機甲兵団と真紅の歯車 27・リロードされる闘争
「━━━━━お前は誰なんだよ。」
俺は確かにそう言ったのだが、金髪ツインテールからの返答はなく、戦場の喧騒を聞きながら数分を待った。
蝸牛の上は兎に角揺れる。原因はうちの子との戦闘なので、文句は言えないが、そろそろ気持ち悪くなってきたので自重して貰いたい・・・・・てか、返答ねぇな。
━━━うむぅ。
「・・・・お前は誰なんだよー、だよー、だよ━━━」
エコーを掛け繰り返してみる。もしかしたら、聞こえて無かったのかも知れないからな。
しかし、やはり返答は無い。
言い方か?言い方が不味かったか?
伝わってないのかな?うん?
「お前は誰なんですか?」
返答は無い。
「誰なんで御座いますでしょうか?」
返答は無い。
「お前様は一体どこのどちらさんで御座いまするか?」
返答は無い。
「おま━━━━」
「聞こえてるっつんですよ!!そう言うあれじゃない事位、空気読んでくれませんかねぇー!!?」
おおう。
激しいツッコミがきた。
いい筋してるぅ!
「━━━━たく!はぁ、"誰"ですか。はっ、そんなのこっちが聞きたいもんですよぉ。」
俺の質問にやっと返ってきたのは、そんな言葉だった。
むむ?質問を質問で返すとは。こやつ、さてはアホだな。
俺の馬鹿にしたような視線に気づいたのか、ツインテールは顔をしかめた。
「そんな面しなくたって、あんたの言いたい事くらい、ちゃんと分かってますよ。あたし頭良い方ではないですけど、それくらいの分別はつきます。ですけど、そんな事言われると、どうしても思っちまうんですよ。あたしは、何なんだって・・・━━━」
ツインテールは空を仰ぎ見た。
うっすらと掛かった雲空には、漆黒だけが広がっている。晴れていれば満天の星空が拝めるだろうが、今夜は微かな輝きすらない寂しい夜空だ。
見つめても何も楽しくないだろうに。
ツインテールは何かを振り切るように、こちらに視線を戻した。
「━━━けっ!しょうもねぇ話ですよ!今更頭悩ますもんでもありませんしね!あたしは、カノン・イヴァシュ!!今はまだ『砲撃』なんてしょっぱい名前付けられてますが、いずれ『撃滅』の名を手にし果ては『元帥』に登り詰めるエクスマキア皇国軍佐官様ですよ!!!」
撃滅、元帥・・・・・ふむ。
なんだそれ、分からぬ。
「取り合えず、エクスマキア皇国の愉快な仲間達ってのは分かった。」
「誰が愉快なんですかねぇ!?」
悪態をついたツインテールは再び砲口をこちらに向けた。
「でもお前ら、なんか格好が違うんだよな。ほら、今下で戦ってるお前の仲間、装備もそうだけど服装とかも全然。雰囲気もちがうし。なんなの?」
「はぁ!?あんな雑魚共といっしょくたにしないで貰えますかねぇ!!栄光あるあたしらと、食い物でしかねぇあいつらが同じな訳ないでしょう!!」
ドン。
俺に向けツインテールが引き金を引いた。
咄嗟に身を引いた俺の一歩前に砲弾が炸裂する。
地面が焦げつき黒煙があがる。
ツインテールは追撃の手を緩めず砲撃を連発させた。
極力避けれる物は避け、どうしても避けれそうにない物だけをブラストと消し飛ばす。
魔力の節約である。
「たく、あっぶねぇな?当たったら・・・・まぁ、怪我はしないけど、びっくりするだろ!!」
「少しは怪我しっろってんですよ!!何なんですかぇ、このドレスの化物の女は!!ヒラヒラ、ヒラヒラ!スカートで跳び跳ねまわりやがって、パンツ丸見えなんですよ痴女!!」
はっ!?
そう言えば俺、ドレスのまんまだった!
てか、パンツ丸見え!?
「うわぁお!?おまっ、見えてるなら言えよ!スケベ!てか、俺、さっき視界が悪くなってたとは言え、衆人環視の前で暴れ回っちゃったんですけど!大丈夫かな!?変態とか思われてないかなぁ!?」
俺の言葉に、ツインテールは青筋を立てて叫ぶ。
「知るかってんですよぉ!!」
ドン。
爆音と共に、それまで以上に極大な魔弾が飛び出す。
人一人簡単に飲み込む程、極大な魔力の塊だ。
うっすらと熱を帯びるそれは、地面を焼きながら俺に迫る。
「知るかって、お前それはちょっと冷たくねぇかなぁ!!」
俺はその極大な魔弾を、返す言葉と共に放った魔弾以上の魔力を込めたブラストで消し飛ばした。
ただの魔力の塊である限り、驚異にはなり得ない。
「ちぃっ!これも駄目なんですかぁ!?━━━━━だったら!!」
ドン、と俺の眼前に魔弾が着弾する。
黒煙が舞い視界が遮られる。
「なっ!」
一瞬たじろいだ俺が次に見たものは、大砲を手離し身軽になった、一振りの剣を手にしたツインテールだった。
いや、剣と言うよりは些か短い。どちらかと言えばナイフか。
ナイフを手にしたツインテールは黒煙を突き破り突進してきた。低い姿勢で目をぎらつかせて。
その姿はまるで獲物を狩る猫科の動物のようで、背筋に嫌な汗が流れる程、鬼気迫る雰囲気を纏わせていた。
「がぁっ!!」
喉が裂けんばかりの怒号と共に、ツインテールはナイフを俺に突き立てようと刃を持つ腕を前に加速する。
俺は銃を引き抜き牽制の一発を放つ。
牽制とは言え威力は十分。
当たりが悪ければ死ぬ可能性もある一発だ。
だが、俺から放たれた一発の魔弾は、ナイフによって切り裂かれた。なんの抵抗もなく、あっさりと。
その切り裂かれる様子に、俺は赤い魔導服を纏ったあの男を思い出した。
あの冷めきった顔を。あの竜の谷での事を。
「魔鋼、かっ!?」
魔鉱床と呼ばれたあの地の岩盤も、ロアの魔術を防いだ。
今と、まったく同じ様に。
「あんただけじゃぁ無いんですよ!!魔力に対抗出来るのは!!」
額に汗を滲ませつつも、嘲笑を浮かべ突進するツインテール。
防ぐ手だてはもう━━━━
「おらぁ」
「あひぃん!?」
刺される前に殴るしかないじゃ無いですか。やだー。
俺のグーパンを顔面で受け止めたツインテールは、空中で十回くらい捻りを加えながら回転し、そして地面に激突した。幸いな事に尻から落ちた。頭じゃなくて良かったな。
まぁ、それでも痛そうではあったけども。
「あ、あびぅ、あひゅう・・・・。」
虫の息になったツインテール。
もう、本当に死ぬかも知れない。
俺は地面に転がるツインテールの前にしゃがみ込み脈を確認する。ドクドクと、元気に脈が打っている。
思いの外、大丈夫そうである。心配して損した。
大丈夫そうなツインテールは放って置いて、下の様子が見えるはじっこまでいく。
眼下に見下ろした光景は結構ぐろい感じになってた。
飛び散る鮮血、転がる死体、阿鼻叫喚。
獣のような男の怒号に、ベヘモスに首を噛まれ甲高い断末魔をあげる巨大蝸牛。
地獄か。
ぼやっと見てると、一際デカい血塗れの爺さんと視線があった。
俺は目を強化しているから兎も角、暗闇の濃い夜で爺さんの目が俺を捉えるとかちょっと可笑しい。なにこれ怖い。
目を離すと噛まれそうな気がして、目を離せずに見つめていると、爺さんは笑顔で手を振ってきた。
流石に声までは聞こえないが、感謝しているような気がする。
「助力、感謝するぞ!!娘子おおぉぉぉぉぉ!!」
やべ、普通に聞こえてきた。
これだけ混戦していて、地面を揺らすような雑音だらけの、この場所でだ。
なにあの化物。怖い。
軽く恐怖に顔を歪めていると、地震のような衝撃と共に蝸牛の壮絶な悲鳴が辺りに響いた。
思わず耳を塞ぎ、視線を音の発生源へと向ける。
そこには蝸牛の首を食い千切り、勝利の余韻に巨体を震わせる我等がベヘモスがいた。
あのラ・ディーンの集中砲火ですら大したダメージを与えられなかったと言うのに・・・・・それを食い千切るとか、本当にうちの子は化物やで。
「これで一通りは終わりか・・・・。ふむ。」
知ってるだけで味方の被害は騎乗獣と最初の一撃を受けた兵士達。それと、その後の戦いでやられた連中くらいだろう。
アルシェは仮にもこれを"戦争"と呼んでいたので、このくらいの犠牲はなんて事あるまい。うん、うん。
・・・・まぁ、何も犠牲が出ない事が一番ではあるんだけどねぇ。
「━━━さてと。ツインテール、もう立てるのか?凄いな。」
背後でそっと立ち上がったツインテールに、俺は声を掛けた。
気づかれないとでも思っていたのか、驚いたツインテールの後ずさる音が聞こえる。
ん?どうして分かったのか?
気配を読んだとか、そう言うのじゃないよ。勿論。
ただ単に、上空高くからこの一体を見渡していたラ・ディーンより、ツインテールが立ち上がった報告を受けただけだ。
こういう時、テレパシーって良いよね。
しかし手加減したとは言え、こんな短時間で立ち上がられるとは思わなかった。正直、驚きと共に称賛したい気持ちになる。
まぁ、敵だから誉めたりしないけどもね。うん。
「どうする?まだやるなら、それでも良いけど。でも、次は手加減しないぞ。」
最初は無傷で捕らえる気満々だったが、今は早く帰りたくて仕方無い。もう本当面倒臭い。半殺し、いや、四分の三殺しとかでもいい気がしてきている。
これ以上ツインテールに付き合うつもりも無い俺は、鋼鉄の地面を殴りつけ本気をアピールした。
ゴガン。
鈍い音と共に地面が歪む。
半径五メートル位の凹みが上手い事出来た。だが脅す材料にしては過剰過ぎたのか、振り返ってツインテールを見てみるとがっつり失禁してしまっていた。
Oh・・・・・。
怖がらせ過ぎたと反省し優しく声を掛けるみたが、「ひぃ」と悲鳴をあげて腰を抜かされた。解せぬ。
「・・・・あのな、こんなの魔力を上手く使えば誰にでも━━」
「ふざけないで貰えますか!!コ、コクリアの外皮硬度はっ、あのオレイカルコスに匹敵するんですよ?!それを、こんな!!」
そう言ってブルブルと震えだす始末。
切に、元気なツインテールに戻って欲しいものだ。
ツインテールの前でそっと拳を振り翳す。
するとびくぅっと大袈裟におののくツインテール。
「・・・・・。」
「ひぃ・・・。」
すっと、拳を下ろすと目に見えて安堵するツインテール。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・はぁ。」
「わっ!」
「ひぃっ!!」
ごめん悪戯心を抑えん切れなかったよ。
◇━◇
「おなかがへった。」
それがあたし、カノン・イヴァシュが始めて覚えた言葉だ。
あたしは気がついた時には孤児だった。
同じような汚い格好をした餓鬼共と一緒にどこかの残飯漁りをしていた、それがあたしという人間の記憶の始まりだ。
当然、親の顔は知らない。どう思い返してみても、それらしき人間は記憶の中にはいないのだから仕方ない。
餓鬼の頃を振り返って思い出せるのは、どうしようも無くひもじかったと言う事と、小汚ない格好したあの糞野郎の顔と、棲みかだった薄暗がりの路地裏だけだ。
その頃から、あたしは飢えていた。
単純に食にも飢えていたけれど、それ以上に"当たり前"に飢えていた。
影に支配された路地裏を抜け、いつも大通りを眺めていた。
日の当たる道、かび臭くない家々、行き交う人々は活気に満ちていて、誰もが自分達とは比べる事すら出来ない綺麗な服を着ていて、美味しそうに香る食べ物が店先並んでいる。
孤児のあたしらからすれば、それは別世界だった。
立ち入る事が許されない楽園に思えた。
基本的に孤児なんてのは表通をいく町の連中からは嫌われている。小汚ない餓鬼が一人で歩いている所を見つかれば、なにかしら因縁をつけられる事は間違いない。殴り蹴りは挨拶のようなもので、死ななければ儲けものだったくらいだ。
だからずっと、羨ましかった。
それを普通と呼べる事が。
そこに当たり前に居られる事が。
あたしは普通になりたかった。
だから、あたしはそれを手に入れる為に生きた。
知識を学び、力を培い、地位を得た。
普通で居る為に、そこにあり続ける為に、多額の金を費やしてあたしは着飾っていった。服を、食を、住を。
そこにかつての貧相な餓鬼の姿は無かった。
そこにあったのは、餓鬼の頃散々に羨んだ"普通"へと当たり前のように溶け込む自分。
嬉しかった。
望んだ世界に入られる事が。
けれど、それは一過性にしか過ぎない思いだった。
一度手に入れてしまえば、次が欲しくなった。
もっと高価な品物が、もっと強い力が、もっと高い地位が。
あたしの欲は、叶えば叶うほど、再現無く増長していき、止められなくなっていた。
もっと高価な物に囲まれなければ、もっと強い力がなければ、もっと高い地位でなければ。
あたしの中で、あたしが叫ぶ。
絶対にあの頃に戻りたく無い、と。
だから、そこに入られる絶対を手に入れるんだ。
そうして最後にあたしが手に入れた現状が━━━━
「ぐーるぐーるまーきまき。ぐーるぐーるまーきまき。」
━━━赤髪の化物女に簀巻きにされるという、最悪の状態だった。
「へい!ぐーるぐーるまーきまき、へい!」
うん、なぜこうなったんでしょうか?
誰か教えてくれませんかねぇー?
「ぐーるぐーるぐーるぐーる、まーーーきまきっ!へい!」
と言うか、この女が抱えてるデカい芋虫なんなんですかね?ひたすらにキモイんですけど。しかも、そいつが出した糸で巻かれるとか、地獄ですわー。餌ですか、芋虫の餌ですか、あたしの未来は。
・・・・・つか、さっきから煩いんですけど!?
なに訳分かんない歌うたってんですかね?!こいつは!!
はぁ、なんだか悲しくて涙が出てきましたね。
どうしてこうなったのか・・・・大体上手く行ってたじゃないか。ねぇ?
「お?どうした涙なんて流して・・・・感動しちゃった?俺の歌に?」
この糞女・・・・いつかぶっ飛ばしてやる。
はぁ、まぁ良い。取り合えずは余計な事は言わず、流れに身を任せますか。この際、死ななきゃなんでも良いですし。
「別に、感動してる訳じゃ無いですよ。憂いているだけですよ、自分の未来を。」
「・・・・詩的だな。」
「いや、別に詩的でもないでしょう。見たまんまなんですから。」
「確かにな。ミノムシみたいだもんな。いっそ繭る?」
繭るって、何されるんですかね?
あれですか、包まれるんですかね、頭の先まで。
あほか、呼吸出来なくて死ぬっつーんですよ。
「・・・・はぁ、なんか気が抜けてきましたよ。緊張してたこっちがアホみたいじゃないですか。本当、貴女なんなんですか?」
その人間離れした綺麗な容姿もさる事ながら、身体から溢れでる魔力の量も、纏う雰囲気が異常だ。まるで化物を無理矢理人間の型に押し込めているような、そんなチグハグさを感じる。
あたしがそんな事を考えている事など知るよしもないその女は、うーんと悩んだ仕草を見せた後、小さく溜息をついて諦めたような顔をした。
「隠したって仕方ないか。どうせ見られてるし、今更ではあるもんな。━━━俺はユーキ。今はゲヒルトのおっさん家のバウンサーで、ただのしがない召喚士だ。」
「はぁ?召喚士?」
一瞬その言葉の意味が分からず呆けてしまう。
召喚士の勿論存在は知っているし、召喚士自体にもあった事があるから理解はしている。
けれど、あたしの知ってる召喚士は自ら敵を殴りこないし、腕っぷしもないヒョロヒョロの野郎だった。
なにより、召喚士が契約出来る召喚獣は原則一体と決まっている。多くても二体と言われているが、それは契約する召喚獣が余程脆弱で、契約に際する魂への不可が一体分にも満たない軽い物である事、と言う理由があっての事なのだ。例外的に魂の質が高い者は契約に際する負荷への許容耐性が高く、二体契約が可能な場合もあるがそれは例外中の例外。
それにその特異な存在も、災害級と思われる化物を複数御するようなイカれた物では決してないのだ。
もし目の前にいる女が本当に召喚士で、先程の化物達を自らの僕としているのならば、一国を相手どっても容易く滅ぼす事が出来る規格外な存在と言う事になる。
本当であるならば。
「一つ、聞いても良いですか?」
「ん?どった?」
そう話題を切り出したあたしに、ユーキと名乗った女がキョトンとした顔をする。
こういう間抜けな顔を見ていると油断しそうになるが、弛み掛けた緊張の糸を張りつめなおす。先程の事が頭にある以上気を抜く訳にはいなかない。
「さっきの二体の化物は、貴女の召喚獣なんですか?」
尋ねたあたしの声は僅かに震えた。
魔術士にもよくいるが、この手の連中は自らの情報を秘匿する傾向がある。詮索する事を切っ掛けに殺される、なんて事はこの道に関わる者ならそう珍しくもない話だ。
だが、その女は迷う素振りもなく頷いた。
「そうだぞ。てか、他にもいるけど。」
「━━━はっ?他にも?」
「全部で・・・八体・・・いや、九体か。」
「きゅっ━━━!!?」
九体!?
「はっ、そ、それは、魔術で、奴隷印かなんかで縛っている奴等も数えてですよね!?転位魔術を併用して使えばっ━━」
「?奴隷印?よく分かんないけど、そうじゃないと思うぞ。俺魔術とか分からんし。」
・・・・あり得ないっ。
ただでさえ、二体の契約だけでも可笑しいのに、災害級を同時に抱え、尚且つまだ七体の召喚獣と契約してるなんて。
「ははっ、ついてないですね。本当。」
「む?」
化物も化物。
生物として存在してはいけないレベルの、神にも近しい存在が敵だなんて、あたしは勿論、エクスマキア皇国も終わってる。
この化物女がどこまで皇国あたしらに敵対心を抱いているは分からないが、一度敵対し危害を与えようと武器をとった皇国あたしらを簡単に許す訳はない。無血での和解はあり得ないだろう。
それにこれからもエクスマキア皇国の敵対行動は続く筈だ。和解と言う最終手段に出るまで、上の連中がどれだけ贄を出す事になるのやら。
そして、その手段しか無くなった時、どれだけエクスマキア皇国に対して化物女のヘイトが貯まっている事やら・・・・あぁ、終わってる。これは完全に終わってる。
泥船だ。
あたしが乗っていた船は、最早いつ沈んでも可笑しくない泥船だ。この船の上で積み上げた物は全て無駄に終わる。地位も、名誉も、下手したら資産すらぶっ飛び兼ねない。
それなら、間に合う段階で持てる物を持てるだけ抱えて、船を変えるべきだろう。
沈む事が無い、いやこれから騒動の中心になっていくであろう、最強の船に。
あたしは化物女の前に跪き、頭を垂れた。
額が地面に擦り付くまで深く。
「?ん、どした。お腹でも痛いのか?」
どっちかと言ったら頭が痛いのけれど、まぁ、それは余計な言葉だろう。
言う事は一つで良い。
「召喚士ユーキ様。この度のあたしの愚かな所業、深く謝罪いたします。申し訳御座いませんでした。お詫びとは言いませんが、お望みとあらば、あたしが知りうる事の限り全てをお話いたします。」
「お、おぉう。そっか。そうしてくれると助かるけど━━」
「ですからどうか、あたしを貴女様の僕の一人として受け入れて頂きたいのです。」
「うぇ!?」
この化物女の傘下に入る。
それが、あたしが生き残る最後の手段だ。
このままジンクムに渡されれば、どうなるか分かった物では無い。
作戦に失敗した以上、祖国にも迂闊に帰れない。
それに、この女と敵対関係に居続けるのは絶体避けたい。
だからこれだ。
「必ず、お役に立ちます。どうか、ユーキ様。あたしを僕に!!」
化物女は少し悩んだようだったが、直ぐに決心したようでへらっとした表情を向けてきた。
「いいぞ。お前みたいな元気な奴嫌いじゃないし。僕って言う関係性は、ちょっとあれだけどなぁ。」
強者故の傲りか、化物女は了承してきた。
さっきまで敵対していたと言うのに、こうもあっさりと認めると言う事は、やはりあたし個人は敵とすら思われて無かったと言う事なのだろう。良かった、敵に成り得なくて。
話が纏まりあたしの身の安全が保証されたと思ったその瞬間、突然、首元の魔道具が不穏な音を耳に響かせてきた。
耳に痛い金切り音。誰かが通信を試みている、その前触れの音だ。
『━━━━砲撃02カノン・イヴァシュ。聞こえたら返事をしろ。』
あたしの耳に響く気に食わないあの男の声に、寒気と共に冷や汗が流れた。
考えうる限り、最悪の男との通信。
よりにもよって、と悪態をつきたくなった。
『砲撃02カノン・イヴァシュ。聞こえたら頭を左に傾けろ。』
大人しく首を傾げながら、あたしが見えている所にいる事を知りむかっ腹がたった。見てるなら助けろと思わなくも無いが、今相手をしてるのはあの男だ。言うだけ無駄だ。それにこの化物女から逃げられるとも思えない。
『これから貴様に指示を出す。大人しく従え。先程の戯れ言を聞かなかった事にしてやる。』
糞が。
どうやら、盗み聞きされていたらしい。
『これから、お前にはその女を誘導してもらう。』
どうするつもりか、そう言う意味も込めて、恐らく男がいるであろう方角に視線を送る。
『その女を殺す。』
無理だ。
それが出来るなら、あたしがやってる。
だが、声を出して抗議した所であの男が方針を変えるとも思えない。下手に逆らって、撃ち殺されるのも面白くもないので、化物女にあたしの裏切り行為がバレないように、上手くやるしか無いのだろう。
迫撃ガーディ・オーバァは一度目をつけた敵を逃がさない。その対象を地の果てまで追い掛け、必ず喉笛に喰らいつく。そして、殺し切るまで決して牙を引き抜かない。
全てを敵に回し、全てを犠牲にしたとしても、あの男はやると言ったらやるのだ。不可能でも無謀でも、たとえ行き着くその結果が己の死だとしても。
あたしは化物と狂人に挟まれ、心底自分の不幸を呪った。




