おまけ・魔導師の残したモノ
いい加減花粉を殴りたくなってきた、花粉症のえんたです。
久しぶりの一話まるまるオマケでございます。
えっ!?いらないって?本編書けって?
まぁ、まぁ、そんな事言わないで。
少しだけお付き合い下さいな。
では
「シースリア、君は考え無し過ぎる。どうしてああも、馬鹿みたいに突撃していくのかな?フォローする身にもなって貰いたい。」
「そう言う貴方は考え過ぎよ!アル!あそこで私が切り込まなかったら、きっとあのおじさんは無事では済まなかったわ!」
そう言って罵り合う二人を見るのは何度目だろうか。
もはや数えるのも馬鹿馬鹿しい程に繰り返されたやり取りを前に、やはり数えるのも馬鹿馬鹿しい程に繰り返してきた溜息が口から溢れていく。
「そこら辺にしてくれ。アル、シー。助けたおやじさんが面白い面になってるぞ。」
「はっ?!い、いえ、そんな滅相もありません!お助け頂き感謝の言葉も御座いません!たいした物はでは御座いませんが、どうか、どうかこれをお納め下さいませ!」
俺の隣で茫然と眺めていた中年の男は何とか取り繕い、当たり障りの無い言葉を連ねて、ジャラジャラと重たそうな音を出す巾着を差し出した。
ついさっきまでは「おまえ!」「貴方!」「パパ!」と泣きながら娘や奥さんと三人仲良く引っ付き合い、魔物の驚異から助かった事を本当に喜び、何でもしてくれそうな勢いと感謝一杯な顔を此方に向けていてくれたと言うのに。
目の前で起きたこの茶番にすっかり緊張からやら何やら根こそぎ持っていかれてしまったらしく、お礼の巾着は冷静に選んだ物のようだ。
やけに大きく見えるのは銅貨の枚数が多いからだろう。
だが、そんな男の様子に欠片も気づかないシースリアは、頬を緩め頭を掻いた。
「いやぁー、えへへ。どういたしましてぇー。でも、お礼なんて良いよー。」
巾着を差し出していた男はシースリアの言葉に、僅かに頬を吊り上げる。どうやら、先程の感謝心はすっかり治まってしまったようだ。今は、どうやったら安く片をつけられるか考えているだろう。
そんな男の様子にまったく無頓着なアルベルトは、ひょいっと、何でも無いように巾着を持ち上げた。
「まぁ、妥当でしょう。命の値段としては些か安上がりですが。」
そう言うと、さっと巾着を懐に仕舞ってしまう。
その姿にシースリアが眉を此でもかとしかめた。
「ちょっ!な、何してんのよ!!それは今、私が要らないって言ったでしょ!アルがとったら意味無いでしょ!おじさんに返しなさいよ!!」
「それは駄目です。これがお金の無いただの一般人だったならいざ知らず、彼は商工ギルドの正式なメンバー。ならば戦士ギルドと商工ギルドが結んだ規定通り、一定額の恩賞は貰わなければいけませんね。義務ですから。」
「何言ってんの!おじさんの馬車見た?!ボロボロじゃない!商品だって沢山駄目になっちゃったみたいだし、これから大変なんだよ?!返してあげて!娘さんにオヤツとか買ってあげるお金にして欲しいの!」
「それこそ論外。そもそも、あの馬車は商工ギルドの物で彼の所有物では無いので直接的には懐は痛みません。ペナルティーを課されるかもしれませんが、精々一・二年真面目に働けば余裕で還せる負担です。それに、危険と分かっているこの山道に護衛も無しに訪れるなんて自殺行為も甚だしい。みすみす死なずに済んだのです。この程度己れの命に比べれば、まさに端金でしょうよ。」
「うーーーーーーっがぁ!!!」
「なっ!?」
遂には取っ組み合いを始めてしまった二人。
まぁ、誰がどうみても一方的にシースリアがアルの奴に噛みついているだけなのだが。
俺は争う二人を放って、隣でオロオロしているおやじに声を掛けた。
「長くなるから、行っていいぞ?」
「は、はぁ、そそれでは。お世話になりました。」
男は散らばった無事な商品を妻と娘と共にささっと集めると、どこぞに隠していたマジックバックに残らず詰め込んだ。
そして、なんとも軽い足取りで最寄りの町へと向かって歩いていった。
「さて、お前ら何時までじゃれあってんだ。行くぞ?」
「「じゃれあってない!!!!」」
こいつが、こいつが、と互いを罵り合う二人。
毎度毎度、よく飽きもしないなと呆れながらも、そんな二人と共にいる事が何よりも楽しいと思ってしまう。
俺も大概なのだろう。
だからきっとこれからも、こんな風に馬鹿をやりながら、俺は居心地の良さに時間を忘れて、愚かで楽しい友人達と何処までも行くのだろう。
ずっと、ずっと続くと。
そう疑わなかった。
◇━◇
ひたっ。
頬に落ちた冷たい感触に、私は目を覚ました。
意識が混濁しているが、私の目はぼんやりと辺りの風景を映してくれた。
「ここは・・・・・十一番坑道か?」
視界に広がったのは幼い頃、まだ駆け出しの子供だった頃、二人の仲間と良く通っていた場所だった。
駆け出しのギルドメンバーだった頃は良くこの場所で鉱石を探しに来ていた。知り合いの鍛冶屋が中々にわかるオヤジで、鉱石を持ち込めば格安で色々と作ってくれていたのだ。
装備品に困っていた二人には、まさに渡りに船だった事だろう。
幸い、私は実家がそれなりの資産家であった為、装備品に困る事は無かったのだが、仲間達はそうでは無かった。
実際仲間の装備品は酷い物で、シースリアはどこから引っ張り出してきたか分からない錆びた剣に草臥れた皮の胸当て。アルベルトにいたっては拾ってきた木の棒に一見すると高級そうな防具に見えるただの布のローブを羽織っているだけだった。
街の周りには集まるのは弱い魔物ばかりだったが、草臥れた皮の胸当てや布のローブなんて物は奴等の牙に簡単に引き裂かれてしまう程度の物だし、錆びた剣や拾ってきただけの棒なんかではその剛毛の前では剃刀にもならない程度の代物でしかなかった。
そんな状態の二人だったが、腕は人一倍立った。
シースリアは勘の鋭さと身体能力の高さから、ただの一つも攻撃を受けず錆びた剣一本で魔物を圧倒したし。アルベルトにいたっては棒きれすら使わずに魔法と言う不可思議な力で魔物を駆逐しまくった。
そんな二人に比べ、私は凡人だった。
せめてもと装備品には念には念を込めたものだが、今考えるととんだ笑い物だと思ってしまう。
そんな事で差が埋まる筈もないと言うのに。
私はそんな昔を思い出しながら、薄暗い坑道を見渡した。
ふと、違和感を感じた。
十一番坑道が使われなくなってから、どれぐらい立つだろうか。
私がまだ駆け出しだった頃はまだ枯れていなかった、だが━━━━そうだ、十年だ。
私はもう一度辺りを見渡した。
そして気づく。
坑道内が妙に整理されている事に。
「何が、・・・・・あっ。」
アルベルト。
その名前が俺の頭に過った。
「アルベルト!!お前か!いるのか!アルベルト!!」
あいつがいる。
きっとここにいるのだ。
私は手元を探り、やはりと、自分の考えた可能性に身震いする。
手元にあったのはトーチの魔道具。
ここに私を連れてきた者は私に何かをさせようとしている。
そして、こんな手の込んだ事をする知り合いは一人しか思い当たらない。
何か罠である事は否定出来ないが、そんなつまらない事に態々高価な魔道具を用意するのも可笑しな話だ。
きっと、これはあいつの仕業に違いない。
私はトーチに魔力を注ぎ明かりを灯す。
僅かに照らされた岩肌を伝い、早足で坑道を進んだ。
「アルベルト!いるんだろ?アル!」
私の声が坑道に響いていく。
だが、返事は一行に返ってこない。
アルベルトには聞きたい事が山程あった。
この街に帰ってきてからのアイツは見ていられない程、憔悴仕切っていた。他の奴等は誰一人気づいていないようだったが、俺にはあいつの気持ちは痛いほど理解出来た。
いや、本当の所、俺には分かっていなかったとは思う。俺とあいつとでは、きっと抱いていた思いに重さが違うのだから。
俺は一度裏切ってしまった。
だから、俺はお前の状態に気づいていてもお前に会う事が出来なかった。怖かったんだ。お前に、お前達に、仲間であったあの日々も否定されて、裏切ってしまった事を責められるのが。どうしても、怖かった。
もし、俺もお前達と共に王都にいっていれば、あの時この街を出ることを躊躇しなければ。
シースリアは死なずに済んだのかもしれない。
ずっと、何度もそう思ってきたのだ。
俺が二人を支えていれば、俺が側で盾になってやれば。
忘れようと何度思っても、忘れられた日なんて一日だってなかった。
だが、俺はもっと早く向き合うべきだった。
背負った悲しみも後悔も、同じでは無いのだとしても。
友として、分かち合う事を選ぶべきだったのだ。
アルベルト。
聞きたい事があるんだ。
山程、お前と話したい事があるんだ。
大した話じゃないけれど、沢山あるんだ。
知ってるか?お前がいない間、はな垂れガレットが結婚した事。ギルドで世話を焼いてくれたお姉さんがとんでもない人だった事。鍛冶屋のオヤジがアルを本当に心配してた事。
お前は興味ないよな。知ってる。
けどな、話したいんだ。
俺しか知らない事を、お前に知って欲しいんだ。
「アル、アル。頼む、出て来てくれ。」
我が儘な事ばかり。
俺は自分の事ばかり。
最低だ。
どうして、シースリアみたいに出来ないんだろうな。
ガラ。
坑道の奥から、何かが動く音が響いてきた。
気がつけば俺は走り出していた。
息を切らして飛び込んだそこは、いやに開けた場所だった。
トーチをかざした俺は辺りを見渡し━━━━息を飲んだ。
「━━━━━シースリア、か?」
そこには一人の女性が座り込んでいた。
腰に届くような金の長髪に見覚えは無かったが、その金色の大きな瞳も、コンプレックスだと笑っていた薄い唇も、シュッとした鼻筋も、記憶の中にあるシースリアそのものだった。
シースリアと言う言葉に、目の前の女性は首を傾げる。
「しーすりあ?名前?私の?」
「え、ああ。済まない。だが、君はシースリアでは無いのか?」
「さぁ?分からないわ。でも、何故だが貴方の事は知っている気がするわ。」
そう言うとその女性は俺を力強く指差した。
「貴方!私の知り合いか何かなんでしょ?だったら着る物を寄越して頂戴よ。何時まで裸にさせておくの。そう言う趣味でもあるの?」
「あ、いや、済まない。気が利かなかったな。」
私は羽織っていた上着を目の前で憤慨する女性に掛けた。
「ふぅん。中々良い物じゃない。お金持ちね貴方。」
「そうでも無いさ。それより君は?」
そう私が尋ねると、彼女は首を傾げ腕を組んだ。
「わかったら苦労しないわ。よく分かんないのよ。」
「どう言う事だ。」
「気がついたらここにいたの、なんか裸だし。追い剥ぎにでもあったのかしら?でも、何にも覚えて無いのは不思議。頭でも打ったのかしら?」
「何も?」
「なーーにも」
そう言うとあっけらかんと彼女は笑った。
その笑顔はやはり記憶の中にあるシースリアと同じ物のように思えた。
結局、私は坑道内でアルベルトに会うことは出来なかった。
そこにいたのはシースリアに良く似た一人の女性だけだった。
彼女を連れ私は坑道を出た。
十一番坑道は山の中腹地点にあり、街を見下ろす事が出来る場所にあった。
だから、それを見る事は必然だったのだろう。
そして、アルベルトが何をしたのか、その時になって漸く理解する事が出来た。
遠目からでも見える無惨な街並み。
所々が赤黒く染まり、煙がいたる所に上がっていた。
それと同時に街を囲むように魔方陣が地面に深々と刻みこまれている。
私はあの日、シースリアを失い憔悴したアルベルトとたった一言だけ交わしたある言葉を。
『シースリアは帰ってくる。お前は忘れるな。』
「━━━━━━ハッシュ?」
不意に私の名前が呼ばれた。
驚き振り返ると、先程のシースリアに良く似た彼女が目を丸くしていた。どうやら自分の口から出た言葉に驚いているようだ。
「な、なんで。俺は、君に名前を教えてはいない。」
「そうだけど、何となくそうかなって。それと、なんか他にも━━━━うーん?出てきそうなんだけど、ううーん?」
「他には、他には何か思い出せないか?!例えば、君の名前とが!」
「それは、まぁ、人に決められたみたいでヤだけど。多分さっき貴方が言ってたやつだと思う。なんかしっくりくるし。」
━━━アルベルト、お前か。
お前が彼女を呼び戻したのか。
死んだ人間を生き返らせる。
そんな神の如き所業。
一体どれ程の犠牲を払ったと言うのだ。
お前は生きているのか、アル?
シースリアはここにいるぞ。
お前が待ち望んだ、何もかも犠牲にした彼女はここにいるぞ。会いに来いよ。
「アル!!!!どうしてだ!!なんで、なんでお前は!」
立っている事が出来なくなって俺は地面に突っ伏した。
沸き上がる感情が抑えられない。胃がひっくり返ったように、口から吐瀉物が吐き出される。
「大丈夫!?背中撫でたほうがいい?」
シースリアが心配そうに覗き込んできた。
俺は思わず彼女の肩を掴んで迫ってしまった。
理性では分かっているのだが、もう抑えきれなかった。
「教えてくれ!君はアルを知っているんだろ!!シー!君はあいつが生き返らせたのだろう!なぁ!教えてくれ!アルは、アルは無事なのか!?」
「え?!し、知らないよ!アルって誰?!その人が何か知ってるの?」
「何で知らないんだ!!君だろ!アルが、アルベルトが、ずっと、ずっと会いたかったのは君にだろ!生き返らせたのもきっとそうだ!アルだ!だから、君が知らない訳が無いだろ!!犠牲にしたんだ!何もかも!あいつが、人生の全てを賭けたんだ!!地位も、名誉も、きっと自分の命も━━━━」
俺の掌から力が抜けた。
理解してしまっていた。
きっと、もう何処にもアルがいない事を。
どれ程そうしていたのか。
気がつくとシースリアは私の隣に腰掛けていた。
彼女は私の視線に気がつき、困ったように笑う。
「大丈夫?」
「済まない。君には、酷い事をした。きっと君は知らないのだろう。どうしてかは、━━━━見当はついている。だが、それでも、と思ってしまってな。」
「そうなんだ。」
きっとアルベルトは、自分の事に関する記憶を彼女の中から消し去ってしまっているのだ。
理由は考える間でもない。目の前の惨状が答えの全てだろう。
シースリアは自分の為に、誰かが傷つく事を容認出来ない人物だ。自分が生き返る為、犠牲になった者がいる事をしればきっと悲しむ。そして必要以上に自分を苦しめてしまうだろう。
だから、彼女から奪ったのだ。
彼女が彼女たるそれを、記憶を。
きっと、この先も彼女は思い出す事は無いのだろう。
命も、名誉も、地位も、己が手に出来る全てを犠牲にし、愛し続けた愚かな男を。
シースリアだけを思い、生きてきたアルベルトと言う男の事を。
私はシースリアの瞳を見つめた。
私の視線にきょとんとしている。まるで子供のような反応だ。
「ここに君の居場所は無い。理由を聞きたいだろうが言えない。」
「うん。それで?」
「今度こそ、私が君の盾になる。あいつの代わりに君を守る。ついてくるか?」
「よく分かんないけど、ここには居られないのは何となく分かった。別にこの場所に思い入れがあるわけじゃないし、いいよ。貴方悪い人じゃなさそうだもの。」
シースリアはそう言うと笑みを浮かべ飛び上がる。
まだ地面に腰掛けていた俺の手を引き、さっと立ち上がらせた。
「ほら、いこっ!まずはそうねぇー、うん決めた東、東にいこっ!海見に行こーー!見に行こーー!そうしよーー!」
「海?そうか。私も見たことは無いな。」
「ねぇ、その私って止めてよ。なんかしっくりこないのよねー?さっきみたいに俺って言ってよ!」
「はっ、そうか。こうみえていい大人なんだが・・・。今からでも大丈夫だろうか?」
「似合う似合う!ほら、いこ!ハッシュ!」
駆け出す彼女を追いかけ、俺も歩き出しだ。
俺は任されたのだろう。
どうやら存外、俺はあいつの大切な者を任される程に友達だったのだろう。
俺の先を歩いていたシースリアは、不意に立ち止まった。
不審に思い声を掛けると、振り替えった彼女は大粒の涙を溢していた。
「どうした?」
「へ?分かんない、けど止まんないの。なんでだろ?」
「さぁてな。人間分からなくても涙が出ることくらいはあるだろう。これを使え。」
「ありがとうハッシュ。」
俺から渡されたハンカチで何度も涙を拭う。
だが、涙はいっこうに枯れる事なく溢れ続けた。
「なんで?止まんないの?なんで?」
「シースリア、あまり強く拭くな。赤くなるぞ。」
「ねぇ、ハッシュ。」
「どうした?」
「私は、誰を忘れてるの?」
俺は言葉を告ぐんだ。
「どうして、こんなに胸が痛いの?」
「どうして、こんなに悲しいの?」
「アルって、誰なの?」
「分かってる。聞かないで欲しいんでしょ?だから答えなくていいよ。きっと、思い出す事も無いだろうし。━━━━━━だから、もう少しだけ、泣いててもいい?」
シースリアは泣き続けた。
覚えてもいない、記憶にない、思い出す事もない、語られる事もない、何処かの誰かを思い。
太陽が沈み、月が登り、また太陽が顔出すまで。
静かに、泣き続けた。




