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機甲兵団と真紅の歯車 11・提案と転機

「そ、そんな・・・・事が・・・・。」


 俺の話を聞いたゲヒルトのおっさんはソファーに沈み込んだ。

 これ以上無いほど落ち込んでいるようである。

 項垂れるゲヒルトとは対象的にアルシェは何かを考えているのか、口元に手をやって静かにしている。落ち込んでいる様子は皆無だ。


「━━━成る程、アームドと言われる鋼の鎧ね。それと、同じ衣装を着た謎の一団。魔力を礫とする銃と言う武器、か。」


 鋼の鎧か。


 うーん。伝わってるような伝わってないような、微妙な表現してくるな。かと言って機械とか言っても分からないだろうし、なんて言ったら良いか。


「あら、何か納得してない顔ね。」

「ん?んんー。ちゃんと説明出来てない気がしてさ。鋼の鎧ってのも、なんかしっくりこないんだよなぁ。」

「ふふふ。大丈夫よ。ちゃんと分かってるから。」

「そうか?」

「ええ。でも実物をこの目で見たかったわね。聞く話によると随分と厄介そうな代物みたいだし。」


 むむむ。

 そんな危機感煽るような説明してない筈なんだが。


「まだ納得していない?そうね。ユーキちゃんは見掛けによらず強いわよね?それも災害級の魔物と戦えるくらいに。」

「ぬっ?!」

「あらあら、そんな焦らなくて良いわよ。これは"タダ"の一人言よ。」


 災害級って事は、クイーンアイアントの事か?他には覚えが・・・・あの竜とかはどうなんだろうか。んん?まぁ、良いか。分からんし。ってか他のは基本的に人に見られて無いだろうしなぁ。━━って事はやっぱりアルベルトの奴があの時の事をギルドに報告してたのか?

 いや、でもあの時は、面倒事を避ける為にクイーン討伐の功績はアルベルトにおっかぶせた筈だ。目の前でそう言う手続きをしているのも見ている。


 あ、あいつ、そう言えば敵やないか。

 情報洩らされたのか?


「あらあら、本当にそうなの?」


 アルシェの楽しそうな声があがる。

 ・・・・どうやら、カマ掛けられたみたいだ。


「記録上では、クイーンアイアント討伐の後方支援って事になってるけど・・・・・ふふふ。その様子だと違うみたいね?その前も一つ、大きな事件に首突っ込んでるでしょ?確か、『ナダ』アスラ国南部の大都市。巨人国ガイアによる進行で、国境の警備砦が落ちたあの事件よ。結局、ガイア国の進行は失敗に終わったけれど、原因は何だったのかしらね?噂では、カルロの守護神が巨人達を打ち倒したのだとか?━━━確か貴女、その時期に国境付近の調査依頼受けていたわよね?」


 この人、ヤバイんですけど。

 耳が良いなんて、そんな生易しいもんじゃ無いんですけど。

 つーか、ギルドっ!!てめぇら、個人情報の管理どうなってんだ!情報の大半あそこからじゃねぇか!くそぅ!


「そ、そんな事もあったなぁ。でもさ、それはたまたまだし━━━」


 すっとぼけようと視線を逸らした時、アルシェが三日月のようにニンマリと口元を歪めた。


「ねぇ、ユーキちゃん。知ってるかしら。エルキスタでは"貴女"の事、『真紅の幽鬼』なんて物騒な呼ばれ方してるのよ?」

「ふぁっ!?」

「曰く、その人物は、怒濤の如く押し寄せる魔物の群れを、塵を払うが如く容易く蹴散らしたのだと。曰く、その人物は、災害級の魔物を何体も従えていたのだと。曰く、その人物は、山と見紛う程巨体なドラゴンを一撃で滅したのだと。」


 おお、おおう。まじか。

 エルキスタで有名になってるのか俺。

 誰だ、そんな噂流した奴は!俺はそんな事、そんな事を・・・・く、くそぅ!心当りが結構ある!


 誰かに見られてたのか?

 それとも、シェイリア達か?

 でも、あいつらがこんな事・・・・あるかもしれん。俺が行方不明になったから、手掛かりを探すために情報を流したとか。うむむ。だとしたら、怒れないなぁ。


 俺の焦りが分かっているのか、アルシェの笑みはどんどん邪悪さを増していく。

 こ、この人、楽しんでやがる!?


「極め付けはね、その人物は、白い衣を纏う真紅の髪を靡かせた、絶世の美を兼ね備えた幼女であるのだとか言うのよ?まぁ、三年も前の話だし、少しは大人になってないと可笑しいわよねぇ。ね、女神様?」

「・・・・・。」


 え?俺の格好ですか?

 そんなの、着なれた白のローブですわ。

 だって、だってこれが楽なんだもの!最初こそ、なんかスースーして違和感があったけど、慣れちゃったんですもの!着るのも脱ぐのも楽だし、何より着心地が良いんだも!


 それにしてもこの人、完全に確信してやがる。

 その上でおちょくってきてる。

 いい性格してるよ、本当に。


 ここまで勘づかれていて、知らぬ存ぜぬは流石に通用しないだろう。

 俺は取り合えず観念して、相手の出方を伺う事にした。


「それで、俺に何をさせたいんだよ。」

「あら?何の話かしら。何かしてくれるの?」


 むっ?!


「一人言って言ったでしょ?それとも、この一人言は貴女に何かして貰える程価値がある事なのかしら?」


 むむむ。

 余計な事言った。言ってしまったぁ。

 ぬぅぅぅぅぅ。


「ふふふ。それで話を戻すけれども、貴女の感覚からで言えば、それら鋼の兵隊も銃と言う武器も、あまつさえ所持していた連中も、大した事が無いと思っているのでしょう?」

「大した事が無い、とは思って無いけど・・・・。」

「思っているのよ。貴女は、それらを簡単に排する事が出来るから。多少手は掛かるかも知れない位には思ってるかもしれないけれど、そこまで警戒しなくても良い、そうも思っているのでしょ?」

「それは・・・・・・」


 ・・・・・うん。まぁ、蹴散らせるとは思っているけど。


「貴女には出来る。出来てしまう。だから、そうして平気でいられるのよ。少なくとも首都からそう離れていない集落一つを、国に悟らせる事なく殲滅した事実は、それを行った存在は、普通の人からしたら脅威なのよ。貴女が考えるより、ずっとね?」


 忘れていた訳では無いけど、それでキーラは故郷を失っている。見知った人達を、懐かしい風景を、キーラはもう二度と取り戻せない。


 俺はそれを何処か軽く見ていたのかも知れない。

 あれだけ、感情をぶつけられたと言うのに。


 あそこで何が失われたのか、本当の意味で考えていなかった。

 それなのに、俺はキーラに・・・はぁ、無神経にも程がある。断られて当然か。


「・・・・・そんな顔しないで頂戴。貴女を責めるつもりで言った訳では無いわ。元より、流浪の貴女が気に掛けるのも変な話だしね?」

「でもさ・・・。」


 なんだか急に情けなくなってきて、アルシェの顔を見ていられず俯いていると、そっと頭を撫でられた。

 柔らかい、優しい手だ。


「本当に可愛いわね貴女。」


 なんだそれ・・・・。


「コロコロ、コロコロ。笑ったり、困ったり、驚いたり、悲しんだり。そんなに表情豊だと、ついからかってしまいたくなるじゃないの?ねぇ、あなた?」

「ん?あ、ああ。ドミヌゥラ、是非ともそのまま大人になりなさい。」

「私なんか見習っては駄目よ?」

「そうだぞ、女は愛きょ・・・・あだだだだ。」


 なに乗せられてんだ、このおっさんは。

 あ、髭むしられた。余計な事言うから。


「ユーキちゃん、ありがとうね。貴女のおかげで、死ぬ筈だった国民の一人は確かに救われたわ。この国を支える貴族の一人として、貴女の行動には感謝するわ。」

「・・・・まぁ、うん。」

「素直でよろしい。さて、そろそろ話の本題に移りましょうか。ユーキちゃん?」

「むっ?」


 話の本題・・・・?

 あ、そういや、俺ここに頼みごとしにきたんだったか。


「あーーーー。えっと、借りれるのか、その、アルシェさんの情報網?」

「それは駄目ね。」


 駄目なのかよ。

 期待させておいて・・・・くぬぬぅ。


「約束ごとは守るんじゃないのかよ?」

「あら?守るわよ?でも、貴女の要求は今すぐにでしょ?」

「まぁ、遅くなるよりは早い方が良いけど。」

「これから、貴女の情報を元に手の者全てを今回の件に回してしまうから、貴女の望みの為に割く人員がいないのよ。事は国家の存亡に関わる話だもの、こればかりは譲れないわ。」


 国家の存亡って。

 そこまでなのか?


「またその顔?もう、あんまり可愛いと食べちゃうわよ?うちの子になっちゃう?」

「やだ。アルシェさんみたいなおっかない人が母親になるとかぞっとするもん。」


 思わず口が滑る。

 アルシェは優しい微笑み浮かべながら、静かに俺の頬をつねってきた。


「いひゃい。」

「悪い事言うお口はこれかしら?んー?」

「ほへぇひゃひゃい。」


 謝ったというのに、引っ張ったり潰されたりして頬を弄ばれる。アルシェに止める気配は無い。あと、なんか顔が恐い。笑ってるのにぞっとする。


 それに、許すとか許さないとか以前に完全に遊んでいらっしゃるので、もう諦めて成されるがままにしておく。下手に逆らって面倒な事になるのは勘弁したいし。


「でもそうね。私のお願い聞いてくれるのなら。その余裕のない所から人員を割いて、貴女の私的な情報集めに協力しないでもないわよ?」

「ふひぇ?ひょうふゅうひょひゃひょ?」

「この状況で私の手の者を動かすのであれば、金貨一千枚は積んで貰わないと釣り合わないわ。当然、貴女への御詫び、情報の恩賞、二つを掛け合わせても全然足りないわよね?だから、その足りない分を別の事で払ってくれれば、頼みを聞いてあげるって話よ。」


 なに?

 その理論で言えばさっきの情報による恩賞はそれなりになる筈だ。


「ひょーひょーのひゃいひゃふぁ、ひょへひゃりひひゃるひゃろ?」

「そうね。国家を揺るがす情報の恩賞だもの。確かに高額にしなければいけないわね。でもそれは、話す前に決める事であって話した後で決める事では無いのよ。沈黙は金、雄弁は銀って言うでしょ?情報は扱い方次第で価値が変わってしまう物なの。すっかり話終えてしまった今では1銅貨の価値もないわ。良い勉強になったわね、ユーキちゃん?」

「ほひょうひゅるっひぇ、いっひゃ!」

「貴女の身柄はね?お金の話も頼みごとの話も、誓約には入ってないわ。あくまで、貴女の身柄の保証だけ。ね?嘘は言ってないでしょう?」


 ぬぅぅぅぅぅぅぅ。

 あー言えばこう言う。

 貴族なんて嫌いだ。


「そんな顔で見ても、駄目な物は駄目。それより、どう?私の頼みを聞いてみない?悪くないと思うわよ条件は。」

「ひょふ?」

「頼みを聞いてくれるなら、さっきも言ったけど貴女の私的な情報集めに協力してあげる。幾ばくかの褒賞金もつけましょう。それに、私は味方でいてくれる人の秘密は守る主義だから、その辺の隠蔽まで手伝ってあげる。どう?」


 むぅー。

 お金もくれるし、俺の頼みも聞いてくれる。

 悪く無いんだけど、なんかなぁ。


「・・・・・にゃいようにひょる。」

「そんなに難しい事は頼まないわよ。貴女にしか出来ない事をやって貰うだけ。」

「だゃぎゃりゃ、なんひゃってひゅうんびゃ!にゃい・・・・・ああ!もう、離せぇい!!喋りづらい!」


 ムニムニ、グニグニ、ミョンミョン、頬をこねくり回しやがって!もう!何時までも下手にでてると思うなよ!でございます!アルシェっ・・・・さん!こらぁ・・・・です!!


 文句の一つも言ってやりたかったが、アルシェの暗黒微笑の前に呆気なく黙らされた。心の中でひっそり行った罵倒にも勢いが出ない。もう、恐い。帰りたい。

 俺は文句を言うのを諦めて、アルシェに続きを促した。


「そ、それで、頼みってなんだよ?」


 俺の問いに、アルシェは迷う事なく一言だけ告げた。




「一週間。我が家のバウンサーして貰えないかしら?」





 ◇━◇





 ユーキがアルシェと話していたその時。

 同じ街の中で、一人の少年に新たな転機が訪れていた。


 人で賑わう街の影、何処にでもある薄汚れた路地裏。

 灯りの点る表通りから遠く離れたそこで、少年は不釣り合いな剣を構えていた。眼前には武装をした屈強な男達。背後には無骨な首輪をつけたもう一人の少年。


 そして、加えてもう一人。



 ━━━━仕立ての良い青の服を着た金髪赤目の伊達男が、剣を構える少年の隣にいた。その端正な顔をこれでもかと、しかめて。


「何故こうなった。」


 少年の隣でそう小さく呟いたその男は、面倒事になんのかんやと突っ込んでしまう主を思い出し、「人の事は言えないな」と深く反省した。


 そんな男の様子に勘違いしたのか、少年がささやく様に言う。


「ロワさん。巻き込んでごめん。ここは俺に任せてくれて良いから、あの子を連れて逃げてくれないか?」


 その言葉に、ロワは笑う。


「抜かせ小僧。幾千の時を生きた我が、お主のような子供に気を使われてたまるか。逃げるのは貴様だ、小僧。」

「でも、巻き込んだのは俺でっ!」

「それが入らぬ世話だと言っているのだ。」


 そう言って少年の言葉を軽くあしらい、ロワは手にしていた黒塗りの杖を一振りする。すると、ロワの足元に黒耀に輝く魔方陣が現れた。


「アヴァン・ディア・アヌス」


 一言そう発すると魔方陣が弾けるように消え去り、代わりとでも言うように路地裏の影から幾十ものか細い腕が現れる。

 漆黒の細い腕は、武装した男達から武器や防具の尽くをあっというまに奪い尽くすと、息をつく間も与えず四肢を絡めとり拘束してしまった。


 驚く少年達と悲鳴をあげる男達を尻目に、ロワは厄介事を押し付けたある男の姿を思い出し眉を潜める。


「ふん。あの男の事はまったくもって気に入らんが、約束は約束だ。小僧、精々大人しくしておるが良い。この我が、叡智の王にして偉大なる大王の下僕である我が!貴様等を完全無欠に守ってやろうぞ!ヒィヤハハハハハ!!」


 声高良かに笑うその背中には、何処か悲しいような情けないような哀愁が漂っており、少年キーラは色んな意味で声を掛けられなかった。


「格好いい・・・・。」

「いや、格好良くは無いと思うけど。」


 代わりに、自分の背後でズレた事を言った少年に、優しくつっこんであげた。


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