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機甲兵団と真紅の歯車 14・交差した道

 夜の帳が落ち始めたガザールの街へと、勢いだけで走り出してしまった今日この頃。

 キーラという平凡極まりない名前を持つ俺は、片手に剣を携えて逃げるように駆けていったその影を追いかけていた。



 光も碌に届かない路地裏は腐ったような臭いが充満していて、直ぐにでも逃げ出したかった。見掛ける人見掛ける人、得体の知れない雰囲気を纏っているし、その獣のようにギラついた目が嫌に目につく。やだ怖い帰りたい。


 だが、今引き返す訳にはいかない。

 あの走り去った影の事が気になったし、それに━━━


「待ちなぁぁぁー!餓鬼ぃ、ごらぁぁ!!!」


 なんかサラーニャが追ってくるし。

 しかもなんか人を殺しそうな形相してるし。


「なんで追ってくんだよ!サラーニャ!?」

「うっさいんだよっ!!!黙って止まりな!!」

「俺だって止まりたいわ!引き返したいわ!でも、なんか鬼みたいな顔した奴が追っかけてきてるんだから、止まりたくても止まれないだろうがよ!!」


 そう俺の言葉を聞きサラーニャが一度振り返る。そして何も無い事を確認すると、その眉間の皺を更に寄せて此方を睨んできた。


「誰が鬼だぃ!?え"ぇ"え?!!」

「鏡見てみろよ!そこに黒毛の鬼がいるからよ!!」

「おまっ、この餓鬼!」


 サラーニャは怒鳴り声をあげ一気に加速した。

 そしてあっという間に距離を詰めたサラーニャの腕が、俺の首に迫った。


 獣人の身体能力は人間より遥かに上だ。俺みたいな子供が逃げていられたのはサラーニャが本気を出していないからに過ぎず、俺が速かった訳ではない。

 これは必然なのだ。


 捕まると思い息を飲んだ。

 ━━━だが、いつまでたっても首に掛かる手の感触は無い。かわりに囁くように言葉が掛けられた。


「そのまま、全速力で走りなっ。」

「━━━━えっ!?」


 今までと真逆の事を言い放ったサラーニャへ顔を向けると、そこには両の拳に白銀のナックルダスターを嵌め込むやけに殺気だったサラーニャがいた。

 さっきまでとは何かが違う。本気の殺気に満ちた顔。


 その時だった、走っていた俺の前方方向に剣を構えた戦士風の男が見えたのは。



「頭下げな!!」



 怒号のようなサラーニャに従い咄嗟に体を傾けると、戦士風の男の手に構えられた剣が俺の頭があったであろう場所を貫いた。

 かわし切れなかった数本の髪の毛が宙に散らばる。


 体勢を大きく崩した俺はスライディングでもするように戦士風の男を潜り抜け、勢い余って地面を転げまわった。


「くっそっ!!」


 悪態をつきながら直ぐに体勢を整え顔をあげると、サラーニャと先程の男が剣と拳で鍔迫り合いをしている光景があった。


「サラーニャ!!」


 突然の事で頭が回らないが、とっさに加勢しなけばと思い剣に手を掛けたが、抜かずに終わってしまった。

 何故なら、俺が剣を抜こうとした頃には、サラーニャの優しさの欠片もない拳が男に叩き込まれていたのだ。一発二発では無い。見えただけでなん十発もだ。


 鍔迫り合いを演じていた剣は中程でへし折れ、頑強そうに見えた鎧兜は無惨にひっしゃげ、露になった男の顔は原型が分からない程にボッコボコになった。


 返り血を浴びたサラーニャは乱雑にそれを拭き取ると、辺りに視線を向け怪訝そうに顔を歪める。


「妙な臭いが続いてると思ってたけど・・・・随分と厄介な事に首突っ込んだもんだね、アンタ。」


 サラーニャの言葉に応じた様に、建物の影から次々と怪しげな男達が姿を現した。その服装に統一感は一切無いものの、纏う雰囲気は気持ち悪い程に近い物を感じる。


 そんな連中にサラーニャは釘を指すように一瞥した。

 サラーニャの視線に気圧されたのか男達の動きが止まる。

 動きを止めた連中を確認した後、サラーニャの視線は俺に向けられた。


「何処にいこうとしてんだか知らないけど、行きな。」

「え、でも、サラーニャが。」

「餓鬼に心配されるほど弱かぁないよ。それより、しっかりやってきな。何をしようと勝手だけどね、男が一旦決めた事はそう簡単には投げ捨てちゃなんないよ。いいね?」


 サラーニャの力強い瞳が俺を捉える。


「━━━━━━うん。」


 正直どうしたいのか分からなかった。

 気がついたら追いかけていただけで、そこに明確な理由は無かったんだと思う。

 けれど、この時になって、サラーニャの瞳を見て、俺がどうしたいのか分かった。


 助けたかったんだ。


 迷惑なだけかも知れない。

 理由があるのかも知れない。


 それでも、助けたかった。

 ちゃんとした理由や理屈がある訳じゃない。

 これは俺の身勝手、自己満足、お節介。完全な独りよがりだ。


 でもそれが、母さんが自慢してくれた、父さんが誇りに思ってくれた、ミヤが好きでいてくれた、クロエが好きだって言ってくれた、俺なんだ。


「何も我慢する事はない、思う通りしろ。俺もそうしてる。」


 ユーキに言われた言葉を思いだし一歩を踏み出す。

 サラーニャを背に走り出した俺に、もう迷いは無かった。


 怖いし、不安だし、何が出来るのか分からない。けれど、出来る事は全部やってやる。もう二度と、無力であった自分を棚上げして誰かを責めないように。もう二度と、自分の弱さで誰かを失わないように。






 ◇━◇






 暗闇に支配された路地裏を悠然と闊歩する者がいた。

 黒塗りの杖を片手にした、青いスーツを着こなす金髪赤目の伊達男。そう、叡智の王である我こと『ロワ・イゥベズ・レィープ』その人である。


 ・・・・・我は何を考えておるのか。


「・・・・・むう。しかし、見つからぬな。」


 街をさ迷い歩く事、数時間。

 勢いで引き受けた保護の依頼だったのだが、未だに保護対象である少年すら確保出来ていない現状に柄にもなく泣きそうである。

 簡単に終わると思ってたいたが、考えなし過ぎたかもしれん。

 引き受けた以上、我の失敗は主たる王にまで責が及ぶし、何より我への王からの信頼度も落ちる事になるだろう。


 不味い。

 非常に不味い。


 最近只でさえ風呂焚き係りとしか見られていないと言うのに、こんな人間風情がやるような仕事を、この叡智の王たる我が失敗する事になれば、下手したら契約を打ち切られる可能性すらある。不味い。


 既に次の手は打ってある。

 街中に向けて蟲を飛ばし大捜索を開始している所だ。


 ん?もっと早くにやれと?

 ・・・・まさにその通りなのだが、あの時は頭に血が昇りに昇っておって、こんな簡単な事すら思いつかなかったのだ。

 それで、態々足を使って徒歩で探して・・・・うっ頭がっ。


「━━━━むっ?」


 蟲達が何かを発見したようだ。

 意識を向けてみれば、そこには探していた少年の走る姿があった。フードを深く被り顔が少し見ずらかったが、手元にあった姿絵と見比べて顔の造形、目や髪色に相違は無い事からほぼ間違いは無いだろう。


「うむ。ここより東にいった所か。」


 位置を把握し、いざっと言う所で、我の前を見慣れた人間が通った。


「待つが良い。」

「ぐえっ!?」


 向おうとしている先が同じと言う事もあり、我はその人物の襟首に杖を引っ掻けて足止めした。襟首が急に締まった事により、その人物は苦しそうに咳き込んでいる。


 無視しても良かったのだが、一応は王と顔見知りで一度は旅の伴にと誘った奴だ。この先にいる"可笑しな"連中と鉢合わせして死なれでもしたら、見過ごした我が王に何言われるか分かった物ではない。


 苦し気に息を乱す其奴に、我は出来るだけ優しく声を掛けた。


「少年。何があったかは知らぬが、その先は行かぬ方が良い。」


 我の言葉に其奴・・・キーラは顔をあげた。


「ごほっ、あの?何を?」


 酷く混乱しているようだ。

 まぁ、いきなり首が締まれば人間はこんな物だろうが。


「この先には妙な連中がいる。少年のような弱き者では殺されるが落ちぞ。」

「妙な連中?!あの、その中にフード被った俺より少し小さい子供はいなかったっ━━ですか!?」

「む?フードを被った子供だと?」


 キーラは身ぶり手振りを加えて我に尋ねてくる。

 伝えられた外見的特徴は我が探していた少年に近いものがあるが、果たして同一人物であろうか?


 我が探している人物は、ただの子供では無い。

 権力者の子供か、または稀有な才を持つ子供。

 どちらにせよ、街の有力者が態々助けようとするくらいには価値のある金の卵を産むガチョウである事に違いはあるまい。


 つい最近まで閉鎖的な田舎で暮らしていたキーラ少年に、なんらかの関係があるとは到底思えぬ。そうであるならば、関わらせるべきではないのだろう━━━━が、しかしだ。


 弱い者なりに、なんとも良い目をしておる。


 こう言う輩は大抵は早死にする。

 なんて事無い事で、ある日突然に。

 何も残せずに、だ。


 だが、時として、その脆弱な牙は思いも寄らぬ大物を食い殺す事がある。目を瞑れば思い出す、かの時代。何度も見せられた脆弱なる者の持たざるが故の強さを、太陽に勝るとも劣らないその魂の輝きを。


 流石に王が選んだ者であると言う事か。


 ━━━━さて、本来ならここまで覚悟を決めた男に余計なお節介は焼かない事にしているが、今回は余計なお節介を焼かせて貰う事にしよう。王のお気に入りを我の手の届く範囲で死なせるのも情けない話だからな。


 取り合えずは、事が片付くまで少年を気絶させて、後に話を聞いてやる事にするか。


「━━━━ふぅ。さて、少年よ。そのフードの子供の事だが・・・・む?」


 ふっと、視線を戻した先にキーラ少年の姿は無かった。


「・・・・・・ふむ。」


 どうやら、無視されたようだ。

 そうか、大分考え込んでいたのかも知れんな。急いでる者からすれば、僅かな時間すらも惜しい物だからな。仕方あるまいて。

 ははは。


「などと、笑っている場合では無いぞ!!我っ!!」


 こんな事でうっかり死なれでもしたら、其れこそ情けな過ぎる。どんな顔をして王に会えと言うのか。


 蟲達を使い周囲を探って見れば、予想通りキーラは我が追っていた少年の目と鼻の先にまで迫って━━━━━━もう鉢合わせしておる!!それどころか、共に追われ始めおった!!ぬぅおう!!


 ・・・・・・こうなれば、もはや仕方あるまい。


 我は封印していた魔力を三段階中の一段回目を解放した。

 この姿のまま解放出来る上限は一段回目に限るので、今出来る限りの全力と言う事になる。


 この状態であれば、以前戦ったアルベルトのような人の皮を被った化物相手でもなければ、まず負ける事はないだろう。

 そして、脆弱な子供二人を無傷で守るには申し分ない力でもある。


「はぁ。しかし、だ。まさか、こんなに早く使う事になるとはな。」


 王にあれだけ偉そうに御託を並べておいて、この様とは笑えぬ話だ。不運が重なったと言い訳が出来ない事も無いが、それらを含めて何とかするのが我だった筈だ。


 叡智の王。

 世界の理を知り、全ての答えを知る者。

 幾億の軍勢を従えし蟲の王。

 そして━━━━


「智謀にして暴虐。深淵を闊歩せし魔王、ロワ・イゥベズ・レィープであるならば、な。」


 転移魔術を使いキーラ達の行き着く先へと一瞬でたどり着く。

 本来ならばこうも簡単には行えない魔術なのだが、座標点になる蟲を飛ばしているので本来の十分の一程度魔力を消費するだけで簡単に出来る。


「おじさん?!」


 待ち受ける形になった我に、少年を連れだって路地を曲がってきたキーラが声をあげる。驚愕はしているようだが、敵意は向けてこない。この状況で敵を見分けているのだとすれば、面白い奴である。


「おじさんでは無い、ロワ・イゥベズ・レィープと言う高貴な名が我にはある。」

「ろ、ロワさん?」

「畏敬を込めてロワ様とでも呼ぶが良いぞ。」

「ロワ・・・様?ってそんな事してる場合じゃないんだ!!ロワさん逃げて!じゃないと━━━」


 ガシャ、っと。

 重い金属音がキーラ達の後をついて路地を曲がってきた。

 現れたのは鎧を身に纏った戦士風の男が三人。それと、皮鎧を纏った剣士が二人だ。

 どちらも、大した強さは感じない。


 だが━━━


「何故こうなった。」


 ━━━目の前の男達は一見すると共通点は無いように見えるが、その実はまったく違う。

 位置どりや仕草、不自然にまで違えられた装備。加えてその纏う空気。何もかもが普通では無いのだ。傭兵やギルドに雇われた戦士程度ではあり得ない動きだ。


 今対峙している連中は組織に属している者、それも多くの人間を雇い育てられる力を持った組織の者である。

 つまりは、何処かの国軍である可能性が高い。


 王の命も無しに国と事を構えるなど頭が痛い話だが、今更引き受けた仕事を反故にする訳にもいかない。やはり、安易に引き受けるべきでは無かった。

 王よ、偉そうな事言って済まん。


 そして終いには、キーラ少年に謝られた。

 情けなさここに極まれりである。


 最早、見ずに、関わらずに終われる状態ではない。

 それならば、やるべきだ。

 徹底的に、完膚なきまでに、完全に。


 それでこそ、我らであろう。

 なぁ、王よ。


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