機甲兵団と真紅の歯車 18・波乱の夜会と王子様
部屋に備え付けられた大鏡の前で、俺はすっかり変わり果てた自分を見てどうしようもなく溜息が出た。
「はぁ。」
鏡に映る赤髪の少女は、裾が短めのショートラインと呼ばれる濃い紺色のドレスを着させられ、バッチリと化粧を施され、腰まで伸ばした髪もすっかり結い上げられ、「あら?どこの可愛い子ちゃんかしら!?」なんて言われるような美少女に仕立てあげられていた。無惨である。
いや、まぁ、この容姿が人にうける事は知ってはいた。
自画自賛みたいになるが、俺は美人の部類に入るだろう。拐かしてやろうか、なんて冗談もロイド言ってたりした。
でも、これはヤバイ。
これは完璧にあれだ、拐われる類いの可愛さだ。
今まで化粧もしないし、服装もローブで適当で、髪なんかも洗う程度で香油だのなんだのはつけた事も無かった。
だからこそ、可愛いんだけど何処か野暮ったい感じの、人に声を掛けられるレベルより下の程好い美人さんだったのだ。丁度良い感じだったのだ。
なのに、これは━━━━ぐはっ。
「うぐぅ、ヤバイ、自分の姿に萌えてしまうぅ。」
なんだこの可愛さ。犯罪レベルだよ。逮捕連行されるレベルだよ。愛玩奴隷落ちを求められるレベルだよ。
「不味い、不味いな。リビューネの心配してる場合じゃないな、これは。このままだと俺が目をつけられそうだ。」
貴族様は血を尊ぶ為、結婚と言う事にはならないだろうが、愛人だとか、性奴隷だとか、そう言ったふざけた取り込み方が幾らでもある。
油断は欠片だって出来ないのだ。
「くぅ、今からでも化粧を落として━━━」
明るい未来を願い洗顔剤に手を伸ばしたが、控えていたメイドさんにあっさりと止められた。
こ、このやろう!
「何を、なさるおつもりですか?」
「化粧を落とそうとしたんだけど・・・。」
「駄目です。」
「でもさ、このままじゃ・・・・」
「駄目です。」
「いや、だから・・・・」
「駄目です。駄目と言ったら駄目です。」
く、くそぅ!
こ、このやろう!・・・・やろうじゃないけど!
「あら?良いじゃない。何がそんなに気に入らないの、ユーキちゃん。」
「げぇ。」
鈴の音のように耳に心地良いのに、何故か背筋に悪寒の走るあの声が聞こえ、思わず振り替える。
そこにはやはり笑みを浮かべたアルシェの姿があった。
「いつからそこにいたんだよ。」
「んーーー?」
・・・・・。
「あー、待って待って、メイドさん。死ぬから、そんなに絞めないでぇーって所?」
「せめて、溜息つく所から聞くのがセオリーでしょうよー!!」
つか、それってコルセット絞めてる所だよね!?
ドレス処か、そん時の俺裸も良いところ何ですけど!?
最初も最初じゃねーか!!
「お貴族様がその権力をかさに覗きですか!?良い御身分ですねぇ!エロ!アルシェさんのスケベぇ!!」
「ふぅん。━━━それで?」
「・・・うぐっ、くっ、少しは乗ってくれても良いじゃない。」
「はいはい。そんな事は良いから、何がそんなに気に入らないの?」
完全にするーして来やがった。
これがホンマもんの貴族様か・・・・世知辛いぜぇ。
「はぁ。━━いや、その、気に入らないっつーか、可愛いくは出来てると思うんだけど、ちょっとやり過ぎじゃないかなぁーって。ほら、いつもの俺って、もっと野暮ったい感じじゃね?」
俺の言葉を聞いたアルシェとメイドさんが、何故か目を丸くする。ほわぃ?
「そう?言うほど変わってないと思うけど。ねぇ、カロリーヌ?」
「はい、奥様。ユーキ様の珠のようなお肌は下手に色付けしなくても十分にお綺麗でしたので、御化粧は最低限薄く仕上げてあります。お御髪と服装で印象が大分変わって見えますけれど、殆んど手を加えていませんよ?」
そんな事を真顔で言う二人に、俺は顔をしかめる。
「またまたー。いやー、変わってるって。変わり果ててるよ。だって見てみてよ、御嬢様じゃん?」
「元から大概だったわよ?ねぇ、カロリーヌ。」
「はい。元からお美しく在られましたよ、ユーキ様」
・・・・・あれぇ?あるぇえ?
「う、嘘だぁ。だって、その、えぇぇぇーー。」
可笑しい。
目立たないように心掛けしていたのに、この評価のされかたは可笑しい。何故に。
現に今までだって、そんなに・・・・。
「まさか貴女・・・・あれで誤魔化してたつもりだったの?」
「え、ユーキ様?もしや、あれで目立たないように心掛けしていたと・・・・?」
「や、やめろぉ、やめろよぉ!そんな目で見るなぁー!」
どうやら、俺の隠蔽工作は無駄に終わっていたらしい。
くそぅ。だったら早く、誰か教えてくれても良かったのにぃ。
━━━しかし、一つ気に掛かる。
「━━━だったら、なんで、今まで人に絡まれて無かったんだろぅ?」
それなりに目立っていたのなら、それは不思議だ。
俺の疑問にアルシェが困ったような顔をして言った。
「それは、声掛けづらいでしょう。だって今まであの白のローブだけで過ごしていたんでしょ?」
「うん?まぁ、そうだけど。他に服なんか持ってないし。」
「今時、あんな高級そうで目立つ服着てる人なんて、高位の神官か巫女位しかいないもの。」
ん?高位の神官と巫女?
「それだと、なんで声掛けずらいんだよ?」
「そりゃ、下手な貴族よりも性質たちが悪いからに決まってるでしょ?」
「むぅ!?」
なんだと?貴族よりも達が悪い?
なんだそれ、本当に人間か?
「純白って言うのはね、神聖さや潔白さをイメージさせる為か、殆んどの宗派で上位者や特別な者に与えられる主たる色になってるのよ。実際、世界で最も多い信者を持つアース教でも、高位の神官も純白のローブを身に付けているし、最近噂になってる聖女様も純白の法衣服を着てるって話よ。」
「へぇ。」
「軽いわね。まぁ、良いわ。つまりね、そう言った純白の衣装は彼等にとっては特別なのよ。それを得た連中が増長しちゃう位にね。」
あー、つまりはあれか。
「純白の服は、僕は偉いんだぞ病の証なのか。」
「概ね間違って無いけれど、何、その呼び方?」
この手の連中は宗教家でなくても厄介極まりない生き物だからな。
特に、この病に掛かった連中は人の話を聞かないし、自分が絶対に正しいと考えを曲げない。その上、此方が理屈の通った話で諭そうとしても、根拠や理屈ない罵倒を無限の如く浴びせてきて話を滅茶苦茶にしてしまうので、結果まともな会話も成り立たない。
そう言う、関わると死ぬほど面倒臭い連中なのだ。
そりゃ、避けるわ。うん。
かつて、俺のたった一人の友達だと思っていた宗教家のY氏。
君が教えてくれた、病に掛かった人のどうしようもない姿は、俺の心の中にしっかり刻まれているぞ。教えてくれて、ありがとう。そして、頼むから足の小指をタンスの角にぶつけて複雑骨折してくれ。本当、頼むから両足の小指を骨折してくれ。
糞が、けっ。
「━━━━はぁ、そう言う事だったのか。どうりで、なんかチラチラ観察される訳だ。」
「危険かどうか、見張られてたんでしょうね。」
「何もしてないのにな・・・・災難だぜ。」
「何も・・・・・してない?」
「そこは、ちょっと置いとこうか、アルシェさん。」
俺は何もしていない、そう言う事です。うふふふー。
さて、今日も元気に夜会にいこう、そうしよー。
だからアルシェさん、そんな目で見ないでぇ。
◇━◇
すっかりおめかししたリビューネとアルシェと共に、馬車で揺られる事30分。夜会会場となっているガザール最西端に位置する領王の屋敷へと俺達は辿り着いた。
てっきりお城が在るものだとばかり思っていたので、凄く意外である。
不思議に思いアルシェに聞いて見ると、戦火の絶えないこの国では、建物と言う物は壊される為に存在していると言っても過言ではない歴史があるらしい。
街の壊滅や城の崩壊など結構な頻度で起きていて、平和に見えるガザールの街も、過去百年を振り替えれば三回程壊滅しているんだとか。
その為、建物に対して、この国を含めた周辺国の考えは、一時的な住居位にしか認識しておらず、建物自体に金を掛けない傾向があるのだと言う。
特に、建設にやたらと金ばかり掛かって、その癖直ぐに狙われて壊されるような城と言う無用の長物は、無駄以外の何物でも無いらしい。
まぁ、それでも、一応は国で最も偉い人物が住まう場所だ。あんまりみすぼらしいと国民に対して顔向け出来ない。その為、体裁を保つ程度には立派な建物をと言う事で、領王の屋敷は他の一番大きな屋敷を持つ貴族達と比べて1.5倍程大きい物にしてるらしい。
2倍とかじゃない所に、領王の言い知れぬケチ臭さが滲んでいる。
「ようこそいらっしゃいました。アルシェ様、リビューネ様。」
そう言って、馬車を降りたアルシェ達に恭しく頭をさげる身なりの良い初老の男。白い顎髭がダンディズムを醸し出している。
「出迎え御苦労様、ダン。貴方のような英傑に出迎えて貰えるなんて光栄だわ。」
「過分なお言葉、見に余る光栄に存じます。此方こそ、解語の花と謡われるアルシェ様にお目通り願えた事、光栄の至りに御座います。」
おぉう。
早速小難しい挨拶から始まった。
なんだ、何言ってんの、これ?誉め合ってるのかな?ん?
「ふふ、隠居してからまた随分と丸くなったわね。ダン、貴方に怒られてた頃が懐かしいわ。」
「えぇ。私もで御座います、アルシェ様。しかし、あのお転婆姫が解語の花と呼ばれる日が来るとは、正直思いもよりませんでした。」
「あら、そう?では、貴女が想像していた"私"はどのような人だったのかしら?」
「それは勿論、希代の英傑姫で御座います。」
「やぁよ、御免被るわ。そんな、筋肉をドレスにしそうな女。」
「ふふふ。そうですか、残念に御座います。」
うん。なんか楽しそうだな。貴族的なピリピリしたのがなくて安心した。話の感じだと、アルシェがやんちゃしてた頃の知り合いって所だろうなぁ。苦労したんだろうな、あの爺さん。
「して、此方のお美しい御令嬢は?」
ダンと呼ばれた白髭が俺を見て不思議そうに訊ねてきた。
「この子はリビューネの護衛よ。」
「リビューネ様の?この方が、で御座いますか?」
ダンの視線が明らかに疑っている。
まぁ、こんなチビっ子が護衛とか、普通信じないよな。
アルシェも適当に誤魔化してくれりゃ良いのに。
そんな俺の思いとは裏腹に、アルシェは話を続けていく。
「問題はないでしょう?成人前のこの子を無理に出席させる条件として、護衛を付ける事を承諾したのはガーディウス陛下なのですから。」
「それは、お伺っておりますが、まさか、このような・・・」
「あら?何か問題でもあって?」
「━━━━はぁ。いえ、御止めして申し訳御座いませんでした。会場へとご案内させて頂きます。」
アルシェ、押切りやがった。
いや、良いんだけどさ。それが貴族としての、アルシェの持つ発言力なんだから、存分に振るって貰って構わないんだけどさ。
・・・白髭の爺さん、可哀想に。
ダンにエスコートされながら、夜会会場となってる別館の中へと足を踏み入れる。
領王屋敷は大きく分けて三つの建物で構成されている。領王の住居である本館、催事を執り行う別館、使用人達を住まわせている宿舎の三つだ。
どれもかなりの巨大で立派な建物ではあるが、その中でも別館は更に特別で、内装の調度品は勿論、外装にも相当金が掛かっているように感じた。国賓のイベントも行う場所でもあるため、これも必要な事らしい。
そんなこんなで、ダンに案内され夜会会場であるダンスホールへと辿り着いた。既にかなりの客で賑わいでおり、自分達がかなり遅れて来ているのが分かった。
「遅刻した?」
「そんな事ないわよ?」
俺とアルシェのやり取りと見ていたダンが小さく咳き込む。
お?目配せまでしてきた。何か言うらしい。
「アルシェ・ゲヒルト様、並びに御息女リビューネ・ゲヒルト様、御来場になります!」
ダンの声が会場へと響き渡る。
すると、先程まで歓談していた貴族達が合図でもあったかのように静まり、入り口に立つアルシェとリビューネに視線を送った。
ねっとりと観察するような背筋が寒くなるタイプの視線が突き刺さり、あまりの気持ち悪さに鳥肌が立つ。リビューネは・・・どっしりしてた。何、この子、凄い。
アルシェはその不躾な視線を物ともせず、ニッコリと微笑み颯爽と会場へと歩きだした。リビューネも俺の手を取りアルシェに続く。物怖じ一つしないリビューネを見て、この子も貴族の端くれなんだなぁ、と改めて実感する。俺の助けいらんね、うん。
リビューネの姿に感心していると、「ユーキちゃん」とアルシェに名前を呼ばれた。顔を上げて見ると、アルシェが視線だけ此方に向け微笑を浮かべた。
それがどう言う意味だったのか、正確な所は分からない。
けれど、それが戦いにいく合図だった事だけは、貴族の事がさっぱりな俺でも分かった。
貴族同士の駆け引きだとか、そう言う小難しい物は分からないが、俺がやる事はそう変わらない筈だ。用心棒として、あらゆる外敵から護るべきを護る。それだけだ。
だから俺は、了承の合図として大きく頷いておく。
それを見たアルシェが満足そうに頷き、視線は再び前へと向けた。
足を踏み入れんとする、その先。
様々な思惑が交差する、魔の巣窟へと。
◇━◇
「ぼっちゃま!ギルぼっちゃま!」
ドタドタとらしくない足音を立て、執事であるゴートが私に駆け寄ってきている。
本来なら足を止める所だが、今日と言う今日は此方も我慢の限界を迎えている。一執事の制止など聞くものか。
「ギルぼっちゃま!」
「煩いぞ、ゴート!ぼっちゃま呼ぶなと言っているだろ!何度言ったら貴様は覚えるのだ!!」
この執事は幼い頃から私を見てきている。
ついつい、子供であった頃の感覚で話してしまうのは仕方が無いのかも知れないが、成人の日を迎えた今日と言う日にまでその呼び方をされると、流石に苛だってしまう物がある。
「申し訳御座いません。ぼっ、ギルディン様。」
「それで良い。それで、父上は今何処にいる?」
「はっ。お父上様でしたら、その、今は夜会の準備で、私室の方では無いかと。」
それだ、その夜会が問題なのだ。
私は父上の私室へ向かい歩を進めた。
「ギルディン様!どちらへ!?ギルディン様もお早く御召し物の準備を━━━」
「黙れゴート!」
ゴートの制止を振り切り、私は父上の私室の扉を開けた。
力任せに開けたせいか、ドアが激しく軋む。
「父上!!」
部屋に響き渡る私の声に、着替えの支度を手伝っていたメイド達が大きく肩をびくつかせる。
夜会の準備をしていた私と同じ金髪を持つ男、実の父であるディガン・ガーディウスが怪訝な顔で此方を見ていた。
「どうした、ギル。待ちきれないのは分かるが、少しは周りの事を考えろ。可哀想に、メイド達が怯えておるわ。」
「そんな事はどうでも良いのです!それよりも、これはどう言う事か、ご説明願いたいのです!!」
バンっと叩きつけたのは、一枚の招待状。
友人の元へと届けられた、我が家からの招待状だ。
「ん?夜会の招待状だが?」
「そうではありません!その中身が問題なのです!どう言う事ですか、この、ギルディンの成人の祝い━婚約者候補希望の集い━とは!?ふざけているんですか!?」
その内容は大分ふざけた物だった。
父上は昔からこう突拍子もない事をする事にかけては、右に出る物がいないと思っていたが、まさかその矛先が自分に向うとは思いも寄らなかった。
父上のおふざけで、勝手に、勝手な所で、自分の婚約者が生まれようとしているのだ。看過出来る訳がない。
「ん?そうは言うが、お前成人の日を迎える今日に至るまで、相手を見つけられなかったのだろう?」
「ぐぅっ、それはっ!?」
「約束したろう。お前が成人の日までに、国母たるに相応しい女を連れてくれば、それがどんな身分であろうとも婚約を認めると。そして、もし、それが叶わないのであれば、ワシが婚約者を決めるとも。」
「うぐぅっ!?そ、そうですが!」
「ギルディン。ワシはな、早く引退したいんじゃ。」
「はぁ!?また、そんな馬鹿な事を!!」
父上は昔から隠居したがっていた。
それこそ、私が10にも満たない頃から、「早く大人になれ」「わしの跡ついで」「隠居したいなぁ」とひたすらいい続けてきていた。
だから、今回のこれはある意味必然とも言える。
この父は私にさっさと跡目を継がせ、王妃である母と側室の新妻達とどこか田舎にでも引っ込みイチャコラしたいのだろう。政治的な目の届かないどこかで、ひたすらイチャコラしたいだけなのだろう。
なんか、腹が立ってきたな。いや、元からか。
「兎に角じゃ!!お前も今年で16!立派な成人じゃ!!さっさと嫁決めて、跡目を継いで、政務に励むが良いぞ!はーーーはっはっはっはっーー!」
「まだ16です!!幾ら成人と認められる歳だとは言え、この歳で一国を任される事は普通ではありませんよ!国民も認めませんでしょう!」
そう叫ぶ私の肩に、父上はポンっと手を置いた。
「問題無い。お前が一端の統治者になるまで、わしの優秀な部下達が手を貸してくれるから。」
「完全な御飾りではないですかっ!?それが嫌だと言っているんです!せめて後一年━━━━」
「嫌じゃ!!」
「このクソジジィ!!」
私は聞き分けの無い父上の胸ぐらを掴みあげ睨み付ける。
父上も私と同様に胸ぐらを掴みあげ睨み付けてきている。
どれ程睨みあったか。
不意に私の頭と父上の頭に堅い物が落とされ、ゴンっと言う鈍い音が部屋に響いた。
「「がふっ!?」」
痛みで踞った私と父上が見た物は、地面に落ちたそれなりに大きい石だった。これがあたったのか、よく死ななかった物だ。
「何を騒いでいるのです。陛下。ギルディン。もうすぐ夜会だと言うのに、着替えもせず。それとも、其れが正装だとでも?」
突然かけられた声の方を見れば、そこにはいつもより派手なドレスに身を包んだ母上がいた。
「は、母上。その、ご無沙汰しております・・・。」
「本当にね。学園の方はどうだったのギルディン。楽しく過ごせたかしら?向こうの寮に入ってから、ちっとも連絡をくれないんですもの、この二年心配していたのよ?」
「は、はい。母上。その、学園では色々と仕事がありまして、ご連絡差し上げる暇も見つからず・・・・」
これは本当だ。
とある低位の貴族令嬢が高位貴族子息と馬鹿馬鹿しいラブロマンスを演じてしまい、それにより生じた問題を解決する為にあっちこっちに紛走する羽目になり、結果、連絡する僅かな時間さえとれなかったのだ。
まぁ、だから、と言う訳では無いのだが━━━━
「自分の恋路を世話している時間が無かったと?」
「うぐっ、そ、そうです。」
そう、そう言う事なのだ。
つまり、私は悪くはない。
「つまり、貴方は悪くないと思っていると?」
「うぐっ、は、母上!?」
「でも、陛下とのお約束は、成人の日が訪れる前、つまり学園にいる間にお嫁さんを決めなさいとなってた筈よ?」
「そ、それは、そうなのですが。」
ポンっと、母上の手が私の肩に置かれた。
「心配ありません。私の可愛いギルディン。今夜、よい子を見繕ってあげましょう。」
は、母上ぇぇぇぇぇぇ!そうではないのです!そうでは、ないのです!!!
私の心の声をまったくと言って良いほど逆へと理解の色を示した母上は、踞った父上を起き上がらせてそっと耳打ちした。
何を言ってるか分からないが、録でもない事である事は分かる。あの、母上が考える事だ。父上同様、突拍子もない事に違いない。
「━━━って、どうかしら?」
「ほほぅ。良いの。うむ、ギルディン!」
父上が顔をキリっとさせた。
また、腹が立ってきたな。
「天使の翼で、開場に入りなさい!」
「飛ぶのよ、ギルディン!格好よく羽ばたいて、女子のハート撃ち抜くのよ!」
「父上と母上は、私にどうなって欲しいのですか!?」
じりじりと迫る父上と母上。
もはやここまでと、私は私室へと走った。
もう断れない。これ以上下手にあの二人を刺激すれば、戻れない何かを体験してしまう可能性が高い。
私は大きな溜息と共に、クローゼットの扉を開けた。




