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機甲兵団と真紅の歯車 13・結界の男

「━━━━で、あるか。」

「で、あるねぇ兄ちゃん。」


 首都ガザールの地で一時的に主と離れて行動する事になった我は、一件の魔道具店へと訪れていた。

 この魔道具店の店主ザザンドは中々に話の分かる男で、我が欲する必要な知識を持ち、魔導書の数々まで保有する奇特な男だった。


 我は喜んだ。

 日頃の行いがついに良い方へと転がったと。


 だがその喜びも、ぬか喜びであった。

 この男、死ぬほどドケチなのである。

 死ぬほどだ。


「どうにかまからんか。御老公。」

「どうにもまからんね。兄ちゃん。」


「「・・・・・・・・。」」


 ━━━━━━━プチン。


「ええい!話の分からぬ男よ!!我であればこの魔導書達を有効活用出来ると言うておるのだ!!黙って渡さぬか!!この叡智の王たる我の手に渡るのだ、誉れであろうぅ!!!」

「くっそたわけ者が、この餓鬼ゃぁぁぁぁ!!わしの孫より可愛い魔導書達を、貴様のような文無しの訳分からん小僧に渡して堪るかぁぁぁぁぁ!!わしの魔導書が欲しかったら、白金貨を山と積まんかいボケぇぇぇぇぇ!!!」


 この男!!

 我に、この我になんたる言い草か!!


「ええぃ!!我の本気がそれほど見たいか!?良かろう見せてくれようぞ!魔導の真髄その目に刻み尽くせぇぇぇぇい!!!!」

「魔導の真髄?!アホかわりゃ!貴様のような小僧が、何をもって魔導の真髄とするのかのぅ!?見せて欲しいのう、見せて欲しいのう。どんな立派な物が見れるのか、本当に楽しみじゃのう!!」


 言わせて置けばこの男めがっ!!

 望み通り、しかと目に刻みこんでくれるわ!!


「太陽が如き安らぎ与える慈悲の光剣。白夜の輝きを其処に見よ!ソール・リィカ・ソルド!!!!」


 流石に攻撃魔術を放つ訳にもいかず、我は見栄えの良い治癒魔術を発動した。ソール・リィカ・ソルドは、斬った者を病だろうが呪いだろうが立ち所に治癒することが出来る治癒光剣を作り出す高位の魔術だ。勿論それだけでは無い。この光剣は実態なき者を切り裂く事も出来る、対霊殲滅武器でもある優れ物なのだ。

 まぁ、ありとあらゆる魔術に精通した我にしてみれば、なんて事無いショッパイ魔術なのだが、見栄えだけは映えるので脅しには丁度良いのだ。


 特に!目の前にいるような、頑固とケチしか取り柄が無く、真の実力を見極められないような物には効果的と言えよう。


 自信満々にザザンドを見れば、やはりおののいて・・・・・いて・・・・・むぅ?


「あふぁぁぁぁぁぁ!?馬鹿もんがぁ!!眩しゅうてなんも見えんわぁ!!何が魔導の真髄じゃ!ただのやたら明るい光源魔術では無いか!この未熟者がぁ!!」



 何だって!?



「貴様!我ガ折角見セテヤッ━━━っ!!」


 しまった、興奮し過ぎて声帯魔術が━━。


「ゴホン!ゴッホン!ゴホっ!ア、あ、あーーーー!うむぅ!」


 危ない危ない。

 我の地声は、普通の人間にはちと聞こえが悪いようだからな。

 この店に辿り着くまで、何度怖がられたか・・・・・。


「なんじゃい?いきなり咳き込みおって。まだ若いって言うのに軟弱じゃわいのう。」

「煩いわ、ザザンド。それよりも、だ。我の魔術を見て先程の感想はなんだ。貴様の持つ魔導書の趣味は素直に称賛すべき物があるが、実践における魔術に対しての目は節穴でしか無いのだな。正直、貴様には落胆したぞ。」

「なぁにぃ!?小僧が!わしの何処が節穴じゃい!お前さんが選んだ魔術が悪いんじゃろうが!もっと分かり易い魔術見せたらんかい!!」


 この、この男っ、もう我慢ならん!!


 我はザザンドのお望み通り、渾身の魔術を放ってやる事にした。それは王にすら教えておらぬ、最強にして最悪の大規模破壊闇魔術。これを放てば、この店主は勿論、この都市も王を残して更地になるだろう。だが!後悔は無い!これ程までにコケにされて、黙っている事など王たる我がするべきではないし、する気もないのだから。


「良かろう!我が秘術、その曇った眼に刻むが良いぞ!深淵より出流者よ、我の━━━━」


 ダンと、我の詠唱を遮るように、ザザンドと我の間にあるカウンターに魔導書が積まれた。そのどれもこれも、我が目をつけていた物ばかりだ。


「店主。これを貰おう。」

「はぁ!?」

「何ぃ!?」


 突然の言葉に我はその声の主の顔を見た。

 カウンターに魔導書を置いた其奴は、何処にでもあるような赤茶色の髪した背の低い平凡な顔をした男だった。なんとも特徴のない、面白みの欠片もない、そんな男だ。もうこれ以上、表現のしようもない。


 上から下まで黒い服を着ている。恐らく聖職者か着ている類いの服だろう。修道服とか言うやつだ。


 そんな面白みのない修道服の男は、まるで我がいないとでも言うように淡々とザザンドと話している。

 そして、ザザンドに提示された金貨をカウンターに置くと、さっさと魔導書を持って帰って行ってしまった。

 見掛けに寄らず、何とも嵐のような男である。


 ん・・・・・?んんんん!?


「おい、貴様!!」

「金貨がじゅういち枚、金貨がじゅうに枚・・・・」

「ザザンド!!貴様!我の話を聞けぇい!!」

「なんじゃい小僧。まだおったのか。冷やかしなら帰れ帰れ。」

「帰れだと!?この━━━まぁ、良い。其れよりもだ、まだ魔導書はあるのだろうな?」


 ザザンドは金貨を数える手を止め、じっと我の目を見る。

 そして、暫くして手元の金貨に視線を戻した。


「いや、あれの在庫は無いな。」

「何ぃ!!?貴様っ、あれは我が目をつけたのだぞ!!其れを勝手に売りおって!!」

「五月蝿いわぃ!!金もない癖にグチグチほざくな!!わしは金が好きなんじゃ!当然、金払いの良い客を優先するわい!しっしっ!!帰れ帰れ貧乏人が!金を持って出直してこい!」


 ぐぬぬぬぬ。

 もはや、こやつと話していても埒は空くまい。


「ええぃ、もう良い!ザザンド!覚えておくが良いわ!!」


 我はザザンドを後で締める事を心に誓い、修道服の男を追って店を出た。









 店を出て直ぐ、大通りへと向かう修道服の男の背中を見つけた。王として些か威厳を失する行動であったが、はや歩きしたのは間違っていなかったらしい。人混みに入られては、その地味さ故に見失う可能性が高いからな。


「修道服の男よ、待つが良い!」


 我の突然の声に、男は足を止め振りかえる。

 だが、振りかえった男の表情に驚きや戸惑いの様子は無く、寧ろ声を掛けられるのが前提であったかのような表情を浮かべていた。


「ご用向きをお伺いしても?」


 何とも話の早い事だ。

 手間が省ける事に不満はないが、あまりにも対応が早すぎる事に不信感が募る。恐らく、この男がこうした形で我に接触してきたのは偶然では無いのだろう。


「言わずとも分かっておろう。主が持つその魔導書だ。」

「これですか?」


 我の答えに、男が手にしていた本を掲げる。


「それは、我が目をつけていた物だ。理由を聞かずさっさと渡すが━━━━」

「どうぞ。」


 我が言い終わる前に、男は本を差し出してきた。

 う、うむ。王たる我に敬意を示し、何を聞かずに献上する殊勝な態度は当然と言えよう。だが、だがだ。これは可笑しい。

 魔導書を受け取らない我を見て、男が首を傾げる。


「どうぞ?」


 ずいっと、魔導書が我に寄せられる。


「・・・・我が言うのもなんだが、変だとは思わぬのか?」

「はぁ、特には。私としましては、こんな物で貴方が大人しくしていて下さっている分には一向に構いませんので。」

「何?それはどう言う意味だ。」


 我の問いに男は何を考えてるか分からない顔で淡々と答えた。


「風魔術、認識阻害魔術、変容魔術、治癒魔術、最後に放とうとされたのは闇魔術でしょうか?特に最後のあれは非常に危険な魔術でしたね。放っておけば、あの店はおろか、街にまで被害が及んだ事でしょう。私は、それを止めたかっただけですよ。」

「むっぅ?!」


 こやつ、我がこの街についてから使った魔術を知っておる。

 とすれば、この男は・・・・・。


「お主だな。この街に結界を張っているのは。」


 確信持って尋ねた我の言葉に、男は眉一つ動かさず此方を見て言った。


「私、ディール・ソレイスと申します。僭越ではありますが、この街の対魔術防衛の責任者を務めさせて頂いている者です。つきまして侵入者である貴方様の、ご用向きをお聞かせ願えれば幸いなのですが?」


 気づかれた可能性も考えていたが、こんなに早く捕捉されるとは、この時代の魔術士も中々馬鹿に出来ぬ物だな。

 さて、なんと答えたものか?












「観光ですか?」

「平たく言えば、そうなるな。暫し俗世より離れていた物でな。時世を知るには、聞くよりも見るに限る。」


 ディール・ソレイスの連れられ、我は一軒の喫茶店に来ていた。領王の行き付けだと言うだけあって、出された茶は中々に上等な物で悪くはない物だった。


 どうやら、このディールと言う男は我といざこざを起こすつもりは無いようだ。結界内の事はある程度把握する力があるようで、既に我との実力の差には気がついているようである。

 無駄な喧嘩はしないのは、良い心掛けであるな。


「では、この街で、何かをしようとは思っていないと?」

「そう言っておる。そもそも、何かをするつもりであれば、既にこの街は焦土と化しているであろう。それ位は理解しておるのだろう?それにだ、我は力を無闇矢鱈に振るう程愚かではないつもりだ。見て分かるであろう、紳士だ。」


 我がそう念を押すと、ディールは小さく溜息をつく。


「ふぅ・・・・分かりました。ではその言葉、信用させて頂きます。疑った所で、状況は変わりませんしね。」

「うむ。聞き分けの良い者は嫌いではないぞ。」


 話が滞り無く済む事は実に良い。


「━━━━しかし、ディールと言ったな?貴様の結界、中々に面白い物であったぞ。ここまでの複合魔術式による結界は、近代において出来る者は数える程度であろう。以前、アルベルトと言う近代魔術の粋のような男を見たが、結界だけなら貴様の方が上であるやもしれん。」

「アルベルト?まさか赤の魔導師様ですか?まさか。それは持ち上げ過ぎですよ。」

「いや、胸を張るが良い。其れほどだ。」


 確かに、ディールが言うように、アルベルトは別格の存在であろう。だが、ある意味ではこの男も異質な存在と言える。


「まぁ、お褒めの言葉ありがたく頂戴いたしますよ。それよりも、ロワ様と仰いましたか。貴方様程の人物が、今更そのような魔導書が必要なのでしょうか?私には無駄に思えてなりませんが。」


 この男、中々に良い目をしておるな。

 我の魔術士としての実力を小癪にも見抜いておるわ。


 直接目にしであろう治癒魔術と闇魔術の二つきりで、我の力量を計りおったようだ。他の魔術に関しても感知こそ出来たようだが、それがどんな代物かまでは把握しておるまい。精々、どの程度魔力が動いたか知った程度であろう。我も其処まで甘くは無いからな。


「無論だ。人が産み出す魔術の理は、基礎はもとかく細部へ行けば行くほど片寄るものだ。百いれば百の考え方が存在する。術の本質的な所は同じでも、そこに至るまでの術式の構成は無限よ。故に、我のような叡智を冠する偉大な有識者にとっても、それらは十分に価値ある物なのだ。特に、その魔導書は素晴らしい。我の知りたかった近代魔術の根底に近い知識が書かれておるからな。」

「そう言う物ですか・・・・。正直、私には解りかねる話ですが、貴方にとって価値があるのならば、それで良いでしょう━━━━」


 ディールはそこで言葉を区切り、ひきつったような笑みを浮かべた。


「━━━━これで、やっと交渉する事が出来ます。」


 交渉。

 我は眉を寄せた。


「どう言う意味だ、ディールとやら。」

「言葉の通りです。ロワ様。━━━と、その前に、その魔導書を何処でも良いので開いてくれませんか?」


 我はディールの言葉に疑問を思い浮かべたまま、言われるがまま魔導書を開いた。

 すると、そこにあったのは空白だった。元々そう言うページであったのかと思い次のページを捲る。だが、次のページも、その次のページも空白だった。全てのページに空白を確認した我は、眼前の男を睨みつける。


「何をした。」

「その魔導書に少し細工をさせて貰いました。私が許可しなければ、中身を確認出来ないように。」

「喧嘩を売ってきている。そう受け取って良いか?」


 随分と舐めたまねをしてくれる。

 我に紛い物を寄越してくるとはな。

 魔力を放出しながら威圧すると、ディールが目をそらした。


「いいえ。それは誤解ですね。」

「何ぃ?」

「少なくとも、貴方様は無闇矢鱈に力を振るう愚か者ではないのではない事が分かりました。それならば、交渉の余地は残されているでしょう。魔導書もタダでは無いのですから、ねぇ?」


 この男、足元を見おって。


「それとも、今からでも実力行使に出ますか?野蛮でモラルもない盗人のように。」

「ふん。下らん。そのような必要はないわ。この程度の魔術、我に掛かれば直ぐに解析して━━━━」


 魔導書に掛けられた魔術を解析して、我は心底驚かされた。

 何せ、叡智の王である我が、魔導書に掛けられた魔術をまったくと言って良いほど理解出来なかったのだ。


 単純に言ってしまえば、ただ複雑なだけだ。だが、その複雑さは異常であった。幾十もの魔術式が重なり、覆い、交差している。そこには理や構築美は一切ない。


「封印魔術、と言える程大した物では無し。だが、これは・・・・。」


 我はかつて覗いたある記憶を呼び起こした。

 王であるユーキの過去の記憶だ。


 魔術の体形は王のかつての世界にあった、コンピューターウイルスの一種によく似ていた。膨大なデータを送りつけて、処理能力をパンクさせて落とすそれだ。正確にはマルウェアだとかなんだとか言う物らしいのだが、この際はどうでも良いだろう。どのみち、答えを持っている王の記憶を読み直した所で、これ以上の情報は無いのだから。


 兎に角、この魔導書に掛けられたそれは、その複雑なまでの魔導式の組合せと理の無い掛け合わせ、加えて膨大な魔術式をこれでもかと詰め込んだ、解こうとして解けないがんじがらめにされた糸のような物なのだ。時間をしこたま掛ければ出来るかも知れないが、それが一体どれだけの時間が掛かるのか・・・・。




「解けますか?」




 そう言ってひきつったような笑みを浮かべたままのディールに、我は腹の底から沸きあがるソレを抑えつつ尋ねた。


「交渉と、そう言ったな。ディール。よく考えて話せ。場合によっては、殺すぞ。」


 我により当てられた殺気に、ディールは眉一つ動かさず此方を見ていた。・・・・思っていた以上に、こやつは厄介かもしれん。


「では、お言葉に甘えさせた頂きます。偉大なる魔術士であらせられるロワ様にはこの魔導書の中身と引き換えに、ある少年を保護してもらいたいのです。」

「ある少年だと?」

「はい。実は、少々厄介な事になっておりまして。立場上、助ける訳には行かない人物なのですが、どうしてもその人物の身柄を押さえなくてならなくなりまして、お手を借りたいのですよ。ロワ様ならば、そう言ったしがらみも無さそうですし。何より、お強いのでしょうし。」

「ふん。我に借りずとも、どうとでもなるであろう。貴様ならばな。」


 どの程度の組織に身を置いているかは知らないが、それが出来ないような柔な組織にいるような男では無いだろう。


「出来ない、とは言いません。ですが非常にタイミングが悪いのです。色々とあるのですよ、此方も。」

「ふん。まぁ、良い。だが、我が引き受けてやる程の旨味は無いな。」

「そうですか?引き受けて頂ければ、都市内で危険な魔術を発動した事を不問にし、その上で貴重な魔導書を追加で幾つか進呈させて頂こうと考えていたのですが・・・・・。」


 なんだと?


「貴様・・・・まさか我を脅すつもりか?命が惜しくは━━━」

「殺しますか?」

「━━━━むぅっ。」

「はぁ、それならば仕方ありませんね。やはり"野蛮"で"モラル"もない、力で解決する類いの頭の弱い御方でしたか。いやはや恐ろしい。」


 な、なんだと!?

 我が野蛮でモラルもない、頭の弱い御方だと!?

 この叡智の王にして、偉大なる王の忠実な僕である我が!?


「貴様っ━━━。」

「あ、封印は解いておきますので、その魔導書はお持ちになって下さい。最初に言った通り、それで貴方が大人しくして頂けるのであれば、それで構いませんよ。どうせ、話合いが出来るほど理性は持ち合わせていないでしょうし?」


 ディールの言いたい事は簡単だ。

 それは、聞き分けの無い子供にお菓子をあげて言う事を聞かせるように、魔導書をあげるから大人しくしていてね、と言いたいのだ。それこそ、子供をあやしつけるように。


 プチン。


 我の頭の中で、何かが切れた。


「ウィハハハハハハハハハ!!!貴様っ、よく、よく、よくぞ言いおったな!!我が、この我が愚か者だと!!良かろう!良かろうぞ!良かろうぞ!!!貴様のその願い、聞き受けてやろうぞ!!」

「・・・・良いですよ?無理に引き受けて頂かなくても。」

「黙れぇ!!引き受けてやると言っておるのだ!!貴様は黙って報酬である魔導書でも用意して待っておるが良い!」


 ここまでコケにされて、引き下がれる物か。

 我がコケにされると言う事は、我が主である王ユーキ、引いては叡智の名を授けた"あやつ"をコケにされると言う事だ。

 其れは許せぬ。其れだけは、絶対に許せぬのだ。


「言え、ディール。誰を保護すれば良い。誰から保護すれば良い。いつまで保護すれば良い。言ぃえっ!!」

「はぁ、そうですか。引き受けて頂けますか。ありがとう御座います。では此方を。」


 そう言ってディールが取り出したのは一枚の姿絵だった。


「名前を『シオン』。目立つ銀の髪と澄んだ紫の瞳が特徴的な少年です。現在、都市内の何処かに潜伏していると思われます。追っ手は、今のところ冒険者が10名程らしいです。期間は・・・・そうですね、三日もあれば十分ですかね?その時は迎えの者を寄越します。」


 我はディールの出した姿絵をポケットに滑りこませると、席を立ち上がる。用件は理解した。後は、そのシオンとやらを捕らえてやるだけだ。


「三日だな。ふん。他愛も無いわ。」










 ◇━◇








 ガザールの対魔術防衛隊の最高責任者に任命されてから、もう早三年。分不相応だと悩みながら、期待してくれる閣下に恥を掻かせない為に、必死になって努力した日々は大変だったが悪くない日々だった。

 結界を張ったり、部下を育てたり、不穏分子を始末したり、本当に色々あった。


 だが、今日この日。

 この地位についた事を心底後悔した日は無かった。

 この日、私が相手をする事になったのは『化物』と言える程の魔術士ロワと呼ばれる存在だった。








 ロワ様が去った後、私はテーブルに体を預け深く深呼吸した。


 正直、交渉中死ぬかと思った。寿命が三年は縮んだ。そう思えるほどの疲労だ。

 一歩間違えれば、首の一つや二つ簡単に飛んでいく事になっただろうが、そうはならなかった。あの人が理性的な人で本当に良かったと思う。


 一人項垂れていると、潜んでいて部下の一人が背後にやってきたのが分かった。気配を消せる部下が私に存在を気づかせていると言う事は、何か言いたい事があるのだろう。


「何でしょうか。」


 私がそう尋ねると、「はっ」と畏まった部下が言葉を続けた。


「あのような方に、任せて良かったのでしょうか?」

「・・・あの子供の事ですか?まぁ、ロワ様は約束を守ってくれる人だと思うから大丈夫でしょう。今は他に人手もありませんし」

「いえ。その事はあまり心配しておりません。ソレイス様がそう判断されたのでしたら、間違いは無いと思います。━━━そうではなく、その、実力があるのか疑問なのです。」

「あぁ。君は魔術に関しては素人みたいな物ですからね?分かりませんでしたか。」

「はい。申し訳御座いません。正直、そこまでの脅威を感じなかった物でして。」


 分からなかったのは仕方ないだろう。

 あの御方のソレは、魔力感知の下手なこの部下には理解出来ない物だっただろうからな。あの御方が体の内に押し止めている物を部下が知覚出来る濃度で放出したならば、それだけで魔術師適正のあるものが軒並み発狂する。最早歩く災害だ。恐ろしい。


「近くで殺気を当てられてはっきりしたけど、あれは人間じゃありませんね。下手したら神獣の類いかも知れません。」

「神獣、様ですか!?確かに、高位の魔物や動物が人形をとる事で有名ですが、あの方が?」

「多分ですけどね。」


 あれが人間だと言うなら、私なんか塵屑も良いところだろ。


「・・・・・それで、あのようなやり方で、その、大丈夫でしょうか?魔導書を引き渡した瞬間に、腹いせで都市を吹き飛ばしたりしてきませんかね。」

「あーー、それは無いでしょう。ロワ様はそう短絡的な人?では無さそうですから。あの時怒っていたのも、自分の事と言うよりはもっと別の━━━」




 別の、何だろうか?




 自分で言っていて、背筋が寒くなった。別の、なんだ?

 頭を過った予感は、ロワ様と言う化物を使役する者の存在、その可能性だ。


「ソレイス様?」


 部下の声で我に返った私は、その件について考察する事を止めた。考えても仕方ない事は幾らでもある。取り合えず、この件は保留しても良い事だろう。


「いや、何でもありませんよ。それよりも、さっさと仕事を終わらせましょうか。三日後、ロワ様の所に迎えを寄越さないといけませんしね。」

「はっ!ソレイス様!」


 テーブルに残されたお茶を飲み干した私は、さっさと目的の場所へと向かう事にした。


「はぁ。何事も無いと良いのだけれど。」


 ふっと溢した言葉に、私は笑うしか無かった。

 言っておいてなんなのだが、何も無いなんて有り得ないよな、と。


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