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機甲兵団と真紅の歯車 32・過ぎ去った騒乱と①

 騒がしい夜が明けてから、翌日。

 喧しい王族から避ける為、ゲヒルト家に引き籠る事を決めた俺は、いつもの寝室で悠々自適にゴロゴロしていた。


 忙しかった。

 本当に忙しかった。


 平原で下僕を回収してから王邸に戻った俺が見たものは、そう言えば街に放置してすっかり忘れていたロアと、別れた筈のキーラと、死にかけの女を背負ったネアクーネと、やけににこやかな王様と、少し疲れ気味のアルシェと、フサフサアイドルな狼子と、元気可愛いリビューネだった。━━━あ、ヤヨイもいた。笑顔のヤヨイもだった。


 一から全部聞くと面倒だと思ったので、ネアクーネが背負っていた死にかけ女と平原で拾った下僕をエルイーゼの癒しの盾で全回復させ、面倒は全部アルシェにポイして下僕とリビューネをお土産にゲヒルト家に帰って来た。

 去り際、皆がそれぞれやたらと煩かったが、面倒だったので無視してやった。

 もう俺の体力と精神が限界だったので仕方ない。寝たかったんだもん。


 そうして明けた翌朝。

 窓から差し込む光に優しく起こされた俺は、大きな欠伸をかきながらのそっと起きた後、特に何をするでもなくウトウトしながらゴロゴロしていた。・・・・・・ぐぅ。


「ユーキ様。」

「ふにゃっ!?」


 突然掛けられた女性の言葉に意識が覚醒する。

 寝惚け眼でそこを見ると、いつものメイドさんがいた。

 ゲヒルト家のメイド筆頭、カルデラさん51歳。既婚者で二人の子息持つ背筋の延びた銀髪おばさんである。


「━━━あー、おはよう。」

「お早う御座います。よくお眠りでしたのでそのままにしておくつもりでしたが、こうして起きられたのです。直ぐに朝食の準備をさせますので、召し上がられたら如何でしょうか?」


 朝食、朝食かぁ。


「えーと、じゃぁ、うん、よろしくお願いします。」

「畏まりました。朝食は広間の方へご用意させますので、そちらでお待ち下さい。イース、後は頼みましたよ。」


 そうカルデラさんがお願いすると、彼女の後ろに控えていたメイド四天王の一人であるイースさんが頭を下げた。イースさんはボブカットな栗毛の髪を持つ、可愛い系美人さんである。


「はい、カルデラ様。」


 イースさんはその愛嬌のある笑顔で微笑む。

 そのイースさんの様子に頷いたカルデラさんは、俺とイースさんを残して颯爽と部屋を出ていった。見た目は歩いているようにしか見えないのだが、その歩行速度は走るそれと変わらない不思議メイド歩行だ。


 カルデラさんがいなくなり、「さて、広間に行こうか」と立ち上がるとイースさんが笑顔で通せんぼしてきた。何ぞや?


「ユーキ様。そのままのお召し物で朝食に行かれるつもりですか?」


 そう言われて、自分の姿を見下ろす。

 昨日の黒ドレスだ。ちょっち埃で汚れているが、そう見映えが悪い訳でもない。・・・・いいんじゃね?


「だめ?」

「駄目です。」


 駄目だった。


「奥様からユーキ様に誂えた普段着用のドレスを数着頂いておりますので、そちらにお着替え下さいませ。」

「ド、ドレスぅ・・・?」

「はい。此方に。」


 そう言ってイースが開いたクローゼットの中には、フリフリのついたピンクのドレスや、胸元ががっつりあいたエロドレスなど、俺が嫌がりそうな物が積極的に詰め込まれていた。

 これは、間違いなく、嫌がらせである。


「━━━━こっ」

「こ?」

「ことわーるっ!!」

「お断りなさる事をお断りさせて頂きます。さ、お好きな物をどうぞ。」


 俺の意思、ガン無視か!


「無いんだってば!!ズボンくれ!もしくはローブでも可!」

「ズボンなんてそんな。ユーキ様のような方が穿かれるような物ではありません。因みにローブの予備も勿論ありませんよ。」

「俺のがあるじゃん!」

「残念ですがユーキ様のローブは今、リビューネ様がシーツ代わりに抱き締めて眠っておいでです。起こしますか?天使の如く柔らかな表情で眠る、リビューネ様を起こして、お気に入りと化しているローブを取り上げてきますか?」


 なんて聞き方をするんだ、このメイドさんめ!

 それじゃ、うんそうして、とは言えんじゃないか!くそぅ!


「うぅ・・・・分かったよ。」

「では、お好きな物をどうぞ。お召し替えは私が致しますので。」


 そう言われてクローゼットを見る。

 だが、皆同じくらいに嫌だ。それに同じに見える。


「ん、じゃぁ・・・・一番地味なやつ。」

「はい、では此方で。」


 そう言ってイースが取り出したのは━━━━







「いやぁーーーー!」







 ━━━━その後、大切な事はいつだって自分で選ばないと大変な事になるんだって、改めて知った俺だった。








 ◇━◇






「・・・・・・っつ。」


 胸元に僅かに走った痛みで意識を取り戻したあたしは、ぼやけた視界のままゆっくりと辺りを見渡した。


 自分の身体をすっぽりと収まるキングサイズのベッド。

 ベッド上部から垂れ下がる複雑な刺繍が施されたカーテンレース。そのレースからうっすらと覗く外の風景は、いかにもお貴族様のお住まい感漂う。


 自分の手元に視線を落とすと、両腕をがっちりと締め付ける皮製の拘束具が目に入った。拘束具から伸びた鎖がベッドの端にくくりつけられている。


「・・・・・はぁ。これは、やっちまいましたかね。」


 考えるまでもない、恐らく捕虜にされたのだろう。

 しかも最悪な事に貴族様によってだ。


 自分を捕らえた者が公的機関であれば国としての建前もあり、それなりの対応を受けられる可能性もあった。だが、個人に捕らえたとすれば、捕らえたその個人の裁量にあたしの身柄は左右される事になる。それはつまり、何一つ保障されず食い物にされると言うことだ。


「はぁ、こうなったら、覚悟決めなきゃなんないですかねぇ。身体を求められる位ならわけないですけど、拷問ちっくなのは勘弁願いたい所ですねぇ。苦手なんすよね~。」


 一人言に答える者は当然いない。

 だが、それと同時に感じる違和感があった。


「おんやぁ?」


 てっきり何処かしらに貴族の兵が潜んでいるかと思っていたけど・・・・違うようだ。声に反応する気配を一切感じない。


「って事は、あたし本当に一人きりで部屋に?まじですか?」


 拘束具をつけているとは言え、それは油断のし過ぎだ。

 確かに今あたしが打てる手は無いが、普通は最悪を想定して見張りをつけるものだ。

 それが無いと言うことは、敵がとんでもない阿保であたしが逃げるわけがないと思っているのか、それとも━━━━


「逃げられる訳がないと思っているのか、ですかね?」

「そうっすよ。」


 ぞくりと、した。

 恐ろしくて振り返る事が出来ない。


 気配など露ほども感じなかったと言うのに、そこに何かがいる。いや、今もいる筈だと言うのに欠片も気配を感じない。

 気配を消すと言う行為は口で言うほど簡単な物ではない。生物である以上、多かれ少なかれ気配は存在する。してしまう。

 それは呼吸であったり、無意識に垂れ流す魔力だったり、知らずに上下する体温だったりする訳なのだけれど、無機物でもない限りそれが無いなんて事は有り得ないのだ。


 だからこそ、生物である癖に気配を完全に絶つ事が出来るなんて存在は、大概碌な物で有るわけがない。


「ははっ!凄い警戒されてるっすね!いいっすよ!それでこそ、ゆーきんが認めた一般人代表っす!」


 パンパンと楽しげに手を打つ音が聞こえる。

 ただ、気配は依然感じない。


「うちがどういう存在か分かってくれてありがたいっす。これで話を早く進められるっすから。」

「話?」

「そうっす。手短に話すから、よく聞くっすよ?」


 耳元に暖かみを感じた。恐らく顔を近づけてきたのだろう。

 気配が読めたのは、後ろの相手がわざとそうしたに違いない。


「ゆーきんに何かあったら、その時点であんたの事くびり殺すんで、よろしくっす。」


 恐ろしい殺気と共に叩きつけられた言葉で、冷や汗が吹きあがる。


「正直、個人的にはあんたの匂い嫌いじゃないんす。如何にも人間臭い感じがして。けど、ゆーきんの下僕と考えると全然不合格なんすよね。直ぐ裏切りそーなんで。ゆーきんの頼みだからこうして生かしてやってますけど、本当は直ぐにでも輪廻の輪に叩き込んでやりたいんすよ?残念っす。」


 あたしの頬を何かが撫でていく。

 指だと思うのだが、確証が持てない。

 触られていると言うのに、あまりにも気配が無さすぎて判別出来ない。


「あっ、一応補足しとくっすよ。多分これからうちが召喚獣だって事を聞いて、多少なりと安心すると思うんすけど、それ間違いっすから。うち、ゆーきんがいなくても全然普通に外へ出てこられるんで。ゆーきんに何かしたら即ぶっ殺にいくんで変な事は考えないようにしてほしいっす。━━あ、それと後もう一つ。もしゆーきんの身になにか不幸が起きて最悪死んじゃったったとするっすよね?そん時も、あんたに一切の落ち度がなくて関係性が全然なかったとしても、やっぱり殺しにいくっす。」


 落ち度もどころか関係性もなくてもっ!?


「それが寿命とかでない限り、絶対殺しにいくっす。分かってると思うっすけど、簡単には殺さないっすからね?だから、頑張って下僕の職務を果たすんすよ。文字通り、命を掛けて御使いするんす。そう難しい事でもないでしょう?自分から下僕になる位、やる気に満ちてるんすから。」


 指らしき物がふっとはなれていく。


「あんたの頬に目印つけたんで、逃げようなんて考えるんじゃないんすよ~。絶対に逃がさないし、逃げたらその時点で殺しますんで。ではまた、出来れば味方で会いましょうっす。」


 あたしの返事も録に聞かず、声は少しずつ遠ざかり部屋に溶けていった。


 それから暫く、あたしは緊張の糸を張りつめたままゆっくりと周囲を見渡し、何もいない事が分かるとベッドに抱きつき止まっていた呼吸を再開した。

 吹きあがる汗とカラカラになった喉が、如何に危険な相手に後ろを取られていたのかを身体が教えてくれる。


「し、死ぬかと思ったぁーーーーー!!!ばっかじゃないの!?えっ、なにっ!?そういう、そういう流れっ!?味方に撃たれたと思ったら、また味方に殺されかけるとか、えっ何、死神でついてんのあたし!?うはぁぁぁぁぁあ、やべぇ!あたし、つくとこ間違えたかもぉぉぉぉぉ!!!」


 不味い、全力で不味い。

 泥舟から脱出したと思ったら、次の舟は見てくれは立派なのに蓋を開けたら猛獣の縄張りでしたとか?笑えねぇ!!


 ベッドでゴロゴロしながら安易な選択をした事実に自己嫌悪していると、不意に部屋の扉がノックされた。

 気配は普通の人間だ。よかった、それだけで安心する。

 いや、まぁ、普通の人間にしても中々厳ついオーラではあるんだけども・・・・。


 あたしのどうぞも関係なしに扉が開かれる。

 おぉ、のー礼儀。まぁ、捕虜相手にそれはしないか。


 部屋に入ってきたのは赤茶色の髪を三つ編みで纏めた、平均より色々ちっこいメイドだった。

 メイドはニコリともせず、あたしを見つめる。


「━━━あら、もうお目覚めでしたか。お早い事です。」


 投げ掛けられたのは刺のある言葉。

 好かれていないのは嫌と言うほど伝わる。


「ははっ、随分なご挨拶ですね~。痺れちゃいますよ。我が祖国と違って、東方国は品の無い挨拶が流行っているんですかね?」

「いえいえ、勘違いされては困ります。貴女限定の挨拶ですわ。貴女のような腐った溝臭い鼠には丁度良いと思いまして。」


 溝臭い、ねぇ。


「小綺麗なのは格好だけって事ですか?そう言うあんたも、臭ってますよ?あたしと同じ、糞みてぇな臭いが。ここにいて良いんですかぁ~?」


 メイドの顔が僅かに歪む。


「ええ、否定はしません。私も元はスラムの人間ですから。ここが相応しいとは思ってません。━━ですが、貴女に言われる筋合いはありません。何より奥様に認められてここに居ることを許可されていますので、どうぞお構い無く。」

「そうですか。そりやぁ、良かったですね~。」

「不愉快な話し方をする人ですね。性格ネジ切れているんじゃないんですか?」


 性格がネジ曲がってるとは言われた事あるけど、ネジ切れているとか初めてだなぁ。

 あたしって、結構普通だと思うんだけどな。あの化物も人間的って言ってたし。


「まぁ、良いです。それより貴女に面会です。さっさと準備をなさい。」

「はぁ?」


 面会?あぁ、この屋敷の貴族様か。

 楽しい楽しい取り調べの始まりって事ですかねぇ。


 これからを考えてブルーになっていると、メイドが溜息をついた。


「何を考えて暗くなってるのか知りませんが、恐らく違いますよ。」

「はぁぁ?」

「貴女に面会を求めているのは、奥様でも、旦那様でもありません。」


 そう言われて、脳裏に気絶する前の光景が浮かび上がった。

 胸を貫く痛み、そしてあたしの胸を貫いたであろう魔弾指先一つ動かさず防いだ赤髪の女。

 あたしの全力をなんの気無しに圧倒した、赤髪の悪魔。


 思い出して、背筋がぞっとした。


 メイドとの罵り合いに興が乗って、すっかり現状を忘れていた。つい今しがた、その手下らしき奴に脅されたと言うのに。

 忘れてはいけない、最悪の現状が目の前にあると言うのに。


「そ、そ、それ、は━━━━」

「?ええ、ユーキ様です。さ、準備なさい。」













「うぉえぇぇぇぇぇぇ!!」


「きゃっ!?な、何をしているの!!!」






 ユーキの姿を完全に思い出したあたしの胃袋は、あっさりと限界に達し痙攣し痛みを訴えた。

 そして、もうね、吐いた。


 黄色い液体が出るまで、吐いた。


 苦いっ。





 ◇━◇





 ふりっふりのドレスを纏い仏頂面のまま広間の扉を開けると、そこにはいつもの執事さんとメイドさん達、それと下僕その一の姿があった。下僕その一の手には錠が嵌められている。


まぁ、昨日まで敵だったしな。

やむなし。


メイドさん達の気持ち的にもこの状態が安心出来るだろうし、ご飯を食べるのにはギリ邪魔にならなさそうなので、今回はそのまま頑張って貰うとしよう。うん。


 下僕その一に「よっ」と気軽な上司を装って挨拶をするが、視線を逸らされた上に身震いされた。解せぬ。

 メイドさんがそそくさと席を用意してくたので、待たせるのも悪いと思い早速座り朝食を貰う事にする。


「ユーキ様、朝食のご説明は必要でしょうか。」


 ずらりとテーブルに並ぶ料理を前にメイドさんが聞いてくる。

 この屋敷に来てからというもの、ご飯の前には必ずこれを聞かれる。正直聞いてもさっぱりだし、なにより料理は温かい内に食べたい派なのでご遠慮願いたいのだが、メイドさんの滲み出る親切心に負けていつもお願いしてしまう。


 そして今日も、いつも通りに「お願いします」をするのであった。





 メイドさんの有り難い説明を受けながら朝食を頂いていると、下僕の手が進んでない事に気がついた。見ていると、さっきからちっとも食べようとしていない。

 馴れない豪華な朝食に戸惑っているのか?だとしたら俺と同じだ。だって俺も初日はちょっと泣いた。後になって飯代払えとか言われたら、絶対無理だもん。借金奴隷確定だもん。新手の拷問かと思った位だ。


 まぁでも、郷に入っては郷に従えとも言うし、馴れるしか解決方法も無いので頑張って食べて貰うしかない。貴族の出したもん残したら、それはそれでいちゃもんつけてきそうだし。ゲヒルトのおっさん家はそう言う事はないと思うけど。


 取りあえず色々と緊張しているのであろう下僕に声を掛ける事にする。


「おい、下僕。食べないのか?」

「は、はいぃ!!た、食べさせて頂きます!!」

「お、おう。」


 俺の一声を切っ掛けに、皿に乗った料理を水でも飲むかのように喉へと押し込んでいく下僕。

 どうやら腹は減っていたけど、あまりの豪華な料理に戸惑っていただけらしい。お腹の具合が良くない可能性も考えていたけど、そうでないならひと安心だ。


「あははは。誰も盗らないから落ち着いて食えよ。そんなに慌てて食うと、喉に詰まるぞー。」

「っふ、うぐっぬぅお!!」

「早速詰まってる!?」


 メイドさんに背中擦られながら、ゴホゴホとえずく下僕。

 こいつは・・・・・阿保なのかも知れない。


「おろろろろろろ━━━」


 あ、吐きやがったこいつ。


「はぁ、お前な。」

「も、申し訳御座いません。そ、その、お見苦しい所をお見せしまして。」


 うーん、なんだこの辿々しい敬語は。

 背筋が寒くなる。


「普通に話せ。お前そんな感じじゃなかったろ?」

「はっ!?いえ、でも、もう下僕ですし・・・・。」

「俺が嫌なんだよ。頼むから昨日みたいにしてくれ。あの、なんつーか、頭の悪そうなあの感じでいい。」


 下僕は辺りをキョロキョロしてから少しの間悩んだようだったが、決心したのか顔を強張らせながらごくりと喉を鳴らした。そして恐る恐る言う。


「あ、あの、じゃぁ、いつもの感じで話すけど。その、あたしの口調がムカつくとか言う理由でぶっ殺したりしない?」

「おまっ、俺をなんだと思ってんだよ。しないよ。」

「そ、そっかー。それじゃ・・・・・・はぁーーーー、いやぁ、助かったっていうか、肩の荷が降りたっていうか、あたし苦手なんですよねぇ~。敬語とか、まじないですって感じなんで。」


 一気に馬鹿っぽくなったな。

 まぁ、気楽で良いけども。


「あ、そう言えば、あたしまだ自己紹介してませんでしたよね?あたしカノン・イヴァシュって言います!エクスマキア皇国では軍部『陸徒機甲兵団』に所属していました!部隊のコード名は『砲撃』です!気軽にカノンちゃんって読んでください~!」


 なんかキラッとした気がする。

 オノマトペを当てたら、「キャピィ」とか「ルン」みたいなのが合いそうだ。うん、あざとい。


 俺が物珍しさから黙って眺めていると、下僕カノンちゃんが頭を下げた。


「ちょ、調子に乗ってスミマセンでしたっ!!祖国を捨てた下僕に名なぞいりません!どうぞ、道端の雑草とお呼びくださいませぇぇぇぇ!!うぇおぅぇっ!」

「怒ってない、怒ってないから頭下げるの止めいっ!てか、また吐こうとすんな!汚い!」


 急に謝りだしたり、吐き出したり、どうしたこいつ。

 情緒不安定過ぎるぞ。


 あ、そう言えば、昨日まで敵だったもんなこいつ。敵地のど真ん中で色々思う事があるのかも知れない。

 俺の下僕になった以上は俺が守ってやるつもりだけど、知り合ったばかりの俺を信用し切るとかきっと無理だろうし、普通に自分の行く末とか心配しちゃうよな。

 うん、ならば仕方ないか。優しくしてやろ。


「・・・・まぁ、なんだ。お前も色々思う事もあるかも知れないけど、そう肩肘張らずに普通にしてくれていい。さっき言った通り、敬語とか好きじゃないし。」

「怒ってない、いらっしゃらない?」

「いらっしゃらないから、その変な敬語は止めい。」

「はい!カノン、了解しました!」


 うん、本当に分かったのか心配だ。

 分かってくれてれば、良いなぁ。


「そうだ、すっかり聞きそびれてたけど、胸の傷大丈夫か?一応空いてた風穴は治しておいたけど、調子は悪くないか?痛かったりとか?」

「胸、傷?風穴?━━━━っは!?」


 俺に言われて漸く気づいたカノンは慌てて自分の胸元に視線をやる。おっぱいが溢れるんじゃないか位に服の首もとを引っ張ってしっかりと確認し、何故か狼狽え始めた。


「どした?」

「えっと、あたしなんで生きてるんですかね?感覚的に、片肺をすっ飛ばされたような気がするんですけど・・・・。あれ、もしかして、ここは死後の世界だったりします?」


 そうきたか。

 でもまぁ、あのまま放って置けば死んだかも知れないから、あながちその感覚は間違ってはいないんだよな。


「生きてるよ。怪我は俺の召喚獣が治した。」

「治した、ですか?あれを?」

「うん、治した。」


 俺の言葉に、カノンの顔色がまた悪くなった。


「ち、治療費は幾らですか。」

「要らないけど。」

「要らないっ・・・・要らないって、これで?」


 ブツブツとカノンが何かを呟いている。

 神位級じゃ━━とか、それをあっさり━━━とか、これだけで金貨何枚の価値が━━とか、なんかぼやいている。

 何がそんなに気になるのか、分からぬ。


「まぁ、良いや。元気そうならそれで。」

「いやいや、いやいや!ユーキ様、後でバレてとやかく言われるの嫌なんで先に一応言っときますけど、これって凄い事なんですよ!?普通の治療魔術じゃまず塞げなかった傷でしたし、完全に治したのだとしたらそれは最低でも上級の治療魔術って事になるんですよ!これだけで治療費に金貨十枚は堅いんですから!それに、ふ、古傷まで、癒してあるとか、もうこれ、神位級なんじゃ・・・・・うわぁぁぁぁ!怖いっ、怖くて聞けない!!神位級の治療魔術の代金とか、白金貨物じゃないですかぁぁぁぁ!!」


 あいつの治療ってそんなに高価なんだ。知らんかった。

 あっさりやってたから、大した事じゃないのかと思ってたよ。

 エルイーゼめ、ちゃんと教えておけよな!ぷんすこ!


 ・・・・ぷんすこは、ないな。ない。うん。


「金貨、白金貨、金貨━━━おぅえぇぇぇぇっ!!」

「うおぃ!汚いなぁもう!しっかりしろい!!治療費は本当に良いって。」

「本当、ですかぁ?!」


 さっきからそう言ってるだろうに。


「もう良いって。それよりゲロ子。」

「ゲ、ロ、ゲロ子・・・・。」

「いやだって、お前。あんだけゲロゲロされたら、そうなっちゃうだろうよ。ゲロ・ゲロ子。」

「━━あ、の、生意気言ってるのは分かるんですけど、あの、せめてカノンって呼んで貰えませんか?流石にゲロ子は無いんじゃないかなぁーって思ったりなかったり?」


「「・・・・・・・」」


 不服、か。

 ふむ、良かろう。


「うん、分かった。祖国捨て帰る場所を失ったお前に新たな名前を授けよう!これよりお前は、カノン・ゲロゲロ子だ!!!」

「あたしのファミリーネームとんでもねぇー事になってんじゃないっすか。」

「まるでここの床みたいだな。」

「申し訳御座いませんです。」


 下僕の失敗は主の失敗。

 という事で、床を静かに掃除するメイドさん達に二人で謝った。


 汚くしてごめんなさい。




 あ、掃除も手伝います。

 ゲロ子が。

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