機甲兵団と真紅の歯車 35・契約書はよく読んで
サロンへと辿り着いた俺が見たものは、優雅にお茶を楽しむエルフ━━━━ではなく、口をリスのように頬を膨らませた食いしん坊エルフだった。
お茶菓子入れを我が子のように抱え込み、溢れんばかりの笑みを浮かべたエルフのお姉さんは、俺が部屋にきた事にも気づかずに尚もパクパクとお茶菓子を租借していく。
「こほん。」
見かねたカルデラさんが咳払いをして俺が来た事をアピールするが、エルフ姉さんの手は止まらない。気づかない。
その様子に青筋をたてたカルデラは叱責しよう口を開いたが、先にそれを咎めたのは意外にもゲロ子だった。
「そこの耳長女っ!!ユーキ様がいらっしゃってるのが目に入らねぇんですか!?あぁぁあん?!」
「っごふっ!!ごほ、ごほっ!はわぁ!?」
漸く俺達の存在に気がついたエルフ姉さんは、驚きと共に喉にお菓子を詰まらせ苦しげに咳き込む。
そんなエルフの姿に、ゲロ子は更に追い討ちを掛けていく。
「聞・こ・え・て・ま・す・か・ああぁぁぁぁん?その無駄にデカい耳はなんの為にあるんですかぁ?飾りですかぁ?アクセサリーですかぁ?だとしたら趣味最悪ですねぇ?━━━あぁ、それともあれですか?もう老化現象がきてるとか?見掛けに寄らずエルフってのは平気で百や二百生きやがりますからね。見掛けは年端もいかない子供でも、本当はいい歳こいたババァなんて珍しくもない話ですもんね。おぃ、ババァ、なんか言ったらどうですか、バ・バ・ア。」
こいつ、基本的に俺以外に態度悪いけど、今日は特に態度悪いな。最悪だな。
何がそんなに気に触ったんだろうか・・・・腹でもへってんのか?さっき綺麗に吐ききったしな。
エルフ姉さんはゲロ子の悪態に多少押され気味に体を引いたが、少し怯んだだけのようで直ぐ顔を引き締め立て直した。いつもの受付モードに早変わりだ。
「申し訳御座いません。お呼び立てしておいて、このような情けない姿をお見せしてしまいまして。」
綺麗なお辞儀に思わず見とれる。
さっきまでお菓子で頬をパンパンにしていた人とは思えな━━━━い事もないな。だってお茶菓子入れ抱えたまんまだし。
なんだ、このお菓子へのあくなき執着心。呪われてるのか?
「けっ!今更取り繕っても遅せーんですよ。ユーキ様、こんなリスエルフの話なんか聞く必要ないですよ。さっさと追い返しましょう。どうせ碌な事━━━」
「そいやっ。」
「へぶぅん!?」
話が進まないのでゲロ子にはデコピンをプレゼントしておく。
涙目になりながら「ふごぉぉぉぉぉ」と悶え苦しむゲロ子を横目に、俺はエルフ姉さんに向き直る。
「それで?話ってなんだ?」
そう言うと、エルフ姉さんは隣に控えていたカルデラさんを見た。
・・・・ん?何?
視線の意図を読み取れなかった俺に、カルデラさんが耳打ちしてくれる。
「どうやら、二人きりで話を為さりたいみたいです。」
ああ、そういう。
回りくどいなぁ、もう。
「そう言う事なら、カルデラさんには悪いんだけど部屋の外で待ってて貰えるか?」
「ユーキ様の仰せのままに。そこに転がる吐瀉物はどうなさりますか?」
「どうだろ?」
エルフ姉さんに聞いてみると、ゲロ子にも聞かれたくないようだったので、カルデラさんにお願いして廊下へと引きずり出して貰う。去り際、「早まらないでっ!ユーキ様っ、お願いだから早まらないでくださいねぇえぇぇぇぇぇ!!」と懇願していたが、なんの事だろうか。分からん。
ゲロ子とカルデラさんがいなくなり、漸く静かになった部屋でエルフ姉さんは深々とお辞儀をした。
「改めまして、自己紹介をさせて頂きます。ギルド連合ガザール支部で第二受付の担当をさせて頂いております、ミミ・ザガン・ルール・バチスタと申します。以後、お見知りおきを。」
「はぁ。えっーと、ユーキだ。宜しく。」
おぉ。なんか大層な名前がついてるな、この人。
偉い人系?
「王族だったりする?」
「?いいえ、普通の一般家庭の出ですわ。」
「そか、ならいいや。」
王族だったりしたら、話し方とか気をつけないとだしな。
面倒な事はごめんだから良かった。
「こほん。それでですね、まぁ、色々と話すべき事はあるのですが、早速本題からお話させて貰いましょう。」
「うん?」
「わたくしが此処に来たのは二つの理由からです。まず一つは、ある依頼の紹介です。もう一つは、アルシェより頼まれて調べた、ある人物の情報を貴女に伝える事です。」
「アルシェが?」
俺の脳裏に、腹黒そうに笑うアルシェの顔が浮かんだ。
うん、いい笑顔だ。
・・・・ん?てか、この人、あのアルシェを呼び捨てにしなかった?
ミミは腰元のポーチを開くと一束の羊皮紙と、丸めた一枚の羊皮紙をテーブルの上へと取り出した。
「こちらの丸めてある方が紹介したい依頼です。勿論こちらは強制ではありませんし、受けなかったからと言って何らかのペナルティーが与えられる訳ではありません。あくまで貴女の実力を考慮した上での、いちギルド職員からのお願いです。内容をよく吟味して頂いてから、判断してくださって構いません。」
ふぅん。依頼の紹介とか初めてだな。なんだか、認められてる気がして悪くない。━━━まぁ、目立つのが嫌で、他人に極力バレないよう力使ってきた事を考えれば、全然嬉しくないお誘いではあるのだけど。
「そして、もう一束が『ご友人』の情報を書き記した物になります。」
ご友人。
その言葉に俺は顔を跳ねあげた。
目を見開いて驚く俺に、ミミは目を細める。
「お探しの方は『シェイリア』と、『ロイド』で宜しかったのでしょうか?」
そう言われ、俺は急ぎ羊皮紙の束に手を伸ばした。
そこには三年前に別れてから、どうしていたか気になっていた二人の事が書かれていた。
その内容はギルド連合に関連した物ばかりで、受けた依頼だとか達成した依頼がどうだとか、そういう物ばかりではあったが、少しでも二人の事を知れて嬉しく思う。
ただ、一点だけ気になる事があった。
「なんで日時が、一年前から途切れてんだ?」
渡されたそれには、三年前から一年前までの間、約二年の間におきた事だけしか書かれていなかったのだ。
渡し忘れかと思いミミを見たが、首を横に振られた。
「現在、アスラ国は他国との間に情報規制を敷いています。不可侵領域とまで呼ばれたギルド連合もその対象になっておりまして、ここ一年の間におけるアスラ国内の情報はギルド連合の事ですら把握出来ていないのです。どうかご容赦を。」
「情報規制?三年前はそんな感じの国じゃ無かったと思うんだけどなぁ。」
緩いとまではいかなくても、もう少し抜けがあった気がする。
南部の山脈なんて、国境を越える商人の抜け道になってたくらいだし。
「まぁ、いいや。そこら辺は行ったら分かる事だし。それよか、シェイリアがチームを組むようになるとはな。」
俺がいなくなってから約一年ほどした頃。
シェイリアはエルキスタで『女神の剣』と言うチームを結成している。メンバーの名に見覚えはないが、シラフのシェイリアが選んだ人間なら心配はしていない。健全に頑張っている事だろう。
全員が女の子という異色のチームであり、結成当時は賛否両論ではあったがかなりの反響を呼んだらしい。幾多の依頼の達成を経て認められていき、情報規制が掛かる前の最後の報告では、メンバーの戦士ランクは平均6に達し、リーダーのシェイリアはランク8間近と噂される程になったとか。
たった一年でランク8目前とか。
シェイリアは武神レイベウロスかも知れない。
「それに比べてロイドは・・・・」
何枚もある羊皮紙の中で、ロイドに関する項目は少なかった。
一時はシェイリアと行動を共にしていたようだが、シェイリアがチームを結成してからはギルドメンバーとして一切活動していない。
それからの一年間の消息はまったく分かっておらず、規制が掛かる寸前に王都のギルド連合で金を預けた記録が残っているだけだった。
「うーん、まぁ、あいつの事だから大丈夫だと思うけど。でもなぁ、あいつ所々でヘタレだからなぁ。」
悪い事してないといいな。
友達のそう言う姿は、あんまり見たくないし。
二人の現在は分からないままだが、少なくとも一年前までは元気である事を知れて良かった。
この調子なら、今もきっと元気だろう。
俺は貰った羊皮紙を懐にしまう。
無くさないようにうちポケットの一番深い所だ。
「━━━ふぅ。さてと、まずはありがとうございます、かな?二人の事知れて良かったよ。でも、こう言うのって、良くないんだろ?アルシェさんに頼んだのは俺だから一応謝っておく、悪かったな。」
「いえ。お気に為さらずに。確かに誉められた事ではありませんが、咎められる事でもありませんので。━━━多少、裏技的な事はしましたが、きちんと手続きをして行った"正当"な情報提供です。貴女が気にかける事ではありませんよ。ですが━━━━」
ミミは身体を乗り出し俺に迫る。
息が掛かる距離まで顔を寄せたミミは、うっすらと笑みを浮かべたまま続ける。
「━━━━ですが、まぁ、多少なりとも無茶をしております。誉められもしなければ咎められも致しませんが、それはワタクシが積み上げた功績があってこその話。普通の職員であれば解雇の可能性もあれば、罰金刑に処される事もあったでしょう。尤も、今回の件でワタクシの功績にも傷がつきましたので、次は同じ事をする訳にはいきませんけどね?それらを踏まえて、ワタクシの労力や払った代償について気にかけて頂けると仰るのでしたら、是非ともこの依頼を受けて頂きたいと申し上げておきます。」
あまりの迫力に、俺は羊皮紙を開ける事すら出来ず頷いてしまった。折れるかと思ったくらい、コクコクとヘッドバットである。
「そうですか、お受け頂けると。それはありがとう御座います。では手続きを致しますので、此方にサインと、ギルドカードの提示をお願いしますね。」
俺は言われるがままギルドカードを提示して、手渡された羊皮紙にサインをした。
ミミはそのギルドカードの手続きを済ませ、さっさとサインの書かれた羊皮紙を手に取るとにんまりと満面の笑みを浮かべる。
「貴女の事はアルシェより伺っております。なんでも、かなりの実力者でありながら、約束ごとには誠実であるとか。依頼の達成、心よりお待ちしておりますわ。では~!」
それだけ言うと、ミミはお茶菓子入れを両手で抱え出ていってしまった。帰り際の華麗なスキップを見るにご機嫌で帰っていった事だろう。
というか、嵐のような一時に俺はただただ呆然である。
暫くすると開いたドアからゲロ子が怪訝そうな顔つきで入ってきた。そして、俺の手元にある羊皮紙を見つけると、頭を抱えてて「うんにゃぁぁぁぁああ!」と奇声をあげた。
「うぉっ!?どした!?」
「どした、じゃないんですよ~!あれほど早まらないで下さいと言ったじゃないですかぁ!!なんで、こうも、あぁもう!」
なんか知らんがゲロ子がオコのようだ。
いや、まぁ、理由は俺の手元にあるコレなんだろうけど。
「そんなに怒んなよな。大丈夫だって。俺が強いのは知ってんだろ?余裕で片付けてやるってばさ。」
「強いのは知ってますよ!!あたしも、その化物みたいなワケわかんない力に頭を地面に埋まる勢いで下げたんですから!!」
「お、おお。なんだ、急に認めてくんなよ。なんか照れるだ━━」
「でもそれ以上に、ユーキ様死ぬほどチョロいんですから、自覚して気をつけて下さいよぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「チョロぉっ!?」
ドスっと、何かが俺の心に突き刺さった。
「・・・・チョロ、・・・チョロい?え?」
「あんたですよぉ!ユーキ様!あんたの事ですよぉ!あんた様の元で過ごした数日間と、初対面の時から何となく分かってた事ですけどね、チョロ過ぎるんですよぉ!!もっと、人の心の裏を考えて下さいよぉ!!」
そんな事、初めて言われた・・・。
俺って、チョロかったのか。
いや、まて、シェイリアはよく褒めてくれたじゃんか頭が良いって。信じろ、信じるんだ、俺の中の可能性を!!
「俺はチョロくない!!」
ビシッと指を突きつけてやると、胡散臭そうにゲロ子が眉間にしわを寄せた。
「んじゃ、何があったか教えて下さいよ。」
挑発するような言い草に、空いているもう一本の腕も使いダブる指差しして言ってやった。
「吠え面をかくといい!」
五分後。
部屋には完全に論破された正座する俺と、腕を組み上から目線に成り代わったゲロ子もとい説教子がいた。
「ユーキ様。今回の件につきまして、あたしは溜息しか出ません。」
ゲロしか吐かない奴にこんなことを言われる日が来るとはな。
くそぅ。
「・・そんな事、言われるほど、やらかしてないし。」
「やらかしてんすよ。しっかり。」
説教子は依頼書を手にし、見せびらかすように目の前をヒラヒラさせた。
「まずはこの依頼を引き受けてしまった状況についてですが・・・・。はっきり言いましょう、引き受ける必要性がまったくありません。」
「うぐっ。」
「エルフ女が言ったように、ユーキ様が必要とした情報は安くはありません。なにせ、厳戒体制をしいたアスラ国内にいる人物の情報ですから。━━━ですが、それは現在進行形の情報を手に入れようとしたらの場合です。元からある寄せ集めの情報とは訳が違いますよ。・・・しかも、今回集めた情報はギルド連合関係の物ばかり。ギルド職員であるあの女にとって、これ程楽で手を抜いた仕事は他に無いでしょうね。払った代償?かかった労力?はっ、笑えますよ。」
ビシッとおでこに突き刺さる説教子の指。
悔しくて涙出そうである。
・・・・・ぐすん。あかん、でた。
「━━━と言うかですね。引き受ける義理すら無いんですよ。仮にあったとしても、それを果たすのはアルシェとか言う貴族様であり、ユーキ様は契約を果たした対価として情報を得るだけで良かったんです。同情も、恩も感じる必要まったくありません!!」
「でもさ、嬉しかったし・・・・。」
「嬉しかろうが、苛立っただろうが、悲しんだだろうが、そんな事はどうでも良いんですよ!!なんにも考えずにサインするなっていってんですよ!!この依頼書がまともな部類に入っているからまだしも!不当な内容でっ、その上魔術契約書だったりしたらどうするつもりだったんですか!?知らぬ魔に犯罪者になってたり、奴隷にされたり、婚姻されたりしたいんですか!?」
「・・・・・したくないです。」
「だったら気をつけて下さいよぉ!あんた様に何かあると、あたしがヤバイんですから!!! 」
「・・・・うぅ、はい。」
がちで怒られるとか、まじか。
精神年齢的には俺━━━━━いや、まだ子供だな。17とちょっとか、子供だな。うん。だから怒られるのも可笑しくは・・・ないと思いたい。
説教子は苛立ちながら、依頼書に視線を落とす。
さっと、上から下まで眺める終えると深い溜息をついた。
「・・・・幸いな事に、この依頼にそれほど大きな裏は無さそうです。依頼難度には些か引っ掛かる所はありますが、ギルドのやり口を知っていればそう珍しくもない話なので大丈夫でしょう。」
「そ、そっか。良かった。」
「ええ、本当に幸いな事に!・・・・ですが、依頼難度に不審な点がある事は忘れないで下さいよ。明記されている限り、依頼難度は5とありますが、私の予想では6。下手を打てば7に届く可能性すらありますので。まぁ尤も、ユーキ様の実力があれば、その程度は誤差の範囲ではあるとは思いますけど。」
「う、うん。分かった。気をつける。」
「本当にお願いしますよ。」
そう言って小さく溜息をついた説教子は、テーブルに依頼書を落とすと、「前のお仲間とやらは、さぞ苦労したんでしょうねぇ」とか呟きながら部屋を出ていった。仕事につかう道具を調達しにいくようだ。
それにしても、言いたい放題しやがって・・・・前の仲間とは上手くやってたつーの。・・・・やってたよね?大丈夫だよね、シェイリア?ロイド?
「・・・・・・━まぁ、いっか。」
いくら考えても答えの出ない問題を一旦放って、テーブルに置かれた依頼書を手にした。
そしてそこに書かれていた文にもう一度目を通す。
「アジャータの森に住む、カザジャ族への荷物の運搬━━━━か。難度5。達成報酬、金貨2枚。」
簡単だと良いなぁ。
文を読みながら、心底そう思う俺であった。
おまけー。
ユーキを叱った直後の、廊下でのゲロ子の様子
ゲロ子「おろろろろろろろろ」
メイドその一「うわぁ(゜ロ゜)」




