機甲兵団と真紅の歯車 9・男は基本録でもない
豪華な、という程でもないが、重厚な輝きを放つ家具に囲まれた一室で、俺はゲヒルトと馬鹿野郎クロムと共にテーブルを囲んでいた。
テーブルにはお茶が注がれた純白のティーカップと、甘い香りを醸し出す色とりどりのお菓子が並んでいる。
俺からお菓子をほうばりながら、馬鹿野郎との先程あった事をこと細かく伝えた。憎しみと悲しみを怒りをこれでもかと込めて。
「はははっ、それは災難だったなドミヌゥラ。」
話を聞いていたゲヒルトは、口元に運ぼうとしたティーカップをその場に止めて快活に笑った。
「そうなんだよ。ゲヒルトのおっさんは話が分かるなぁ。格好いい髭してるだけはあるな!一発くらい殴られるべきだよな?うん。━━━━てか、ドミヌゥラって?」
「はははっ。この髭を格好いいとは、中々見る目があるな。そう言ってくれたのは今の嫁くらいなものなのだがな。ありがとう。ドミヌゥラと言うのは君のような可憐なお嬢さんの事だ。この地方の方言みたいなものだな。」
「へぇ。そうなんだ。」
なんだか、悪い気はしないな。うん。
多分若い女性に使う敬称的な言葉なのだろう。
ロイドの「お嬢」「嬢ちゃん」も似たような物だろうに、言う人が違うだけでこんなに印象が変わる物なのかと、改めてロイドはロイドだなぁ、と思ってしまう。
「それにしてもクロム君。話を聞く限りだと、やはり君が悪いと思うのだが。━━どうかね、一発でも殴られてみては?」
笑みを浮かべたまま、ゲヒルトはクロムを見た。
「それは勘弁願いたい所だね。この美人少女は見掛けによらず滅茶滅茶強いからね。僕でも、まともに殴られたら死んじゃうよ?怖い提案しないでくれるかなゲヒルト閣下。」
「ふむ。しかし、このドミヌゥラに迷惑を掛けたのは事実であろう。迷惑を掛けた分、何かしら御詫びをするべきだと思うのだが?」
ジャラン。
クロムがギター的なアレを鳴らす。
「では、御詫びに一曲。━━━━うらぁっ」
「させるかぁ!!」
クロムが奇声をあげる前に左拳をぶちこむ━━━が、またしてもあっさりとかわされしまった。この野郎ぅ。
「━━━━っぶないなぁ?美人少女は短気だねぇ?」
ヘラヘラと笑うクロムに怒りが再燃してきた。
魔力が知らず知らずに溢れだす。
「あら、あらあらあら?これは、ちこーーーっと不味いかなぁ?ほらほらほら、落ち着いて、可愛いお顔が台無しだよ?お菓子あげるよ?甘いよ美味しいよ?」
「てめぇの甘ったれた顔の方が気になるなぁ。その面に拳をぶちこめたら、どんっなに楽しいか・・・・・。」
魔力を拳に練りあげ地面を蹴りだそうとした時、俺とクロムの間にゲヒルトが割って入るように立ってきた。
「まぁ、落ち着きなさいドミヌゥラ。彼は、色々と変わってる男だ。相手をするだけ無駄というもの。寧ろ、これ以上この男に振り回されては君の品位が落ち兼ねない。御詫びは彼に代わって私がしよう。どうか矛を納めてくれないだろうか?」
「む、むぅ。」
大人だ。本物の大人がおる。
なにかこう、見えないオーラ的な何かに圧倒されてしまう。
ラーゴは大人だったけどユミスに尻に敷かれてアレだったし、ロイドはロイドだったし。ヴァニラなんて、色んな意味でヤバイ奴だったしで、まともな大人に会った事無かったからなぁ。
これがちゃんとした大人かぁ。
きっと乾杯とか優雅にチンってやるだろうな。ジョッキを割ったりしないんだろうな。ワインとか飲んじゃうんだろうな。
「ん?どうかしたかね?」
「あぅっ!?いやいや、なんでもない!そ、そうだな、こんな馬鹿野郎と付き合って馬鹿やるのもあれだし、ゲヒルトのおっさんが何かしてくれるなら、もうそれで良いや。」
「そうかね。それは良かった。」
促されて再び席についた俺はお菓子を頬張りながらゲヒルトのおっさんを眺めてみた。うむぅ、だんでぃー。こう言う、落ち着きのある大人になりたいものだ。
そんな風に憧れの視線を送っていた俺に気づかず、ゲヒルトはクロムへと視線を移した。
「さて、クロム。ドミヌゥラの件は私が責を負う事になったが、君の此度の釈放。これは借りだな?」
「んーーー?そう言う事になるのかなぁ?でもさ、僕的には大人しく牢で1週間くらい過ごしてても良いんだけどなぁ?」
ゲヒルトは笑みをひきつらせる。
あ、あれは怒ってるな。
大人の余裕もあの馬鹿相手だと維持出来ないのだろな。分かる。俺なら殴り掛かってるもん。
「君は━━━何度!前科が!あると思ってるのかね!?今回は30日は篭って貰うぞ?勿論楽器も没収。歌えないように猿轡もしよう」
「あらあら。そりゃキツい。唄うくらい許してくれないかなぁ?ほら、自由の侵害だよ。貿易でなってる都市でこれは無いよ?こんな不当な拘束してると、不穏な噂もたっちゃうよー?」
「二月。君は二月牢にやろう。」
「あーあーあー、分かったよ。もぅ、強引なんだから。」
そこで話が終わったのか、ゲヒルトとクロムは同時に立ち上がった。
「さて、クロム君。話しはのち程。いつもの所で待っているよ。遅れずにきたまえ。」
「はいはい。分かりましたよー。んじゃ、僕はこれで。」
そう言うと、クロムはそそくさと出口へ・・・・ん?
扉の前に止まったかと思えば、くるりと振り返ってきた。
相変わらずしまりの無いヘラヘラした面だ。
「そうそう言えば、名前を聞いてなかった。ね?美人少女。」
「・・・はぁ?」
名前って・・・なんで俺がこいつに。
はぁ、まぁ良いか。言わないと長くなりそうだし。
「俺は━━」
「僕はクロム!いつの日か音楽史に燦然と輝く名を残す稀代の音楽家になる男!この名を心に刻み込むと良いよ!あ、なんだったらサインをしてあげようか!?」
・・・・・。
「ど、ドミヌゥラ。」
「あ、ゲヒルトのおっさん。ごめん。ちょっと黙っててくれるか?」
「う、うむ。」
俺は無言で魔力を纏い、無言で拳を振り上げた。
そして、渾身の力を込めて━━━。
「お前の名前かよ!!」
全力でツッコンだ。
生憎と拳は空を切ってしまっが、余波でクロムが吹き飛ぶ。
クロムは壁を突き破り「あっはははー」という不快な笑い声と共に空に消えていった。
「おぉ。女性は怒らせると本当に怖いな。家の嫁並みに怖い。」
自分で言うのもなんだけど、ここまでやってそれでも尚並ばれるとか、ゲヒルトのおっさんの嫁どんだけ怖いんだよ。
◇━◇
ゲヒルトに案内されて大きな屋敷にやってきた。
なんでもゲヒルトこの都市の防衛を任された偉い人らしく、おっさんとか言ったらいけない人らしい。
まぁ、本人が許してるんだから、これからもおっさんって呼ぶけどな。
そんなのんなで大きな玄関を潜ると、メイドさん達が並んで挨拶してきた。
「変わりないか?」
ゲヒルトがそう声を掛けると、メイドさんは否定の言葉を発し俺に視線を送ってくる。
「このお嬢さまは?」
何処か責めるような硬質な話し方だ。
あれ、なんか嫌な予感がするんですけど。
「う、うむ?あぁ、このドミヌゥラは━━━」
「あぁっ!!なぁっ!!たっぁぁぁぁぁ!!!!!」
ゲヒルトの言葉を遮るように、上の方から怒号が掛けられた。
見上げれば吹き抜けになっている二階からこちらを覗く黒髪の女性がいた。鬼のような形相をして般若的なオーラを纏った、それはそれは恐ろしい女性が。
その女性はドレス姿であったにも関わらず、颯爽と二階から飛び降りた。そして音も無く着地すると、メイドの一人が持ってきた槍を受け取りブンブンと振り回しながら近づいてきた。
「何処の女ですかっ!!」
「え、いや、違う!!違うぞ!アルシェ!このドミヌゥラはだなっ」
「『栄華の館』『桃幻の谷』『琥珀亭』この名に心当たりがあるなら、大人しくその愚息を出しなさい!!一思いに叩ききってあげましょう!!!」
「あ、いや、それは、そのだな。付き合いと言う物で!!」
「問・答・無・用!!」
アルシェと呼ばれた女性の槍が空気を切り裂く。
シェイリアの本気の拳と良い勝負しそうな迫力だ。
ゲヒルトはその槍を紙一重でかわし、玄関脇に飾られていた鎧騎士の剣をとり二撃目の槍の一閃を受け止める。
「ちぃっ、猪口才な!!マデリン、少しでも申し訳無いと思っているなら、直ぐに剣を納めなさい!!」
「そ、それで君は許してくれるのかね!?」
「ええ!許します、許しますとも!ただし!その愚息を切り落とした後ですけどねぇ!!」
「そうだと思ったよ!」
ゲヒルトとアルシェの攻防は激しさを増していく。
なんか、シェイリアと豚が闘ってる時のようだ。
俺でも近づいたら怪我しそうだ。
ぽけーとその光景を眺めていると、肩をチョンチョンとつつかれた。振り返ると、メイドに抱えられた黒目がくりくりした可愛い幼女がいた。何処と無くおっさんに似てる気がするので、娘なのだろう。
「おねぇちゃんだれ?」
舌ったらずの言葉に思わず顔が緩んでしまう。
「俺か?俺はユーキって言うんだ。」
「ゆーきおねぇちゃん!」
「そだよ。ユーキお姉ちゃんだよー。お嬢さまはなんて言うの?」
「わたしはね、りびゅーねっていうの!ねぇゆーきおねぇちゃん!ゆーきおねぇちゃんは、ぱぱの"いいひと"なの?」
いい人?
あれか、駄目な方の奴か。
何子供に教えてんだ、あのおっさん。
「違うよー。」
「うーん。じゃぁねじゃぁね。ままのちがうおねぇちゃん?」
・・・・・おっさん。
「違うよー。そんなんじゃないよー?・・・・メイドさん。何教えてんだ、おい。」
メイドは視線を逸らした。
「んじゃぁね、んじゃぁね。うーん。」
「俺はさ━━━」
「めがみさま!!」
何かを確信したようなリビューネの視線が俺にも突き刺さる。
それはない、性格的にもそれだけはない。
そう言いたかったが、リビューネのキラキラした瞳に見つめられて、俺は追い詰められていった。
そして、つい、ついだ━━━つい、言ってしまった。
「そ、そだよー。」
と。
◇━◇
「本当にごめんなさいね女神ユーキ?あんな万年発情期の精液垂れ流し男の愛人だとか、隠し子だとか、勝手に勘違いしてしまいまして。名誉毀損も良いところよね~。本当ごめんなさいね?」
「ほんとーごめんなさいねぇー♪」
あれか暫くやりあった後、ゲヒルトのおっさんが力尽きる前に漸く誤解は解けた。愚息は無事である。一応。
力尽きたゲヒルトのおっさんは玄関に突っ伏したままの状態で放置され、俺は応接間へと案内され奥さんであるアルシェとリビューネと共にお茶している。
「あの人、普段が普段だから。駄目ね、話くらい聞いてあげなきゃ。流石に、男の人がアレを無くすのは精神的にキツいでしょうし、勘違いで切り落としたら可哀想よね?」
「まま、なにをきるの?」
「ん?パパの小股にぶら下がってる可愛いプラプラよ。」
奥さん、下ネタバンバン放り込んでくるな。
なにこの人、怖い。
「プラプラとか、言わないで下さいよ。子供に、その、悪影響ですよ?」
「あらやだ、何その話し方。似合わないわよ。さっき家の人に話したみたいにして頂戴な。その方が私も気軽で良いわぁ。ね、リビューネ?」
「ぅ?」
アルシェの言葉に首をコテンと傾げるリビューネ。
何これ可愛い。
俺もこの技は使ってきたが、他所から見るとこんなに強力な物だったのか。思わず抱き締めたくなる。ずるい。くぅぅ。
「そ、それじゃ。あ、でも、言っとくけど本当に口悪いぞ、俺。無礼打ちにしたりしない?」
「良いわよ。その方が慣れてるから。それと無礼打ち?野蛮なこと言うのねぇ~あまり聞かない文化だけれど・・・」
「まぁ、うちの故郷にはそーいうのあったの。昔だけど。それにしても慣れてるって・・・貴族とかだろ、アルシェさん。」
「実家が武家の一門なのよ。両親、兄弟、親戚、幼少期に付き合ってた親類縁者は全て荒々しい話し方しか出来ない人ばかりだったわ。敬語なんて結婚してから学んだくらいなんだから。」
豪気な一族だなぁ。
まぁ、この国は争いが絶えないって言うし、これくらいの貴族じゃなきゃ国は纏められないのかもな。
「それにしても御詫び。どうしましょうか?何か希望はあるかしら?」
「うーん。それなぁ。」
実はまったく考えていない。
正直、罰金も勾留もなく外に出して貰えたので、もう十分な気がしないでもないのだ。
取り合えず夕飯を御馳走しようとゲヒルトが言うから、誘いに乗って屋敷に来ただけで、何か要求を告げにきた分けでもないからな。
「何かお困りの事は?」
そう言われて考えて見るが、ギルドカードのペナルティー以外は特に無い。かと言って、金貨10枚は要求出来ないし、したくないし。むむむ。
俺の悩む姿に、アルシェが「ふふふ」と優しく笑う。
「困り事を尋ねられて困るなんて、可愛い女神様だこと。」
「むぅ、なんだよ。悪いかよ。」
だって無いんだもの。
「悪いとは思ったのだけど、貴女の事調べさせて貰ったわ。」
「ん?」
「ギルドカードの再発行に多額のペナルティーが課せられたでしょう?お金を要求すれば良いのではないかしら?」
調べたって、この短時間でか。
ここでお茶してから一時間もたってないぞ。
まぁ、良いけどさ。
「お金は、良いや。」
「あら、どうして?」
「金貨10枚なら稼げない額でもないし、それに━━━」
「それに?」
「なんか、やだ。」
これに理由は無い。
なにか、嫌なのだ。
すると、俺の言葉を聞いたアルシェが先程より大きな声で笑い出した。
「あはははっ、成る程ね。やだ、ねぇ。それなら、仕方ないわね?嫌なものは嫌だものね?」
「そう言ってんだろ。つか、御詫びとか、もうどうでも良いんだよなぁ。濡れ衣は晴れてるし、牢も出られたし、装備も返ってきたしさ。」
「そう。でもね、ユーキ?貴族が御詫びをすると言った以上、それなりの物を受け取って貰わないと、こちらも面子が立たないのよ。」
「別に誓約書とか無いぞ?たんなる口約束だし。」
「約束ごとは大事なのよ。ユーキ。特に家名を名乗った上の約束はね?あの人もそう言う筈よ。口約束でも反故にするような旦那なら、とっくに斬り殺してるわよ。」
じゃぁその内殺されるな、ゲヒルトのおっさん。
主に女性関係で。
「・・・・言いたい事は分かるわ。女神ユーキ。あの人、その事だけに関しては意地でも約束しないのよ。」
「あのおっさん、実は碌でもないな。」
浮気するよって公言してるようなもんじゃねぇか。
くそ髭だったか。危ない騙される所だった。




