機甲兵団と真紅の歯車 21・断罪の行方
「アルシェ・ゲヒルト夫人、いやアルシェ・ディバイン!私は貴女を国家転覆を目論んだ容疑者として告発する!」
言った、言ってやった、言ってしまった。
心の中で達成感と後悔と恐怖が入り交じり、吐き気すらしてきた。駄目だ吐きそう。
だが、そんな情けない姿を見せる訳にはいかない。
これまで役職だけの男と蔑まれ、無色透明男と揶揄され、覇気なし色気なし女気なしと馬鹿にされてきたが、それでも私も男だ。譲れないものくらい、守らなくてならない。
国を救う。
それが、それだけが、私の全てなのだ。
だから、アルシェ・ディバイン。
今夜ここで貴女を捕らえて見せる。
この国の為に。
明日の平和の為に。
◇━◇
突如として始まった断罪劇。
ソレイスと名乗った男はアルシェの罪状と共にその証拠をあげつらっていった。
危険薬物の不正売買から始まり、横領の証拠書類、不当な人身売買の記録などなど、出るわ出るわ不正の証拠品。
極めつけは、東に位置する隣国『トウゴク』との黒い繋がり。
「全て、全て分かっているですよ!貴女は領王からの信頼を裏切り、我が国に火種を持ち込んだ!」
火種、と言う言葉にアルシェが眉をピクリと動かす。
アルシェが感情表情に出すなんて珍しい、そんなにヤバイ━━━━
「━━━く、くく。・・・・火種、とは。一体何の事かしら?皆目見当もつかないわ。」
━━━あ、いや、違うな。これ。笑うの堪えてんな。
この状況のどこがそんなにツボに入ったのか分からないけど、ポーカーフェイスが崩れかけるまで笑ってやがるな。
「何が可笑しい!」
気づかれとるやないかい。
しっかりしてよ、アルシェ。らしくない。
怒鳴られた事で大人しくなるかなーと思ったが、それでもクスクスと抑え気味に笑うアルシェ。
断罪ソレイス、赤面待ったなし。
「くっ!こ、これを見てもまだそんな笑いが続けていられますかっ!?お願いします、仮面を!」
セイレスがそう大声をあげると、さっきの仮面達の中から小柄なな竜仮面が前に出た。
そして、その仮面をゆっくりと外す。
仮面のしたには可愛らしい顔があった。
銀糸の髪はキラキラと光を反射し、すこし垂れ気味のアメジストの瞳は淡い光を宿し、絹のような白い肌はプニプニとすべすべだった。
男の娘だ!
そう確信した。
「この方こそ、トウゴクの現領王サマノウ・カタラク様の御子息にして次期王第三位継承者、ユキノメ・カラタク様であらせられます!」
「ユキノメ王子・・・!?」
「なんと━━━!!」
「なぜあの御方が!」
「男の娘ペロペロ!」
「くそぅ!そのパターンはもうやっただろうが!!」
ガヤガヤと貴族達が騒ぎだす。
そんな大変な事なのか?
・・・・てか、一つ変な言葉を吐いた輩も居たような気もするんだけど、それは・・・・まぁいいか、放っておこう。うん。
・・・あと、なんか王子も喚いてるな。
どうした?まぁ、どうでも良いけどさ。
「数日前、とある馬車によりこの国に運ばれてきたユキノメ王子を見つけた時は驚きました。勿論、運ばれてきたのが隣国の王子である事もそうですが、それ以上に貴女の情報包囲網を欺いてこの街に運ばれてきた事が何より驚きました。」
「なるほど。それで、裏をとった、と?」
余裕を見せるアルシェに、赤面セイレスはキリッと眉を怒らせる。
「ええ。その通りです!そして、はっきりとしました。貴女が例の部隊を使い、密かにトウゴクからユキノメ王子を拐った事を!その罪を領王へときせる事により、両国の間に戦禍を、トウゴクに戦争の大義名分を与えようとした事を!その戦乱の中で、クーデターを起こし、国を乗っ取ろうとした事を!全部ね!」
声高々に叫ぶセイレス。
なんとも自信満々だ。
決まったな、って顔してる。
でも、そのセイレスに対するアルシェは薄笑いを浮かべたまま余裕を崩さない。
実際にアルシェに非があるなら、これは流石に可笑しい。
いや、まぁ、アルシェは本性隠してるから分からない所もあるんだけど・・・・これは、なんか違うんだよなぁ。
「なぁ、アルシェ。話の流れ的にアルシェが悪者っぽいんだけど・・・・」
「可憐な御嬢さん、悪者っぽいのではなく、彼女は悪者━━」
アルシェに尋ねようと近づいた俺の手を、セイレスは掴み諭そうとしてきた、━━━ので。
「あ、邪魔。」
パァン。
と言う軽快な音がなる程度のビンタで跳ねとく。
邪魔者は退かす、真理である。
それにしても・・・セイレスが跳んだ瞬間、仮面達の内、鳥仮面と犬仮面が凄く狼狽えていたが、なんなのだろうか?マゾ?
まぁ、いっかと直ぐ頭を切り替えた俺は、転がったセイレスを横目にアルシェへと向き合う。
「で?」
アルシェが悪者であれば、俺は間違いなく彼女を切るだろう。
何故かって?嫌だからさ。
リビューネにはちょっと可哀想ではあるが、そんな甘い事を言っていたら、アルベルトの時のように墓穴を掘りかねない。死にかけるのはごめんだ。
勿論、その口から出る事が真実かは分からない。
聞くだけ無駄なのかも知れない。
それでも、聞いておきたかったのだ。
その口から。何が真実なのかを。
それが例え、嘘であったとしても。
アルシェは少し考える素振りをした後、右手を前に差し出した。
「ユーキちゃん。私はね、旦那であるマデリンを、本当に愛しているわ。」
・・・・・はぁ?
呆ける俺の前で、アルシェはドレスと合わせた黄色の手袋を脱いだ。
その瞬間、周りの貴族達が声を詰まらせた。
どうやら驚いたようだ。
俺はアルシェの手は屋敷にいた時ではよく見ていたので驚きはしないが、改めてみるとやはり少し荒れているように見える。
本人曰く、鍛練の賜物だとか。
「あの人はこの手を、綺麗だと言ってくれたの。美しいと、素敵だと、可愛いと。何度も、何度もね。」
嬉しそうにはにかむアルシェ。
少しぞっとしたのは内緒だ。
「貴族の家柄とはいえ、きらびやかな生活は無かった。私が産まれたの武門の家。そこでは男も女もなく、武器を持たされ朝から晩まで、武器を振らされたわ。己の身を守る為に、民草を守る為に、誇りを守る為に。体中は傷だらけになったし、掌は潰した豆で硬くなっていった。10歳になる頃には立派な剣ダコだって出来たわ。━━━━でもね、それでもね、あの人は私の掌をとって言ってくれたの━━━」
「━━━綺麗な掌だって。」
きゅっと、アルシェは差し出した自分の右手を胸に抱き締める。
「お世辞では無かった。本当の言葉。それまで女扱いすらされなかった私にとって、その言葉がどれだけ嬉しくて、誇らしかったか。あの人は全てを分かった上で、それでも綺麗だと言ってくれたの。」
「のろけ?てか、あの浮気野郎にそこまで?」
「ふふ。そうね。━━━━確かに、あの人は浮気ばかりして、厄介ごとばかり持ってくるわ。毎回毎回それは大変だし、街に流れるあの人の不貞の噂には心を痛めてきたわ。でもね、好きなのよ。馬鹿で、スケベで、実直で、私を、私の本当の姿を知って愛してると言ってくれるあの人が、どうしようもなく私は好きなのよ。」
のろけきったアルシェは俺の瞳を真っ直ぐに見つめた。
アルシェの目は真剣だ。嘘は無い。
結局俺の質問には何一つ答えてないのだが、その目に宿った光に俺は思う事があった。
だから、取り敢えずは納得する事にした。
「ふぅ。・・・分かった。」
俺が頷く姿を見届けたアルシェは領王へと目を向ける。
「領王陛下。領王陛下であれば御存じでしょうが、私はマデリンが王権を欲するのであれば、貴方を喜んで斬ります。民草であろうと、同士であろうと、私は私の愛する者の為に持てる全ての力を使い、陥れ、騙し、壊し、殺します。」
アルシェの言葉に、「で、あるか」と領王は笑みを浮かべ、倒れていたセイレスは「不敬だ!」と叫ぶ。
「でも、マデリンはこの国の平和を願いました。誰も彼もが笑える国にしたいと、そう私に仰いました。子供のような願いだが、そうであって欲しいと。ですから、私は陛下と我国に忠誠を誓っております。決して、夫の意に反するような真似はいたしません。」
「馬鹿な!そんな上部だけの話、誰が━━」
「信じるともさ。アルシェ。」
アルシェの発言に怒号を飛ばしたセイレスを遮ったのは、偉そうにふんぞり反っていた領王だった。
「お前のそう言う所は昔から変わらんな。愛に狂う・・・か。お前によく似合う。解語の花なんてくだらん名よりずっと似合いだ。」
「お褒めの言葉、ありがたく。」
「しかしな、アルシェ。所詮は言葉だ。何か確証足える物が無くてはな?」
領王が言っているのは、セイレスの出した証拠について弁明だろう。反論するのであれば、自分を信じろと言うのであれば、何か証拠を出せと言っているのだ。形のある、確かな物を。
そんな軽く脅しの入った台詞にアルシェは深く頷き、パンパンと手を打ち鳴らした。
「アルシェ様。」
音もなくメイドさん。
怖い。
メイドさんは抱えていた大量の羊皮紙をアルシェに渡した。
「今回の顛末は此方にしたためて置きました。どうぞ、ご見聞の程を。」
「なっ!?ま、待て!」
領王へと差し出したそれを慌てて駆けてきたセイレスがひったくる。そして、それに目を通し始めると顔を此れでもかと歪めた。
「・・・・まったく。領王陛下へと献上されるべき報告書を、何故なんの許可もなく貴方が目を通すの?」
「それは貴女がっ━━!!く、でも、これじゃ・・・。」
セイレスがその顔を歪め悔しそうにしている。
俺がつけたほっぺの紅葉マークが、なんとも情けなさを誘う。
何が書いてあるんだろうか。まぁきっと、全部間違いだよって言われるような事なんだろうけど。
「セイレス。正直、貴方には期待していたわ。いずれは我が夫と肩を並べ、共に防衛の任について貰うつもりだったの。将軍としての地位と共にね。━━━残念だわ。」
「でも確かに━━!」
ビッ、と。
アルシェが指を立たせる。
「魔術専門の貴方が、あまりにも他の情報を正確に集め過ぎよ。疑問は持たなかった?」
「それ、は・・・。」
「貴方が管理している魔術に関しての情報であれば信頼足りえる物でしょう。でも、今回はそうでは無かった。貴方の集めたソレはあまりにも、此方の領分に入り過ぎている。出来ると思う?私の可愛い子犬達と同等の事を、貴方が抱える頭でっかちな子羊達に。そんなに甘くないのよ?子犬達のソレは。」
子犬・・・・子羊・・・・?
犬飼ってたっけ?
「情報を集めていたのは、誰?」
「そ、それは、部下のバーディーが。」
「バーディー?貴方の秘書をしていた女性ね?」
「あぁ、そうだ。」
「あの子にそんな大それた真似が出来るわけ無いでしょ・・・・。確かに優秀ではあるけれど、諜報活動どころか男一人垂らし込めないヘタレ女なのよ?」
「へ、へたれ・・・・?」
バーディーさん、酷い言われようだぞ。
可哀想に。
「ね?そうでしょ、バーディー?」
アルシェの笑顔が向いた先に、無表情に立ち尽くす女がいた。
眉一つ動かさず、じっとアルシェを見つめている。
そんなバーディーがゆっくりと口を開いた。
「思い違いでは?元より、私にはそれが出来る能力があっただけの事です。」
「そう?本当にそうなのだとしたら、私には見る目がないのね。━━━そうでしょ"偽物さん"?」
「━━━。」
空気が変わった。
それは重く、肌がピリピリするような物に。
「私が可笑しいと思った理由は幾つかあるけど、貴女の存在もその一つなのよ?」
「・・・・・。」
「貴女は気づかなかったみたいだけど、バーディー・ヘラメントとは少なからず交流があったのよ。一週間に一度、連絡を取り合うくらいにね。どうしてか?決まってるでしょ、セイレスの監視よ。」
「・・・それはあり得ません。何を言っているの、わかりませんね。それに連絡をとる手段は無かった筈です。形跡もありません。私を揺さぶろうとしても無駄です。」
「本当に面白い口の聞き方するわ。バーディーにそれが出来たら苦労もしなかったでしょうに。━━━バーディー・ヘラメントについて、貴女は勘違いをしているわ。公ではあの子は魔術の才能が一切なく、魔術の使用が一切出来ない、とされていたけれど、魔力を扱えない訳ではないのよ。」
「━━っ。」
そう言うと、アルシェは自分の耳飾りを指で弾いた。
「思念を伝える魔道具よ。傍受には強いのだけれど、妨害に弱いからあまり距離はとれない代物なんだけどね。」
「そんなっ、だって一度も連絡なんて。」
「当然でしょ、それは送信専用だもの。私から何か伝わる訳はないわ。貴女が私には使わない限り、ただの耳飾りだもの。」
バーディーは表情に出てしまう程に狼狽え始めた。
「さて、可愛い私のバーディーに成り代わった貴女に聞きたいのだけれど、あの子は生きているのかしら?返答によっては、そうね、手足の二三本で許してあげるけど?」
手足の二三って。
一本しか残らないじゃん。
怖い。
「・・・・・。」
「あら、黙り?まぁいいわ、肯定として受け取っておきましょう。残念だわ。━━━さて、他にも不審に思った事は幾つもあるわ。野に放った子犬達からの未だ不安定な情報交換ツールを使用した連絡が、たった一つの誤報もなく正確に"異常無し"の連絡のみだった事。隣国の王子がこの国に、首都であるここに運ばれてきたと言うのに、私の目から匿う不可視領域たる場所が現れなかった事。にも関わらず、気づくのに、一日という時間が掛かってしまった事もそうね?ねぇ貴女、いえ、貴女達は何処から来たの?何をしに来たの?」
バーディーは俯いたまま語ろうとしない。
「答えたくないならそれでも構わないわ。何をしようとしていたのかは、もう分かっているつもりだから。」
アルシェがそう言った瞬間、バーディーの顔が跳ねあがり勢いよく駆け出した。手には何処から出したのか分からない銀の刃を持っており、脇目も振らず真っ直ぐにアルシェへと向かう。
「ちっ!!」
アルシェを守る為に足を踏み出そうとしていると、アルシェと目があった。「必要ない」そう言っているような目だ。
「アルシェ・ゲヒルト!!」
怒号をあげアルシェに飛び掛かるバーディー。
アルシェはふっと笑うと、銀の刃が握られた腕を絡め取り、一瞬で地面へと叩き伏せた。
瞬殺である。
アルシェは地面に押し付けたバーディーの腕を捻りあげ、銀の刃を手離させる。カランと地面を刃が打った。
地面に顔を擦り付けるバーディーは悔しそうに顔を歪めながら、それでも楽しそうに笑う。
「っく!はっ、もう遅い!もう、同士がすぐそこまで来ている!勝つのは私達だっ!!」
「同士?もう遅いとは、北方から此方に向かってくる、あれの事かしら?」
「なっ!?」
俺にはさっぱりな話だが、アルシェは分かっているようだ。
「気づかない?折角の夜会に私が一人で来ている理由を。国内最強と噂されるディバイン家が、私の御母様しか来ていない事を。」
「まさかっ、貴様っ!」
クス。
それは誰がみても嬉しそうに、本当に嬉しそうに。
どす黒いオーラを背負ったアルシェが、笑った。
「どうして我国が戦乱の大地で生き続けていられたか、教えてあげる。魔力に優れていたから?当地者が有能だったから?土地に恵まれていたから?お金が沢山あったから?諜報機関が優秀だったから。ううん、違うのよ。そんな事ではないの。それはね━━━」
「笑っちゃうくらい、喧嘩が強いからなのよ。」
◇━◇
ガザールから少し北方に離れた平原。
二メートルを越す巨体を筋肉でコーディングした男コーダ・ディバインは、己と同等の刃渡りを持つ矛を肩に、遠くに見える影を眺めていた。
「かかかっ!ありゃデカいのぅ!!滅茶苦茶デカいのぅ!!かかかっ!たまらんのう!!」
コーダの口からは歓喜に彩られた言葉しかでなかった。
恐れや気負い悲壮など微塵もなく、歓喜が心を満たしてた。
「義息子殿むすこどの!楽しいのぅ!嬉しいのぅ!かかかっ!」
バンバンと、少し後ろに控えていた男の背を叩く。
地面に男の足が少しめり込む。
「は、はぁ。国を思えば奮起はしますが、楽しくはありません義父上。」
「かかかっ!何を言うか誉であろう!強者との戦は!わしの娘なら泣いて喜ぶわい!かかかっ!」
バンバン、バンバン。
大男コーダの背中叩きは終わらない。
━━━━が、その様子に思う事がある者が一人いた。
「親父。その辺にしとけ。義弟が戦の前に死んじまう。大丈夫かマデリン?」
「あ、義兄上殿・・・・。」
「おう、ドーバ!たぎっておるか!?かかかっ!」
「あぁ、たぎってるたぎってる。マデリン借りてくぞ。」
「おう、好きにせい!かかかっ!」
コーダからマデリンを奪ったドーバは肩をポンポンと叩く。
「親父が悪かったな。」
「は、いえ、そのような事は・・・・。」
「恐縮なんてすんな、気持ちわりぃー!かかかっ!」
バシン。
再び背中を叩かれたマデリン。
少し泣きが入った。
「お前は昔っから女、女、女、だったもんな!!こんなむさ苦しい所より、夜会の方が良かったんだろ?分かってる分かってる!そんな顔すんなよぉ!」
「はははっ、どうも。義兄上殿も相変わらずのようで。」
「おう!まぁな!しっかしお前、未だに落ち着きがねぇんだってな?程々にしとけよー?あんまり妹泣かすと"もいじまうぞ"。・・・・・なーんてな、かかかっ!」
マデリンは泣いた。
心で泣いた。
アルシェを嫁にする事に否は無かったが、この親子と引いてはディバイン家と親類縁者になる事は死ぬほど嫌だった。
結局、その最悪の対価とアルシェを天秤に掛けて尚、自分の意思でアルシェを選んだのでそこまで後悔はしていなかったが、やはりこう言う時になると『早まったか』と思わずにいられなかった。
「しっかしありゃ、何なんだろうな?アルシェが言うにゃ、『あーみど』だか『あーもど』だとか言う鎧型の魔道具と、筒から魔力をぶっぱなす『じぅ』だったなんだかってのが、戦場に出てくるとは聞いていたが・・・・ありゃ、鎧にしちゃでかすぎだからなぁ?はぁーわけわからんねぇな。」
「『アームド』です。義兄上。それと、『ジュウ』と呼ばれる遠隔攻撃武器です。・・・・あれは、分かりませんが。」
「あーそれそれ。『あーむど』に『じゅー』な。うんうん。あのアルシェが興味を示すような代物なら、一つは欲しい所だな。ちと、頑張ってみるか。なぁ、義弟よ。」
「いえ、欲をかいて死んでも面白くありません。妻も、殲滅より撃退を優先して欲しいと言っていたので、義兄上も無茶をせずに事に当たって下さい。」
「なんだ、つまらん。」
「結構です。私は五体満足で帰りたいのです。娘の旦那になる男を殴る仕事もありますので。」
バードは呆れた顔でマデリンの顔を覗いた。
完全に親馬鹿をみる目だ。
「なら、火遊びも止めにしねぇとな?」
「・・・先日、娘に誓わされました。」
「そっか。世知辛いなぁ。」
バードは嫁にしか熱を上げられないので、浮気野郎の気持ちについて理解はなかったが、それが哀しい事なのだろうと言う事だけは分かった。分かりたくは無かったが。
マデリンの事を心底残念に思っていると、不意に自分を呼び声に気づきバードはそちらへと視線を向けた。
「ディバイン様!ゲヒルト閣下!お父上様がお呼びで御座います!直に第一陣が接敵するとの事です!開戦の合図をするので、直ぐに来るようにと!」
伝令官の言葉にバードは頷き、直ぐに帰ると伝令を頼む。
伝令官が走っていく姿を見ながら、バードは隣に立つ義弟の再び背中を叩いた。マデリンからもう涙は流れなかった。
「期待してるぜ、義弟。」
その言葉に、マデリンは小さく頷いた。
「ええ、義兄上。御期待下さい。あの、美しくも気高い、自慢の妹アルシェが選んだ男、マデリン・フラス・ゲヒルトの力を。」
義父であるコーダ・ディバインに呼ばれたマデリンは兵士達の前に立った。名目上、この兵士達のトップは将軍であるマデリンでここで号令をかける事は間違っていない。
だが、この場に集まった兵士はコーダ・ディバインの私兵、もしくはディバイン家の縁者達だ。本来ならディバイン家の家長であるコーダが号令を掛ける方が正しく思われるだろう。
しかし、その家長コーダから「任せる」と一言言われてしまえば、マデリンはそれが如何に違和感のある事でも、拒否する事は出来なかった。
何処から剣呑な雰囲気の中、大きく息を吸ったマデリンは肩に背負った矛を抜き放ち、高く翳した。
「我が愛する国に、友に、家族に、妻に、娘に牙を向けた輩が眼前に迫りつつある。我ら力にて国を守護する者、我ら力にて平和を守護する者、我ら力にて敵を打ち砕く者!!眼前に迫る愚かな天敵に、我らは何をする!許しをこうか?頭を垂れるか?違う!我らジンクムの守護者!天敵足りえる全てを許さず、滅ぼす!それが、我らの力の意味だ!それが守護者たる我らの仕事だ!」
マデリンは翳した矛を敵へと向けた。
「鬨をあげよ!我らの敵を滅ぼす戦の鬨をあげよ!者共、開戦だ!!!!」
オオオオオオオオオオオオ。
鼓膜を揺らす声が響き、足踏みにより地響きが起こり、興奮した男達が拳を振り上げる。
「目にも見せてくれよう。守護者と呼ばれる我らの力を!」
マデリンの掛け声と共に、第一陣の兵士が武器を振りかざした。後に『グランダール平原の戦い』と呼ばれる戦の火蓋が、こうして切って落とされた。




