にしとけよ。じゃないと━━━」
俺の声が聞こえたとほぼ同時。
ヘスティーは子供の下から滑るように現れた。
そして、その勢いのまま流れるように土下座を披露する。
「でで、でっ、で、出来心でしたのですー!!御免なさいで御座いますですよーーーー!!」
うん、まぁ、許す。
元々俺が避けたのが原因だしな。
という、お前のそれは、もう出来心でもなんでもないからな。性犯罪者めが。
土下座するヘスティーはスルーして、倒れたまま息も絶え絶えな子供の側にきた。顔を覗き込んでみると、耳まで真っ赤にして蕩けたような表情を浮かべている。
・・・・・何かいけない扉を開いてしまったのかも知れない。うちの変態ヘスティーが。
急に申し訳なくなり、俺は優しく子供の頭を撫でた。
びくんびくんと体が跳ねる子供に、猛烈に居たたまれなくなった俺は、やっぱりヘスティーにお仕置きする事を心に誓い、出来るだけ優しく声をかけた。
「大丈夫か?」
「ふぁれ、ふぁれ、ふぇ、ひゃいじょうふに、み、みひぇるにゃら、みぇのびょうひでぇふ。」
うん、なんかごめん。
それから暫くして、子供の調子が戻ってきた所を見計らい、俺達はようやく話をするにいたった。
因みに、ヘスティーは逆さずりで木に吊るし反省させてあるので話には加わっていない。
子供の名前はスアと言い、案の定この森に住むナントカ族の子供だった。スアには仲間達から託された包みを渡す使命があったらしく、森を出る途中だったとの事。
スアの事情を聞きながら疑問に思った事を尋ねた。
「お前の仲間は、こんな危ない森をなんで一人で行かせたんだ?」
その言葉に、スアは答えない。
顔を俯かせ黙りこくる。
聞かれたくない、もしくは言わないように口止めされている。
恐らく両方ではあるのだろうが、こうも話してくれないと何もしてやれない。
どうするか悩んでいると、スアが恐る恐るといった様子で顔をあげた。
「・・・あ、あの、あ、あのね、おねえさんは、どうしてここに来たの。」
蚊の鳴くような頼りない声だったが、ようやくスアから口を聞いてきた。馴れたのかのだろうか。だったら良いんだけどな。
「ん、俺な。俺は仕事で来たんだ。」
「仕事・・・・?」
「そう。仕事。この森に住んでるっていう、なんだっけ・・・・・。カサノバ・・・・違うな。カババ・・・サバカン・・・サカバ・・・・・・・ナントカ族ってやつらに届け物があるんだよ。」
「??この森に住んでるのって、多分わたし達だけだと思うよ。カザジャ族以外に部族があるなんて聞いたことないもん。その、ナントカ族って言うのも聞いたことないし・・・・。」
なんだと。いないのか、ナントカ族。
でも森に住んでるって言ってたし・・・・・。
「スアの所って森に住んでるんだよな?」
「う、うん。住んでるよ。」
「じゃ、そこでいいや。」
「良いの!?ナントカ族じゃないよ!?」
「良いよ。森に住んでるのが、その、なんだっけサガット族だけだっていうなら、そこでしょ。」
「カザジャ族だよ。・・・・おねえさん、もしかしてだけど、行き先普通にカザジャ族だったりしない?」
そう言われればそんな気もする。
でも、違うと言われればそんな気もする。
「━━━━はっ!」
「ひゃう!?ど、どうしたのおねえさん。」
「そう言えば、俺、依頼書持ってたわ。それに書いてある筈。」
「おねえさん・・・・。」
あ、やだ。そんな、残念な子を見るような目で見ないで!
そうして依頼書を取り出し確認してみると、行き先はスアの言うとおりカザジャ族だった。
スアの視線に含まれた色が少し変わる。
今までのような警戒するような怯えた視線ではなく、今度は可哀想なものを見るような慈愛すら込められた暖かい視線になってしまった。
堪えるんですけど、その目、滅茶苦茶に堪えるんですけど。
そんな事もあり、すっかりと心を開いた虚仮にしている俺に、スアは集落で起きた事を口にしだした。
「くいーぷ?」
「そう、クイープ。外の人がどう言ってるか知らないけど、わたしたちはそう呼んでる猿の魔物。わたしたちはその魔物と一緒に暮らしてきたの。」
猿型の魔物が多くいたこの土地の中で、クイープと呼ばれる猿達は他の種と違い人間に友好的な存在らしい。
その理由としてクイープのボスである『ブラーブ』という魔物が以前人間との間に同盟を結ぶ契約をしており、その契約に従いカザジャ族の人々はクイープ達と互いに助け合い森で暮らしていたらしい。
それは数百年の間続いており、今現在も変わらないのだとか。
ところがだ、平和に暮らしていたある日異変がおこった。
それが森に住まう猿達の異変であった。
それまで縄張りを頑なに守っていた猿達が、狂ったように他の縄張りに侵入するようになり、あたり構わず暴れまわり出したらしいのだ。
「前は、クイープ達の縄張りに間違っても入って来なかったような小物の魔物から、他の縄張りを持っている筈の大物の魔物まで、一斉に押し寄せてきたの。・・・・もう集落は人が住めなっちゃったけど、皆ブラーブ様の所に避難してて、大丈夫なの。でも、それもどれだけ持つか分からなくて・・・・だから、ブラーブ様に頼まれたの。友達がいるから、これを渡して欲しいって。そしたらきっと、助けてくれるって。」
そう言ってスアは俺から受け取った包みを抱き締めた。
「中に何が入ってんだ?」
「分からない。けど、大切な物だってブラーブ様が言ってた。外の人はそういうものでないと動かないからって。」
スアの言葉から、多分お金じゃないかな、と思う。
さっき持った感じそんなに沢山入ってるようには感じなかったから、大金と言うわけではないのだろうけど。
「それで、どうするスア。」
「・・・・えっ?」
「森を出るなら手を貸してやる。多分日が暮れる前には、森を抜けられると思うぞ。」
「本当に!?」
「本当、本当。でも、その届け主ってそもそも何処にいるんだ?俺西から真っ直ぐここまで来たけど、道中に町とか村とか、人が住んでそうな集落は無かったぞ。」
「・・・・えっ、そんな。」
スアの顔色が悪くなった。
「━━━━まぁあ?別に良いぞ。森を抜けた後も、そこまで送り届けた奴に命令しとくから、届け主の場所まで送らせてやるよ?けど、それって何処の事だ?」
「な、名前は、分からないの。ブラーブ様は森を西に抜けた先に、その人がいる筈だからって言ってたから。英雄様だって言えば、分かるからって。知らないの?おねえさん、英雄様のこと・・・・。」
そう言われても、思い当たる奴はいない。
英雄、英雄、英雄・・・・・ん?アルベルト?いや、なんか違うな。
「心当たりはないな。まぁ、俺がこの土地にきたのって最近だから、俺だけが知らないかも知れないけど。」
「そ、そんな。」
がっくりと項垂れるスアを眺めながら、大雑把な説明しかしなかったブラーブって魔物を思う。
多分、ブラーブは森の外に出たことがない奴なんだろう。だからこんな事を言ったのだろうな。
森の外は人の世界で、森の内側は自分達の世界。だから外にさえ出ればそこは人間の世界で、人間の一人であった英雄様とやらの事は仲間だから皆が知っていると。・・・・・うーん。ブラーブ様の世間知らずぅ。
さて、それよりもどうした物か。
ブラーブ様の甘い見込みのせいで、スアのお届け物は届かない可能性が出てきた。不在通知すら出来ない予感バリバリである。
よしんば届け先を見つけ出し無事に荷物を受けって貰えたとしても何年先になるか分からないし、そもそも届け先が生きているかすら怪しいし、そんな事してる内に集落が全滅しそうだし━━━━━もう詰んでるね。うん。
となると、このまま森の外にこの子を出すのは、得策ではないな。
「決めた。」
「え?おねえさん?」
どうせそのつもりで助けたのだし、そういう事にして、そうしちゃうとしよう。やりたい事をやる。それが今の俺なのだから。
「思い出したのじゃよ。」
「じゃよ?」
「俺こそが、スアの探している英雄様だって事をなぁーーー!あっはははー!!」
「えええぇぇぇぇぇぇっ!!!?」
混乱するスアに俺は考える暇を与えず捲し立てる。
「さぁ、スア!それを寄越すんだ!!」
「えっ!?で、でも、これは英雄様に━━」
「大丈夫!英雄様は俺だから!ほら、英雄様らしく、さっき猿の群から助けたんだよ?ね?英雄様でしょ?」
「っう。や、やっぱりさっきのは夢じゃなかったんだ。本当におねえさんが助けてくれたの?」
「本当だよー!証拠見るか?うん、見るな!よし見よう!!」
「え、ちょ、おねえさん!?」
スアを小脇に抱え外へと飛び出す。
そして間髪入れずに召喚獣を喚び出した。
「おいでませませっ、アルディオ、ムゥ、ヤヨイ、エルイーゼ!!!」
空中に描かれた四つの魔法陣から、次々と召喚獣達が現れる。
巨体の鉛色の鎧騎士、赤い甲殻を纏ったプニプニ、赤と白のコントラストに身を包んだ狐っ子、銀に輝く鎧を纏った盾の女騎士。
スアは目が零れんばかりに見開いた。
「ガイゼルもおいで!」
呼び込むと、見張りをしていたガイゼルが召喚獣達の間に飛び込んできた。
「取り敢えずは、こんな所かな?どうだ凄いだろ。これが俺の英雄の証だ。」
そう言って声を掛けると、両目をキラキラと輝かせたスアと目があった。
「凄い!!おねえさん、凄い人だったんだね!!スア、スアね、おねえさんの事、なんばーわんだと思ってたの!ごめんなさい!」
表情を見れば、俺の事を信用してくれたのが分かる。ひと安心である。良かった良かった。
うん、てか、なんばーわんって、なに?
一つの謎を抱えつつも、俺とスアと召喚獣達はブラーブ様の元へと向かう事にした。
どんな敵が待ち構えているのか、楽しみである。
「へ、ヘスティーも、ヘスティーも忘れないで下さいですぅー!優秀な貴女の召喚獣が、ここにも吊るされているので御座いますですよー!!」
あ、本気で忘れてた。
◇━◇
すっかりユーキとはぐれたゲロ子もといカノン・イヴァシュは、半泣きで森をさ迷っていた。
「ううう、完全に置いていかれた。ちょっと待ってろとか言って、全然戻って来ないし・・・・・てか、絶対に忘れてるよねユーキ様。あたしの事、置物くらいにしか思ってないだろうし。」
トボトボと歩くその足取りは重い。
精神的にもそうだが、何より体力的に重かった。
猿達に遅れをとるような事こそ無かったが、如何せん数が多く予想より大幅に手こずってしまう結果になった。猿達を一掃した頃には体力も魔力も大分使ってしまっており、それ以降のし掛かるような疲労感に苛まれているのである。
こうしたカノンの状態は、はっきり言って異常と言えた。
魔力の大量消費で疲労する事や、森林を敵と戦い駆け巡った事を考えればそうなるのは自然ではある。だがそれは、普通の人間であればの話だ。
まず、カノンの扱う魔導砲は恐ろしく燃費が良い。
過去、様々な魔導技師によって産み出された魔導砲の中でも最高位に達する物であろう。だが、魔導砲は魔導砲。燃費がいくら良いと言っても、一発撃つのに掛かる負担は即死級の物であった。
本来魔導砲は数人の魔力供給があって初めて使える代物であり、個人で扱うような物では無いのだ。
カノンの扱うそれも、燃費が良いと言っても個人で振り回すような代物では決してない。
ならば何故、と言うことになるのだが、それは単に彼女がとある改造手術を受けているからであると言える。
カノンの体内にはコアと呼ばれる魔導核が埋め込まれている。これは神機獣の体内に埋め込まれている物と比べると幾等かスケールダウンした代物ではあるのだが、ほぼ同種の物と言って良いだろう。違う点で言えば、人間に埋め込まれる魔導核には思念が宿っていない事と、魔力増幅機としての役割が強い点である。
兎も角だ、この魔導核を埋め込まれたカノンは常人の数十倍の魔力を産み出す事が出来る怪物なのである。
魔導砲を個人で扱えるのは、それが理由だ。
それに加え、肉体にも魔導核に連動した生体魔導機が埋め込まれており、人間の限界を越えた身体能力を得ることが出来ている。
素手で魔物を蹴散らす剛力、馬より早く走る脚力、と言えばその異常さが分かるだろうか。
そんなカノンが疲労していた。
はっきり言って異常以外の何物でもなかった。
カノンは先程までの光景を思い出しながら、額の汗を拭う。
そして、ぼやくように呟く。
「・・・・・あれだけ脅かして、尚も攻撃の手を緩めない。そんな野生生物いるわきゃないですよねぇ。逃げないまでも、腰が引けたり、動けなくなったり、そういう奴が出ても可笑しくないのに、最後の一匹まで死にに来ましたからね。」
腰にかけた水筒をとり、喉の乾きを癒す為に水を口に含む。
ぷはっ、と親父臭いリアクションをしながらも、周囲への警戒は怠らずいつでも魔導砲を撃てる準備をする。
水を飲み終わった後、襲撃が無かったか事に安堵しながら、次にやるべき事を考える。どうするか、と。
脳裏に過った言葉に、カノンは考える。
ユーキと合流するのが最優先として、次は何を優先すべきか。
はっきり言ってしまえば、ユーキには護衛はいらない。これから合流するのも、もしかしたら邪魔になる可能性すらある。だが、これは譲れない。あれを野放しにする事は、何より危険だと思っているからだ。
「放って置くと、何するか分かんないですからねぇ。あの人。・・・てか、本当に人なんですかね?」
疑問を口にしながらも、カノンは次にすべき事を考え、そして一つの答えにたどり着く。
「原因の究明、ですかねぇ。」
森に起きた異変。
あくまでも予想だが、可笑しくなったはあの猿達だけではない筈だ。カノンはそう思っている。
と言うのも、カノンには思い当たる事があったのだ。
「神機獣がらみ、でなければ一番良いんですけどねぇ。ま、可能性としては糞みたいに高いですよね。となると、あの戦争狂の糞爺がいるって事に・・・・・」
ユーキと口にした戦争狂の糞爺とのやり取りを想像し、カノンは心底嫌そうに顔を歪めた。
「あーーー、駄目だ。もうこれ、終わった。終わったわー。二人が仲良く手を繋ぐ姿が、ちっとも想像出来ないー。殺し合う・・・・いや、ユーキ様が一方的にぶん殴る姿しか、想像出来ないー。あっはははー、笑えるわー。」
カノンの笑い声が森に虚しさと共に響く。
カツン。
突然響いたその音に、カノンは飛び退き魔導砲を構えた。
が、視界の中には何もいない。いや、捉えられなかったと言える。
カノンが探したのは音を発生させた物ではなく、音を発生させた存在。つまりは、自分の側にやってきている筈の敵の存在だった。
ぴたり。
カノンは首もとに当てられた冷気に、体を硬直させた。
確認しなくても感覚で理解していた。
それが刃物であることを。
「鈍ったか小娘。馬鹿がっ。あれほど気を抜くなと教えたろうがぁよぉ。ちっとも成長せんやつだぁのぅ。おう?」
「鈍った訳ではないと思いますけどねぇ。"師匠"が少し可笑しいだけですよ。80越えて現役とか、洒落になってないですからねぇ。」
しゃがれた声に、カノンは振り向く事すらなく人物を特定し言葉を返す。
「かはっ!言うねぇ!まぁ、けど、そういう生意気な所は嫌いじゃねぇぜぇ?どうだ、今からでもオレの子供孕まんか?お前となら、オレに似たつぇーガキが生まれそうだ。」
べろっ、とカノンの首筋に舌が這う。
「お断りですねぇ。師匠みたいな糞爺のガキなんて、死んでも願い下げですよ。そんなに孕ましたきゃ、そこいらの女騙くらかして、好きなだけ孕ませりゃいいんですよ。金掴ませりゃ幾らでもいるでしょう?」
「普通じゃ駄目なんだよ。お前ぇにゃ分かんねぇかなぁ?つえぇ女を組み敷く楽しさっつーか、そういう女を快楽に喘がせてどろどろに蕩けさせてよ、孕ませてくれって泣きつかせるように仕込むのとか、さいっこうに良いんだよなぁ。わっかんねぇかなぁ?」
そう言って耳をねぶってくる男に、カノンは一瞬の隙をついて殺気を込めた肘を叩き込んだ。
背後にいた男はカノンが身を捩ると同時に後ろに飛び、肘の一撃は空を切るだけに終る。
だが、その行動に男は怒る事はなく、笑顔で手を叩いた。
「かはははっ!!相変わらず良い目してるぜぇ。それだよ、カノン。オレはお前のそういう目がたまんねぇんだ。分かるかぁ!?」
「分かりたくもないですねぇ。さっさと、死ねよって感じです。」
「かはははっ!!おうおう、なんだったら殺してくれても構わねぇぜぇ。出来るんだったらな!でも覚えておけよ?お前がそのつもりで手を出してくるなら、オレも容赦はしねぇ。そんときゃ本当に、オレのガキ孕んで貰うぜぇ?」
楽しそうに笑う男に、カノンは怒りと不快感で顔を歪める。
「しっかし、カノンよぉ。お前ぇさん、向こうじゃ死んだ事になってるぜぇ?今までは何処に姿眩ましてやがったんだよ。追跡装置も外しちまいやがって・・・・あんだ、亡命でもするつもりかぁ?」
「変な誤解は止めてくれますか?あたしは国を抜けるつもりも、軍を抜けるつもりもないです。退職金も貰って無いってのに、冗談じゃないですよ。今は詳しい事言えませんけど、少なくとも国の利益の為に働いてるつもりですよ。」
「ほぅ?お国の為にってか。なら出来る範囲で説明しな。今のお前ぇは信用出来ねぇ。亡命する可能性が高い以上、一軍人としてこのまま見逃す訳にゃいかねぇからな。」
その言葉に、カノンは舌打ちを一つした後で口を開いた。
「計画の妨げになりそうな奴がいるんですよ。」
「敵か。お前が警戒する奴だ、相当なもんだな。個人か?それとも組織か?」
「個人、ですよ。でも舐めないで下さい。事実、先の作戦を潰した張本人ですから。」
「おいおい、本当かよ。あの作戦にゃ、お前と神機獣が加わっていたろうが。それに、迫撃の小僧も混ざってったて聞いてるぜ?それを一人でか。すげぇな、おい。」
話している内容は決して楽しい物ではない。
にも関わらず、男の浮かべる表情は玩具を貰った子供のように楽しげに歪んでいた。
その様子にうんざりしながらも、カノンは続ける。
「あたしが上手く誘導します。出来る範囲で、あの化物が今作戦に関わらないように。今なら、ジンクムを諦めるだけで済みます。」
「大きく出たなぁ。でもな、ジンクムを諦めるってのは無理だな。上が黙ってねぇよ。」
「それでも掛け合って下さいよ。本当に、全部が終わりますよ。あの化物を怒らせたら、今までは積み上げた全てが。」
「ふぅん。まあ、掛け合ってはやるよ。オレの意見が何処まで通るかわからねぇけどな。」
「それで構いませんよ。どうせ、あたしからじゃ連絡とれませんから。」
男は期待するなと言って背を向けた。
カノンはその後ろ姿に、もう一つ言わなければいけない事を思いだし声をあげる。
「し、師匠!待って下さい!もう一つ!」
「・・・・あんだ?まだなんかあんのか?」
「その、師匠に聞いておきたいんですけど、ここの異変ってもしかしなくても師匠のせいだったりしません?」
なんとも言い難い沈黙が流れる。
暫しその空間を支配した沈黙。
それを破ったのは、やはり尋ねられた男だった。
「オレだったら、なんかあんのか?」
威圧的な言葉と共に殺気が解き放たれた。
ユーキに向けられた殺気に比べれば幾分か弱いが、それでも手足を震わせるには十分過ぎるそれを受け、カノンは言葉をつぐんだ。
何も言えないカノンを見下すように眺めた男は、何も言わず森へと消えていく。音すら立てず、幻だったかのように。
男がいなくなってから数分。
息を整えたカノンは空を仰いだ。
「終わったわー。これは、終わったわー。蝙蝠大作戦、大失敗。これは本格的に、ユーキ様の下僕でいた方が得策かもなぁ。」
色々と諦めたカノンはユーキを探すために歩き出した。
おまけーー( *・ω・)ノ
80のゲロ子師匠へのちょこっとインタビュー
子供は何人いますか?
師匠「知らん!途中から数えとらんからなぁ!かはははっ!!」
今までで一番惚れた女性は?
師匠「はん!オレはいつもその時抱いてる女が一番よ!!かはははっ!!」
年下好き?年上好き?
師匠「かはははっ!どっちも好きだぜぇ!!孕めるくらいが丁度良いが、そうでなくても構いまいやしねぇのよ!オレが惚れたんならならな!」
弟子の一人から死ねよ、と言われました。どうする?
師匠「かはははっ!!そんな女、すぐ抱くわ!!」
記者の人
「━━━とのように答えて頂いたのですが、これ記事に載せても大丈夫でしょうか。」
編集長
「駄目だろ。」
社長
「駄目に、決まってんだろ。」
軍監査委員会
「あのスケベ爺、誰かぶっ飛ばしてこい。」
軍訓練指導会
「出来たらやってる。」
カノン・ゲロ子
「もう、死ねよ。本当、死ねよ。頼むから、あたしの目の前に現れる事なく魚の餌になれよぉ。」




