おまけ・少女と召喚士
あれは騎士達が去り数日がたった頃だろうか。
私は怪我人達の手当ての手伝いを終え、ユングの森に籠るユーキ様の下へと向かう。
騎士が現れて以来、日課に変わりつつあるユーキ様への突撃訪問。まぁ突撃と言っても許可は頂いているのだが。
森に足を踏み入れると町の喧騒も鳴りを潜め、いつもの静寂に包まれた森を進む。
古くからユングの森は精霊が住まう土地と神聖視してきた地元民はこの地を訪れない。無作法に踏み込むと精霊様に呪われるとか、怒りの鉄拳をもらうとか言われているが、怪しいものだ。
そんなわけで今現在、森にいるのは私とユーキ様くらいなものだ。
私はユーキ様がいつもいる場所へ真っ直ぐ向かった。
茂みの奥にユーキ様の赤毛が見え、私は驚かせない程度の声で挨拶をした。
「ユーキ様、こんにちは。今日も精がでますね。」
膝に置いた何かをガシャガシャと弄っていたユーキ様が、ゆっくり振り向く。青銀の大きな瞳が私の姿を捉えると「おう」と軽く手を上げ返事を返してくれた。
いつもユーキ様のお姿には目を奪われる。
真紅の髪は太陽の光を浴び神々しく輝き、青銀の瞳は宝石のように美しく、肌は絹のように白く艶やか、纏うローブはユーキ様の高潔さを示すような純白。
私はユーキ様が神様だと言われても信じる自信がある。いやむしろ、神様でないことが不思議なくらいだ。
私はユーキ様に近づき、膝に置かれた何かを見させてもらった。
「剣、ですか?」
「そ、剣だよ。今実験中でね、このボロを魔剣に変えようと思ってさ。」
ユーキ様はそう言うと召喚獣を手もとに喚びだす。
私は咄嗟に飛びのいてしまった。喚びだされたソレが何か分かったからだ。
その様子を見てユーキ様は少し寂しそうな顔をする。
抱えるソレの頭を撫でながら「結構可愛いのに」と呟きながら剣に糸を吹きかけさせている。
ユーキ様には申し訳なく思うのだが、ソレだけは好きになれそうにない。
そうしている内にユーキ様はインスタント魔剣第1号[毒魔剣ムゥ]を完成させていた。
見るからに禍々しい紫色に寒気を覚える。
ふいにユーキ様がその剣を私に差し出してきた。
「試し切りやってみる?」っと小首を傾げる。
愛らしいその姿に、おもわず抱きしめたくなる衝動に駈られるがなんとか耐える。
ユーキ様にこんな劣情ぶつけることは出来ない。大恩人なのだ。
私は二つ返事で試し切りを承諾する。
ユーキ様が試し切り用に藁を巻いた丸太を用意する。
私はユーキ様の合図と共に丸太に斬りかかる。もちろん全力だ。
カジィっと丸太に食い込み刃は中程までいかずに止まってしまう。
私は焦った。ユーキ様が丹精込めて作った魔剣がこの程度の切れ味であるわけない。やってしまった。
私がユーキ様に謝ろうと振り返りかけた瞬間、事は起こった。
「ジュウ」小さい音が鳴ったかと思うと、ズブズブと剣が丸太に沈みこんでいく。
刃は徐々に刃筋を進み、遂には丸太を輪切りにする。
私はその切れ味に感動する。なるほどこれは魔剣だ。
私のように力が弱い女子供でも、これならば大の大人だって切り伏せられるだろう。溶かして切るとは、流石の発想力だ。
私はユーキ様に羨望の眼差しを送っていた。
単純に凄い、と思ったのだ。
しかし、私と目のあったユーキ様はしかめっ面だった。
こんな表情は見たことがない。
ユーキ様は優しく魔剣を受けとり「危ないから、封印する」と言って布でぐるぐる巻きにしていた。
それからユーキ様は召喚術の鍛練を午前中に済ませると、午後はひたすら実験と開発に打ち込むようになっていた。
次々とユーキ様は魔剣や魔槍、便利道具を作り出していった。殆どの道具がムゥ様の糸に関わっているため敬遠しがちなのだが。
そんなユーキ様の背中に私はある予感を感じる。
ユーキ様は町を出るおつもりなのだろう。
きっとこの道具も武器もこの町への置き土産。
自分がいなくなったあとも、この町の人が生きていけるよう準備してくれているのだ。
なぜこんなに良くしてくれるのか、分からない。
見ず知らずの私達にここまでして、ユーキ様に一体何の得があるのか。
あの日、私が始めてユーキ様に出逢ったあの日。私の運命は決まった。
地獄のようなあの場所で、全てを失ったあの場所で、私の声を聞いてくれたユーキ様。返せる物なんて無いのは知っていたはずだ、助ける価値が無いのも分かっていたはずだ。
それでもユーキ様は手を差し伸べてくれた。
助けてくれた。
私はこのご恩に何を返せるのだろう。
お金や地位もユーキ様がその気になれば幾らでも手に入れる事が出来る些細な物。
それほどの御方に何を返せる?
いや返せなどしない。
私の残りの人生全てを捧げても足りないはずだ。
ならせめて、私の全てを捧げよう。忠誠をつくし、命の限りお仕えしよう。
足りないのは分かっている。
それでも返せる限り返すのだ。
私の心は見上げた空のように澄みきっていた。
青く、高い、その空はどこまでも行けそうな気持ちにさせる。
ユーキ様と行くのだ、あの空の向こうまで。
私は旅支度をするために歩き出す。




