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機甲兵団と真紅の歯車 37・猿人の森

 アジャータの森と呼ばれるそこには、もう一つ別名がある。

 それは正式な名称ではないので地図には記されていないし、周辺地域に住むごく一部の者達の間だけに伝わる名称なので知るものは少なかったが、その呼び名以上に森の事を体現する言葉はなかった。


 猿人の森。


 それが森に潜む彼等を恐れ、弱き人々が呼びあった森のもう一つの名称だった。




 ◇━◇




「ゲロ子、ちょっと行ってくる。」




 ユーキはその言葉を残し、颯爽と森を駆けていった。

 あたしはその行動の早さと気持ちの切り替えの早さに驚き、身動きを取れずに見送ってしまった。


 ようやく頭が回り出したのはユーキの後ろ姿に加えガイゼルの姿が闇に消えていった後、何もかもが手遅れになったその時からだった。


「っ━━━━━━あっ!ああああばばばば!!!ゆ、ユーキ様ぁ!?」


 しまった、という思いが頭の中を駆け巡る。

 あの人の事を考えれば十分にやりかねない行動だったというのに、すっかり気を抜いてしまっていた。失態だ。


 ユーキは甘い。

 流石に誰にでもという訳でもないが、こう言った場面で助けにいってしまう程度には甘い。

 それがこの数日、下僕として共に過ごしたあたしの、ユーキという人物に対する評価だ。


 元々敵対関係にあったあたしの扱い方から見ても、屋敷に住む使用人達や貴族の娘に対する対応から見ても、その類い稀な甘さは嫌と言うほど発揮されていた。


 使用人の失礼な発言に対しても特に罰する事なく、貴族の娘が行う我が儘に対しても困った顔を見せる程度で簡単に許容してしまう。あたしの発言や突発性嘔吐げろはきに対しても、すっごく嫌そうな顔はするが、デコピン一つで許してくれている。

 まぁ、そのデコピンが死ぬほど痛い一撃ではあるのだが・・・・。


 ユーキのデコピンの痛みを思い出していると、不意に背後から殺気が当てられた。一つではない、複数の殺気だ。


「ちっ!!気が早いっ、ですねぇ!!」


 振り向き様にマジックボックスにしまってある大砲を取りだし、殺気の発生源に向け出力全開でぶっぱなす。


 ゴゥ。


 放たれた魔弾は暗闇を引き裂きながら一直線に飛ぶ。

 魔弾は木の影に隠れた異形の者達へと命中し、汚い悲鳴を上げさせた。


「聞いていた通り、猿畜生の巣ですねここはっ!」


 視界に広がったのは魔弾により薙ぎ倒された木々と、木々が倒れた事によって光が差し込み露になった赤土の大地。

 そして、緑の体毛に覆われた猿畜生の群れだった。


 先頭に立つ一匹の猿が前足をあげ二足で立ち上がる。

 そしてその猿はあたしを見据えると、前足で地面を激しく叩きながら雄叫びをあげ始めた。

 それに吊られて群れが吼える。同じように地面を激しく叩きながら、その顔に怒りの色を宿し、涎を撒き散らしながら目を大きく見開く。


 威嚇行動である事には直ぐに気づいたが、どうにも解せなかった。

 ユーキとガイゼルという抑止力が消えたとは言え、その直後、仲間とおぼしき人物に喧嘩を売る行為が、どれだけ無謀で無鉄砲な行為か野生を生きる獣が分からない筈もない。


 それに目の前にいる猿達がただの畜生でない事は知っているから、余計に解せなかった。

 猿人と呼ばれる彼等は魔物であるにも関わらず、高い知能を持つ極めて人に近い生物だ。種によっては獣人のなりそこないと呼ばれる事すらある程だ。

 彼等はその高い知能が故に己と敵対者の力量を分析し、勝てないと知ると尻尾を巻いて逃げる傾向がある。

 中には下手なプライドを持っている特殊個体もいて、無謀な戦いを挑んで来る物もいるのだが、そんなのは極一部だけだ。殆んどいないと言っていい。


 だからこそ、力の差を見せつけた今。

 逃げるのではなく、こうして威嚇行動をとり、尚且つ牙を剥き戦闘体勢を取ろうとしている姿は明らかに異常なのだ。


「ちっ。面倒臭いですね、本当にっ!!」


 今にも飛び掛かろうと身構えた猿に、大砲による第二射を放つ。炸裂音と共に猿達がバラバラと肉片に変わる。━━━が、やはり逃げようとしない。


「な、なんで?!」


 そう声を漏らしたあたしに、猿達は一斉に飛び掛かってきた。

 大砲にも目をくれず、先程の一撃にも怯える事もなく。


 あたしは二つ目の大砲を取りだし空いているもう一つの腕に抱え込む。そして、引き金を引いた。


 ドン。ドン。


 爆音と共に獣が肉片へと変わる。

 だが、猿達の攻撃の手は止まず、寧ろ勢いが増していく。


 あたしは必死に転げ回りながら大砲を打ち続けた。

 何匹、何十匹、何百匹と魔弾の餌食になり、バラバラの肉片へと変わっていく。

 だが、それでも止まない。死体がただただ積み上がっていく。猿達がただ無駄に死を重ねていく。


 それはあたしですら目も背けたくなるような、そんな異様な光景だった。


 猿達の撃ち殺しながら、あたしは無謀な特攻を掛ける彼等を観察する。どの猿も正気とは思えない形相と、大量の涎を流している。他に目立った関係性は見られない。


「━━━━まさかっ!?」


 あたしの脳裏に一つの可能性が過る。

 それは最大級の嫌な予感。

 悪夢と言っても過言ではない最悪の予想だった。


 その可能性を考慮したあたしは、猿を殺しながら急ぎユーキを後を追った。事が起こる前にこの場を離れなければならないからだ。


 そうしなければ、恐らく━━━━


「うきゃぁぁぁぁぁぁ!!!━━━━やっべっ終わる!きっと色々と終わる!ユーキ様ぁ、早まらないでぇぇぇぇ!!」


 悪夢のような未来を想像して思わずあげてしまった悲鳴は、猿の犇めく森に響いていった。







 ◇━◇







 悲鳴を聞いて駆けつけた先にあった物は、先程の薄汚れた子供とそいつをわし掴む巨大な猿だった。

 どういう訳でもそうなったかは不明だが、俺はお猿さんに子供を放すように交渉する事にした。


「おらぁ。」

「ッゴォッフォッッッッ!?」


 拳骨で。


 拳が顔面にめり込んだお猿は、その衝撃から子供を手放し吹き飛んだ。空中を切りもみ状に舞い、打たれた杭のように地面に突き刺さる。


 ほーるいんわんである・・・・ちょっと違うか?


 キャッチしそこねた子供は飛び込んできたガイゼルが上手いことクッションになり無傷で地面に置かれる。

 側によって怪我の具合を確認するが、特に目立った外傷はないよだ。骨が折れてる可能性も考えて体をまさぐってみたが、こちらも問題なかった。股下にぶら下がっているアレも無かった。女の子だコレ。

 まぁ、何がともあれショックで気を失っているだけみたいなので、良かった良かったである。


「それにしても、小汚い。」


 後でお風呂決定だな。うん。


「がう!」


 ガイゼルの声に顔を上げると、闇に閉ざされた森の中にぎらつく光があることに気がついた。それは一つ二つではなく何百何千といった数で、気味悪くてちょっと引いた。


 まぁ、よくよく目を凝らして見てみると、それが猿共の目である事が分かり━━━━━やっぱり引いた。気味悪いっちゃぁ、気味悪いぜぇ。


 そんな気味悪い猿共は随分といきり立った様子で、生意気にも眉間にしわをよせこちらを睨んできている。

 身の危険を感じた訳でもないが、嫌な気配を感じた俺は猿共を指差しガイゼルに命令した。


「よし!」

「がぁぁっ!!」


 引き絞られた矢の如く、ガイゼルが猿共に突撃していく。

 結果は言わずもがなの阿鼻叫喚のお祭り騒ぎ。18禁スプラッターである。

 睨んできたわりには全然手応えがなくて違和感を感じる。あいつら、何がしたかったのか・・・・・。


 ガイゼルに任せきって油断していると、ガイゼルの猛攻を抜け俺目掛け猿が飛び込んできた。いや、俺と言うよりかは子供に向かってだ。


 折角助けたと言うのに横からかっ拐われるのは気にくわない。

 なので、俺は躊躇いなく腰元から引き抜いた銃をぶっぱした。


 ドン、という音と共に発射された魔弾は猿の頭蓋を吹き飛ばす。


 これで安心かと思えばそうでもなく、ガイゼルを抜けた猿共が次々と襲ってきた。同じように魔弾で猿共を撃ち殺していく。だが、猿の数は一向に減らず、ビビって逃げていく物もいない為に切りがない。

 面倒臭くなってきた俺は地面に転がる子供を小脇に抱え、この場を脱出する事にした。


「ガイゼル!」


 乗るために呼び掛けて見るが返答がない。

 どうやら、向こうもそれどころでは無いようだ。


 そうこうしてる内にガイゼルの抜けてくる猿共の数が増えていく。群れと襲ってくる猿共にうんざりしつつも、また拳を握り締め直した。


「手加減、してやらないからなっ。」


 最後の忠告を口にして。









 ◇━◇









「━━━━━━━━━━━っ。」




 森から響く僅かなその音に、彼は耳を傾けた。

 常人であれば聞き分ける事が出来ない程の小さいその音を、彼の耳はしっかりと捉えていた。

 そして、その音の意味を知り、笑う。


「かはっ!こりゃ随分と威勢が良いのがきたな、おい!そうこなくちゃぁな!!このままじゃ退屈で死ぬ所だったぜぃ!」


 嬉しそうに、楽しそうに、手を打ち合わせるその姿はまるで玩具を渡された子供ようだった。

 尤も、そうして笑うその男は老齢の男であり、端から見ればその行動と姿には違和感しか感じない事だろうが。


 笑う男の側で大きな金属の塊がギクシャクと動き出す。

 男を真似ているのか、その大きな金属の塊は手と思わしき物を打ち合わせガィンガィンと重たい音を響かせた。


 その様子に満足したのか、男は視線を再び森へと戻す。

 そして、口笛を吹いた。


「オオォォ・・・・。」


 男の口笛に返事を返すように、金属の塊が小さく唸る。

 アジャータの森の中で一際大きい大樹『ベロンの木』に腰掛けたその金属の塊は、重いその腰をあげ立ち上がると分厚い胸板を叩いて咆哮をあげた。


「オオオオオォォォォォォ!!!!」


 咆哮と共に響く岩を打ち付けるような轟音。

 森に潜む猿人達は、それに呼応するかのように歓喜の声をあげる。


 男はその様子を眺めながら狂気に満ちた笑みを浮かべた。


「かははっ!!『シーミュウス』一緒に楽しもうぜぇ!!楽しい楽しい、戦争の始まりだぁ!!かっはははははは!!!」


 シーミュウスと呼ばれた金属の塊と男の声が森へと響いていく。

 呼応する獣達の声も入り雑じり大気が震える。












 こうしてユーキの知らぬ所で、新たなる戦いの火蓋が切って落とされたのだった。

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