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機甲兵団と真紅の歯車 7・ガザールの街




「はぁ。」

「ハァ。」


 ちゃぽちゃぽと揺れる水面の前で、俺とロワは小さくため息をついた。


「真似すんな、ロワ。」

「真似ナドシテオラヌ。溜息ガ溢レル現実ガ其処ニアル故ニ、自然ニ溢レテシマウノダ。王ヨ。我ハ後何回、湯ヲ沸カセバヨイ・・・・。」

「取り合えず、今夜は確定だな。ほら、早く沸かせよ。」

「ヌゥ・・・・。」


 最近、叡智の王にして全自動湯沸し器のロワ君が、やたらと文句を言うとです。


「なぁ、そんなことよりさ。」

「ソンナコト・・・・ダト!?」

「なんで、キーラは断ったんだと思う?」

「ソンナコト・・・・。我ノ、我ノアイデンティティガ、ソンナコト・・・・。」


 駄目だ、聞いてねぇ。

 本当こいつは、物知り詐欺だな。もう。


 そう、俺ことユーキは、キーラの勧誘にあっさりと失敗した。


 夕刻、太陽が沈み行く瓦礫の村で行ったキーラの勧誘は、一瞬良い方へと転がるかと思ったのだが、結果的に「ユーキとはいけない」と言われてしまったのだ。

 元々、連れてく予定も無かったので、予定通りと言えば予定通りな訳なのだが・・・・。


「来てくれそうだったんだけどなぁ。」

「フム。シカシダナ、正体ニツイテ秘密ニスルノデアレバ、アノ少年トノ接触ガコレ以上無イ事ハ、王ニトッテモ都合ガ良イデハ無イカ。其レニ王ニハ悪イガ、少年ニハ其ノ方ガ良カッタノデハナイカ?王ニ着イテイクノハ至難デアロウカラナ。」

「どう言う意味だ、こら。」

「無茶苦茶スルト言ウ事ダ。マァ、我ハソノ方ガ良イガナ。ヒィアハハハハ。」


 何だとぅ?

 俺がいつ無茶苦茶したって言うんだ。

 あれか、双頭竜か?確かにあれはあれだったが、それ以外は別に・・・・ねぇ?


「其レニダナ。ソノ少年ニモ意地ト言ウ物モ在ロウテ。男ノ矜持ト言ウ物ダ、少シハ汲ンデヤルガ良イ。元男ノ王デアレバ分カラヌデモナカロウ?」


 男の矜持ねぇ。


「そんな事言われてもなぁ。トウジの頃は、男の矜持とかから最も遠い所にいたからな。よく分からん。俺の記憶を覗けるならわかんだろ?」

「分カラヌヨ。王ガ見聞キシタ物ノ記憶ハ確カニ知ッテオル。ダガ、其処ニ含マレル王ノ感情ハ別ヨ。言葉ニサレレバ我ニモ分カルガ、ソウデナケレバ王シカ知ラヌ事柄ゾ。」

「へぇ。読めないんだな。意外。」

「マァ、其レマデノ行動カラ、ドウ考エドウシタイノカ、予想スル事ハ可能デアルガナ。差シ詰メ、今王ハ、少年トノコレカラニ悩ミ、早ク湯ガ沸カヌカナト思ッテオルノダロウ。モウ沸イタゾ。」







「沸いたのは良いんだけど、そんなに待ってなかったわ。今は。どっちかって言うと、夕飯の事考えてた。あ、お湯ありがとな。」

「ヌゥ・・・・。セメテ、少年ノ事ヲ考エテイテ欲シカッタ所ダナ。」


 そんな事言われてもねぇ?





 ◇━◇





 風呂でしっかりとふやけてきた後、居ずらそうにしているキーラを捕獲して夕飯にする。

 今夜の夕飯は川魚の塩焼きと山菜のサラダ、それと少々の果実だ。


 因みに、塩焼きの塩はヘスティーの私物である。


 ヘスティーは魔術魔法の類いが一切使えないのだが、何でも入れられる魔法のポケットを持っていたりするのだ。

 そこには家事で使う道具の数々が入っている。料理に使う鍋やフライパン、洗濯板やタライ、箒にハタキに塵取り等々だ。消耗品でもある調味料や洗濯石鹸なども、少なくない数があったりする。


 これらは以前の主である召喚士が与えた物であるらしいのだが、契約が切れた今は完全な私物として活用しているとのこと。


 消耗品は今すぐに無くなるような数ではないらしいのだが、頃合いを見計らって買い与えておく必要はあるだろう。


 それにしてもだ。


「お前は性癖の異常性以外は本当に有能だよな、ヘスティー。今日も腹が立つ程に飯が旨い。」


 ただの塩振って焼いただけの魚が旨すぎる。

 解せぬぅぅー。


「お褒めの言葉、ありがたく頂戴いたしますのですー!不肖ヘスティー。ユーキ様の召喚獣として恥ずかしくないお働きを、今後も御約束致しますのですー!」


 俺の言葉を受けてヘスティーが嬉しそうに敬礼する。


「御褒美なんかあったら、もっとサービスしちゃうのですー!」

「お?なんだ、俺があげられる物なら良いけど━━」

「はい!ユーキ様のバー・・・ひぅっ!?」


 バー?ん?何かなぁ?

 何となく察した俺はヘスティーを笑顔で睨み付ける。

 たじろぐヘスティーは、冷や汗を流しながら視線をきょろつかせ、口をパクパクさせながら言葉を探す。


「バ・・・バ、ババ、バージンを!!」

「どうしてお前はっ、そこで引けないお馬鹿なんだっ、おらぁぁぁぁぁ!!」


 煩悩を抑えられなかったヘスティーの頭をがっつり掴み、思いきり振り回す。「ごめんなさいですー」「出来心なのですー」と謝罪の言葉を吐いているが、前科持ちの謝罪など無視である。つか、何度も聞いたわ!!


 反省は多分してないだろうが、すっかり立つ気力を失ったヘスティーを地面に転がし、夕飯を再開する。

 おや?目の前のキーラが複雑そうな顔で此方を見ている。

 お、なんだ、この変態が気になるか?じゃぁ、面倒見る?え、それはいいって。そう。だってよ、ヘスティー。


 気まずそうに焼き魚を頬張るキーラを見つつサラダをもしゃもしゃしていると、風呂に入っていた時に決めたある事柄を思いだし、キーラに話し掛けた。


「━━━あ、そうだ、キーラ。飯食いながらで良いから聞いてくれ。」

「・・・な、なに?」

「明日には、俺はここを出るから。近くに集落があれば教えてくれ。」

「えっ?」


 なんか驚いた顔してる。

 お前、ここが俺の住みかだとか思ってたのか?

 失礼な。


「出るって、出掛けるって事?」

「いんや。この森を出るって事。元々ここに留まったのも体の調子を把握する為だったんだけど、いい加減慣れてきたからな。それに、そろそろ仲間達と合流したいから情報集めないと。」


 少し大きくなった体には大分慣れた。

 これなら大抵のアクシデントには直ぐに対応がとれる。

 手加減こみこみでだ。


 それに、いい加減人里に降りたい。

 俺は俗世に憂い山に篭った仙人では無いのだ。


「そう言う訳だから、キーラはどうする?」

「ど、うする・・・・」

「いやー。本当はもっと時間を掛けて考えさせようと思ってたんだけど、キーラはもう自分の行き先決めてんじゃん?だから、どこか行きたい所あるなら送ってくぞ?」

「・・・・。」

「言っとくけど、ここにいるのはオススメしないぞ。俺にはガイゼルやヘスティー達がいたから快適に過ごせてたけど、子供が一人で生きてくには生息する魔物が強すぎる。俺が帰って来ないと気がつかれたら、直ぐに襲われるぞ。」


 この森は食べ物は豊富だし、水源だってある。

 生き物が生きるには最適な場所だ。

 それ故に、土地を巡る魔物の縄張り争いが絶えない危険な場所でもあるのだ。


 召喚獣を従え、膨大な魔力を操れる俺だからこそ、呑気に風呂に浸かったり出来てただけだ。


 キーラは少し考えるような仕草をした後、ゆっくりと口を開いた。


「━━━━領王様の街に行きたい。ガザールって街。」

「ガザール?」

「ここから北に向かって馬車で三日くらいの場所にある、この国の首都。いった事は無いけど、そこなら仕事はあると思うから。」


 ガザールか、ガザールでござーるか。ふむぅ。


「首都か。・・・・・うん、行くか、首都。」


 情報を得るなら人が多い所に限る。


「い、良いのか?俺の我が儘で決めて。」

「良いって。馬車で三日なら、ラ・ディーンで直ぐだしな。どうせ人がいる所にはいかなきゃならないんだし、それなら多い所に行く方が何かと手間が省ける。あ、そうだ━━━!」


 俺は夕飯の残りを胃へ流し込んでご飯を終わらせる。

 そして、すっかり忘れていたとっておきのソレをキーラへと渡した。


「これ、餞別な。」

「えっ!?」


 受け取ったキーラはソレを見て狼狽える。

 キーラが狼狽えるのは当然。

 何せ巷でお高いと噂のムゥ様の糸100%で作り上げた、ムゥデザインオフィサー渾身の作品なのだから。一点物も一点物である。


 色は暗色系でまとめてある。

 肌着に暗い赤のシャツ、上着に少し丈の長い黒ジャケット、スボンは細身でシンプルな紺の長ズボンである。どの服もワンポイントにムゥデザインの刺繍が施されていて、さりげないお洒落感を演出している。

 因みに、ムゥの糸で作ったこれらの服は、鋼剣程度ならかすり傷一つつかない強靭な作りになっている。着ているだけで、かなり安全だ。


 俺はあげた服を早速着るように促す。

 大分渋っていたが、「自分で着替えるのと、俺に着替えさせられるのと、どっちが良い?」と言うと素直に着替えてくれた。


 着替え終わった姿は中々様になっており、これから世界とか救いに行きそうな雰囲気がある。ざっ主人公だ。

 ゴーグルと背中に長剣とかあったら最高だったんだが・・・・、本当に用意出来なかった事が悔やまれる。あの貧乏山賊めが!


「良いのか?こんないい服。高いんじゃ・・・。」


 と、そんな心配をするキーラに「大丈夫、"これは"タダだから」と言って安心させる。嘘は無い、だってムゥが作ったんだから。

 売ったら、金貨何枚か分かんないけどな。





 ◇━◇





 キーラにあげた服のデザインコンセプトについて熱く語った翌日。

 ラ・ディーンに股がり澄み渡る空の世界へと飛び立った俺とキーラは、眼下に広がる景色を眺めていた。


 相変わらず、キーラは俺の服にしがみついている。


 ぽやーと眺めていると、幾つか集落を見つけた。

 結構近くにあるもんだなぁと思ったが、地形を考慮すればそんなに近くはなかった。

 こうして空を移動する事が出来なければ、丸一は馬車に揺られなければいけない距離だろう。多分。


 そうこうしている内に、大きな建物が乱立する街が視界に入ってきた。だが、首都と言う割にはそこまで大規模な都市では無い。下手したらエルキスタよりも小さい。

 てっきりナダ以上の大きな都市があると思っていたので、なんだか拍子抜けだ。


 俺にしがみつくキーラが感嘆の声をあげている所から、けっして小規模な都市で無いことが伺える。あれでも、ここらでは大規模都市なのだろう。


「それにしても・・・・まだ遠目にしか見えないけど、まとまりの無い建物が並んでるなぁ。」


 ガザールと思われるその都市は、見えるだけでも石造りの建物があったり、煉瓦造りの建物があったり、木造の建物があったりと、何ともゴチャゴチャした都市に思えた。都市を囲む石造りの塀の側にはテントも並んでたりしており、探せばダンボールの家も有りそうである。


「うむむ。見た感じ、ブルーシートの家は無いか。」

「ブルーシートって何だよ。」

「路上で暮らす為の三神器の一つだ。」

「神器!?」


 そう、神器だ。

 因みに、他の二つはダンボールと新聞紙である。


「まぁ、そんな事はどうでも良いとして、なんであんな町並みに纏まりが無いんだろうな?キーラ、なんか知ってる?」


 不思議だ。


「交易路があるからだと思う。」

「交易路?」

「そう。この国ジンクムは、亜人国から北方へと伸びていく"アルコルロード"って言う重要な交易路があるんだ。首都のガザールはその交易路の上に出来た街なんだよ。だから、他国の文化も入り安いし、他国の民が移住したりもしやすいんだって。文化も習慣も違う人達が集まるから、あんなゴチャゴチャした街になったんだ。まぁ、これは前に村へ来た歌がめたくそ下手な吟遊詩人から聞いた話なんだけど。」


 国の首都として、それは大丈夫なのか?

 他国からの間者入りまくりじゃないか。

 見た感じ厳重に入場を警備しているようにも見えないし。


 クロエの手記によれば、ジンクムが属するイブリース連合国は小国の集まりで、協定は幾つか決められているけど基本的には無法地帯の筈だ。日本的に言えばビバ戦国時代的な戦乱の国である。

 ここ最近ではジンクムを含む南方は平和そのものだが、東西の国では戦争にまでならないでも利権や土地を巡っての小競り合いが絶えないし、北方の方では戦争してる国だってあるらしい。


 そんな戦乱の時代。

 このジンクムの首都ガザールの有り様は、あまりにも隙があり過ぎるのだ。


「他の国からしたら攻め放題な気がするんだけどなぁ。あの手でこの手でその手で~。なんでそうならないんだ?」

「さぁ?それは俺にも分からないけど。」


 何か理由があるだろうか。

 いや、あるんだろうけどさ。

 じゃなかったら、この国はとっくに潰れているだろうし。


「まぁ、いいか。そんなに長いする気も無いし、面倒事に巻き込まれる事もないだろ。うん。」

「・・・・・」


 なんだ、キーラ。

 その疑うような目は。


「あ、そうだ。キーラ。」

「え、な、何!?」

「ここまで案内ありがとうな。これでお前とお別れなのはちょっと寂しいけどさ。」

「え、・・・・・う、うん。」

「このまま、ラ・ディーンに人気の無い所へ降ろして貰って、街道を通って街にいけ。寄り道なんかすんなよ?盗賊だの山賊だのは何処にでも居るんだから、よーく注意していけ。」

「分かった。けど、なんでそんな事━━」


 俺は山賊から徴収した剣を剣帯事外しキーラに手渡す。


「これはやる。最後の餞別な。」

「!!━━でも、俺、服も貰って、こんな物まで」

「お前。これから一人ぼっちだろ。誰も守ってくれないんだぞ。そこんとこ分かってるか?」

「それは・・・。」

「遠慮なんてすんな。もっと図々しく生きろ。じゃないと、直ぐに死んじゃうぞ。俺の友達にはな、めたくそ弱いけど、嘘とはったりとズル賢さだけで10年生き抜いた奴がいるんだぞ?」


 ロイドって言う、始めて会った人に対して偽名をおくびにも出さず名乗った詐欺師みたいな顎髭な。


「生きるんだろ?」

「・・・・・うん。」

「そかそか。うんうん。」


 それだけ聞ければ十分だ。


「それじゃな。俺は一足先にガザールに行ってくる。元気でな!!」

「え!ちょっ、ユーキ!?」


 俺はラ・ディーンにキーラの事を頼み、街へと目掛け飛び降りた。後ろからなにかキーラが言っていたが、俺は言いたい事は言ったので何も問題は無い。元気でなぁー。


 一度目のスカイダイビングは不慮の事故(叡智の王の不手際)で起きてしまったので全然楽しめなかったが、今度は自分の意思で飛んだお蔭か中々スリルがあって楽しい。


 落下していく中、ロワを喚び出す。


「オォ!?ナンダ!!」


 突然空中に放り出されたロワは一瞬狼狽えたが、俺の落下していく様を見て目を光らせた。


「王!!何ヲシテオルーーーー!」


 落下する俺に風魔術を使い落下速度を軽減させると、直ぐ様に飛んできて抱えあげてくる。


「あっははは!!」

「何ガ可笑シイノダ王。肝ガ冷エタゾ。」

「いやぁー。ロワのあせる姿はなんか面白くって。ありがとうな叡智の王(笑)。」

「(笑)トハ何カ分カラヌガ、王ガ我ヲオチョクッテイルノハ、犇々ト伝ワッテクルゾ。其レデ、何故コンナ事ニ?」

「飛んでみかったから?」

「フゥ。最早何モ言ウマイ。シカシ、次ハ我ヲ喚ビ出シテカラ行ウノダゾ?」

「はーい。」

「本当ニ分カッテオルノカ・・・・。」


 やれやれと頭を振るロワ。


「そんな事より、ばれないように魔術かけてくれ。」

「バレル?ン、アァソウ言ウ事カ。」

 下を見て納得したロワは、直ぐに魔術を発動させた。


 聞けば認識阻害の魔術だとか。


「入り口から入るのも良かったんだけどなぁ。」

「ソウシテクレタ方ガ良カッタゾ。」

「歩くのが面倒臭くて。」

「我々ガ甘ヤカシテキタ、ツケカ・・・・。」


 ぼやくロワは放って置き、俺は眼下の街に視線を落とした。


 行き交う人々は実に多種多様で獣人は勿論、エルフ的な耳の長い人やドワーフ的な髭モジャな小柄なおじさんもいた。

 それに賑わう街なみには、ファンタジーが所狭しと溢れている。


「いやはや、これはこれで良いかもな。」


 実に楽しそうな街だ。

 ガザール。



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